第十話 二つの依頼を受ける【改訂版1】
「ところでニコラスさん、オレ達は何を護衛するのですか?次期当主のマグドネルさんだけって事は無いですよね」
護衛対象であるマクドネルの泊る隣の部屋に案内され、ぐるりと部屋を見渡し一息入れてからエゼルバルドが尋ねた。依頼者本人にそれとなく尋ねたかったのだが、有無を言わさず必要な事だけを伝えると、すぐに部屋を追い出されたので聞きそびれてしまったのだ。
「それでは、依頼内容についてお話し致しましょう。依頼はマルコム=マクドネル様の護衛となります、それは変わりません。ですが、マルコム様は今、重要な御身でありまして、どうしても護衛が必要なのです。これはマルコム様の前で口に出さないで頂きたいのですが……」
依頼内容を簡単に話した後、徐々に小声なって行った。主人であるマルコムの重要事項なのだと察しは付くが……。
「……実は、マルコム様は結婚されるのです。その御身を狙っている輩がいまして……。その為、腕の立つ護衛が必要となったのです。お相手が祖母のお見舞いの為、これから向かう【サマビル】の村へ滞在しております。その祖母のお見舞いとお相手のお迎えを兼ねてのご旅行なのです」
暗殺の危機にあるのなら中途半端な腕で護衛など任せられない。むしろ、護衛がいないのであれば、虎穴に飛び込む様なものだなと納得した。
「なるほど、いろいろと大変なんですね」
「わたし達に任せて下さい!」
これからマルコムに起こる出来事を予想出来るはずもなく、二人は全力で護衛に当たると力強く伝えたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
エゼルバルドとヒルダがニコラスから護衛の依頼を受けていた頃、別行動になったスイールとヴルフはもう一つの依頼の受けるために治療院へ到着したところであった。
「ここですね。……こじんまりしているようですが?」
こんな小さな建屋が治療院なのかと心配したが、小さくだが【ノリス治療院】と看板が出ていたので安心できた。商売をしていた建物を改装したようで治療院として使うには効率が悪そうに思えた。
だが、奥にあるだろう住居部分は使い勝手が良さそうに思えた。
「こんにちは。ギルドから依頼を見てきたのですが」
治療院の入り口を潜ると待合室に患者が多数待っているのが見えた。骨折や怪我をして、腕や足を汚れた包帯でぐるぐる巻きにされている姿が痛々しい。だが、外傷の患者は多いがそれ以外の病人の姿は見えなかった。
スイール達は入り口近くに設けられた会計の窓口で声を掛けると、建屋の奥からバタバタと足音が聞こえ、白衣を着た可愛らしい助手の女の子が出て来た。
「あ、いらっしゃい、依頼の件ですね。先生は今、治療中なので待合室で少しお待ちいただけますか?」
にこやかに告げると”あぁ、忙しい”と呟きながら直ぐに戻って行った。スイール達は忙しい時間に来てしまった事を後悔し始めるが、仕方ないと先程の女の子の指示通り、患者の邪魔にならぬ場所でじっとしている事にした。
二人が待っている間にも次から次へと患者が入ってきて、あっという間に座る場所がなくなり待合室はガヤガヤと混雑して行った。
それから患者がある程度少なくなった頃、よれよれの白衣を着て紙の束をわきに抱えた中年の男が出てひょっこりと顔を出してきた。見るからにこの治療院の主と見受けられる。今も治療の最中なのだろう、やつれて疲れ切った顔をしているのが気になる。
「おぉ、お主達じゃな、依頼を受けてくれるのは。儂は【ホウナー=ノリス】。この治療院の院長をしておる……ってみればわかるか。時間がないので手短に話すぞ、断るのなら資料を見た後で良い。まず、これを見てくれ」
脇に抱えていた紙の束から一枚抜き取ると、それをスイール達に渡した。
それには依頼の詳細が記されていたが、スイールにはそれほど難しい依頼とは思えず首を捻った。ここからほど近くにある、【月下見草】の群生地で薬となる薬液を採取し来る事、それだけであった。
「薬草の知識があるのなら楽勝と思うだろうが、その群生地に何かの獣が住み着いたらしく、行くと追い払われてしまうのじゃ。いなくなるまで待てれば良いのだが、時間がないので、仕方なく依頼したのじゃ。その住み着いたのが何かわからないのが悔しいがの。で、断るか?」
