残念だったな、滝くん。
「なあ、楓ちゃん。それにしてもだな」
滝先輩が探偵風に、ピストルを模した指にして、手をアゴに当てている。
「はあ」
私は動かしていた手を止め、一応滝先輩へと目を向けた。
ビアガーデンの一件で、以前にも増して、私の滝先輩への信頼度はぐうんと下がっている。だから、い・ち・お・う・は目を向けたけれど、それが胡散臭い者を見る目になっていることは、まあ仕方がないだろう。
「なによう」
「おかしいとは思わないか?」
「ふ? なにが?」
さらに滝先輩が、探偵風に言う。意味もなく、着てるポロシャツの襟を立てるんじゃない。
「マッフーだ」
「うん、だからなにが?」
『活動』が始まる前。
まだ、マッフーは姿を見せていない。
私は今日、『活動』で使う『背負い玉入れ』の準備をしている。
『背負い玉入れ』とは基本、あの運動会でよくやる玉入れなのだが、カゴ係が玉を入れるカゴを背負って、走って逃げるのだ。その中に、玉を放り込む。
カゴ係が、玉の集中砲火にどれだけ耐えれるか。別名『ストレス発散玉入れ』。
まあ、カゴ係とはだいたいが学生がやるので、参加の小学生が、玉入れの得点はガン無視で、玉をどれだけ学生にぶつけられるか、日頃の鬱憤を発散する、遊びと化してはいる。ちなみにこれ、子どもの好きな遊び(活動)ランキングの、第3位を獲得している。
リュック型のカゴの破れを、ガムテープで直す。
サークル室には現在、私と滝先輩の二人。
普段隠しているが実は、女子力レベル9(10段階)のスキルを持つ滝先輩は、玉入れの玉の破れた部分を、裁縫の技術を駆使して、針と糸とでチクチクと直している。
「マッフーはあれだろ? ザイードの第一王子なんだろ?」
「そうみたいだね」
「それにしては、あまりにも自由すぎるだろ。よくあんな勝手な行動できてるよな」
私は顔を跳ねあげて、月に一度あるかないかの、共感の頷きを滝先輩に投げかけた。
「私も思った‼︎ SPとか執事とかが一人もいないなんて、ちょっとおかしいよね⁉︎」
「楓ちゃん、その辺なんにも聞いてねえの?」
「うん、聞いてない」
「なんか、ワケありかもな」
「え、そ、そうなんかなあ」
滝先輩が神妙な面持ちで言うもんだから、心配な芽が、芽生えてしまったじゃないか。
大切なものが何もないと言い切ったマッフーの、寂しそうな顔が蘇る。王子さまは王子さまで、色々大変なのかもしれないな。
今まであまりにドタバタ過ぎて、マッフーの置かれている状況に、考えが及ばなかったことに、気づく。
むう、といつになく、私も神妙になっていると。
ガタンギギっといって、サークル室のドアが開いた。
「すみませーん」
女の子の声がして、私と滝先輩が振り返る。
「こちらに殿倉さんって、いらっしゃいますか?」
化粧バッチリ、オシャレバッチリの、今ドキ女子が二人……と思ったら。
「ちょっと押さないでよ」
「痛い痛いってば」
うん、どうやら後ろにもたくさんいますね。
「殿倉は私ですけど」
私が名乗り出ると、いきなりシーーーーン。
え、なんの反応これ⁇
「ウソこれえ?」
「いやだマジで?」
「もうちょっとこう…」
悪かったね、原宿とか表参道とかで巻き起こっている世界のムーブメント『可愛い』からぐーんとかけ離れた存在でっ‼︎ って、彼女らの言いたいことが以心伝心のところが草。
「なにか用ですか?」
「あなた本当にマフムード王子と付き合ってるんですか?」
私はビアガーデンデートを苦ーく思い出しながら、確かにぐでんぐでんの酔っ払いをおうりゃあっと背負い投げで担いで帰ったけれども、あれは正真正銘のデートなんだから付き合ってることになるヨネ、と確認し、そして答えた。
「はあ、まあ」
すると、女子どもは皆、ぎゃあーーーとこの世のものとも思えない雄叫びをあげた。
「ウソでしょこんなのやだやだ」
そこのキミ、こんなの……って‼︎
私が頭から、ムキムキと怒りのツノを生やしつついると、滝先輩が援護射撃を食らわせてくれる。
「まあまあ、王子がダメでも男なんて他にもいっぱいいるから。ね‼︎」
