第十八話 軍事大国の出陣
その日、トルニア国王の御前で数時間にわたり議論が続けられた。スフミ王国への援軍賛成派と反対派による議論である。
援軍賛成派は、将軍のカルロ将軍を始め、宰相、宮廷魔術師を含む半数を若干上回る数であった。
逆に反対派は貴族が多く、その中にカルロ将軍が目を付けているテルフォード公爵の名前も見受けられたが、数の上で若干不利な状況だった。
カルロ将軍が謁見の間に現れたのが議論の途中からだったこともあり、そのままでは援軍を見送る公算が強くなっていた。だが、突如現れたカルロ将軍により、援軍を派遣する事で最終的に纏まったのだ。
纏まるまでは長く、白熱した議論が展開された。だが、重要な戦略と戦術に関する事をカルロ将軍は一切口にしなかった。
援軍反対派と賛成派での主張をそれぞれ聞いてみる。
「カルロ将軍はなぜスフミ王国に援軍を出すのか?報告によれば攻城兵器もなく高々十万の兵力と言うではないか。城に籠りさえすれば撃退は可能ではないのか?それにスフミ王国の兵力はそれを上回っている事だ。負ける道理など無いではないか」
援軍反対派はこの様な意見が占めていた。
スフミ王国の兵力は今の帝国軍の兵力を上回り、有利な土地でもある。食料も豊富にあり、負ける事はない。数年前の戦いの様に不味い野戦をして兵力を損ねるのはどうなのかと。
それに対し援軍賛成派は
「そもそもスフミ王国とトルニア王国は国の規模こそ違えど王族同士が親戚にあたる。それを無下に断れば親戚と言えども反旗を翻し、帝国へ鞍替えする可能性もある。それに、同盟を結んでいる以上、攻め込まれたら援軍を派遣するとあり、他国への示しがつかない。その様な事で国を守る事はできなく、断固出兵すべしと」
援軍賛成派の意見としては同盟の条項、国としての成り立ち、王族同士の繋がりを示し、大国としての義務を果たすべきであると。
カルロ将軍としては自国民ならず、同盟国の市民をも守りたいと思っている事からその事を国王に説けば必ず援軍を送る事が出来ると考えていた。
結果としてカルロ将軍の思い通りになり、面目躍如と言った所だろうか。
その後、反対派の貴族からは疎まれるのだが、それはまた後日の話となる。
決まればトルニア王国の動きは早く、決定から五日の国王の命が下る。
騎馬隊五千、弓隊五千、軽歩兵一万、魔術師隊三千、特殊部隊二千。総勢二万五千の援軍だ。
総大将は【グラディス】。将軍職にあるが、実質的にはカルロ将軍の部下だ。
訓練成績もよく、統率力もそこそこに優れている。何より、カルロ将軍の懐刀的な存在で、今作戦を漏らすことなくスフミ王国へ伝えるための重要な役割を担うのだ。
カルロ将軍が懸念している事は、作戦が帝国に漏れ被害を出す事だ。反対派の中に怪しい動向が報告されているテルフォード公爵の存在が頭を悩ませている。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少し時をさかのぼって、こちらはディスポラ帝国である。
首都は帝都ディスポラス。バスハーケンの南南西に位置し、河と海に面した都市である。多民族国家らしく、人族を筆頭にドワーフ、エルフなど亜人も多数住まう。何より、帝国には奴隷制度が存在しており、税を収められなかったり、犯罪を犯したりした者達が強制的に奴隷にされる。
また、人に近い亜人以外、例えば猫族やゴブリンなどの獣に近い亜人は嫌われ、見つけ次第に奴隷とされる程だ。
一応、法律上は奴隷にする事は禁止されているが、あって無いようなものと諦められて、帝国から抜け出す方が多い。
時は帝国の兵士がバスハーケンを出発する一か月前、六月下旬の出来事である。
「皇帝陛下にあらせられましてはご機嫌麗しく……」
「そんな挨拶はどうでも良い。して、そのほうがワシの前に来たのだ、何か進展があるのか?」
気が短いのか皇帝陛下と呼ばれた男は挨拶を途中で強引に止めさせ、本来の話をするように促す。
「それでは」
一言だけ発し、ゴホンと咳払いの後に話を続けた。
「トルニア王国においての工作活動は一つを除いて順調でございます」
「その一つと言うのは反乱を起こすものだったな」
トルニア王国内、ベルヘン周辺で五月下旬に起きた出来事で、帝国領土より逃げて来た蜥蜴人の活躍で、少数の犠牲はあったが帝国の野望を事前に鎮圧できた事件の事である。
これが成功していれば被害が大きく広がったであろう事は明白だった。トルニア王国にとっては運がよかった事件であった。
「はい、左様でございます。元々失敗する事が念頭にありましたので、成功すれば運が良かったとして対処するくらいでした。その為、計画に変更はありません」
