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松下vs.マメ金の恋


一泊二日といえど、子どもを預かる身。安全面では抜かりなくやらねばならぬ。私はすでに申し込みを終えていたスポーツ保険の詳細コピーを各戸、保護者に配ると、さっさとサークル室に戻ってきて、先に始まっていた会議に参加した。


「クイズラリーの際、気をつけることはあるか?」


今井部長が周りを見る。すると、舞衣子先輩が手を挙げた。


「舞衣子」

「道中、小さいけど古井戸があるよ」

「あ、ヤバイ。それこの前の下見ん時、チェックし忘れた」


クイズラリー係のマメ金こと金田が、慌ててキャンプ場の場内地図を開いた。古井戸の位置に蛍光ペンで印をつける。


「マメ金、ちゃんと子ども用の注意喚起リストに含めとけよ」

「ういっす」


マメ金は手にしていた蛍光ペンを、親指の上でクルッと回してから、リストにチェックを入れる。マメ金はいつもマメだ。この性格が功を奏して(⁇)、安全対策係に任命されている。


「そん時やっとかないと、忘れちゃうだろ。だから、俺はいつも『その場主義』ってやつだ。これで、受験も乗り切ったんだからな」


新歓コンパの時、そう主張していたマメ金の姿を思い出す。その時は、本当にこの『けやきのき』に入部するとは思っていなかったもんだから、私は素っ気ないほどに、生返事をした。


「ふーーん」と。


マメ金はそれをいまだ根に持っている。


「おい、舞衣子。ちょっとついてきてくれ」


舞衣子先輩を連れて、今井部長がサークル室から、出ていく。たぶんあれだ。部室倉庫にキャンプ用具の点検に行ったのだと思う。


キャンプの夜ご飯はカレーライスって決まってるんだけど、炭とか飯ごうとかをチェックしに行ったんだと思う。……たぶん。


「違うな。あれはデートだろ」


H大ミスキャンパスとの仲が破談になった滝先輩が、ポロシャツの襟を立てる。俺もついていって邪魔してくると言って、そそくさとサークル室を飛び出していった。


まったく滝先輩ってば、この前はマッフーに日本の思い出をプレゼントしようだなんて、あんな良いこと言ってたのに。人間性を疑うなあ。


まいいや。とにかく、マメ金こと金田の話に戻ろう。


マメ金との初対面は新歓コンパの時だった。


マメ金はとにかく、自分の側にオシボリを常に用意していて、あちこちのテーブルがちょっとでも汚れると、そのオシボリで、さっさっとマメに拭いて回っていた。女子からはその行動に悲鳴が上がりそうだが、マメ金はまるで気にせず、その行為にいちいち意義を持ち出していた。


「テーブルが汚れると、手とか服が汚れるだろ。俺はそれを防いでいるってわけだ。おい、そこの女子っ、醤油を何度も垂らすなよっっ。……それにしてもだ。女は絶対にテーブルを拭かないだろう? 俺は女がテーブルを拭いているところを見たことがないからな。女はテーブルを拭かない人種だ‼︎」


なんという偏見の塊……そして、その偏見も歪みに歪んで一周回りそうだ。


テーブルくらい拭くわっっっっと思ったが、酔っ払いの相手をするのも面倒くさかった。

だから、言ったのだ。もう一度。「ふーん」と。


「あの時さあ、楓、俺に全然興味持たなかっただろ」

「だって、会ったばっかの人に? 偏った偏見に基づく主義主張されたって……? ねえ?」


文系脳の松下に同意を求める。


「俺もあれ、マジでウゼえって思ったわ」


おい、直球ヤメろ。


「いや、そこまでは思っとらんて……」

「松下、おまえ今なんつった⁉︎」


⁉︎ 待て待て。


「ウゼえって言ったんだよ」


松下あああ、こういう時にこそ、日本の美しき言葉を使うべきだぞっっ‼︎


「ちょ、っと、やめてよ」

「なんだと。俺のどこがウゼエえんだっ」

「そういうところがだよ」


っとまあ、この二人、いっつもこんな風になってしまうのだけど、どう思います⁉︎ 仲が悪いにもほどがある⁉︎ ですね。


だから私が間に入ってだね。両手を広げて、「私のために、争わないでっっ」とか、「おい、そこの二人、いい加減にしないかっっ⁉︎ 人類みな、兄弟っっ‼︎ 松下っ金田っ、私の仮説に異論はないな⁉︎」などと、教養課程の宗教学の変わり者、丹下教授の真似をして、収束を図るのが、私の役目なんだが、むなしいわ……。


