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ゾンビと私と乙女ゲームと。

今更、こんな事を突っ込むのも馬鹿らしいのだけれど。

前世だとか転生だとか、そんなものは存在しないと思っていた。人は皆死んだらそれで終わり、天国だ地獄だなんてものは想像の世界で、ましてや異世界なんてものに転生するのはよくある創作の中の話でしかないのだと信じていたのだ。


だが、今こうして薄汚れた白い天井を見上げている私には、はっきりと前世の記憶がある。正確に言うと寝て起きたら前世の事を思い出した、というのが一番感覚としては近い。


「……そうだ、私は」


小さく呟きながらゆっくりと身体を起こす。

側には懐中電灯が置かれていて、辺りは薄暗い。

ズキズキと痛む頭を押さえつつ、状況を整理しようと脳をフル回転させる。


まずここは私の前世で流行っていた乙女ゲーム「LOVE of the DEAD」の世界だ。

乙女ゲームでありながらホラー要素も強く、突如として世界中に広がったゾンビウイルスにより大半の人々がゾンビ化した中で、数少ない生き残りである主人公や攻略対象達が命をかけて戦いながら絆を深めていく――そんな物語。

ホラー要素のお陰で選択肢や行動を間違えると攻略対象はおろか、主人公も割と簡単に命を落としてしまうので乙女ゲームをある程度経験している人でも何度かバッドエンドを迎える程の難易度で、前世の私も何度か選択肢を間違えてバッドエンドになりやり直したのを覚えている。


「よりによって、この世界に転生してたのか……」


ゲームの内容を思い出した事で自然とため息が漏れる。私は前世でこのゲームを全てクリア出来ていない。攻略対象についてはある程度知っているが、どう攻略すればハッピーエンドになるかまでは把握していないのだ。


「あー……とりあえず、死んでもやり直せないから慎重に進めなきゃいけないわね」


前世ならばバッドエンドになってもリセットボタン一つでやり直せるが、今の私にそれは出来ない。一つ間違えるだけで死に直行してしまうのだから、しっかり考えて行動した方がいいだろう。

懐中電灯を拾い、辺りを照らしてみる。

ここは狭い個室で乱雑に書類が収納されている棚や長机、いくつか倒れたパイプ椅子などがある。


確かここに来るまでにゾンビに襲われそうになり、咄嗟にこの部屋に隠れてやり過ごしたのだ。

窓が無い部屋なので今が昼か夜かはわからないが、昼ならば多少は行動しやすくなる。


もっとハードなホラーゲームならば昼夜問わずに敵に襲われたりするのだろうが、このゲームに関しては一応恋愛がメインなので、日中はイベント以外でゾンビが出て来る事はない。

日中の間に攻略対象との好感度を上げるイベントをこなし、夜はゾンビから逃げ回るというのが基本的な流れとなっている。


ここに避難した時は夜中だった筈。そしてどれくらい経過しているかはわからないが何時間か仮眠を取ったので、日は昇っている可能性は高い。

一先ず外に出ようと寝る前に扉の前に置いていた一人掛けのソファなどを横にずらす。


そして扉に耳を押し当てて、外の音を聞き取ろうとするが特に何か物音が聞こえる事もない為に、意を決してそっと扉を開けてみた。

廊下は天井に一定間隔で吊るしてある電球のお陰かぼんやりとではあるが明るさを保っている。


「まずはどうしたらいいんだっけ……。どこか安全な場所に移動した方がいいわよね。それから何か武器になるようなものもあればいいんだけど」


このゲームは攻略対象を落とすというだけではなく、ちょっとしたアドベンチャー要素もあり主人公や同行している攻略対象がゾンビと遭遇した時、逃げるか戦うかを選択出来るようになっている。

同行者はそれぞれ得意な武器があり、それらで戦うのだが……。


「主人公は確か、その辺に落ちている箒とかで戦っていたような……」


乙女ゲームの主人公という特性上、ナイフなどの血生臭い武器は使えず女性が持てる範囲のもので戦っていたので、戦闘ではほぼ戦力になっていなかった筈。

つまりその主人公になっている私も、箒程度のものしか使えないのだろう。

……だが、それはあくまでゲームの話だ。


実際に今動いている私が持とうと思えば、ナイフでも金属バットでも持てるのではないだろうか?

箒なんてすぐに折れてしまいそうなものよりは、もっと武器らしいものを扱いたい。何せ自分の命がかかっているのだ、女性らしい云々を気にしていられないし何より私は攻略対象を落とすつもりはない。


攻略対象と絆を深めてしまうとイベントが多発し、リセットが出来ない私にとってはただ死亡確率が上昇するだけになってしまうのだ。

ならば最初から攻略対象とは深く関わらずに生き残る事を優先させれば、少なくとも余計なイベントで死亡という結果は免れるだろう。

いわゆるノーマルエンディングを目指す形になる。


周囲を警戒しながらも今後の行動指針を脳内で纏めると、通路の右側に部屋があるのを見つけた。

ゆっくり近づいて、扉越しに耳をすませて中の気配を探る。

……何も聞こえない。誰も居なさそうだ。


一呼吸置いてから、私は扉を開けようとノブに手を掛けようとしたが、その瞬間に先に扉が開き私の額に冷たく固い感触が押し付けられる。


「……っ!」


一瞬何かわからなかったが、視界に入ったのが銃だとわかった途端に無意識に息を飲む。

私の額に銃口が当てられ、身動きした瞬間に撃たれるであろう事を本能的に理解するとそのままの状態で動きを止め、私に銃を向けている人物を確かめようと視線を上げた。


黒く艶やかな髪と、同じような漆黒の瞳。冷たい印象を与える無表情な彼は、こちらをじっと見下ろしている。

そうだ、と私の中の記憶が呼び起される。


彼こそが最初に出会う攻略対象――(かなで)だった。

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