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お父さんとの距離、1キロ。


「(おまえがその、日本の女か)」


あーもうこれどーーーなってんの。

テーブルの上には、紅茶が注がれたティーカップ。

その高級そうなティーセットの前に、ちょこんと座っている。


ただ。

テーブル長っっ‼︎


マッフーとはまあ、近い距離と言えるけれど、マッフーの父親である、ザイードの王シャフィーク=マフムードさまとは、どんだけ遠いのこれ。距離にして1キロはあるねこれ。


給仕の方々が、スコーンみたいなオヤツみたいなものを置いて、部屋から出ていったのを見計らって、私はガタンっとイスから立って、頭を下げた。


「は、初めまして。マ、マフ、な、ナーシルッディーン・マフムード王子には、い、いつもお世話になっております」


覚えたっ。てか言えたっ‼︎ ある意味、マッフーの名前を連呼するじいやさんのおかげ‼︎


けれど、お父さん。むっつり黙って、なんの反応もない。

漂う空気が、ヘビー級。


いやいや、こっちがお世話してんだしってツッコミをかます隙も余裕もありゃしない。


「(なんだこの女は)」


威厳あるお姿。なんて言ったのかな? 挨拶? アラビア語、ハードル高ああ。


「あ、私、殿倉楓と言います」


名前を言った途端。


「(私が話す前に喋るなっ‼︎ ナーシルッディーン、そう女に言えっ‼︎)」


すごい剣幕で怒鳴られた。私の肩が、ビクッと上がる。そのお腹に響く大きな声に、私の身体から力がスルスルと逃げていった。ストン、とイスに腰を下ろす。


「(女じゃない、カエデです。私の婚約者で……、)」

「(私が話す前に喋るなと言っている)」


低く、地を這うような太い声。なにを言っているかわからないけれど、怒っていることだけはわかる。


二人の睨み合う様子を見て、私は心配になり、オロオロとしてしまった。こんなにも、どこもかしこもが厳しい人に出会ったことがない。


「カエデ、悪いが先に父上が話すそうだ」


苦笑しながら、私へと顔を向ける。

言い方は柔らかいが、マッフーが先に折れたんだ、そう思った。半開きだった口を、ぐうっと噤んで結んだ。


「(おまえが夢中になっている日本の女が、どんなものかと思ってみれば、なんだこの貧相な女は。なんの魅力もない、乳臭い子どものような女だ)」

「(父上っ)」


マッフーの、ガラッと変わった顔の表情を見て、ああ、私ディスられてるんだなあってわかる。テーブルの上には、マッフーの握ったこぶし。力が入っていて、少し震えている。話のわかる相手じゃないのかもしれない。親と子の隔たりが、とても深いものなのだと、直感した。


「(すぐに日本に追い返せ。おまえのせいで、時間を無駄にした)」


冷ややかな視線。力の象徴であろう太い眉は釣り上がり、眼光の鋭い目はさげすみで細められている。その瞳は、私を最初に一瞥してからは、もう私など見てはいない。


拒否、拒絶。なんという分かりやすさだ。遠慮のない嫌悪感。うちの頑固なおじいちゃんでも、相当な性悪に出会った時くらいしか、こんな態度や表情はしない。


怒りが湧いてきた。と同時に悲しみも湧いてきた。


マッフーはこんな環境で、育てられたんだと思うと。


出逢った頃のマッフーを思い出す。高飛車で抑圧的な態度に、なるほどと少し納得が出来るような気がしたけれど、ここまで酷くなかった。


「(父上、私はカエデを愛していま、)」


被せるように次の一手を打ってくる。


「(おまえはもう私の息子ではない。好きにするがいい。おまえが私のことを父と呼ぶことも許してやろう。だが、その女との結婚を許すわけにはいかん)」

「(…………)」


言葉に詰まっているマッフーを見て、私は嫌な予感がした。


「(おまえにはサリーヌがおるであろう。あの子はよくできた子だ。おまえに王位継承権がなくとも、気にしないと言ってのけた。サリーヌには由緒正しい王族の血筋もある。なんとか、おまえの体裁も整うだろう)」


サリーヌ。くそうっっ、そこだけ聞き取れてしまった。くそうっっ。


「(ですが、父上っっ)」

「(もういい、この話はこれで終わりだ。その女を連れて、出て行け)」


だんっと、テーブルを叩いた。


「ひっ」


突然の破裂音に、私の喉が鳴った。

その衝撃に、私はその場で完全に固まってしまった。


ティータイムなら和めるのではと、時間を選んで慎重に面会を決めたというのに。お茶を飲みながら、穏やかな雰囲気で話せるのではないかと、期待したのに。


よく来たね、と。

言って欲しかった。


涙が溢れそうになる。じわりと涙が溜まったけれど、それを落としてなるものかと、私は必死で目を見開いて我慢した。


だって。

マッフーが。

同じように、苦しんでる。から。

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