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まりな編

「ちんぽを見せろ」


それが彼女の口癖だった。

そして、彼女を縛り付ける鎖でもあった。


まあい達と出会うちょうど一年前。

彼女はいつものように、SNSで知り合った男にその言葉を投げかけていた。


そして、不幸にも知り合ってはいけない男と出会ってしまう。

ちんぽを見せてきたその男に、彼女は全てを奪われた。


欲望に支配された男の姿が、脳裏に焼き付いた。

必死に忘れようとした。

目を閉じる度、その男の顔が浮かんで来る。

とにかく、忘れたかった。


彼女の強い願いは、やがて演奏記号(のうりょく)へと姿を変えた。


すかさずその忌まわしき記憶を消そうとする。

しかし、脳裏に焼き付いたその光景は、決して消える事は無かった。


彼女の演奏記号(のうりょく)はあまりにも不便だった。

その人が消したいと願う記憶ほど、消すのが難しくなる。

そして、一度消えてしまった記憶を戻す事はできない。


それでも彼女は、記憶を消すのをやめなかった。

自分が自分でなくなれば、楽になるんじゃないかと。

そうして彼女は、家族や友達の事を忘れていく。

大切な思い出も全て、消してしまった。


「ちんぽを見せろ」


抜け殻になった彼女は、無意識にその言葉を口にする。

気が付けば、男の記憶は消えていた。


そんな彼女も、まあい達と出会う事で笑顔を取り戻した。

でも、共に過ごしていくうちに、自分というものが怖くなった。



私は一体、何なんだろう…。



記憶を無くしたまさゆきを見て、またそんな事を考えてしまう。


「あなたが、まりなさん…?」


私は今、彼の病室に来ている。

彼のお見舞いに来たのだ。


「そうだよ」


私はそう答える。

まりなであって、まりなではないのに。


記憶を失った彼の姿が、空っぽの自分と重なった。


頼まれていた事を思い出す。

まあいに関する記憶を、彼から消さなきゃいけないんだ。


「ねえ、ちんぽ見せてよ」


そう言って、私は彼の記憶に足を踏み入れようとする。

すると、彼は笑い出した。

もしかして…私の事、覚えてるの?

そんな訳無い。さっき確認されたばかりだ。


「いいから見せてよ!」


強引に、彼の記憶に乗り込んだ。

そして、穴だらけの彼の人生から、まあいという存在を消し去った。

気が付けば、彼は眠っていた。


しばらくして、彼女はまあいに呼び出される。

そして、音操(サウンドルーラー)になってすぐに裏工作を始めた。


まさゆきには、彼女を殺した記憶を。

他の皆には、彼女が殺された記憶を。

そうして彼女は、全ての責任から逃げ出した。


…はずだった。


ニュースで読み上げられる聞き慣れた二人の名前。

私は、まあいの家へと走り出していた。


豪邸の前には使用人の山。

空を飲み込んでいく漆黒の扉。

記憶の息吹が、森の中から聞こえてくる。


前へ、前へ、前へ。

果てしなく続く木々を掻き分けながら、必死に森の中を駆け抜ける。

そして、まあいを見つけた。視界の先には彼がいた。


私は、まあいの記憶の中へと潜り込む。

みんなとの思い出が僅かに残っていた。

私はそれを、そっと抱き締める。温もりが私を包んでいく。

思い出はやがて光となって、辺り一面を照らし始めた。

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