初デートへGO
「デート」
「デート」
「デート」
「ラブホ」
「こらー今、どさくさに紛れて、なんつったー⁉︎」
サークル室での大合唱に、私は喝を入れた。
「カエデ、準備はできたぞ」
「わーい、デートだー」
「デート」
「デート」
「うるさいわっ。じゃあ、行くよ。マッフーう、うおっっ」
私が立ち上がろうとすると、勢いよくつんのめってしまった。両手をついて、床に倒れこむのを阻止。
「こ、これ、歩きにくう」
足で踏みつけた(もう少しで顔面強打するところを受け身で防いだ)黒の布を、両手でぐいっとたくし上げる。ぞろぞろと長い、黒の布。『ヒジャブ』というらしいのだが。それを首や頭に巻きつけると、頭は黒の大きな巻貝と成り果てた。
「ははっ、カエデ、なにをやっているのだ」
私はぶーたれた顔でマッフーを見た。
「だって、これどうなってっか、わかんないんだもん」
「どれ、貸してみろ」
黒の布を剥がしていき、Tシャツとジーンズ一枚のラフな姿に、クルクルと器用に巻きつけていく。巻貝だった私が、アラブの女性になるのに、一分もかからない。
マッフーの顔が、少しだけ近づく。布を後ろに回した時、マッフーの息が耳にかかって、少しだけくすぐったい気持ちになった。
「綺麗だ」
マッフーが真面目な顔で言うもんだから、私はそのまま、ぶほっと吹き出してしまった。
「こりゃラブホ直行だぞ」
今井部長が(一応)声を抑えて言う。
「部長、問題発言ヤメて」
私が言うと、子どもたちがわあっと騒ぎ始めた。
「デート」
「デート」
「デート」
その後ろでは滝先輩が、無言でスマホを構えて、バシャバシャと写真を撮っている。
収拾がつかなくなる、そう思った私はマッフーの腕を取り、強引に引っ張った。
「もう行こう」
「オッケー」
私たちはこれからタクシーに乗って、まあすんなり認めちゃうけど、今からデートに繰り出そうとしているのだ。民族衣装が、二人を異国の地へと誘うようで、私はいつになくドキドキしていた。
「楓ちゃん、頑張ってっ」
「楓、粗相すんなよ」
なぜか、子どもやサークル員たちが、手を振って送り出してくれる。
(みんな、なに応援してんだか)
呆れた気持ちも少しはあったけれど、私はちょっと嬉しくて、浮かれているのだ。
(デートなんて、初めてかも……)
純粋に嬉しかった。
相手は、アラブの王子さま。ヒゲもないし、ヒゲ剃ったらイケメンだったし、デートの相手には良い拾いもんしたなあ、なんて思っていたら。
こんな散々なデートになるとは思ってもいなかったよ、私。




