攻略対象との出会い
「……」
今、私に銃を向けている青年は攻略対象の奏だ。
それに思い当たると同時に、中途半端に攻略していた彼の情報も引っ張り出す。
確か彼は若くしてこの世界で蔓延しているゾンビ達の対処を行う災害対策部から派遣されていた職員、という設定だった筈。
銃火器の扱いに長けている他、身体能力も高いのでゾンビとの戦闘になった際は一番の戦力になっていたし、イベントで動けなくなっていた主人公を抱えながらゾンビと渡り合うという事もやってのけていた。
見た目通り感情の起伏が少なく、どんな時も冷静に行動が出来る頼れる存在だけれど、主人公含め他の攻略対象とも深く関わろうとしないキャラで、協調性があまり無い為に他のキャラと衝突する事もあった……ような気がする。
今の時点で思い出せたのはこれくらいだが、一先ず今の状況をどうにかしなければいけない。
「……あの、銃を下ろして頂けますか。私はまだ生きています」
「……」
奏の事を思い出していたお陰で、銃を突きつけられている恐怖は多少薄れており、比較的落ち着いたトーンで声を掛けられた。
奏は少しの間、私を見つめていたがやがてゆっくりと銃口を私の額から外し、腰にあるホルダーへと戻した。
そして何か告げようと口を開いた途端に、彼の背後から別の人間の声が聞こえてきた。
「ごめん!君、大丈夫?奏、とりあえずその子を中に入れてあげなよ!」
この場にそぐわない明るい声。見れば奏が居る部屋の奥から別の青年がひょいと顔を出しては、やや強引に奏を押しのけて私の腕を引く。
そのまま部屋の中に引っ張り込まれたところで、漸く奏が口を開いた。
「……どこの誰かもわからない奴を勝手に入れるな」
「そんな事言ったって、この子は生きているじゃないか。生き残り同士、協力しなきゃいけないだろう」
私を部屋に入れた青年は奏とは逆に明るい茶髪と赤褐色の目、やや長い髪を一つに結んでおりどこかの学校の制服を着ている。
……そうだ、彼も攻略対象だ。
確か名前は……。
「俺は昴。こっちの暗い奴は奏って言うんだ」
そう、昴だ。
主人公と同い年の青年で、偶然奏に助けられた事で一緒に行動しており、持ち前の明るさで暗くなりがちな作品の雰囲気を緩和させてくれるムードメーカー的存在だ。
奏と違い銃火器は扱えず、金属バットや鉄パイプなどでゾンビと戦うが、本当は同じ人間であった彼らと戦う事に心を痛めている……という設定もあったと思う。
「それでお嬢さん、君の名前は?」
「私は……美月、です」
「美月ちゃんか、いい名前だね」
主人公のデフォルトネームを名乗ると、昴は何度か頷いてから掴んでいた私の腕を離した。
「君は今まで一人で行動していたの?他に誰とも会わなかった?」
「いえ……誰とも会っていません」
前世の記憶が戻る前の事はやや曖昧だが、ここに来るまでに他の人と会ってはいない筈。
私が素直にそう答えると、昴は表情を曇らせる。
「そっか……どこに行っちゃったんだろうな、遙の奴」
「遙?」
「ああ……えっと、君がここに来る前にもう一人居たんだ。だけど奏とちょっと揉めちゃってさ、怒って出て行ったんだよ」
遙、という名前は聞き覚えがある。その人物も攻略対象だ。
そして奏と揉めたという事はやはり私の記憶にある奏の情報は間違っていないのだろう。
「でも、一人で行動するのは危ないんじゃないですか?探しに行った方がいいんじゃ……」
「放っておけ」
私の言葉に被せるように奏が言い放つ。
「出て行った奴の事など、気にする必要はない」
「まだ怒ってんの?確かに遙も言い方は悪かったけど、君にも責任はあるんだから彼女の言う通り、探しに行くべきだよ」
「ならお前達で行けばいいだろう。俺はここに残る」
昴が窘めても奏は頑なだ。
何で揉めていたかは覚えていないが、確かゲームではここで選択肢があった筈。
昴と共に遙を探しに行くか、奏と共にここに残るか。
私は前世では遙を探しに行ったと思う。そこで昼間なのにゾンビに襲われる遙を昴と共に助けるイベントを見たのだ。
ならば今回は残るか?奏と一緒ならば、もしゾンビに襲われてもすぐに死亡する事はないだろうし。
……だが、私が昴と一緒に行かなかった場合、遙は生き残れるのだろうか。
他の乙女ゲームならともかく、このゲームはとにかく至る所に死亡フラグがある。
選択肢を間違えると主人公と出会う前に攻略対象が死亡する事だってあるのだ。
それに、攻略対象が死亡した状態になるとそれだけ戦闘出来る人間が減り、自ずと死亡率が上がってしまう。
そして何よりも怖いのは、遙が居ない事で死亡フラグのあるイベントが発生する可能性もあるのだ。
となると、危険ではあるが遙を助けておけば戦闘面での不安は減る筈。
奏との不仲は気になるが……そこはとりあえず置いておこう。
「じゃあ俺は遙を探しに行くよ。放っておけないし」
「あの、私も一緒に行っていいですか?」
昴が奏にそう告げて部屋を出ようとしたところで、私は声をかけた。
すると昴は驚いた表情で振り返っては当然の如くそれを却下しようとする。
「駄目だよ、日中とはいえゾンビが出ないとも限らない。危険過ぎる」
「でも、昴さん一人でも危険ですよね。自分の身は自分で守れますし、邪魔にはなりませんので連れて行って下さい」
遙を助けるまでのイベントは覚えているので、遙が居る場所もわかっているしどうやって助ければいいかもわかっている。
……とは流石に言えないので、あくまでも人手があった方がすぐに見つけられるだろうという提案で押してみる。
何度か意見を言い合った末に、昴は折れてくれた。
「……わかった。でも危険そうな場所には行かないように。危なくなったら逃げるんだよ」
「はい、わかりました」
こうして私は三人目の攻略対象、遙を助けるべく昴と共に部屋を出た。