教育的指導です。ビシッ。
快晴‼︎
この私の、日頃の行いときたら‼︎
「良かったね、台風去ってー」
タメちゃん先輩が、重そうなリュックを背負いながら、平然とそう言ってのけた。タメちゃん先輩の身体の半分はありそうなリュックだが、上下運動以外はなんでも得意なタメちゃん先輩にとって、『重量』とは余裕のアイテムなのだろう。
っていうか、そのリュックの中には、とんでもない量のオニギリが詰め込まれているんだけどなっっ‼︎
「ほんと、はあはあ、晴れて、よかったっす……」
それに比べて、この男二人。マメ金が背負っているリュックなぞ、タメちゃん先輩の三分の一の大きさなのに、出発前からもうふらふらだ。おい。
そして、さらにもっとヘタレなのは、マメ金の天敵、松下なのだが。もうこの男に至っては、キャンプ用具は重くて持てず、そして夕食に作る食材を詰めた保冷バックも持てず、それで舞衣子先輩にほわわんな微笑みで、それであなたはいったい何が持てるんですか? と冷静に問われ、トイレットペーパーです、と答える始末。
「車で運ぶ荷物を選別し直すぞ」
今井部長が苦笑しながら、軽トラの荷台に荷物を放り込んでいった。さすが部長。松下がオロオロしながら抱えていたトイレットペーパーも、バッと奪って軽トラに。その判断、グッジョブです。
荷物を乗せ終わる頃。
「カエデっ」
Tシャツ短パン姿のマッフーが、手を挙げながら走ってくる。
うーん、最近。
マッフーのそんな姿を見ていると。懐いてくれた仔犬のように見えて、可愛いなって思うことがある。これが恋。これが恋⁉︎
「お、おはよー」
「カエデ、カエデが書いてくれた持ち物リストで、ちょっと聞きたいことがあるのだが……」
ガサゴソとポケットから、私が事前に渡していたメモ用紙を出す。
うん、可愛いな。
「これなのだが……」
身体を寄せてきて、紙を差し出す。近づく体温にドキッとしながらも、私も覗き込んで、マッフーが指をさしたところを確認する。するとそこに。
『蚊除けスプレー』とある。
「これがよくわからなかったので、用意できなかったのだ」
心なしか、しゅんとしているような。うむ、可愛い。
「これはね、虫除け。キャンプ場って、虫がいっぱいいるから、スプレーしといた方がいいかなって思って」
「うむ、そうか」
「大丈夫、私が新品の持ってきてるから、貸してあげるよ」
「すまぬな」
すると、身体を寄せていたこの距離で、頬にチュッとキスをされた。
一瞬の出来事だった。
えっ、あっ、はっ、ひえっ、っていう感じになったけど、私の心臓が爆発したため、思考がストップ。なんの反応も返せないでいると、耳元で、「カエデ、今日はとても楽しみだ」と、囁いてくる。
ぞわわっと、身体に震えが走った。
いや、ぞわわって言うと語弊があるな。そういう、ぞぞぞっていうのじゃなくて。
それは、甘い痺れのようなものだ。手の指先がビリビリとして、小刻みに揺れる。その痺れののちに、強烈な火照りがせり上がってきた。
顔が一瞬で、ぼぼぼぼっと火がついたように熱くなる。
「ま、マッフー……」
こんなところでキスなんてと、抗議しようとしても、脳内は甘く痺れていて、言葉がうまく出ない。
恋って、こんな風になっちゃうんだ。
私は、ふらふらと泳ぐ視線を落つけようと、もう一度メモ用紙に目を落とした。
リストの『蚊除けスプレー』を見る。けれど、そのまま下へと視線を辿っていくと。
リストの一番最後、なにやら手書きで追加されている。
私はそれを見て、ひゅっと息をのんだ。
「カエデ」
マッフーはその勢いのまま、頬を私の頬にひっつけて、スリスリしてくる。
「ちょっと待て」
強い言葉が出た。甘く痺れた脳は、それによって正常、冷静沈着、静かに平静を取り戻していった。
「ん? なんだ? カエデ?」
私は、リストの一番下、手書きで追加されている項目を、指をさした。そこにはミミズが這ったようなカタカナで、日本語が書いてある。
「これ、なんだ?」
「ん? ああ、これか。ふはは。カエデはヤボなことを聞くんだなあ。これは今夜、絶対に必要だぞ。サイズはこれでいいか、コンドー……」
言い終わらないうちに、その鼻を指で摘んだ。
「いでで、カエデ、なにをするのだ、ふがっ」
「マッフー、ちょっとこっちに来なさい」
宿題を忘れて職員室に連れていかれるやんちゃ坊主のように、私はサークル室の中へとアラブの石油国ザイードの王子を連行し、「ここに出しなさい」と言って教育的指導を施したのは言うまでもない。
『ひらがな』飛び越えて、『カタカナ』で正式名称、書くんじゃないよっっっ‼︎