「松下とマメ金を御すのは、おまえしかいないぞ、楓」


今井部長がいつも、苦笑いで任命してくる。

それにしても、なんでいつもこんな喧嘩腰になっちゃうんかなあと思っていたら。


私の方を見て、「好きなんだよ」と、松下が言ってくる。

ん⁇

ん⁉︎


「ちょちょちょちょちょっと待って、え、私⁇ え、え、えー⁉︎」

「俺の方が好きだっ」


ま、マメ金も⁉︎


「やだ、本当に⁇」


これは大問題じゃ……。リアル『私のために争わないで』だぞーーーなんて焦っていると。すぐに、二人は対峙しなおして。


「おまえのことなんか、タメちゃん先輩はなんとも思ってないからな」

「それはこっちのセリフだ‼︎」


と、推移。

あ、そうね。

…………。


おめーら。まぎらわしーんだよっっ。

と言いつつ、なぜ仲が悪いのか、その理由がわかりスッキリしたという。


私がひとり、うむうむ自己完結していると、そこへ噂のタメちゃん先輩がやってきた。


ナーイスタイミングっ‼︎


「はあー、お腹すいたあ」


手に下げたコンビニ袋に見えるのは、おにぎりがひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。


うむうむ。

とにかく、さあ、君たちどうする⁉︎ 女神が降臨したもうたぞっっ、修羅場と化すか、それとも……なんてワクワクして待っていると、二人はスンッと殺気を収め、さああっとサークル室の両極端の位置まで離れていった。いそいそと他ごとをし始める。


マメ金にあっては、無言で折り紙を折り始めるではないか。


「ま、マメ金? それはいったい……」

「え⁉︎ ああ⁉︎ お、おう、楓か」


楓か、じゃない。ずっと、ここにおっただろうが。


「こ、これはな。クイズラリーで優勝した子に進呈するメダルだよ」


小刻みに震える指で、金色の折り紙を器用に折って、金メダルにしていく。


一方、松下を見ると、タメちゃん先輩に背中を向けて、サークル室の本棚にあるゴ◯ゴ13を読みふけっている、フリをしている。

おい松下、それ上下さかさのヤツ。あるあるのヤツ。文庫ならわかるが、それ、マンガだぞ。


二人が黙っちゃうもんだから、サークル室は先ほどの騒ぎと打って変わって、沈黙の空気。重い。沈黙が重すぎる。


そんな中、そんなの全然気にしませんのタメちゃん先輩が、ガサガサと音をさせて、おにぎりを食べ始めた。


「んー、シャケわかめって美味しいよね。最高っ」

「タメちゃん先輩、シャケわかめが好きなんだ……」

「え、シャケわかめも好きだけど、シーチキンマヨも好きだし……ひとつに決めなきゃダメ⁇」


丸いお目目で、じいっと私を見てくる。

タメちゃん先輩。うん、可愛い。見てると幸せになってくるかも。


二人の男は、頬を染めながら、タメちゃん先輩の方をチラチラと見ている。


(あーーーー、純愛ってこういう感じなんだなあ。これだよ、これ)


静寂の中、乾いた海苔のパリパリパリパリという音が永遠に続く(まだコンビニ袋に六個はある)ことを知っていたので、私は。


「そ、それじゃ、私はこれで……」

「楓ちゃん、またねー」


自分のリュックを抱えると、まるで泥棒かってくらいの抜き足差し足でサークル室を脱出した。


こうして、夏休みのキャンプの準備は着々と進んでいった。

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