「そうだったな」
「その他、トルニア王国へ潜入させた工作員がなかなかの仕事をしてた様で、数年に渡った教育の結果、王女の洗脳に成功したらしいと」
「王女の洗脳?それは聞いておらんぞ」
エゼルバルドが七月に気づくのだが、この時点では誰も気づいておらずパトリシア姫がそのまま対外的な公務を行えば国王等の信用度が無くなるほどであった。ただ、この時点では何の影響も無いのだが。
「確かに申しておりません。これは副次的な事でありまして、王族の地位を貶める、そして、貴族の反乱を起こす等の事で国家を乗っ取る計画の一部です。これにはもう少し時間がかかりますが、順調と言った所でしょうか」
「ふん、まぁいい。その他はどうだ」
「貴族の一部を帝国傘下に置く事に成功しております。例えば我々が出兵した時に援軍の派遣を反対させるとか、国家予算の中抜きにより帝国への送金など、多岐にわた成果を上げております」
七月上旬からヴルフに加え、エゼルバルド達四人も加わった調査が始まったばかりで、会話の六月下旬には帝国の手の平で踊っている状態であった。これもエゼルバルド達に知られるようになるのだが、出兵の段階で帝国の関与はまだわかっていない。
「この、税収以外の儲けはここから来ているのか。お前も酷いことをするもんだな」
「これも皇帝陛下の為にございます」
「お前が優秀なのはわかった。さて、本題に入ってもらおうか」
ここまでは後方、この場合は攻め入るスフミ王国を助けるトルニア王国に対してだが、これからは別の話が待っているのだと。
「皇帝陛下は気づいておられましたか。大変失礼いたしました。ここから本題です。そろそろスフミ王国への出兵をお願いします」
「ん、まだ早いのではないか?それに収穫の時期に兵士を動員しては我が国が食糧難に陥るぞ。それではスフミを占領するどころか、わが国が攻め入られる」
何処の国も同じだが兵農分離は進んでおらず、職業軍人は少ない。
平時には農民、戦時は兵士と二足の草鞋で国家が運営されている。その為、農民の税金は低くなっており、何処でも優遇されている。
その為、九月上旬までの一か月位は作物の収穫が忙しく、戦争を起こさない月とまで言われている程だ。そこを狙おうとしている、この男はかなりの策士であるのだ。
「心配には及びません。今回の出兵は、攻めると見せて敵の食料を奪う事にあります。兵は全軍の二割ほどで十分です」
「十万位か。それでもかなりだな」
「これより少なければ野戦で失われる可能性がありますし、これよりも多ければ命令が行き渡りません。それに、城を攻め落とすぞとの姿勢を見せるだけの最低限の兵力が必要です」
何かと注文を付けているが、この男は自分の能力を過信しているからである。今まで上手く行っているのもすべて自分の能力が他人よりも圧倒的に優れていると勘違いしているからでもある。
「兵士の数はわかった。編成は任せる。命令書を渡すから存分に食料を奪ってこい」
「必ずやご期待に添える戦果を挙げてごらんに入れます」
命令書を受け取り、皇帝の前から執務室へと戻ってくる。
この男、名を【ゴードン=フォルトナー】と言い、帝国宰相の地位にある。
内政担当の長たる地位なのだが、至る所に口を出し家臣団から嫌われている。通常では思いつかない事を提案する事が多く一目を置かれているのだが、反対されればネチネチと嫌がらせを行ったり、最悪は力を持ってでも排除するなど、その性格は最悪であった。
トルニア王国への工作活動もゴードン宰相の独断で国家予算を使い行っている。それもあり、協力者はお金の亡者のみだけだ。
また、ゴードンは能力が他の家臣団から頭一つ抜き出ており、皇帝陛下のお気に入りなのも拍車をかけている。
この男、ゴードン宰相には一つだけ自分が持ちえない事があるのだ。それは軍事の才能が全くない事だ。剣を持って戦う、兵を率いる等その全てで最低限の事が出来ないのだ。
例えば、剣術を習いに行けば、剣を振っただけでそれをどこかへ頬り投げてしまう。本人は投げているつもりもない。また、国内の治安維持に同行したとしても、兵を動かせば最悪の状態にする天才だと騒がれるほど酷い。
こうもあり、出来ない事には目をつぶり頭を使う事のみで自分の価値を高めてきた。
そこへ今回の自分で提案した出兵への命令書である。自ら率いることはできないので誰に任そうかと頭を捻るが思いつくのが二人しかいない。
「さて、【フランツ】将軍か【マルセル】将軍か、どちらに行ってもらおうか?」
