日本国民の皆さま……すみません……
(うわあ、これが噂のスイートルームかあ。パねーなー……)
リージェントホテルの一室。私がいつまで経っても開いた口が塞がらないとはこのことかぐらいに口をポカンと開けっぱなしにしているもんだから、テーブルを挟んで目の前に座っている女性はさもめんどくさそうな顔で(←ここ重要)、すでに用意していた書類をささっと出してきた。
時間の無駄! 手続き短縮! みたいな態度にカチン。
「殿倉 楓さま。先日は事故に遭われたとのこと、お見舞い申し上げます」
「あああれ、私じゃないんです。うちの近所の子なんですけどね、悠人が、」
「私は弁護士の、梶谷です。これどうぞ」
すっと名刺を差し出され、すっと反射で受け取る。こんなところでドヤるわけではないが、反射神経運動神経は良い方だ。
え?
弁護士さん?
「……えっとぉ……?」
「殿倉さん。はっきり申し上げますと、この件、国際問題にもなりかねません」
ドキーーーッッ。
まさか(←薄々)の展開!
「どどどどうしてですか?」
「それは、ザイード国の王子、ナーシルッディーン・マフムード氏がかなりのご立腹だからです」
わかったはいはい。外車の修理代って話か⁉︎
「でもあの車、左ハンドルだったけど、日本車ですよね?」
だって、ト◯タって書いてあったから! この目でちゃんと見たんだからね!
「問題は車ではないということです」
「え? だったら、」
「名誉毀損もしくは侮辱罪です」
「…………え。」
驚きすぎて、二の句が告げられない。
「殿倉さん、あなた、王子に向かってなんて言いました?」
「…………え。」
「王子を傷つけるような言葉を言ったはずですよ」
「…………」
「殿倉さん……?」
弁護士さんが、はあぁっと深くため息をついた。美人とはこんな絵に描いたような呆れ顔ができるのか。
面と向かってあのことは言えない。……気がする。
「殿倉さん、何度も言うようですが、これは国際問題……」
「っ⁉︎ 」
「これは国際……」
「っっ⁉︎」
「これはこく、」
「キーマカレーのおじさんって言いましたっっ」
ああ、もう!
観念するわ! 白状すりゃいいんでしょ!
「王子さまのこと、キーマカレーのおじさんって言いました。でも、知らなかったんです。キーマカレーがインドだって。しょうがないじゃないですか、別にそこまでザイードの王子さまが有名人ってわけでもないし。ってか、ここ日本ですからね⁉︎ それに王子っていったら、シュッとして若くてイケメンって決まってるでしょ。まさか、あんなおっさんが王子だなんて思わないじゃないですかっ。じゃあ、逆に? 逆ですよ? 王子さまが私のこと、花屋の小娘め、みたいなこと言ったとしても、侮辱罪とか名誉毀損とかパワハラとかになるんですかあ?」
もう知らんっっ。
私は開き直った。
「事故だってそうですよ。そりゃあ、飛び出した悠人が悪いですよ。でもねえ、いい歳こいた大人がですよ。大丈夫か、怪我してないかとか気遣いの言葉も言えないなんて? それくらい、そこら辺のただのカレー屋のおっさんだって言えますよっっ!」
その時!
後ろでバタンっと音がして、ドアが勢いよく開いた。ザイードの王子さまが握った両手をぶるぶると震わせながら立っている。
「ききき貴様あああ」
あーあやってまった。
どうやら国際問題の導火線に火をつけてしまった旨……パパママおじいちゃん、そして日本国民の皆さま、心からお詫び申し上げます。
面目ありません。