その話を、”う~ん”と、頭を捻りながら考えて一つの結論を出した。
「近くですし、行きましょう。追い払われただけなら大丈夫でしょう」
「おぉ、行ってくれるか。では頼んだぞ。まだ患者がほれ、この通り沢山いるのでここで失礼するが。どうか、気を付けて行ってきてくれ」
院長は待合室を顎で指すと、”宜しくな”と呟きながら奥の部屋へと戻って行った。
スイール達も用は済んだと、治療院を出て依頼に必要な道具を揃えに町中へと向かった。
「道具が無ければ向かっても依頼の完遂はありませんから購入が先ですね。目的地には、三時間程で到着出来るでしょうから、お昼を食べてからゆっくりと向かいましょう。そうそう、お酒は今日は無しですからね!」
スイールは依頼に必要な器具を揃えに、貸し出しをしている店を探し始めた。一回使えば旅には邪魔になるだけだと、購入せずに借りて済ませることにしたのである。
その後、すり鉢や試験管等の器具を無事に借り受けることが出来ると、腹ごしらえの為に食堂に足を向けた。
食堂へ向かう途中、不思議に感じたヴルフが疑問を口にした。
治療院の院長から貰った資料には月下見草の群生地までは徒歩でも三時間程しか離れていないとあった。だが、薬草を採取するだけであれば明日にしても良いのではないかとヴルフは思ったのだ。
「何で、昼過ぎに出発するんだ?明日にすれば日が出てるうちに帰ってこれそうだが」
ただの薬草採取であれば、日帰りが当然だろうと思ったのだ。それは薬草知識に乏しい者達の短絡的な考えであった。ヴルフが不思議と考えている事は当然であろうと、スイールは”それはそうだが”と笑みをこぼした。
「普通ならそう考えても不思議ではなりません。ですが、月下見草から取れる薬液は、花が咲いている時間帯、それも深夜帯に採取しなければならないのです。何故、花が咲いている時にその薬効成分が出ているかは未だに解明されていませんがね」
「なるほど、”月を下から見上げる”から月下見草と言うのか」
「その通りです」
月下見草の由来を聞き、ヴルフは深く頷いた。それからもスイールは、月下見草についての説明をヴルフに続けていた。
「月下見草で治療する病気は体が徐々に石の様に硬くなる【石化症】です。何故そうなるかは原因がこれもわかっていません。石化症を患っている人は多くないとは言え、限られた時にしか採取できない薬液です、依頼料は通常よりも高くなっています。それに、邪魔をする輩がいますからついでに追い払えると良いですがね」
”なるほど”と頷きながらスイールの横を歩く。ヴルフは薬草採取の依頼を殆ど受けたことが無く、そこまでの知識を持つスイールに脱帽するのであった。
その説明が終わる頃、食堂へとたどり着き、昼食を取り始める。お酒の無い食事に物足りなさを感じながらも腹ごしらえを済ませると、依頼が終わったら浴びるほど飲んでやろうとの決意を胸に抱くのであった。
昼食を取り終えると、スイールとヴルフは月下見草の群生地へと向かった。
治療院の院長に貰った資料によると宿場町から北西に三時間程歩いたところに小さな沼地があり、何かが住み着くまでは渡し場に住む人達の憩いの場として利用され、街道が整備されていた。
憩いの場となっている沼地までの街道を男二人で”てくてく”と向かう。今は危険だと知れ渡り誰も向かおうとせず、二人の姿の他は見られなかった。
スイールには誰も向かう者がいない心配よりも、住み着いた何かが月下見草を根こそぎ食い散らかしてしまっていないかを心配するのであった。
街道が通っているとはいえ、誰も通らぬ道は直ぐに荒れ果ててしまう。今も雨の後で泥濘が酷く歩き難かった。そのために沼地に到着するまでに三十分も余計にかかってしまったのである。
そして、沼地を一望する場所へと足を向けると、一面に緑色に生い茂る月下見草の群生地が無事であると見え、スイール達は”ほっ”と胸を撫で下ろした。住み着いた何かは、これが目当てでないとわかっただけでも収穫である。
