第四十七話 グリフィンと相まみえる
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巨鳥のつぶらな瞳……二つの生物を合わせた新たに生まれた生物、グリフィンと呼ぶべき敵のつぶらな瞳がカッと見開かれ、鋭く突き刺すような視線でヴルフとエゼルバルドを交互に見やる。
その瞳で何を思い何を考えているのか、深い闇だけが見えるだけで想像がつかない。
それでも一つだけ確かに感じている事がある。
「気を付けろ!襲ってくるぞ」
グリフィンがスイール達、全てを葬り去ろうとしている事だ。
ゆっくりと足を動かし歩を進めると、前後の足で異なる音階が耳に届く。
前足は巨鳥の鋭く長い爪が硬質な床石にカリッと引っ掻くような軽い音を奏で、後ろ脚は太く丈夫な爪がコツンと床石を重い音を響かせる。
違和感しかない足音に興味を持つと共に、並々ならぬ恐怖を感じるのであった。
「先手必勝!」
こんな時真っ先に動き始める定番と言えばヴルフであるが、この時ばかりは甲高い声を発しながらアイリーンが攻撃を始めた。
ヴルフとエゼルバルドが攻撃するにはもう数歩近づかなければならないが、彼女が愛用している長弓はすでに射程範囲に入っている。それはグリフィンだけでなくその後方に鎮座する朱い魔石も、である。
しかし、後方で動けぬ玉を攻撃するよりも、先に守護者であるグリフィンを倒すべきと考え全力を持って攻撃に移った。
アイリーンが矢筒から引き抜いた矢は通常の矢ではなく、全力を出せ殺傷力がけた外れに高い金属製の矢である。弓の仕掛けをカチリと切り替えると弦を引き絞り、即座にその力を開放した。
ヴルフとエゼルバルドの間を通り、グリフィンへ金属の矢が飛翔する。
誰もがその一射で片をつけるとは思ってもいなかったが、怪我を追わせるには十分だと考えていた。そして、”ガキン”と硬質な音が部屋に響き、誰もが次の一手で終わらせられる、楽観的な考えが脳裏を浮かびかけた。
しかし、その硬質な音はグリフィンが無造作に振り上げた前足、--正確に言えば巨鳥の後ろ脚に当たるのだが--、に叩き落されその時に生じた音であった。
「うっそ~!」
自分の技量に絶対の自信を持つアイリーンだったが、思わず声を上げて落胆してしまった。十メートルほどしかない距離なのに、高速で飛翔する矢を叩き落したのは何の手品なのかと思ってしまうほどだった。
しかし、グリフィンにとってそれは容易なことであった。
誰の攻撃も受けていない場面で、急に動き出した敵が放った攻撃は簡単に予測できる。尤も、優れた動体視力を持ち合わせているのだから、視認さえ出来ていれば力技でどうにでもなっただろう。
『ふふふ。だから申したであろう、我に挑むのか、と。我に逆らう事が愚かであるとお前たちの体に刻んでくれよう。それから、ゆっくりと命を奪うこととしよう。蝋燭がゆっくりと燃え尽きるようにな』
何処からともなく響き渡る声にスイール達は戦慄を覚える。
アイリーンの自慢の長弓から放った矢を初見で叩き落した敵に。
そして、それを生み出した人と異なる意志の物体に。
それでもスイールは人の作りし物に完璧な物などないと感じ取ってもいた。針の穴を通すような綻びが必ずどこかに存在しているだろうと。
「あれで倒せるようだったら自慢しないだろうよっ!」
スイールが刹那の間だけ思考に入ったと同時に、ヴルフは身を低くして棒状戦斧を小脇に構えて床石を蹴りつけグリフィンの正面へ駆け出した。
「あ、一人じゃ駄目だ!」
「わたしも行く!」
刹那の時間遅れて、ヴルフに続けとエゼルバルドとヒルダが駆け出した。
エゼルバルドはグリフィンの右側に、ヒルダは左側に。
三人で包囲する様に。
ヴルフの棒状戦斧もエゼルバルドの両手剣も、大型の重量級武器に相当する。素早い動きの敵には劣勢を免れないだろう。攻撃力を頼りに振り回せば一撃で敵を葬れるかもしれない。だが、今は戦い始めたばかりで敵も味方も体力は十分だし気力も充実している。それに集中力も十二分にある。
そんなことは重々承知の上で二人は重量級武器でグリフィンに挑み始める。
ヴルフが横に薙ぎ払えば、ヒョイと前足を浮かべて軽く躱し、エゼルバルドが突きを繰り出せば瞬時に後方に飛び退き切っ先を回避する。
そして、ヒルダも攻撃に参加しようとするが、二人の攻撃で動き回るグリフィンに翻弄され攻撃に参加するどころか近づくことさえ困難な状況だった。
対峙するグリフィンもさすがであった。
朱い魔石が豪語し自慢するだけあり、身体能力、そして、攻撃力は目を見張るものがあった。