フランツ将軍、マルセル将軍、共にゴードンが気にしている将軍である。軍の全権は皇帝が握っているので将軍とは現場指揮官職と同義である。ゴードン宰相が皇帝陛下に上申し許可を貰って初めて出陣を認められる。それが将軍なのだ。
まず、フランツ将軍だが、個人での技能はずば抜けていて、一対一の戦闘では負け知らずである。徒歩による剣術、馬上の槍術共に第一人者である。兵の指揮能力も優れており、機敏な指揮を見せる。
だが、感情的になりやすく、戦場で独断行動をする事が多々あり、それが悩みでもある。
対するマルセル将軍はフランツ将軍程個人技は優秀でなく、逆に一般兵士にも劣る可能性がある。それでも馬の扱いは抜群で馬に乗っている限りは負け知らずである。
兵の指揮はフランツ将軍と同じかそれ以上で、兵の指揮能力は帝国一と言われるほど実力がある。だが、少しだけ行動に思慮を求める時間を多く取り、俊敏な行動は苦手とされている。
今作戦は、スフミ王国へ侵攻後、王都を攻めると見せかけ敵の食糧を奪う事にある。内容はいたってシンプルだ。
そして、スフミ王国の侵略時の初期対応は籠城する事との内部情報を入手している。
スフミ王城を攻める振りをする。その間に収穫されていない穀物類を刈り取り奪う。頃合いを見て夜陰に紛れて撤退する。この作戦から逸脱するようならすぐに撤退をすれば良いだけだ。兵を動かすための思慮など必要ない。
そのような事からゴードン宰相はフランツ将軍を出陣の総大将に選択したのだ。
「兵糧や兵装に関してはすでに整っているので兵の編成だな」
軍事の才能のないゴードン宰相にとって頭の痛い問題であるが、フランツ、マルセルの両将軍を指揮下に置く事により解決するのだが、編成に問題があるではないかと思われるのだ。
十万の編成軍のうち、騎馬隊を二万、重歩兵四万、軽歩兵一万五千、弓隊一万五千、特殊部隊五千、魔術師五千だ。ゴードンとしては騎馬隊の数を増やし、重歩兵の数を減らし部隊の速度を上げたいと思ったのだが、両将軍が今まで経験した勝利の方程式から重歩兵が要になると説得され編成を変える事が出来なかった。
騎馬隊を遊撃部隊として活用すれば問題ありませんので作戦行動はお任せくださいと両将軍の談である。ゴードン宰相は一度だけフランツ将軍の指揮する軍を見た事があったが、その時も重歩兵が作戦の要となっており、圧倒的な勝利を収めていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ゴードン宰相とフランツ将軍は、皇帝陛下に出陣の報告の為に謁見に来ていた。
皇帝は王城のテラスに姿を現し、大きな青空と王城前に広がる広場にいる出撃する兵士を見ていた。訓練の行き届いた兵士は身じろぎ一つせず、テラスにいる皇帝を羨望の眼差しを向けている。
「十万ともあれば大群だな」
皇帝は兵士の数を見て呟いた。真っ黒な甲冑に身を包んだ帝国の精鋭たちだ。
「これより、スフミ侵攻制圧、第一次作戦の出陣いたします。皇帝陛下の御下命を承りたく存じます」
ゴードン宰相は皇帝の後ろで跪き、静かに目を閉じた。
「うむ、しばし待つがよい」
皇帝は兵士が見えるテラスの先端まで出てその姿を現すと声高らかに出陣を宣言した。
「聞け、帝国兵士諸君。我々帝国は長い間この機会を待っていた。神話の時代から世界を統一するべく生まれた国家をここに再建し、力を付けてきた。初代皇帝の時代より百五十年余り。ようやく生まれたこの機会を逃すことなく、世界統一に向け今一歩をここに歩みだすことを宣言する。
誉れ高き帝国臣民はこれより出陣し、スフミの者共を血祭りにあげ、勝利をわが手に収める事を期待する」
皇帝は右腕を高く上げ、大きく前に振りだし、最後の一言を述べた。
「出陣!!」
テラスより見えている兵士全てが歓声を上げ、秩序に従い行進を開始する。これよりディスポラ帝国とスフミ王国の戦いの幕が上がる。
「では、行ってまいります。勝利を皇帝陛下の元へ!」
ゴードン宰相とフランツ将軍は皇帝に挨拶をし、兵の先頭に立つべくその場を去るのであった。
帝都を出発した帝国軍はバスハーケンへ向かい、しばしの休息を取る。
そして、七月二十三日、スフミ王国制圧作戦の第一次作戦軍は、フランツ将軍を先頭に出撃するのであった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。
あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。
これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。




