第二十八話 絡まれて、無双【改訂版1】
2019/07/03改訂
「いてぇ~~~!!」
多くの人が行き来する大通りにも関わらず、筋骨隆々の男(A)が左腕を、それも肘辺りを押さえながら大声を上げた。どう考えても転がした方が痛がっているのは不自然なのは一目瞭然であろう。
それを見た人々は巻き込まれぬ様にと、そそくさと早足で通り過ぎて行く。
エゼルバルドは転んだ仲間を立ち上がらせるようにとアルギスに指示を出す。倒れたと言っても、尻もちを付いた程度で、何処にも怪我をしている様子は見えない。
「おうおう、兄ちゃん達よぉ。どうしてくれんだ?連れが痛がってるじゃねぇか。もしかしたら骨が折れてるかもしれねぇなぁ」
体に筋肉が多く付いているが細身の身長百八十センチ程の男(B)が嫌味な笑みを見せながら言いがかりの様に文句を付けて来た。
それを見たヒルダが額に手を当て、悩ましい格好を見せながら溜息を吐いていた。
(何処かの小説で見る絡み方じゃないの!何様なのかしら)
小説や物語に出てくる、街の不良どもが行う定番の行動だと憤慨し、”あなたが痛がってどうするの?”、とその男(B)に視線を向けた。
ヒルダの視線が気になるのか、ジロリとヒルダを睨み返して来る。
「あら?何か失礼したかしら」
男(B)の言葉も癇に障ったようで、ヒルダが腰に手を当てて蔑んだ視線を、腕を押さえる男(A)にも向けた。口で痛いと出しているだけの弱い者虐めをする男共など視角の内に入って来るなと目で訴えている。
「ん?兄ちゃんだけと思ったら、可愛い姉ちゃんまでいるじゃねぇかよ。姉ちゃんが責任取ってくれるか?それとも俺達とイイ事して遊ぶかぁ?」
男(C)がイヤらしい手ぶりを見せ、ヒルダを挑発し始める。
ヒルダも男達の動きに慣れていたようで、目も背けずにそれに乗る事にしたのだが、エゼルバルドは止せばいいのにと、怪訝な表情を向けていた。背格好はともかく、身に着けている装備を見れば、ヒルダの敵には成りえないのは確かなのだが、何かあってからでは遅いとナイフの外れ防止のロックを外した。
「なぁに?イイ事って、私たちの連れに謝ってくれるのかしら?それとも本当に骨を折りたいのかしら?」
「イイ事って言ったらイイ事じゃねぇか?それとも、姉ちゃんが俺達全員に体で払ってくれるって、か?」
最後に男(D)がヒルダの顔面に息が届く程に近付き、女性の嫌がる事を”ニタニタ”とイヤらしい笑みを見せながら確信犯的に漏らしていた。
エゼルバルドが”近づきすぎだ”と思っていると、案の定、眉を顰め嫌な表情をしたヒルダが鼻を摘まみながら挑発する様に声を出した。
「まぁ、マナーもなってないと、口も臭いのね。顔を近づけないで下さる?」
男達(ABCD)はカチンと頭に来て、周囲を人が遠巻きに囲っているにもかかわらず、力で解決してしまえと動き出した。男達にとって見せしの意味があったのだが、それは逆に悪手となってしまったのだ。
「俺の口が臭いだ?その減らず口を叩けなくしてやるぜ!!」
ヒルダの一番近くにいた男(D)が右腕を大きく後ろに引き、渾身の一発を放つ。
四人とも鍛えられ盛り上がった筋肉を見せびらかすだけあって、力には自信があったのだろう。筋肉の付き方からすれば人を殴り殺す事も可能らしく、拳には鍛えた結果の拳タコが出来ていた。
だが、そんな筋肉を見せびらかすだけの男にヒルダが負けるはずがないとエゼルバルドは確信していた。彼が振るう剣戟も、時折見せる、不可思議な動きで躱される事があるのだ。
まさに、エゼルバルドが思っていた通りになった。
”ブンッ”と音が飛びだしそうな程に繰り出された拳が、ヒルダの顔面に向けて放たれる。
