帰国の日、恋人同士のキス
夏休みが終わった。
マッフーがザイードに帰国する日が来て。私は不安でいっぱいになっていた。
フラワーショップ『リンカ』の二階、私の部屋で向かい合って座っている。
「カエデ、大切な話があるんだ」
「うん」
どうしよう。私は恐れていた。帰国して、DNA鑑定で、ハッキリと結果が出てしまって、マッフーが傷つくことを。
アラブの石油国ザイードの国王の後継者、第一王子として育てられてきたというのに。それを全て、失ってしまうだなんて。
「お父さんもそんな急に冷たくなったりとかないと思うし、きっと大丈夫だよ。マッフーにはじいやさんもついているんだから」
「ああ、そうだな……」
心なしか少し、元気がない。そりゃあこんな状況で、元気いっぱいでもおかしいけど。けれど、私は精一杯の明るさで、マッフーを見送りたい。
「スマホ、海外でも繋がるんでしょ。向こうに着いたらマッフーがかけてきてよ」
「ああ、そうだな。そういえば、テレビ電話の使い方、ちゃんと理解したか?」
「うんうん、大丈夫。あの『S』マークをタップすればいいんでしょ」
「電話する」
「うん」
「寂しいぞ、カエデ」
「そうだね」
「もっとカエデと一緒にいたい」
「うん、そだね」
日本とザイードは遠い。これからマッフーはほぼ一日をかけて、国へと帰る。
じいやさんにちらっと聞いたのだが……まさかまさかのファーストクラスでなっっ。
最初。
え、それなに? と思い調べたら、なんとまあ、そのチケットのお高いこと‼︎
色々豪華なサービスが無料で(※実際は無料ではない)受けられると聞いて、ちょっと羨ましくなっている、私。
「カエデ、一緒にザイードに来ないか?」
えっっ⁉︎ こんな時にっっ⁉︎ ファーストクラスがちょっと羨ましくなっちゃってるこんな時にまさかっっ‼︎
「いやいや、それはちょっと……困るかな……モニョモニョ」
「カエデが側にいてくれれば、勇気100倍なのだがな」
うーん、どこかで聞いたようなセリフ。
「でも、そんな急に私が行ったら、困る人がいるんじゃないかな。じいやさんとか、……じいやさんとか。お、お父さんも困るんじゃないかな」
「そんなことはないと思うが」
弱気なマッフーに、心を揺さぶられる。そんな顔しないでー。
「大丈夫だよ。そんなに心配しないで。私がいつでも電話に出るし、もし辛いことがあったら、ここに帰ってきてもいいんだから」
「そうか、……そうだな。カエデ、おまえはなんとも心強い女だな」
「マッフー……」
「じゃあ、ザイードに帰る前に、頼みごとがひとつあるのだが、聞いてくれるか?」
「うん、いいよ」
「カエデと恋人同士のキスがしたい」
うおうっキタ、そう思ったけれど、前みたいに焦ったりって気持ちはもうどこかへ行ってしまった。
好きなんだもんね。マッフーのことが。
大事なんだ、あなたが。
「……いいよ」
目の前にあるテーブルを避ける。真正面に座った私の両肩に、マッフーが手をかける。
こんなの初めて。本当に胸って、ドキドキするんだなあ。
「カエデ、愛してる」
マッフーの顔が近づいてくる。だから、目をつぶってみた。
唇に唇が重なってきて、ぱくっと食べるように軽く吸われた。
もう胸がいっぱい。胸がいっぱいで、なぜか涙が滲んできた。
私もこんなに、大好きなんだなあ。アラブの王子さま。




