タックルは得意なのです。
月曜日。
大学へ行こうとして、家を出る。正門まであと少しというところの交差点。見覚えのある黒塗りの車が横づけされている。
はああ? 月曜日からですか?
嫌な予感しかしなーーい。
車の窓が、すうっと開いて、予想通りのヒゲ面が横柄な態度で声をかけてきた。
「おい。おまえ。そこのチンクシャ」
無視だ。無視。ってか、チンクシャってなに⁉︎ 古うぅぅ。もうそれ、おじいちゃんの域じゃね。
「…………」
私が無視を決め込むと、バタンと車のドアを勢いよく開けて、中から飛び出してくる。
今日も今日とて白装束。服は『カンドゥーラ』、頭に被っている布は『クゥトラ』って言うんだもんね。あれから調べたんだもんね。これ覚えられるのに、王子さまのなっがーい名前が覚えられないって、どういうこと⁇
上から下まで白一色ね。その特徴的な服装は、アラブでは正装だということだ。
「おい、待て」
無視。
けれど、アラブの王子さまが食らいついてくる。
「待てって言ってるだろっ、このブスっっ」
ピキッ。
おっさんの癖に、言うことは子どもだな、おい。
「止まれ、止まれって!」
私は仕方なく足を止めた。なんでって? だって、こんな時に限って、交差点が赤っっ!
王子さまが横に並んでくる。
「こんなところで、ムカつくブサイクに会うなんてなあ。偶然にもほどがある」
「ブサイクって言う方が、ブサイクなんですうー」
は? 私も? 子どもて? そうですがなにか?
「はあ⁉︎ この俺がブサイクなわけないだろっっ。俺はザイードではなあ、モデル並みに人気のある王族イケメンナンバーワン……」
ここでやっと信号が青になり、私はさっさと横断歩道を歩き出した。我慢の限界がブチぎれる前で、良かった良かった。もうちょっとで信号を根元から引き抜いてやるところだった。
すると。
ヤツがついてくる。
私は引きちぎっては結び、結んでは引きちぎってを繰り返していた堪忍袋の緒を、キーーっとヒステリックに、ぶちいぃっと引きちぎった。龍虎の化身にでも化してしまいそうな自分を抑えきれなくなり、振り向きざまに噛みつくように言い放った。
「ねえっっ! どうしてついてくるんですかっっ!」
「どうしてって、別についていってるわけじゃない。俺の行き先もこっちだからだ」
「なに言ってんですか。私、今から学校に行くんです」
「俺もそうだ」
「ってか、日本語ペラッペラですね。なんでですか? 昔、日本に住んでたとか?」
「はあ⁉︎ そんなわけあるかっ。こんなどこもかしこもが狭い国なんかに、住めるわけないだろ。鷹狩りの鷹すらろくに放てんとはな」
鷹狩り? はあ⁇
私がなけなしの愛国心からギロッと睨みを効かせると、王子さまはちょっとだけ怯んで視線を逸らした。
「これはその、お、俺の乳母マリアとじいやが日本人だったから、自然と覚え……おいおまえ、ここから先は大学の敷地内だぞ」
「ふん知ってるよ、それぐらい。ここの大学に通ってんだから」
腕をぐいっと引っ張られ、その衝撃に私は足を止めた。
「いたっ、なになにっ⁉︎」
「おまえ、大学生なのか⁉︎」
「そうだよ、大学生だよっっ。ちょ腕、離してよっ」
腕は離され自由にされたが、引っ張られていた分、余韻があってすぐには動けなかった。だから、私は顔を突きつけて、言ってやったのだ。
「日本の頭脳、T大の大学生ですうぅー」
「う、ウソだろ? 中学生くらいかと思っていた……」
「はああ⁉︎ ちょっと待て、それは聞き捨てならんっ」
「とにかく、俺もここだ。T大の留学生だからな」
「え、そうなの?」
「ああ、おまえには想像もできんような金額の寄付もしているんだからな」
私はその事実に絶句してしまい、ポカンと口を開けるしかなかった。
「こんなおっさんでも、大学って入れるの⁉︎」
その一言で、王子さまの顔色が、さっと変わった。
「おっさんだと⁉︎ な、なんて失礼な女なんだ、おまえのような失礼な女、初めて見たぞ! この、クソ、……く、クソ、……」
「クソバカヤロウ?」
「そうそれ!」
指をビシッと差してくる。
「俺はまだ23歳だっっっっっ」
私は刺された指を、右手でそっとどけると、まじまじと王子さまの顔を見た。そして、ぷうっと吹き出してしまった。
「ふふふウソでしょ、冗談はやめてよう。あはははぁ」
笑いがこみ上げてきて止まらなくなり、腹を抱えて笑う。
「に、にじゅうさん? あはは笑わかすのもうヤメテ」
すると。真っ青だった王子さまの顔が、真っ赤に染まっていった。眉も目も釣り上がり、唇がふるふると微妙に震えている。
「おまえ! おまええええぇ!」
そして、右腕をばっと振り上げた。握りこぶしだ!
まじかっっ。
「ちょヤメテ」
こんなに太くて硬そうな腕を振り下ろされたら、頭がもげるっっ。
私は慌てて、王子の胸にラグビーばりのタックルをかました。
ぐほおっ、と王子の唸り声。
さらに胸に顔を埋めるようにして、私は手を伸ばした。両腕を背中に回して、回した腕を締め上げると、王子のさらなる唸り声が聞こえてきた。
「ううう、は、離せっっ! 離すのだっっ!」
「離すもんか、絶対離さないっっ。暴力反対! 反対なんだからねっっっ!」
腕をぐっと掴まれ引き離そうとする。私は離されてはなるまいと一層腕に力を込めた。
「イタイイタイ離せ。もうなにもしないから、離せえええ。このバカヂカラっっ!」
水の入った重いバケツを店内往復で運んだり、開店花を両脇に抱えたりする花屋の腕力ナメンナヨ! うちのおじいちゃんなんか、黒帯なんだからなっ。……関係ないけどっ!
「わかったわかった、わかったからもう勘弁してくれ」
「はあはあ、じゃあ今後一切、私に構わないでっ」
腕を離した瞬間、後ろへと飛び退いた。その勢いもあってか、毒の言葉を吐く。
「ふんだ、いい? 二度と私に近づかないでよっっ」
「クソっ」
王子さまが、胸を押さえて、痛みに顔をしかめている。
「じゃあねっ」
校舎に向かって全速力で走る。完全勝利とはいえ、私も苦く、顔をしかめていた。
なぜって?
「あああ、国際問題いぃぃぃあああああぁぁ」
走りながら叫んだ私の発狂する声が、構内に響いていった。