女性の顔面を殴りつけるなど正常な感覚では考えられないが、この男達はヒルダの挑発に完全に乗ってしまい、頭に血が上っていた。冷静な判断が出来ない敵など、ヒルダやエゼルバルドの敵では無い。
それにノーモーションで拳を打ち付けるのあれば、殴打される可能性もあったが、わざわざ腕を引いてからの攻撃では、”どうぞ避けてください”、と言っている様なものだった。
正確無比な拳がヒルダの顔面を殴打し通り過ぎた。いや、横から見ていたら、ヒルダの頭が拳により潰されたと感じただろう。
「「「うわぁ!!」」」
それを見ていたアルギス達が目を押さえて叫び声をあげた。僕達のせいヒルダは命を失った!と思っただろう。だが、動体視力を鍛えられ、体も鍛えられ、獣達と戯れる程のヒルダには全く通じない。
そう、完全に捉えたはずの拳は空を切っていたのだ。
それも体を半身程ずらしただけで、ヒルダの髪をなぞった程度でしか無かった。
「あら、どうしたのかしら?わたしに何かしてくれるのでは無くて?」
男(D)は拳を突き出した状態で”ピクリ”とも動かずにいた。
「オイ!何やってんだ。さっさと殺っちまえよ」
別の男が野次を飛ばすが、その言葉が届くことは無かった。
ヒルダの掌底が男(D)の鎧の薄い所、しかも鳩尾の近くにしっかりとめり込んでいた。体の中心線に近い場所は弱点だと言われている。その中でも良く知られる鳩尾に当てていたのだ、胸当てを身に着けていても薄い場所への打撃は確実に通り体に衝撃を走らせたのだ。
そのまま男(D)は白目をむき、口から泡を吹きながらその場へ崩れ落ちた。
「あらあら、しょうがない人ね。寝るなんて。しかも、口からなんか出てるわ。マナーは知らないのかしら?」
ヒルダは倒れ込んだ男(D)に手を振りながら、残りの男達を挑発するような言葉を発していた。
その男達には、ヒルダの掌底は男(D)の影になり見えていなかった。
なぜ、崩れ落ちたのか全く分からなかった。
だが、挑発を繰り返す女がやり返した事だけは事実として受け取らざるを得なかった。
「何、しやがんだ!!」
今度は男(C)が数歩の所から踏み込みながら殴り掛かってきた。腕力のみに訴えるだけでなく体を前進させながらだ。
さらに男(D)よりも筋肉量も多そうで、体重も幾分か増えているだろう。引き絞った右腕を矢の如く打ち出すのだが、男(C)の視界から突然ヒルダがいなくなった。
そうなれば当然の事ながら、男(C)の右拳は虚しく空を切ったのだ。
それと同時に男(C)の頭に下からの過剰な力が加わり仰け反る格好となった。後頭部と背中がくっつくのではないかと思う程に。
それは、男(C)の手前で屈んだヒルダが、タイミングを見計らい膝と腰のバネを使って掌底を男(C)の顎に打ち付け為に起こった。幾ら筋肉を鍛えていても、脳を鍛える事は不可能であろう。男(C)の脳は前後に揺さぶられ、正常な思考も出来なくなり、その場に沈んだのだ、当然、白目を剥いて、である。
「ふふ。乙女に向かって襲い掛かってはダメですよ。ちゃんと手順を踏みましょうね」
石畳に折り重なるようにして無様な姿を晒す男二人に、諭すように言葉を吐くが意識を失っているために何の意味があるのかと不思議に思うだろう。それはまだ無事な二人に向けたからに他ならない。
痛いと腕を押さえていた男(A)がヒルダに向かって行く。
四人の中で一番、筋骨隆々としていて体が大きい。そして、二人も倒された事を受けて、”俺が仇を取ってやる”と、頭に血を上らせてである。
二人が頭部を狙って返り討ちにあっていたと見た、男(A)はその轍を踏むまいと、利き足による蹴りを見舞った。ヒルダとの間合いを詰め、左足を軸に体をひねりながら、右足で中段蹴りを放ったのだ。
