第一話 魔術師、子供を拾う【改訂版1】
2018/12/04 改定
2019/07/06 サブタイトル変更
2020/01/03 プロローグ追加により、ちょっとだけ文章変更
曇天模様の朝、男はいつも通りあばら家から近くの沼を目指し歩いていた。
まだ太陽が顔を出し切っておらず、水平線から白い光が上がってくるこの時間が男の行動と思考にぴったりと一致するのだ。朝の準備運動と言った所だろうか?
深緑のフード付き外套を羽織り、少し湿った地面に足跡を残しながら歩いて行く。
周りを見渡すと収穫を終えた畑が広がり、肥料となるであろう藁が一面に敷かれ種まきに向け力を蓄えているようであった。
自分のあばら家より十分ほどにある目的地の沼へ流れ込む川の側を歩いていた。大きな川でなく、湧水が沼に注ぎ込む様な小さな川だ。その川は切り立った崖、--せいぜい五メートル程の高さであるが--、を有しており川へ降りるにはかなり手前に降りる場所があるだけであった。
強引に降りようとすれば、転げ落ちる事は必至で良くて打撲、悪くて骨折となるであろう。
川辺を歩き続けるといつも採取している薬の元となる薬草が広がる湿地帯に出る。いつもであれば薬草を採取し、薬を作ってから売ることもこの男の生業であるが、今は薬草が大量に在庫としてため込まれており、今日は採取必要がない程に十分であった。
目的はこの川が流れ込む沼である。沼は二百メートルほどの直径であるが、観光地でも遊び場でも、そして何がある訳でもないので、人が来ることは滅多になく、隠れて何かを行うには絶好の場所だった。
(さて、今日はどんな魔法の練習をしようか?)
毎日の日課の練習のメニューを考えながら、一歩一歩ぬかるんだ道を踏みしめながら歩いて行く。
この男は薬師であると共に魔術師なのだ。
”魔術師”とは、魔法を使い様々な事象を専門に起こす人の事を指す。例えば炎の魔法を出し木々を燃やしたり、真空の刃を撃ち出して獣を切り裂くなどだ。
男は、近くの街で少しは名が売れているのだが、良く知るものからは何故か”変り者”と呼ばれている。変り者であるが、魔法をあまり人前で使った事は無く、魔法を使う”変り者”よりも、効能の高い薬を扱う”変り者”の方が名が通っている。
(いつも思うが、”変り者”はちょっとうれしくはないな)
あばら家を出て歩く事十数分が過ぎた頃であろう、沼へ出る河口付近のいつも見る風景に違和感を覚えた。
(何か、物体が置かれている?)
興味深く近づいてみると、それは崖の上から落とされたとみられる破損した馬車の車体だった。
数日間、雨が降ったり止んだりの天候であったので、この場所へ来たのは数日ぶりだった。
だが、以前来た時にはこの様な残骸は無かったと記憶している。尤も、この様な大きな物体は間違えようがないのだが。
(はて?)
さらに興味深く観察してみると、商人や旅人が使うような幌の付いた馬車であり、強い衝撃が加わったであろうか、車軸が折れ車輪が外れている場所があった。そして馬車の周りには載せていたと思われる荷物が散乱していた。
「ここに馬車ごと落ちたか。それにしても馬はどうした?」
破損した馬車がここにあるとすれば、車体を引っ張る馬車馬が存在するはずだが、その死体も馬車馬に伸びる馬具も見えない事に気が付く。
恐らくだが馬車馬でここへ運ばれ、車体のみを崖の上から滑り落とされ廃棄された事になる。
それでも、運が良かった事は、崖を滑り降りただけで必要以上に破損をしていなかった事であろう。天地を逆さまになる事無く、車体や幌が無事だった事もあり、引き上げて車軸を直せば、もしかしたら再利用できるのではないかと思われるほどであった。
