攻略対象との出会い その②
私と昴は遙を探すべく、荒廃したビルの中を探索し始めた。
丸腰では心許ないので、昴達が居た部屋にあった鉄パイプを手にしている。因みに昴は金属バットを持っている。
……私としてはそちらの方が使いたいのだが、流石に昴の武器を奪う訳にもいかない。
「美月ちゃん。大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
先程から昴は何度か私にその質問を投げかけてきている。
私が怖がっているのでは、と心配してくれているのかもしれないが、残念ながらそんな女の子らしい感情は前世に置いてきてしまった。
今の私はこの世界で生き延びる事、それしか考えていない。
中途半端にしか攻略していなかった所為で、このゲームの結末がどうなるのかも攻略サイトで間違えて見てしまったネタバレ程度しか知らない。
確かノーマルエンディングだと、ゾンビウイルスに対抗出来る新薬が開発されて世界はゾンビの数を減らしていく事に成功する……という内容だった筈。
それからはそれぞれが元の生活に戻って、主人公も離れ離れだった家族と再会して終わりを迎える。
ただそこに至るまでの過程を知らない為、行動する時はよく考えて動くべきだ。
ノーマルエンディングは攻略対象全員が生存した状態でなければいけないのかもわからないので、全員とは深く接点は持たないがとりあえず途中で死なないようにフォローしていこう。
「……ちゃん、美月ちゃん!ストップ」
「え」
ぼんやり考えながら進んでいた所為で、いつの間にか目の前に柱がありそれにぶつかりそうになっていた。
ギリギリのところで昴が私の腕を引いてくれたお陰でぶつからずには済んだが。
「す、すみません……」
「良かった、ぶつからなくて」
ホッとした表情の昴が私の腕を離した……かと思ったら、今度はそのまま手を繋いできた。
「え、あの……昴さん?」
「こうしていたら、君に何かあっても守れるからさ」
ゲームでは当然わからなかったが、昴の手は私の手をすっぽりと覆いそうなくらいに大きくて温かい。
……これは確かに、乙女ゲームの主人公ならときめくかもしれない。
いや、今は私がその主人公なんだけれども。
ときめくかは別として、人の体温って安心感を与えてくれるんだな、なんて思いながらほぼ無意識に私は昴の手を握り返す。
すると昴は照れ臭そうに微笑んでから再び前を歩き始めた。
「美月ちゃんはずっと一人で逃げてたの?」
「はい。……家族と離れ離れになってしまって」
「そっか、俺と一緒だ。俺も途中までは家族と一緒だったんだけどはぐれちゃってさ。ゾンビから逃げ回っている時に、奏に助けて貰ったんだ。ああ見えてあいつ、災害対策部の職員なんだよ」
昴からもたらされる奏の情報は既に知っている事だったが、知らない風を装い相槌を打っておく。
「それで二人で一緒に安全な場所を探している途中でさっきの部屋に辿り着いたんだ。君が来た時は居なかったけど、俺達が来た時には遙って奴がそこで隠れてた」
「遙さん……どんな方なんですか?」
「俺も知り合ったばかりだから表面的なところしか見てないけど、すげー真面目なんだ。融通が利かないっていうか、石頭っていうか」
遙の事も勿論、攻略対象であるという事は知っている。だが彼は奏と相性が悪い為に度々居なくなる事があり、彼を攻略するルート以外だとその人となりを詳しく知る事は出来ないのだ。
だが、当然ながら昴も彼の事は詳しく知らないらしい。
「だからかな、奏とあんまり仲良くなくて。今後の事を話しあってた時に二人とも譲らないから言い合いになって、遙は頭を冷やすって言って出て行ったきりなんだ」
「成程……。それはどれくらい前の事ですか?」
「そうだな、多分十分から十五分くらい前の事だと思う」
「なら、そう遠くには行ってないでしょうね」
遙が居る場所は覚えているが、昴はそれを知らない。
となると、私が誘導してそちらに向かわせるしかない。
遙は彼らが居た部屋から少し離れた通路の奥に居る。ゾンビから逃げているうちに行き止まりに辿り着いてしまったのだ。
「頭を冷やすと言って出て行ったのなら、遙さん自身もそんなに遠くに行こうとは思ってないでしょうし、この辺の通路を調べれば見つかるかもしれません」
「……美月ちゃんは、冷静だね。こんな状況なのに」
私の言葉を聞いた昴が驚きと感心の入り交じった表情でこちらを見つめる。
私が冷静でいられるのは、ここがゲームの中の世界だとわかっているからだ。そうじゃなければきっと恐怖でこんな風に行動は出来なかっただろう。
勿論、そんな事は言えないので軽く肩を竦めて答える。
「そんな事ないです。昴さんが居てくれるから怖くないだけですよ」
「……そ、そっか」
昴の手の温もりが私を安心させてくれているのは事実だ。それを伝えると何故だか昴はサッと目を逸らしてしまった。……何か気を悪くさせてしまったのだろうか。
「あ、昴さんに全部頼ろうってつもりじゃないです。さっきも言いましたけど、自分の身は自分で守りますし迷惑をかけようとは思っていませんから」
慌ててそう付け足すと昴は頬に赤みの差した顔をこちらに向ける。
「いや、奏みたいには出来ないけど……ちゃんと美月ちゃんを守るから安心して」
「あ……有難うございます」
気を遣わせてしまっただろうか。だが、私をまっすぐに見つめる昴の表情に嘘は見えない。気付けば握られていた手にやや力が込められている事に気づく。
赤い顔のままこちらを見つめる昴とそれをやや戸惑ったまま見つめる私。
すっかり足が止まっている事にようやく思い至り、昴に遙を探そうと告げようとしたところで――。
「……ぅ……ああ……」
私と昴のものではない、呻くような声が耳に届く。
見れば昴も気付いたらしく、険しい表情になり辺りに視線を向けていた。
先程までの雰囲気とは一変して緊張感が漂うその場で、鉄パイプをギュッと握り直す。
「……近くに居るな。美月ちゃん、離れないで」
「……はい」
呻き声の主は私達の直線上の通路ではなくどこかの角を曲がった先に居る。
そうだ、この主こそが……。
「ゆっくり進もう。あまり大きな音を立てないで」
「わかりました」
一つ頷き、歩き出す。
昴の言葉通り、歩くペースを落としてゆっくりと進んでいく。
二つ目の角までやってきたところで前を歩く昴が足を止めた。
それに合わせて私も足を止めると、角の先にある通路から先程よりもはっきりと呻き声が聞こえてくる。
どうやらこの奥に居るらしい。
「……こちらに気づく前に通り過ぎよう」
そうして通り過ぎようとする昴に、私は手を引いてそれを制する。
「待って下さい。……誰か居ます」
「え?」
このまま通り過ぎられては困る。
何故なら、この通路の奥の行き止まりには……。
「……遙」
三人目の攻略対象である遙と、彼を襲おうとしているゾンビの姿があったからだ。