4.姉弟
「殿…ソールが姉なのですか。」
言いたいことは山ほどあった。
身分を隠す上で呼び名を決めるのは良いだろう。大好きなお伽噺から名を取ってくるのも、何というか可愛らしかった。
何故、太陽神を唯一神に掲げるこの皇国でお伽噺とはいえ神の名を名乗ってしまうのだろう。
どうして姉弟なのだろう。貴族令嬢と護衛ではいけないのだろうか。
そして、この状況で何故こんなに嬉しそうなのであろう。
「私の方が年上のように感じるのではないかと思いますが?」
エドは18歳にしては少し大人びた印象を与える人物であった。幼い頃から騎士として鍛え、アサシンとしての修行により通常の18歳では得られないような様々な経験をしてきた。
何より、幼少から少しお転婆なところのあるミラのお目付け役としてそばに立ち続けてきた。
一般的に見てどちらが年上かと問われれば、間違いなくエドを選ぶだろう。
「私の方が4ヶ月もお姉ちゃんですから」
何故か誇らしげにミラ、いやソールは言い放った。
確かに歳は同じであるがミラは8月生まれで、エドは12月生まれだった。
(きっと年下の兄弟に憧れでもあるのだろう。)
エドは自身をそう納得させた。
ミラには兄と姉が1人ずついたが年下の兄弟はいなかった。
「かしこまりました、殿…姉上。次にこれからの…」
「敬語!」
ソールは少しむくれながら指摘した。
「これは癖のようなものです。殿…姉上もチャールズ様には敬語でお話されています。世界には敬語で話す姉弟も珍しくはありません。」
チャールズ・グレン・オブ・イングリス
金髪碧眼で端正な顔立ちを持つミラの兄であり、イングリス王国の皇太子である。武才にも、文才にも優れミラに負けず劣らずの人気を博している。
「兄様に関しては皇太子ですから、それに平民でありながら敬語で話す姉弟など確実に少数派でしょう?あとできれば、”おねぇちゃん”と呼んでほしいのだけれども…」
最後は照れたのか頬を少し赤らめながらソールは呟いた。
「幼少からの癖というのは抜くのが難しいのです。別にそこまで不自然ではないでしょう。そもそも殿…姉上も、染み付いた王族としての所作があります。普通の平民として見られるには少し無理があるのですから、元より少し身分があるのではないかと匂わせる方が自然ではないでしょうか。」
ついでに言えばその容姿も平民としてはありえないほど美しいが、エドは恥ずかしくて口にできなかった。ついでに”おねぇちゃん”の件も聞こえなかったふりをしておいた。
「王国屈指のアサシンが聞いて呆れますわね。まあ、これ以上からかうと可哀想なので敬語の件は保留としておきましょう。」
(ぐっ)
ソールにいたずらっぽい顔をされながらエドは返答に詰まった。図星である。何処かしらに身分を隠して侵入することの多いアサシンである。幼少からの癖を隠すことくらいなんの造作もないことであった。
(殿下の性格的に敬語について言及されると思って布石まで打ってたのに…)
先程から姉上と呼ぶのを言い淀んでいたが、そんな小さな計算の上であった。まぁ、ソールに見抜かれていたのか、気づいていないのかは定かでなく、なんの意味もなかったが。
「ところで”おねぇちゃん”について…」
「勘弁してください。」
前言がなかったかのようにからかい続けるソールに、エドはもはや許しを乞うことしかできなかった。