その蹴りはヒルダの腹部にまっすぐ吸い込まれ、その衝撃で体をくの字にして数メートルも吹っ飛ばされた。そして、石畳に背中を打ち付けていたのだが……。
「へっ、見たか!二人の仇だ。どうやったか知らんがこれでお終いだ!!」
勝ち誇った表情を吹き飛んだヒルダへと向けるが、妙な違和感を感じずにいられず、男の脳裏に警戒音が響き渡っていた。
その違和感は男の体が訴えていた。女と言えども蹴った感触が軽すぎたのだ。岩をも砕く、とは言いすぎだが、ちょっとした木の棒も折る強力な蹴りを食らえば立ち上がる事さえ出来るはずが無いのだが……。
「ふうっ。ずいぶん飛ばされましたわ。服が埃まみれじゃない。洗うの大変なのよ、これ!」
”ひょいっ”、と勢い良く立ち上がり、埃を”パンパン”と叩いて汚れを落とす。そして、服が汚れて悲しかったのか、目に涙を浮かべていた。
「何で蹴られて平気なんだよ。化け物かよ!!」
ヒルダを見る男(A)の顔から血の気が引いて真っ白に変わって行く。渾身の蹴りを食らわせたはずなのに、この女はそれを受けて”ケロッ”としているのだ。
その不気味さに、戦う気力は少しは残っているが、積極的に戦おうとする気力はもう残ってなかった。
ヒルダが無事だったのはいつもの訓練の成果でもあった。訓練ではエゼルバルドと打ち合えば良く蹴られ、吹き飛ばされる事がしばしば発生する。その威力を相殺させようと自ら後方へ飛び退き、ダメージを軽減しているのである。
「もぉ!服が汚れちゃったじゃない、酷いわね。それに誰が化け物ですって?」
溜息を吐きながら、自らに向けられた言葉に反論するように呟く。それを合図に男(A)に向かって駆け出した。男(A)は急激な動きと自らの精神状態を受けて反応できず、左足と左腕を前に受けの構えを取るのみであった。
男(A)の防御姿勢を見て、これは使えると瞬時に攻撃手段を変更した。
ヒルダは”くるり”と体を左に回転させると、男(A)の前で左踵で蹴る様に回し蹴りを放った。だが、その蹴りは男の手前を通り過ぎ宙を切っただけだった。男(A)が瞬間に”ホッ”とするが、ヒルダの本命はここからであった。
先程の蹴りは単純にフェイントだけが目的ではなかった。体を回転させ、さらに遠心力を加えて速度を増していたのだ。
その効果が表れるのは本命の二撃目だ。遠心力の乗った右足の蹴りを男(A)の左膝へと正確に蹴り入れる。それでわずかに男(A)の膝から悲鳴が聞こえてくる。
さらにもう一撃と、先程フェイントに使った左踵を間髪入れず、右足で蹴り入れた男(A)左膝へと叩き込んだ。
アルギス達との練習に付き合っていただけあり、ヒルダの装備は戦闘を想定していたものだった。当然ながら、籠手も装備しているし、脛当てやブーツもそれ相応だ。
そんな装備品を生身の膝に真横から二撃も叩き込まれればどうなるか想像に難くないだろう。膝関節などあっという間に悲鳴を上げ、体を支える事さえ難しくなるのだ。
男(A)は二発の蹴りを受けた左膝が赤黒く変色し、膝から下が体の外側へとずれて行った。いや、そうではない、膝が体重を支えきれなくなり、男(A)の意思に反して崩れるように倒れて行ったのだ。
そのまま、動かなくなり”痛い痛い”と左膝を抱えながら連呼するのであった。
「この野郎!!」
残った男(B)が怒りのあまり、腰の剣に手を掛ける。
仲間三人がやられ、幼さの残る女に好きにさせてたまるかと、無駄なプライドが最後に行動を起こさせたのだ。
男(B)は、剣を抜いて見せて脅しに屈した相手は数多くいると自信を見せていた。幾人もの血を吸った剣を向ければ、女など赤子の手を捻るようなものだと短絡的に考えたのだ。