「とりあえず、野営の準備をしてしまいましょう。日が出てるうちに済ませて、夜まではゆっくりと……」
「よし、承知した」
月下見草の群生地近くに二人でテントを建てる。何が起こるかわからないので、今回は前室となるタープは建てないことにした。そして、かまどを作って火を起こす。当然、月下見草等の草木に燃え移らぬように注意をしてである。
かまどに火を起こして休んでいると、西の空へ真っ赤な太陽が沈み始める。空に浮かぶ真っ白な雲に赤い光が当たり、空を茜色に染めて行く。それを眺めながら、明日も天気が良くなるだろうと思う。
沈む太陽の反対、東の空からは二つの月が顔を出し始めた。地平線より顔を出したばかりの月は、その巨体で見る者を威圧し始める。
太陽が西の地平線の向こうに完全に沈むと、月の光が強まり、暗い闇の中で弱く辺りを照らし始める。この日の月の光は読書さえ出来る明るさだった。
「スイールよ、本当に花が咲きだすのだ?」
未だに蕾さえ見えぬ月下見草を眺めてヴルフが疑問を持ち始める。花など咲かないのではないか、また出直しなのではと感じていたのである。
「まだ時間がかかりますよ。月が真上に来る頃に咲くはずですよ。それまでは温かいものでも食べて体を休めておきましょう」
薪をかまどにくべ、鍋を火に掛けて料理を始める。
いつも通りのスープではなく、煮物風料理である。水は少なめにしておくと沸騰まで短くて済む。薪の節約の為であるが、なかなか上手く出来たとスイールから笑みがこぼれる。
ヴルフはと言えば、酒厳禁ときつく言われているのか、我慢して柑橘系の煎じ茶で胡麻化していた。
のんびりとした時間が過ぎ、月が真上に差し掛かった頃、弱い風に揺れていた月下見草が一斉に輝きだした。その中央部から一本の茎がぐんぐんと伸びると、二十センチ程までに伸びて先端に奇麗で可憐な白い花が咲き出した。
その幻想的な風景を見てヴルフは感嘆の声を漏らしていた。
「それでは採取してきます。採取さえすれば少し時間がかかっても大丈夫ですから」
”ぼー”っと幻想的な風景を眺めているヴルフに一声掛けるとナイフを取り出し、月下見草の葉をかなりの勢いで刈り取りだした。一つの株から二枚程採っては次の株へと、どんどん採って行く。
そして、一時間もしないうちに、布袋いっぱいに採った葉を持ち、テントへと戻って来ると、すり鉢等の器具を出して液役の抽出の準備を始める。
だが、早々上手く行くものではなく、スイール達の気付いた同じ体格をした五頭の山岳狼が何処からともく現れた。
「で、スイールよ。こいつら……か?」
「でしょうね。はぐれの山岳狼が集まった感じですね。蹴散らしますか?」
ヴルフはその問いに無言で頷き、愛用の手入れの行き届いた棒状戦斧を構える。はぐれであれば、リーダー不在であり、連携は上手く取れぬと考えられる。
スイールは薬液の抽出器具をテント中に放置して、杖を左手で握りしめヴルフの後方へと歩み寄る。そして、細身剣を引き抜くと、細身の刀身が月明りを怪しく反射させた。
「月下見草の群生地を守りたいので少し離れて戦いましょう」
「了解した!」
スイールの言葉を合図に、ヴルフが左端の一頭に向かって走り出す。狩りの時間だと考えていたのか、まだ距離があると考えていたのか、山岳狼達はヴルフの動きに反応が遅れた。
だが、ヴルフにはその一瞬の隙で十分だった。右に構えた二メートルの棒状戦斧を一閃すると、間合いを図り損ねた山岳狼の胴体に深々と吸い込まれて行った。
そのまま棒状戦斧を振り回して投げ飛ばすと、”ドスン”と地面に叩きつけられ鮮血を噴水の様に噴き上げて断末魔の悲鳴を上げる間も無く命を散らした。
それで戦意を喪失して逃げてくれれば戦わずに済んだのだが、リーダー不在の山岳狼達は死んだ一頭を間抜けな奴目と思ったのか、怯む事なく二頭ずつに分かれて襲って来た。
スイールに向かっていた二頭がまず動いた。
一頭目が回り込む動きを見せると、その間に二頭目が直線的に襲い掛かって来た。リーダー不在で連携の取り方が下手とは言え、二手からの挟撃ならばそれほどの技量は必要がない。相手が囮として動いていたら、自らが襲い掛かれば良いだけなのだ。
そう思っていたに違いない。
