3.お伽噺
ーーーー「冬夏物語」
王国民なら誰もが知る、古くから伝わるお伽噺である。
そして、ミラの最も好きなお話でもあった。
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ある所に夏の女神がいた。名前は「ソール」。四季を司ることから非常に大きな力を持ち、同時に寂しがり屋な神様だった。
ソールは冬の神である「ヴェーダ」が嫌いだった。ソールが寒いのが大嫌いなのもあるが一番の理由はそれではない。
ーーーー生き物達に愛されていたからである。
二人の神には似た特徴があった。
どちらの神にも近づくことができないのである。
ソールであればその体が発する莫大な熱により、ヴェーダであればすべてを凍てつかせる寒さにより、どんな生物も近づく事はできないのである。
しかし、何故かヴェーダの周りにはたくさんの生き物たちが慕っていた。触れることはできなくとも、たくさんのお話をしたり一緒に酒を酌み交わす友がいた。
何故なのかは分からない。表情も乏しくいつもぶすっとした印象の神であるが不思議と生き物を引きつける魅力があった。
対してソールには同じ神々に友達はいても生き物の友達は全くいなかった。
同じ様な宿命を背負いながらも自分とは全く異なるヴェーダに嫉妬していたのである。
ある日、ソールはふと寒さを感じた。これまでに一度も感じたことのない感覚にソールは慌てふためいた。
そして、両親や友達の神々に自分を暖めてくれるように頼んで回った。
しかし、ソールを暖めようと彼女に触れた者はことごとく燃え尽きていった。
ソールは諦めなかった。遂には自分の持つ最高の宝も持ち出し、自分を暖めることのできた者にはそれを与えるというお触れまで出した。
彼女の下に様々な者がやってきた。
夏の神を崇めていたもの、宝により力を付けたい神々、欲に目のくらんだ生き物までも。
しかし、彼女は尽くを燃やし尽くしてしまった。彼女の力は強大すぎたのだ。彼女は絶望した。ただ自分を暖める為、抱きしめてくれる者を求めただけなのに。彼女はすべてを失ってしまった。
どれ程強大な神であろうとその存在は段々と摩耗しやがては消えていくものである。それが自然が定めた掟であり。ソールが感じていた寒さは死そのものであった。
しかし、彼女にはその死の最後に寄り添ってくれるものは何もいなかった。彼女には何も残されていなかった。
ーーーーヴェーダはそっと彼女を抱きしめた。
彼は知っていた、彼女自身を。自分と同じ宿命を背負い、いつも悲しげに彼を見つめる彼女を。
彼は知っていた、彼女に迫る死を。それは自然の定めた掟であり誰にも抗うことなどできなかった。
彼は知っていた、自分にはどうすることもできないことを。彼が触れれば互いのその力で互いを傷つけるだけだと。
それでも彼は彼女を抱きしめた。例え彼女の死を早める事になっても。例え自分が消滅しようとも。太陽のような笑顔を持った彼女が、絶望のまま死んでいくことに耐えられなかったのである。
密かに憧れ続けた彼女が。
ソールは心の底から驚いた。
嫌っていた彼が突然抱きしめてきたから?
触れる彼の体が想像を絶する冷たさだったから?
どんな神々もたちどころに消し去るはずなのに彼が耐えてみせたから?
ーーーー温かかったからだ。
膨大な熱を常に持っていた彼女が初めて感じた、心の温かさだった。
そうして彼女はゆっくりと息を引き取っていった。
ーーーー彼が愛した太陽のような笑顔を浮かべながら。