リーダー格の男(A)は倒れた、これからは俺がリーダーになって欲しい物は何でも手に入れてやる、と。そう、この女もそうだし、連れの男共から金品を巻き上げればいい。
そう考えたのだが、男(B)の命運もそこまでだった……。
「剣を抜くのなら容赦はしない。それでもいいか?」
男(B)の頬に冷たい物が押し当てられる。低い声と共に頬に当てられたそれがわかるのは、動かした眼球がそれを捉えたからだった。
銀色に光る金属の刃が少しだけ視界に入って来たのだ。エゼルバルドがいつの間にか後背に回り、ナイフの腹を男(B)の頬に押し当てた。剣を抜かれても対処は難しくはないが、この大通りでの切り合いは避けたかったのだ。
「喧嘩を売るなら、相手を見てからするもんだ。筋肉ばかり鍛えても強くはならんぞ」
背中から”ドス”の効いた腹からの声に、男(B)はかすれるような声で返事をするのが精いっぱいだった。男(B)は全身の力が抜けて、その場にへたり込んで膝を抱えて下を向いてしまった。
戦う気力、いや、それよりも無駄なプライドが完全に折られ、如何すればよいのかわからなくなったのだろう。これから自暴自棄にならなければいいのだがとエゼルバルドは心配するのだが……。
通りの人達の目もどこか冷ややかだが、勝負がついたと見て、通り過ぎる人々は自然体に近くなっている。あっという間に決着がついたためか、野次馬が湧く事もなかった。
ただ、女に痛めつけられたこの男達の行く末が少しだけ可哀そうに思うのだが、自業自得だと、それ以上考えるのを止める事にした。
「あんな大男、よく相手に出来ますね。お二人とも平気なんですか?」
二人と五人は一息ついた後、街を歩きだしていた。
エゼルバルドとヒルダは宿へと足を向け、アルギス達五人はワークギルドで受けた仕事のためにと依頼主へと向かう為だ。
一緒に歩いている為か、先ほどの小競り合いについて質問をしてみた。
「筋肉だけ鍛えてる奴に負けるわけない。華奢に見えるけど、筋肉だってついてるし、動きだってしなやかだ。それに、普段相手にしている獣の方が強かったりするしな。体長二メートルのビッグボアの方がよっぽど強いんじゃないか?それにしても、昔戦った、グリーンベアは強かったなぁ」
エゼルバルドは昔を、--と言っても数年前なのだが--、を思い出し”さらっ”と呟いた。言葉に意図は無かったが、それによりアルギス達にとっては各上、しかも手の届かぬ程の達人だと、改めて気が付かされた。
「グリーンベアって、山岳系の獣の中では最強クラスですよね?それをやっつけたんですか?」
ワークギルドに登録したいと思っていただけあって、アルギス達の中に獣類に知識を持っている者がいたようだ。それ以上に、対処方法を知って貰いたいとも思うのだ、生き残るために。
「四人でね。でも、素材にする前に竜に持ってかれて、残念な事をしたと今でも思ってるよ。あれは残念だったな」
「そうね。ヴルフが吹っ飛ばされた時は死んじゃった?って思ったもん」
「あの竜には、持ってた剣でも傷つけられなかったし、何だったんだろうね、アレ」
笑いながら話すエゼルバルドとヒルダに完全に置いてきぼりにされるアルギス達五人。
”それ、遭遇しただけで殺されても不思議じゃない”、とアルギス達の顔色が青白くなって行った。
「あ、ここで曲がると依頼主みたいです。今日はありがとうございました」
アルギス達は一言お礼を口にすると、エゼルバルド達と別れ、依頼主の下へと向かって行った。
「気を付けてな。宿で会うだろうけど」
冗談めいた言葉で彼らの後ろ姿に挨拶を返す。
依頼主へと向かうアルギス達を見送ると、二人は宿へ戻るのであった。
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