キュキュッと足でブレーキをかけ、くいっと曲がるのは、得意中の得意です。
そんなわけで、どんなわけだ、マッフーと私はこうして一緒に、いつも通り『活動』をやっている。
「なあ、楓」
隣で同学年男子の松下が、そっと近寄ってきた。
工学部なのに文系脳。いつも言葉のチョイスがウザいくらい文学だ。
「おまえ、思い切ったなあ。異国の殿方とアバンチュールってやつか?」
うん、それな。
松下、あんたの書いた数理情報工学の論文、どんなことになってんのか、いっぺん読んでみたいわ。
翻って今。
私たちは「けやきのき」の活動『色オニ』の真っ最中だ。
鬼が、大声で『色』を叫ぶ。
鬼以外の人間は、鬼の言った『色』の物体に触ったらセーフ。鬼はその前に追いかけてタッチしなければいけない。
いかにこの自然界や人間界(⁉︎)にない『色』を探し出し、選ぶのか。子どもたちは、そこんところを試行錯誤するのが、面白い。
これ笑えるんだけど、ちいさい子は最初、必ず『黒』って叫ぶのよ。すると。みんな同時に、頭に手を当てる。
髪の毛が黒いということに、この『色オニ』で気づくという顛末に、ぶはっっ‼︎
それからは、考え方も巧妙になり、灰色とか渋めの色にいくのだが、意外とピンクや黄色なども見当たらない。みんなが着ている洋服の模様やデザインに色を求めていくのだが、なかなかに見つからず、そうしているうちに鬼に捕まる子も増えていく。鬼に捕まれば、今度は自分が鬼の番となる。
現在、鬼は高学年のキミヒロ。
「『赤』っっ」
一斉に子どもたちや学生たちが走り出す。
「舞衣子ちゃんが赤のタオルしてるっ」
リンが声を上げると、わあああっと一斉に、赤いタオルをクビにかけた舞衣子先輩に突進していく。タオルを引っ張られ、ぢょっどおお、首がしまるうううっと悶絶している舞衣子先輩を横目に、私は松下が手首につけていた赤いリストバンドを握った。
「楓、おまえマジでアラブの殿方と付き合うの?」
松下が自分のリストバンドを触りつつ、さらに身体を寄せてきた。
「んーんーんー、不本意ながら……」
「不本意ならなんで了承したんだよ」
「だって、マッフーってばヒゲまで剃ったんだよ」
「それがどうした⁉︎」
「ヒゲってさ、ザイードでは男の威厳の象徴なんだってさ」
「え、そうなの⁉︎」
「それをだよ? バッサリ……ってか、王さまになる人がだよ、そんなことしていいのかってことなんだよっっ」
意味なく半ギレ。
「どうして、私なんだろう……」
「って、思うよなあ」
「松下っ、あんたねえ」
「ウソウソ、おまえは善き人だ」
「あーあウソくさあ」
「ってか、やばし。俺、めっちゃマッフーに睨まれてる」
確かに、松下の『赤』のリストバンドを、二人して触っているから、肩と肩が触れ合っている距離だけれど。
「うお、本当だ」
「マッフーの歯ぎしりがギリギリ聞こえてきそうだな。キミヒロ、早う、次の色を告げてくれろ」
「…………」
『赤』で一人も捕まえられなかったキミヒロが、次は大きな声で「『白』っっ‼︎」と叫ぶ。
『白』。
わああっと声を上げて、子どもたちや学生が、『白』目指して、散っていく。
私は、辺りを見渡した。いつもは白いTシャツを着ている松下が、今日はなぜか真っ黄色のド派手なTシャツだ。
「こんな時に限って、黄色っ」
「痛って」
バシンと松下の背中を叩くと、キミヒロがそんな私たち二人を狙って、突進してくる。
「ぎゃあ、逃げろっ、楓っ」
「おうっ」
二人はハイタッチをしてから別れて、走り回る。楡の大木の周りをぐるりと一周すると、視界が開け、そこに『白』、すなわち『ホワイト』が、目に飛び込んできた。
「あっっ」
それは、マフ王子の白のアラブ民族衣装。
おおお、やったあと思い、私が近づいていくと。
「こい、カエデっっ」
両手を広げて、待ち構えている、その様といったら。これはまさに、恋人同士の抱擁⁉︎
このまま、マッフーの両腕の中に飛び込んでいった日にゃ、末代まで語られる、いや、永遠に語り継がれる伝説と化すほどの、功績(黒歴史)を残してしまうことになる‼︎
私はキュキュッと足でブレーキをかけ、くいっと右へ曲がった。
「あっ、おいっっ、カエデっ」
追いかけてきた鬼役のキミヒロに抱きつくと、私はぐわっと言った。
「あんたに捕まるくらいなら、自らオニに捕まるわっっ」
すると、私の下で潰れているキミヒロが、小さく言う。
「楓……おまえ、ぜんっぜん、胸がねえな」
キーーー‼︎