車体が無事だとわかり、他にはどんな状況かと日よけや雨除けの幌を見れば、白地に赤い点々が斜めに真っ直ぐ続いてる。
「うん?これは血の色か?」
誰かがこの幌の前で刃物に切られ鮮血が噴き出し、血飛沫となって付着したのだろう。血飛沫は車体の外側に多く見られ、数人が命を落としたと見られた。幌の内部は綺麗であり、内部では襲われていない様だ。
「これは襲われたようだが、惨いことをするな」
男は何か手掛かりになりそうな物が無いかと荷台や外に散乱した荷物を”ゴソゴソ”と探し出した。生活困窮者ではないので、あくまでもこの持ち主を探す為である。
荷物をかき分けて捜していると、男のその手が止まった。
「おやおや、これはこれは」
車体の中で荷物と荷物の隙間に一人の子供が倒れているのを発見した。パッと見たところでは生死は分からないが、外傷を確認できない事から何とか無事でいてくれと無事を祈るのであった。
そして、車内に使えそうな物を無いかと探すと、幸いなことに柔らかいクッションを見つけ、それを枕にして子供を介抱し始めた。
(無事でいてくれれば良いが……)
子供の胸に手をそっと触れると小さく胸が上下に動き、小さい体ながら一生懸命に生きようとしており、無事が確認できる。
(何とか生きてる。良かった)
男は子供が無事でいる事に安堵の表情を見せた。
さらに子供を観察すると、身に付けている服に破れや濡れは無さそうで、たいしたことないと判断できるだろう。。
そして、外傷を見るのだが……額に擦り傷と腕に打撲痕が見えるだけで、腕や足が明後日の方向を向く事も無かった。
今は車体の中や周囲に散乱している柔らかい荷物がクッションとなり怪我を防いでくれたようだ。
「なんにしろ、このままではまずいな」
まず、あまり得意でない回復魔法を使い、子供の傷を治す。擦り傷に打撲痕であれば男の魔法であっても傷跡が残らないで治癒する事が可能である。
「襲われたにしては幸運だったようだな。荷物の陰で寝ていて助かったのか?」
崖の下を見渡しても人の倒れている様子もなく、子供の両親らしき人も見当たらない。
崖の上から落とされてのであれば上にいるかもしれないが、幌に掛かっている血飛沫を見る限りは絶望的と言えるだろう。
(それにしても何かこの子供の身の上がわかるものがあるといいのだが……)
あるのはクッションや何に使われるかわからないような物ばかりで、襲われたとき目ぼしい物はあらかた持っていかれてしまったのだろうか。散乱している荷物を見ても少ないと見える。
(ここにいても食べるものも着るものも無い。あとで街の方で保護してもらうとして、一先ず、あばら家に連れていくか)
羽織っていた自分の外套で子供を包みこみ、起こさない様に注意しつつ抱きかかえ、あばら家に帰ろうと足を進める。
(あぁ、この子供はどうしようか?)
男は、突然起きた遭遇に、一抹の不安を抱くしかなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
自分のあばら家に戻ってきた時にはすでに日も完全に昇り、夜が明け周辺には畑で仕事をするに姿がちらほらと見受けられた。
普段であれば戻ってすぐに朝食の用意をし、一人で朝食を取ることが日課となっていたが、この日は保護した子供がいるので二人でとなった。
とは言え、子供はまだ目も覚まさず、子供の事を知る手がかりは得られず、何もわかっていなかった。唯一わかっている事は保護した子供がここにいる事だけだろう。
子供の名前は?
親は?その名前は?
何処から来た?
何故あの馬車に乗っていた?
