木登りはわりと得意です。
昼食をいただいた後、マッフーと一緒に中庭をぶらぶらと散歩していると、大樹の下で、絵を描いている男の子に出逢った。
「弟の、ルマティだ」
マッフーに紹介されて、ああ、この子が次の王さまになる子だ、そう頭によぎってしまって、自己嫌悪。そんな風に、判断材料の一つとして、見たくはなかったなあ。
「こんにちは。初めまして」
絵を描いていた手を止めて、ルマティは顎を打った。返事を返してくれたのも嬉しかったけど、じいっと見つめられて思った。マッフーに似てるかもって。
ところどころ、くるんと跳ねた黒髪。大きな瞳。それもやっぱり濃いグレーで。みんなマッフーに似ているように見えるんだなあ。
けれど、血は繋がっていない。それがやっぱり、少し悲しかった。
私は、ルマティが描いている絵を覗き込んだ。木の上のリス。
ほわあああっと思って、私は目の前にある大きな木の上に目をやった。
「リス⁉︎ どこどこ⁉︎」
キョロキョロと探し回るが、リスの姿はどこにも見えない。
そんな私の様子を見て、マッフーが笑った。
「カエデ、見ていろ」
マッフーがルマティの手から、なにかを貰って、木の上へと投げる。
カツンといって大きな枝にある、窪みになにかが当たった音がした。マッフーの手を見ると、そこにはナッツが。そしてもう一度、そのナッツを投げると、その枝の窪みに入った。
しばらくすると、小ぶりの可愛らしい野生のリスがチョロチョロとその大きな尻尾を振りながら、姿を見せた。
「わ、リスだ。可愛い」
窪みに入ったナッツを拾い、コリコリと食べ始める。
すかさず、マッフーがどこかのポケットからスマホを出す。
私はこの日、女性が着るアラブの正装、黒の民族衣装『アバヤ』を着用していたのだが、ポケットが見当たらず、しかも下に着ている洋服もポケットがない服だったため、スマホを部屋に置いてきてしまったのだ。
「その服、ポケット無さそうに見えるけど、どこかにあるんだねえ。どこに隠してんの、まったく」
「んー⁇ まあそこらへんかなあ」
とかなんとか言いながら、リスを被写体にして、バシバシ写真を撮り始める。
インスタでもやってんのかね、王子さまのくせに。
ふと見ると、ルマティはまたイスに座り直して、現れたリスを見ながら絵を描くことに没頭している。斜め後ろから、その長い睫毛と大きな目を見ながら、私はそうしてルマティが絵を描く姿を微笑ましく思っていた。
「マッフーも、そんな写真じゃなくて、ルマティみたいに絵を描いたら?」
言うと、マッフーがスマホをいじりながら、こちらに向ける。
パシャ。
「マッフーーー⁇」
「すまん、なんか撮りたくなった」
「別にいいけど……リスの方が断然可愛いでしょ。リスの方が」
大樹に近づく。見上げると、大樹大きく手を広げ作り出しているその緑陰から零れる光が、ちらちらと目を刺激して、とても眩しく感じた。その中に、尻尾をまるけたリスが、ナッツを一生懸命カリカリしている。
「可愛いー」
ルマティの写生の邪魔にならないように、横から覗き込むようにして、見上げていたら。
「カエデ、ほら」
「おわっ、と」
マッフーがいきなり私を縦抱っこにする。ぐいっと身体を高くリフトアップされて、リスの愛らしい姿がもっとよく見えるようにしてくれた。
「わあっ、ありがと、マッフー」
ルマティが見ているので、少し恥ずかしかったけど、まあいいや。
ずいっと、リスのいる枝に近づくと、その下に二股に分かれている枝があった。木登り得意な私が、その枝に手をかける。そして、近くにあった木のうろに足を突っ込むと、ぐいっと登って、さらにリスに近づいた。
「カエデ、大丈夫か?」
「マッフー、すごいよく見える」
そして、私は受け取っていたナッツを、口に咥えた。
すると。
持っていたナッツを食べ終えたリスが、私の顔を見る。チョロ、チョロ、と近づいてきては、私の口からナッツを奪っていった。
「あははは、大成功っっ‼︎ ねえ、見た? マッフー?」
マッフーを見ると、手で日よけを作りながら見上げていて、私を見つめている。
「カエデ、すごいな。奇跡の瞬間の写真を撮ったぞ」
そう言って、スマホを見せてくる。
私はやったー‼︎ って思って、枝にぶらんとぶら下がり、そしてそこから軽々飛び降りた。
その瞬間。
立ち上がって、呆気にとられているルマティと目が合った。
「あ、ごめんね。邪魔しちゃったね」
苦笑しながら私がそう言うと、マッフーが通訳してくれて。するとルマティは、大丈夫、気にしてないと言って、首を横に振ってくれた。
「ありがとう」
そっと、手を振る。
すると、ルマティの恥ずかしそうに手を振り返してくれる、その姿。
アラブの中庭。緑陰の揺れる下で。
それこそ、絵画の一枚のようだった。




