嘘でしょ
「でぃ、DNA鑑定……」
驚きのあまり、二の句が告げれなかった。取っていたファイティングポーズを解除して、ベッドに腰掛けているマッフーの隣に座った。
少しの間の、沈黙。
夕刊を配るバイクの音が、ブロロロロと消えていく。
少ししてからマッフーが、訥々と続けた。
「そうだ」
「でも、それって……」
「ああ、それで結果、父上の実子じゃないと判明したら、ザイードを追い出されるだろうな」
ちょっと待って。今、とても重い話になってるんです。こんなことってあるんですか。マンガじゃないですか。
よく、貧乏で苦労している主人公が、実は行方知れずとなっていた大金持ちの息子だった、なんてありますけれど。これはその逆パターンだ。
「でも、そのDNA鑑定の結果が出ないとわかんないってことだよね?」
「ああ。だからこそ、みながその結果を待っているわけだ。俺はその間、いても立ってもいられず、こうして日本へやってきたのだがな……ってまあ、前から日本に興味はあったし。じいやとマリアに日本人は礼儀正しく優しい民族だと聞いていたから、その姿をこの目で見たいというのもあってだな」
はああっとため息を吐いた。
「本当は、DNA鑑定を待たずとも、結果は分かりきっておるのだがな」
「え、どういうこと?」
目を向ける。
「まあ、手っ取り早く言えば、母上の浮気が原因だ。母上は、政略結婚のようなものだったから、それを哀れに思って父上も母上の浮気を黙認していたのだが、その間にあっという間に俺が生まれてしまった、というわけだ。けれど、その事実を伏せて、父上は俺を第一王子として育ててくれようとしていた。だが、そのうちに母上が病気で亡くなってしまってだな。それで父上はすぐに再婚をしたのだが、たちまち……」
「た、たちまち⁇」
「息子が八人も生まれたのだよ」
「は、はちにん⁉︎」
マッフーは膝の上で握っていた両手を広げ、そしてベッドにそのままゴロンと転がった。
「それでまあ、血の繋がらない俺は不要ということだ」
「……でもそんなの酷い」
「カエデ、俺はもうとっくの昔から、正式な王の第一後継者ではないのだ。母上の浮気でできた子どもだということは、誰も口にはしないが、実はみなの知るところだ。ただ、確定ではなかったから、ベンギジョウ第一王子と呼ばれてはいたけれどな」
「それで、DNA鑑定……」
遠い目で天井を見つめるマッフー。その瞳が少し、潤んでいるような気もする。
「……そんなわけで、カエデ。悪いが、俺と結婚してもおまえをザイードの妃にすることはできないんだ。すまない」
「そんなの別になろうとも、なりたいとも思わないし」
すると、マッフーは薄く笑って、「カエデはそこが他の女とは違うところだな」と、呟くように言った。
「俺の周りに寄ってくるのは、地位や金目当ての女ばかりだ」
過日サークル室に去来した、女学生どもを思い出す。彼女たちもまた、そういう輩だったのだろうか。人間関係の機微に疎い私は、いつもその点で置いてけぼりになるけれど。
「そんな人ばっかじゃないと思う……けど」
「じいややマリアに日本人は礼儀正しく、優しい人ばかりだと聞いたのだ。カエデは礼儀はめちゃくちゃだが、今までに見たことも出会ったこともないような優しい心の持ち主だ。周りの人や物を大切にしている。俺はそこに惚れたのだからな」
うわ、サラッと極上な褒め言葉を言ったよ、この人。(一部ディスったのには目を瞑る)
それにしても、今まで王になるものだと思って育ってきたのにその人生、まるでオセロのように白と黒、真反対にひっくり返されるなんて。
辛い。辛いに決まってる。
ゴロンと横になったマッフーの横に、私もゴロンとなった。そして、マッフーのように天井を見ると、私は言った。
「そんな簡単には割り切れないとは思うけど……」
続けて言う。
「もし、そうなったら『自由』が手に入るって思えば……」
「……自由、か」
「うん、かけがえのないものだよ」
「そうだな」
「好きなものを食べて、好きなものを見て、好きな人と一緒にいる。それが、できるのって、こんな幸せなことってないと思うから」
「ん、」
「マッフー、だから大丈夫」
「ふは、カエデにそう言われると、心が軽くなるな」
「そう?」
ふふ、と笑う。
「もし、王になれなくともカエデ。おまえとまた、桜が見たいな」
「うん、見れるよ」
「約束な」
「ん、約束」
私とマッフーは、ベッドにゴロンと転がったまま、手を繋いだ。マッフーの手は大きくて温かい。サークル室横の大木、楡の木に木登りをするとき、上から引っ張り上げてくれる、力強い手。オシリズモウをやる時に、倒れそうになる私の腰をそっと支える、大きな手。
次第に、ドキドキと高鳴っていくのは、心臓。そして、浅く繰り返される、呼吸。
『カエデ、お前と子作りがしたい』
真剣な顔でそう言ったマッフーの熱を帯びた瞳を思い出し、私はそれこそ熱に浮かされたように、頬が赤らんだ。
「子作りがしたいなどと唐突にすまなかった。けれど、王でなくなる前に結婚したかったという気持ちがあってだな。それが先んじてしまったというわけだ」
どういうわけだとツッコミたかったけれど、そんな雰囲気じゃなくて。
「カエデ、おまえを愛してるんだ」
かあっと顔が火照ってくる。
(ヤバイこの状況。私、マッフーとベッドの上で……)
「カエデ」
低く掠れた声で名前を呼ばれ、心臓がカエルのようにジャンプした。
「ん、」
ごそっと衣擦れの音と、ギシ、ギシとベッドが軋む。
「カエデ」
まあ、子作りはあれだけど、キスくらいはいいかな。目を瞑った。
「うん」
けれど。
「……カエデええ、この男は誰だ。浮気か⁉︎ これは俺に対するチョウセンジョウかっ⁉︎」
目を開けると、今度は天井にアラシの相◯雅紀くんのポスター。
そこで、マッフーがガバッと起き上がり、周りを見渡した。
「ぐぬぬぬ。よく見たら、俺の知らぬ男が、計五人もおるではないかっ。くそっ……許さんぞ、すぐにこれをはがすんだっっ‼︎ 浮気かっっ、浮気だなっっ。これが、動かぬ証拠だ‼︎」
うむ。
よし。
はがそう。




