試練
「カエデ、やはり……俺は……父上の子ではなかったらしい……」
こうべをガクと垂れて、全身を脱力させながら部屋へと戻ってきたマッフーが、ベッドの上に力なく座った。
宮殿についてまもなく、マッフーが王さま、つまりはお父さんに呼ばれてから一時間ほどして。
部屋へと入ってきた時のマッフーの暗い表情で、なんとなく結果はわかっていたのかも知れない。いや、その前にドアをノックしたその力のなさで、わかっていた。
「……マッフー」
脱力したままベッドに座ったマッフーの横に並んで座る。マッフーの手を握ると、マッフーが自分の頭を私の肩へと、コトンと預けてきた。
「わかってはいるつもりだったが……予想以上に辛いな」
「マッフー……」
「……はああ、でもこれでようやくスッキリした」
「ん」
私は頷くしかできずにいた。
「王位継承権は、ひとつ下の弟ルマティに。父上は俺に、王位継承権を放棄しろと言ってきた」
「なんで、」
「まあ、父上からしてみれば、体裁が悪いのだろうな。弟が次の王位継承権を得るのは、こうなってしまったからには決定的ではあるが、血の……血の繋がりがなかったからと言うより、俺がそれらしい理由をつけて放棄した方が、国内外に堂々と言うことができるからな」
「でも、それって……」
「……仕方がないよ、カエデ」
「それもわかるけど……」
複雑な気持ちが混ざり合って、なんとも言えない気持ちになる。それは霞がかかっているようにもやもやしていて、けれど鉛のように重い。
「カエデ、もう俺は疲れた……」
そっと、目を瞑る。
「今まで一生懸命、父上の跡を継いで王としてザイードを統治しなければと、厳しい戒律や礼儀作法、歴史、法律、帝王学、たくさんを学んできた。けれど、俺が今まで長い時間を費やして学んできたことが、ここへきて全て、意味のないものになってしまうとは……」
「そんなことないよ。意味のないことなんて、いっこもない。でもマッフー、頑張ってきたんだね。それで、遊ぶヒマもなかったんだ」
私が苦く言うと、マッフーは私の肩の上で、ふっと吹き出した。
「そうだな。遊ぶなんてことは、今の今まで一度もしてこなかった。同じくらいの歳の友人なぞは、ここにはただの一人もおらぬのだ。ましてや、オニゴッコなどの遊び、知っていたとしても父上にくだらんことだとイッシュウされていただろうな」
「ん、」
「カエデ、」
ふるっと震えた。泣いている。
「……俺は今まで、なんのために生きてきたのだろうな」
「うん」
「一生懸命に、なにもかもを頑張ってきたのだ」
私は堪らなくなって、マッフーの肩に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。そして、そっと背中をさすった。
「頑張ったんだね。すごいよ」
マッフーのクルクル跳ねた髪が、頬にさわさわっと触れて、こそばゆい。けれど、私は自分の頬を、マッフーの艶のある黒髪に押しつけた。背中に回した手に、力を込めて。
「でも、これからは、自由だよ」
「……カ、エデ」
「なんでも、好きなことができるんだ」
「う、うう……」
ヒックヒックと背中が小さく跳ねた。泣いていいんだよ。こんな時くらい。
「鬼ごっこだって、水風船戦争だってできるし、それにビアガーデンでデートだってできる」
「……う、ふうっっ」
「桜の庭園だって、見られるんだ」
「うわああっっ」
マッフーは私をガバッと抱き寄せた。抱きしめながら、縋りつくようにして、激しく泣いた。
男の人でも。
声をあげて、こんな風に子どもみたく、泣くんだなあ。
私も、一緒に泣きながらそう思うと、堪らなくなって、一生懸命にマッフーの背中をさすった。
少しして。
「ねえマッフー。お父さんにヒゲ、怒られた?」
「ふはっ、」
マッフーが小さく吹き出す。
「ああ、めちゃくちゃ怒られた」
ずっと、さすり続けた。