男の疑問は無尽蔵に湧き、尽きることは無い。
それを解決するには子供が起きるまで待つしか、有用な手段は無かったのだ。
”グググゥゥゥゥゥウウゥゥウウ~~~”
部屋に何やら音が、盛大に鳴り響いた。
「まぁ、何をするにも腹は減るな。腹ごしらえの準備でもするか」
男の腹が盛大に鳴った所で思考を変え、腹を満たす事を優先事項にした。
抱えていた子供を傍らのソファーに寝かし、男は朝食の支度を始めるために台所へと向かった。
結婚もしていない一人住まいの男である、豪華な食事など出来るはずもなく、最低限の食事を取ろうといつものメニューを手際よく作っていく。
あっという間に朝食の準備が出来、男は子供のいる部屋へと移動し、用意した朝食を食べ始める。薄切りにし軽く炙った硬いパンと根野菜と干し肉のスープ、コンソメ風である。これは男がいつも用意するものである。よくも飽きもせず同じメニューを食べるものだな、と自分に言い聞かせながら黙々と口に運んでゆく。
たまには違ったメニューも考えなければならぬと思うが、一人身ではその気も起きない。
朝食の事を考えていると、ソファーで横になっていた子供が目を覚ますのが見えた。眠い目を両手で器用にこすると、首をあちらこちらに向け部屋の様子を見ると、今までにない光景が目に入り大声を出し始める。
見知らぬ場所で見知らぬ男がいれば当然ながら頭が混乱し騒ぎ出すのは仕方のない事であろう。特に小さな子供であればそれは顕著に出るはずだ。
「なに、ナニ、ここ!!みんながいない、どこ~~~~!!」
一度見た部屋の中を、もう一度ぐるりと見わたし何もないとわかると、側で食事を取る男を見つけさらに叫び声を上げる。
「イヤだぁ!!なんにもしないで~~~~!!」
大声で叫ぶと首まで掛けてあった外套を頭まで隠れるように掛け体全体を隠す。傍らから見ていても、体がブルブルと震えているのがよくわかる。相当怖い目にあったか、見慣れない人が目の前にいて混乱してかだろう、と。
「何もしないよ。私はスイール、【スイール=アルフレッド】。見ての通り、このあばら家で一人暮らしをしているんだ。何もしないから、顔を見せてよ」
食器を置きニコニコ顔で話すスイールを、掛けてあった外套を目の位置まで下ろし、声の主であるそばにいる男、スイールの顔を見つめる。
当然ながら怖い思いをした子供は震えが止まらずに、まだまだ落ち着く様子を見せないでいる。
(聞くのはまだ先かな?)
落ち着かない様子の子供を見て、事情を聴くよりもまずは腹に何か入れて貰わなければと、台所より少し多めに作ったスープを金属のコップに入れてテーブルへと置いた。
「ほら、何もしないよ。おなかが減っただろう、大したものはないけど、朝ごはんだ。ちょっとは食べたほうがいいよ」
テーブルに用意した朝食を指し、安心して食べるようにうながす。
「まぁ、怖いよね。私は少し離れていよう。ご飯を食べながらお話できるかな?」
座っていた椅子を引きずり子供から離れ、後ろの壁付近まで移動して椅子に腰を下ろす。子供はそれを見て、目の前にいる男を警戒しながらだもテーブルに置かれたスープのコップを手にし、口に近づける。お腹が減っていたのか、味わう事を忘れたように、ただ、ただお腹に入れていく。
「ゴホッゴホッ!!」
「ほらほら、急いで食べるから。もっとゆっくり食べてもいいんだよ。誰も取らないから」
子供を心配を掛けまいと優しい言葉を掛けながら、水をコップに注いで子供の前に置いた。コップから水を勢いよく飲むと、ようやく落ち着きを取り戻したのか口を開き始めた。
「おじさん、ここどこ。とうちゃん、かあちゃん?いっしょにいたみんなは?みんな、どこいったの?」
落ち着いたといっても腹が満たされただけである。見知らぬ人と一緒であればまだまだ不安を抱えたままだろう。それにはもう少し時間がかかるかもしれない。
(そういえば、この子供の年齢も知らないな。幼いようだけど、まだ三~四歳くらいかな?)
スイールの疑問がまた湧き出てきた。分からない事があるととことんまで調べる、悪い癖が出てしまった。
「君は馬車の中で眠っていたんだよ。その周りには誰もいなかったよ。ところで、君の名前はわかるかい?」
「うええぇぇぇ~ん!!とうちゃ~ん!!かあちゃ~ん!!」
名前を聞く前に余計な事を聞かせてしまったか、子供は泣き出してしまった。
(ありゃ、しまった。子供の扱いは分らないからなぁ。泣き止むのを待つしかないか、はぁ……)
頭をかきながら、「やれやれ」、と失敗したことを自覚する。妻帯者であればわかるかもしれないが今までずっと、独り身であった。子供の気持ちなどとうの昔に過ぎ去った記憶で分かるわけもなく、時間だけが過ぎて行く。
十分も大きな声で子供は泣き続け、疲れてしまったのかいつの間にかソファーで寝息をたて、眠りについてしまった。
(これからどうなるんだろう……)
スイールは子供を見ながら、これからの自分とその子供の将来にがどのようになっていくのか不安を隠せないでいるのだった。