身体能力に任せてヴルフとエゼルバルドの攻撃を躱していたと思ったら、突如、体をぐるりと反転させて後ろ足で蹴りを浴びせてきた。攻撃に注視していた二人は躱せる筈もなく、蹴りを喰らってしまう。
「ぐわぁ!」
「ぐふぅ!」
だが、ヴルフは棒状戦斧で、エゼルバルドは両手剣で強力な攻撃を辛うじて受け止める事が出来たのだが、後方に数メートルも吹っ飛ばされてしまった。
「ヴルフ!エゼル!」
「ヒルダ駄目よ!ちぃっ!」
グリフィンに吹っ飛ばされた二人を見て叫び声を上げたヒルダは、出番が来たとグリフィンに向けて床石を強く蹴り付け体を前へ前へと駆け始める。高く掲げた軽棍で、ヴルフとエゼルバルドを攻撃し隙を見せていたグリフィンを屠ろうとして。
だが、ヒルダ一人でグリフィンに飛び掛かっても持ち前の身体能力の高さで躱されるか、咄嗟に前足を振り上げられ深い怪我を負うかの二つに一つであろう。
しかし、一人で戦っている訳ではなく傍には頼もしい仲間が控えている。何年も一緒に戦ってきた仲間。その仲間を信頼しヒルダはグリフィンに飛び掛かったのである。
その信頼する仲間はヒルダの視界の端でしっかりと矢を番えている姿を捉えていた。対峙するグリフィンに二本目の金属の矢を番えているアイリーンの姿を。
「援護します!」
さらに一番の後方、近接攻撃していたヴルフとエゼルバルドを静観していたスイールもヒルダの視界のギリギリの端から援護の為に魔法を準備し発現させていた。左手の杖を高々と振り上げ、頭上に楔状に鋭く尖った炎の渦を。
アイリーンとスイール。
二つの援護を受けてヒルダはさらに加速して体の前面に現れる重い空気を全力で切り裂きながらグリフィンに迫る。優れた身体能力を見せつけたグリフィンにはヒルダの全力攻撃速度でもまだ遅い。もっと早く、軽棍を振らなければ、そう思う。だが、扱い慣れた、そして軽いと感じていた軽棍が重量が十倍にもある様に感じなかなか降り下ろせないでいる。
そうしていると、ヒルダの足音に気付いたのかグリフィンが首だけを回転させて彼女へと鋭い嘴を持った顔を向ける。これでは躱される、グリフィンの筋肉の動きを見て脳裏にありありと映し出され、諦めかけるのだが……。
「諦めちゃダメ!はいっ!」
「そうです、当たると信じて!火槍!!」
ヒルダの援護にと、アイリーンとスイールが攻撃を放った。
力いっぱい引き絞った弦から放たれた鋭く砥がれた矢と轟々と燃え盛る炎で形作られた楔型の槍がグリフィンに襲い掛かる。
ヒルダに気を奪われていたグリフィンと言えども、三方からの攻撃に瞬時に対応するには、優れた身体能力を持つとしても無理がある。最低でも一つは攻撃を受けてしまう、グリフィンもそう思っただろう。とは言いながらも、今から体を捻るなど至難の業、確実に二つは食らう。
グリフィンに最初に届いた攻撃はアイリーンの矢だった。だが、動き続けるグリフィンがわずかに体を動かしただけでそれを躱してしまった。
次の攻撃はスイールの火槍。胴体に着弾させる予定が予定外の動きを見せたグリフィンの頭部に命中し小さな爆炎を上げた。それによりグリフィンは目の前を炎の赤と爆炎の黒の二色で塗りつぶされ怯んでしまう。体が硬直し思った動きが出来ず、刹那の間その場に留まってしまった。
そして最後にヒルダの軽棍が振り下ろされた。
狙いは大きく外れ、胴体へ、しかも巨鳥の上半身と獅子の下半身の繋ぎ目へ吸い込まれた……のだが。
「へ?」
「なんですと!」
誰の耳にも、生物からは発せられぬだろう硬質な金属音が届いた。
思わぬ手応えにヒルダは間抜けな声を漏らす。
そしてもう一人、スイールが甲高い素っ頓狂な声を上げた。
グリフィンの胴体の繋ぎ目、巨鳥と獅子の羽根と毛皮が入り混じる場所から分厚い金属の音が鳴らされれば驚くのも無理ない。
あれだけの身体能力を持ち合わせてどんな攻撃をも躱せるのだから必要無いように思える。スイールはそう感じるのだった。
「はっ!」
間抜けな声を上げたヒルダは瞬時に気を取り直して、グリフィンが立ち直る前に後ろに飛び退き円形盾を体の前に構えて攻撃に備える。
だが、ヒルダが攻撃した直後、目の前が赤と黒の二色に覆われていた事が原因なのかグリフィンが攻撃に転じる事は無かった。
「さて、第二ラウンドと行こうか……」
目の前の煙が晴れ視界が確保されても尚、グリフィンは視線だけを周囲に回して警戒を続ける。視線を向ける一角にゆっくりと歩み寄る二人の姿を見つければそうもなろう。蹴り飛ばし確実にダメージを与えたと手ごたえを感じたヴルフとエゼルバルドの無事な姿を見てしまったのだから。
しかし、その視線に一つだけ異なる場所を見つける。
