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なんでこーなるのおおぉ⁉︎


事件は、マッフーが留守の時に起こった。


その日、マッフーは王位継承権の放棄について話し合う、弁護士や専門家との相談の席へと、出かけていた。

昼食が終わっても戻らないマッフーをそわそわしながら心配しつつ、お客さま専用ダイニングのテーブルで昼食後の紅茶をいただいていると。


ドアがギッと静かに開いたので、私が振り返ると、そこからくりくりとした可愛らしい瞳が覗き込んでいる。それも、たくさん。


小さな黒髪の頭がたくさん、縦一列に並んでいる。ブレーメンの音楽隊か、とかツッコミながら、私はその黒いくるくるの頭に向かって、手招きをする。


「おいでよ」


すると、わらわらと八人の弟たちがテーブルを回り込んで、私のイスの周りを取り囲む。


「(はい、これ)」


代表でなのかわからないが、ルマティの手には黄色の花が摘まれていた。

差し出してくれてるわけだから、私にくれるんだよね‼︎


「ありがとう」


そう言って受け取ると、ルマティがニコッと笑う。

えーっと待ってね。


「ルマティ」


ルマティの顔を見て名前を呼ぶと、ルマティが小さなあごを打つ。そして。


「マハティ」

「ムスタファ」

「カミール」

「ウマル」

「アリー」

「ハリム」

「んーっと、おちびちゃんは……」

「(サレハ)」


私は笑って言った。


「ごめんごめん、サレハ」


そして目を見て、もう一度「サレハ」と言い直す。


「お花、きれい。ありがとう」


言葉は通じないし、マッフーはいないけれど。私はお花を顔に近づけて、その香りを鼻からおおいに吸い込んでニカッと笑ったら、ふふふっと弟くんたちが笑い出した。


「あら、そんなに鼻の穴が広がってたかな」


鼻の穴をパカパカと広げたりしてみる。

もうそれだけで、子どもは喜び、そして自分でもやってみようとするのだ。


弟くんたちの小鼻は動かないのに、口元や眉毛が動いて、一番下のおちびちゃんサレハは、ひょっとこのような口にしている。


「あはは、笑える」


私が言うと、さらに弟くんたちが近づいてきて、なんとおちびちゃんサレハが私の膝の上に乗ってきて、座った。


「おお、なになに、懐いてくれてる⁇」


私が上機嫌で、サレハを抱っこするもんだから、サレハを引っ張り下ろして自分も座ろうとする弟くんたち。それを、さすがルマティが止めようとしているが、よじ登るのをやめないので、私は苦笑いで立ち上がった。

抱っこしていたウマルを下ろす。


「じゃあ、みんなで遊ぼうか」

「アソブ、アソブ」


この言葉は、マッフーが弟くんたちとしっぽ取りして遊んだ時、教えた日本語だ。うんうん、ちゃんと覚えてるね。賢いぞ、キミたち。


「じゃあ今日は、ハンカチ落とししよう。ハ・ン・カ・チ・お・と・し」


ダイニングのテーブルを横へよけると、私は部屋の中央にちょっとした空間を作った。


「(ハンカチおとし)」


私が頷きながら、ポケットからハンカチを取り出すと。


弟くんたちが一斉にポケットに手を突っ込んで、自分のハンカチを取り出す。


「ななななんという素直な子どもたち……」


私がおおいに感動していると、ハンカチを差し出してくる。


「ありがとう。でもいいの。ハンカチは一枚で」


身振り手振りでなんとか伝えて、みんなで丸く輪になって座り、準備は万端だ。


「それでは、始めまーす」


私がまず、鬼としてハンカチを持つ。


この時、ハンカチは丸めて手の中に隠すようにして持つのがコツだよ。


さ、みんなは目をつぶって、クローズユアアーイズ。丸く輪になったみんなの背中の側を通って円を回るよ。ひとりの後ろにハンカチを落とすからね。手で後ろを探ってもいいから、ハンカチを見つけたら、ハンカチを取って、鬼を追いかける。run and run。


そして一周する間に鬼を捕まえたら、鬼の負け。もし捕まえられなくて、鬼がその子の席に座ったら、鬼の勝ち。鬼は交代ね。


「さあ、やろうっっ」


私は、ハンカチを両手に隠し持ち、そして最初は見本ねと思い、長男ルマティの背後にそっと置いた。ルマティがハンカチに気づき、私を追いかけてくる。ルマティの足の速さは折り紙つきで、私はあっという間に捕まった。


「きゃあっ、あは、あはは。捕まったあ」

「(カエデがもう一度鬼だね)」

「じゃあ、いくよーレディーゴーっっ‼︎」


幼い子どもたちはルールがわかっていないけど、追いかけっこは楽しいよ。


「キャアっ」

「ひゃっ」

「はははっ」


ハンカチ持って、突進してくる。私のももにぶつかってきては、抱きついてくる。


可愛い子どもたち。自然と笑みも溢れて、私は大声で笑った。楽しかったんだ。とっても。


けれど、その時。


バタンっと音がして、ダイニングのドアが勢いよく開かれた。


「(騒がしいぞっ、いったいなにをしているんだっっ‼︎)」


雷が落ちたような怒声だった。

首をすくめてから、そちらを見ると。


マッフーのお父さん、すなわちここザイードの王さまが、難しい顔で仁王立ち。


走り回っていた弟くんたちも、一瞬でビシッと止まり、気をつけになっている。


「(……なんだ、またおまえか、まだ日本に帰っていなかったのか)」


低く地を這うような声。なんて言ってるかわわからないけれど、初対面の時と同様に、睨まれている私が怒られているのだと、知れた。


「うるさくして、ごめんなさいっっ」


私は慌てて、謝罪の言葉を口にしつつ、頭を下げた。平身低頭。


「(おまえたちも、なぜこのような愚かなバカ騒ぎをしているのだ)」


言葉はわからない。

けれど矛先が変わったのはわかった。私は下げた頭の位置で、そおっと視線を上げた。


弟くんたちの、その表情。

荒げられた声に怯えている、というのもあるのだろう。さっと、血の気が引いたような、真っ白な顔。


そして、その場で固まってしまっている。

一番幼いサレハなんて、もう涙目でぶるぶる震えている。


(あ、怒られてるんだ……)