そして、二頭目が飛び掛かり、自らの牙で噛み殺そうと大きく口を開けて襲ったまでは良かった。敵にも自らを殺すための爪を持ち合わせていたと思いつかなかったことが彼の敗因だった。
スイールが直線的に襲い掛かる山岳狼へタイミングを見て細身剣を突き立てた。銀色に輝く爪を体をよじって躱せたまでは良かった。それは頭部を守っただけで、敵の爪は彼の体に深々と突き刺さり、生きるために重要な臓器を切り裂いていった。
そうなっては山岳狼と言えども生き抜くのは不可能だろう。スイール横に細身剣が深々と刺さったまま地面に吐血し息絶えるのであった。
それを見て瞬時に一頭目が襲い掛かる。
敵の輝く爪は抜け落ち、攻撃の手段を失ったと見たのだ。そこへ後ろから襲い掛かれば必ず仕留められるだろうと安易に考えたのだろう。駆けた山岳狼が飛び掛かり、鋭い爪で切り裂こうと前足を振り抜いた。
だが、ヴルフ達との訓練を行っていたスイールは彼の爪をすんでの所で体を捻り躱したかに見えたが、一瞬速く鋭い爪がスイールの二の腕を切り裂き、服の残滓と血が飛び散った。
もう一撃と山岳狼は着地と共に再び飛び掛かろうと振り向いた。彼がその目で見たのは切り裂いた腕を自分に向けている敵の姿だった。
スイールは山岳狼の爪を食らい、腕の肉を持っていかれたかと思うほどの痛みを感じていた。だが、これ以上攻撃を受ければ死ぬだけだと薄れゆく意識を呼び戻し、魔力を集めていた。そして、山岳狼が振り向いた瞬間を狙って魔法を打ち出したのである。
「風の渦!!」
何時も使う風の刀を打ち出すのではなく、ランク二の小さな竜巻を起こす魔法を選択したのだ。竜巻の中に真空の刃を無数に配置して幾つもの傷を負わせる事により、敵をずたずたにするのだ。
スイールが発動した風の渦は正確に山岳狼を飲み込み、彼をずたずたに切り裂いて行く。
そして、その風の渦が消え去ると、自らの鮮血で真っ赤に染まった山岳狼の横たわる姿が見えただけであった。
ヴルフは待ち構えるを良しとせず、近くにいた一頭に向かって行った。それを予測していたかに見えた山岳狼は横に飛びのき、間合いを取ろうとした。
だが、その行動はヴルフ相手では悪手であった。棒状戦斧を逆手で担ぐと、槍投げの様に投げ付けた。
相手の武器である爪は体から離れぬと認識していた山岳狼は、見知らぬ攻撃に反応が遅れ、棒状戦斧の餌食となった。
棒状戦斧の直撃を受けたとはいえ、先端に攻撃手段を持たぬために致命傷を与えることは無かった。だが、一瞬でも動きが止まればヴルフには十分である。
ブロードソードを抜きつつ間合いを詰めると、痛みに耐えていた山岳狼の頭に鋭い刃を振り下ろした。
頭を真っ二つにされた山岳狼は断末魔の悲鳴を低い声で発しながら絶命したのである。
そして、山岳狼が最後の一頭となった所で、この敵には敵わぬと尻尾を巻いて逃げて行った。
「とりあえずの所は終わったでいいのか?山岳狼がここまで来てるとはね。何を狙っていたんだ?」
ブロードソードの血糊を振り払い鞘に収め、息絶えて転がっている山岳狼を眺めながら疑問を口にした。
「う~ん、はぐれですから、群れから追い出された個体が集まったと見て良いかと。何を狙った、と言うよりも、縄張りの外で仕方なく狩っていたと思う方が良いかもしれませんね」
”ぽたぽた”と傷口から鮮血を滴り落としながら答えた。そして、傷口に回復魔法を掛けて塞ぎ、応急処置を施した。ヒルダ程得意でないために応急処置であったが。
その後、細身剣を山岳狼から引き抜き、血糊を拭き取って鞘に収める。
「もう少し、見張りをお願いします。私は月下見草の葉から薬液を抽出しなくてはいけないので」
ヴルフがかまどの傍に腰を下ろして無言のまま頷くと、スイールはテントに入り込み、器具で採取した葉を加工し始めるのであった。
いつも拙作”Labyrinth&Lords”をお読みいただきありがとうございます。
気を付けていますが、誤字脱字を見つけた際には感想などで指摘していただくとありがたいです。
あと、”小説家になろう”にログインし、ブックマークを登録していただくと励みになります。
これからも、拙作”Labyrinth&Lords”をよろしくお願いします。