「よくもワシの棒状戦斧を折ってくれたな。この礼はきっちり返してもらう、お前の命と引き換えにな!」
ヴルフが小脇に抱えて振り回していた棒状戦斧ではなく、それよりはるかに短い剣、ブロードソードを手にしていた。ヴルフが吹き飛ばされた時にうっかりと防御に使ってしまい、くの時に折り曲げられ使い物にならなくなった。それにより九死に一生を得たのも事実であるのだが。
「さぁ、覚悟しろ!」
「今度こそ倒す!」
再び、ヴルフとエゼルバルドの激しい攻撃が始まった。
それからしばらく、ヴルフとエゼルバルドがグリフィンと殺りあう。時折ヒルダがタイミングを見て物理防御を展開させて攻撃を防いでいるが、それでも双方に小さな傷が刻まれてゆく。
三人と一体をスイールは援護出来るようにと、魔力を集めて行く末を見守る。
その中でスイールは違和感……と、いうか不思議な感覚を覚えた。
確かに、朱い魔石が生み出した巨鳥と獅子をあわせた生物は強力でしたたか、そして、強い。”倒せるか?”と豪語するだけの事はある、と再度それを認識する。
だが、上半身は巨鳥であると認識している筈なのに、何故か巨大な獅子を相手にしていると勘違いしてしまっているのだ。
”はて?”と首を傾げてさらに観察を続けていると、一つの事実に行き当たる。
その答え合わせをしようと、同じ後衛のアイリーンを呼んで疑問を口に出してみる事にした。
「なにか用?スイールにかまってる暇、無いんだけど」
「そう言わず、少し付き合ってください。一つ疑問に思ったんですが……。あれ、何で飛ばないんでしょう?」
スイールはが疑問に感じたのは、巨鳥と獅子を合わせて作り出しているのだから、飛び上がって空中から攻撃を仕掛けてもいいのではないか、である。
「ほら、またです」
「確かにそうね。なんでかしら?」
強靭な後ろ足を使い高く跳躍して攻撃に転ずることはあっても、巨大な翼を広げて滑空することさえしない。常に翼は畳んだままだった。時折、翼を開くことはあっても、バランスを取る為だけにしか使っていないようにも見える。
それを見ながら再び首を傾げると、ある一つの仮説を思い浮かべた。
「もしかして、あのグリフィンも操られて、いえ、違いますね」
「ん?」
「操る前提で作られた?しかも、運用してみて初めて欠陥品であるとわかった?」
「どう言うこと?」
思い描いた仮説が正しいか、口に出すべきかスイールは瞬間的に躊躇してしまう。
確かに、欠陥品であると口に出してしまった。正しいかどうか検証が必要になるだろうが、その時間は無いに等しい。それならば順序立てて一つ一つ口に出すしかない、そう結論付けて、スイールは再び口を開き、アイリーンに問い掛けてみようと考えた。
「いえ、一般的に動物は二本の腕と二本の足を持ってますよね」
「そうね。私たちも一緒よね」
「ですが、あれは二本の腕、これは巨鳥の後ろ足と仮定しまして、それと二本の後ろ足。おまけに二枚の羽根を持ち合わせています。合計で三対六本の手足と言っても過言ではないでしょう」
「言われてみればその通りね」
自然界に生きる生き物、スイール達が討伐の対象としている危険な獣達を例にとって体のつくりを思い浮かべてみる。ごく当たり前の事を確認するように脳裏に思い浮かべて見ると、自然界に存在しないグリフィンの特徴が明らかになるのだった。
「仮定の話ですが、三対六本の手足は動かせないのではないでしょうか?」
「あ!それならわかる気がする。ウチらには動かせる術は持ち合わせていないもんね」
人もそうだが、自然界に存在する獣達、巨鳥達、それに蜥蜴人に代表されるような者達も、全てが二対四本の手足だけを有する。昆虫など例外もあるが、それは今は考慮しない事としてであるが。
もし、人に腕を二本追加して四本の腕にしたとき、どうやって動かせるのか?それがスイールの出した答えである。
「目の前で暴れているのは六本の手足を動かせない、ただの欠陥品、失敗作ってことですよ。翼を自由に動かせない、ね」
朱い魔石が作り出したグリフィンは、上半身を鳥に変えただけの獅子以外の何物でもない。そして、グリフィンに意識を集中しているために、朱い魔石自信が魔法も撃たず静観、いや、この場合は動けずにいる。
「”神”だ何だと豪語したとしても、所詮人によって作り出された道具ってだけです。ですから、人が考えつかぬことをアレは考えられないのですよ」
そうとわかれば、朱い魔石の予想の範囲を逸脱する攻撃を始めるだけだと、アイリーンに耳打ちをするのであった。
※スイールはグリフィンを打倒するだけの考えを思いついたようです。
次回、どうなることか……。