それが分かると、私の胸は急激に冷たくなっていった。

そして。


さらなる雷。どんっと落ちて、木でも岩でもをかち割ってしまいそうな、その恐ろしさ。


「(ルマティっっ‼︎ なぜ、こんなことをしているのかと聞いているっっ‼︎)」


ルマティの名を聞いた時、肝が冷えた。


ああ、今度は。


マッフーの代わりに、このザイードの王の第一継承者になる、ルマティが。マッフーがそうであったように、王位継承者として、この目の前にいる厳格な父親に認めてもらうために、一生懸命に頑張らなければならないんだ。


心臓に、ナイフでも刺したかのような、酷い痛みがあった。


私は王さまの方へと顔を向け、向き直った。


「ごめんなさい、悪いのは私なんです。この子たちはただ遊んでいただけで……全然、悪くないんです。もう勘弁してあげてくださいっ」

「(女っっ、口を出すなと言うのがわからんかっっ)」


攻撃に。足をふんじばった。


「マッフーのお父さん‼ ︎ルマティやサレハは、ただ遊んでいただけなの‼︎ あなたの子どもでしょ。それくらい許してあげてよっっ」


私の怒声に、今度はしん、と沈黙が泳ぐ。

我慢するんだ。涙も。そして、悲しみも。


「……マッフーのように……ルマティたちも……な、なにもかもを諦めて、そして笑顔も失って、そんで……」


我慢するんだ。


「ただただ、遊ぶこともできないなんてっっ」


不機嫌な顔を崩さず、王さまは手を大きく振った。


「(なにを言っているのか知らないが、私に意見を言うつもりかっ‼︎)」


さらなる怒鳴り声で、私の涙腺は決壊した。

けれどっ‼︎


泣くな泣くな泣くなっっ、歯を食いしばれ、涙を一滴たりとも見せるんじゃないっっ。泣くな楓っ‼︎ あんたは強いっ‼︎


「そんな……遊ぶことすらできないなんて、そんな……そんな寂しさを、王位と一緒に……一緒に、継承させるだなんて、もってのほかだよっっ」


「(日本語はわからぬ、アラビア語で話せ)」


「人生、誰だって遊びを楽しむ権利がある。おなかから笑って、大好きな人と笑って、笑い合って生きるんだ。それをあんたが取り上げるだなんて、……いくら親だからって、そんな権利ないんだから……」


ぼろっと、涙が落ちた。それでも、私はマッフーのお父さんを睨みつけた。大きく目を見開いて。そして、両足を地面につけて歯をくいしばって。


「(うるさいぞ、もうやめろっっ。おい、誰かいないのかっ、じいや、じいやはどこだ)」

「認めてあげてっ、マッフーをひとりの人間として認めてあげて、今まで息子だったんだから、そう難しくない‼︎ マッフーを……ルマティたちを、認めてあげて」


「(おいっ、ルマティっ‼︎ この女をどうにかしろっっ‼︎)」


王さまはつかつかと部屋の真ん中まで歩いてくると、ルマティにその太い腕を伸ばしながら、名前を叫ぶ。


「(ルマティっっ‼︎)」


その地響きのような声で、ビクッとルマティの身体が跳ね上がる。ルマティの両肩は力が入って上がり、緊張と恐怖で顔色は悪く、みるみる土色になっていく。


「ルマティっ」


私は、力の入らない足を奮い立たせて、王さまとルマティの間に立ちはだかった。


王さまを見る。


そこには釣り上がる目、眉、ひきつる顔の筋肉。頬は盛り上がり、その口は歪みに歪められている。


その時、私の背後から、うっ、うっとルマティのすすり泣く声が。

振り返ると、大粒の涙がグレーの瞳に溜まっている。


(……ルマティ)


ルマティのその姿。

なぜなんだろうね。

私が知るはずもないマッフーの小さい頃の姿と重なったような気がして。


両腕を伸ばして広げる。

ルマティを私の背後に隠すと、私は王さまに向かって、ありったけの声で叫んだ。


「マッフーのお父さんっっ」


真っ直ぐに王さまを見すえる。

そして、心を正して。

大きく息を吸う。

真っ直ぐに。そして誠意を持って。シンプルに。


私はうおおおおっと叫びながら、タックルしにいった。誰にかって? 王さまにだよっっ‼︎


どんっと、王さまの胸に飛び込む。


「(うおっ、いったいなんだ⁉︎ おい、やめろ、離れろっっ)」


腕を背中へと回す。

私の背中に回った手は、私の服を掴み上げて、自分からどうにかして引き離そうとしている。


「(やめろっ、いったいこいつはなにを⁉︎)」


次には肩を大きく力強い手で押してくる。

私は離されまいと喰らいつく。そしてタックルしたまま、ガバッと顔だけを上げると。


「お父さんっっ‼︎ マッフーを私のお嫁さんにくださいっっっ」


ぶほうっと、誰かが吹き出した。

それが、柱の陰で隠れてこの修羅場をハラハラしながら見守っていたじいやさんだということが、そののち、わかったのだった。




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