逆ナン臭がプンプンするが、まあいいだろう。
じゃあ俺と連絡先交換する⁇ などと言いながら、いそいそとポケットからスマホを取り出している滝先輩を、まあ黙ってればこの人イケメンだから良かったらドウゾなどと、差し出してみる。すると。
「やだっ、二股ですかっ。何さまのつもりです?」ときた。
「マフムード王子が可哀想‼︎」
「信じられない‼︎ こんな堂々とっ」
「マフムード王子と別れてください」
「ブスッ」
なんだとっ⁉︎ ブスは聞き捨てならんっ‼︎
あまりの罵詈雑言に堪忍袋の緒がブチギレそうになるのを、ぐっと抑える。ってか、もうツノは生えちまってるけどな‼︎
「ねえちょっとあんたたち、黙って聞いてりゃ……」
私は、手に持って直していた背負いカゴを、横にバシッと投げつけた。もちろん、ガムテープもだ。
滝先輩も臨戦態勢に入ったのか、立て膝をして中腰の姿勢になっている。うん、右手に握りしめているスマホはまあ気にしないようにしよう……。
「何をしている」
低い声が響いた。
わあわあしていた女の子たちが動きを止め、徐々に徐々に、端にジリジリと寄っていく。人波がさあっと分かれたと思うと、マッフーが颯爽と登場した。
ああ、どうなるんだこれ。
「マフムード王子、殿倉さん、あの男の人と付き合ってますよ」
「二股かけられているんですよ。こんな子のどこがいいんですか。別れた方がいいです。目を覚ましてください」
体型は華奢でシフォンのフリルスカートが可愛いけれど、態度は重量級な女子が、早口でまくし立てる。
「騙されてるんですよ、王子は‼︎ あっちもこっちもだなんて、汚い女っ」
「おいっ」
さすがの女好きな滝先輩も、スマホをポケットに収めている。ちゃんと女を見る目があるんだなあ、と変なところで感心する。
けれど、口を開いたのは、マッフーだった。
「おかしなことを言わないでもらいたい。この男、タキにはちゃんと他に恋人がいるのだ。だからカエデはこの男と付き合ってなどいない」
マッフーがびしっと一喝した。その険しい顔と厳しさをはらんだ声に、女子どもがおののく。
「俺がカエデを愛しているのだ」
ぎゃああああ。という女子どもの内なる叫び。聞こえましたとも、うん。
「……マッフー」
「だから、悪いが俺たちに構わないでくれ。俺たちは愛し合っている」
ぎゃああああ。という私の内なる叫び。マジか頼むそれは勘弁してください。恥ずかしー。
「……わ、わかったわよ。けど最後に泣くのは王子ですからね。絶対後悔しますよ。絶対にね」
引き下がるのも重量級だ。けれど知らんっ、さよなら‼︎
ぞろぞろと帰っていく一団。私は、はあああっと大きなため息をついてから、マッフーに向かって言った。
「マッフー、いちおうお礼言うよ。ありがとね」
「なにを言っている。俺たちはもう婚約している仲じゃないか」
「おいー‼︎ それは待てー‼︎ ってか、滝先輩、彼女いるんだ。知らんかっ、た、⁇」
話題を変えようと、私が滝先輩に振った途端、滝先輩が顔を赤くし、怒り顔を浮かべている。え。なに。
「……マッフてめえ」
滝先輩がゆらっと立ち上がる。
「なんで知ってんだよ、俺の彼女のこと。秘密にしてたんだぞ‼︎」
「カエデの周りにいる男の素性は、全て調べた。カエデは俺が愛する女だ。誰かに取られてはかなわんからな。ソコウチョウサというものだ。もちろんナニからナニまで知っている」
「おまえ、まさか……」
「相手はH大のミスキャンパスの女だろ。あの女は止めた方がいいと思うが」
「なんでっ⁉︎」
「なんで?」
あ、滝先輩と私。ハモった。
「日本ではフタマタ、と言うのだったか?」
「お、俺の他に男がいるのかっ⁉︎」
滝先輩が、だんっと足で床を踏みつけた。
「いや、そのフタマタとやらの……二倍というか 二乗というか、」
マッフーの、唇を歪めた気の毒そうな顔。
……オーマイガー。
私は滝先輩の肩に手を置いた。その肩、かすかに震えている。チャラ男に見せかけた、まさかの純情派、だったか。
「……残念だったな、滝くん」
私は傷心で放心の滝先輩の肩を、池◯戸作品のドラマ風に、そっと叩いた。




