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第四十六話 架空の最強生物と相まみえる

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 コツリコツリと石畳を踏み鳴らす硬質な音が響く。

 誰もが敵の襲撃に神経を尖らせ、最大限の警戒をする。しかし、敵の気配は全く感じられずスイールの予想通り、敵の戦力は先程の襲撃ですべて使い切ったと見て良いだろう。

 それでも微かな可能性を考慮し、神経をすり減らして悪趣味で異様な外観で威圧を放つ宮殿へとたどり着く。


 ボケっと見上げながら歩いていると先頭を進むアイリーンがガツンと爪先をぶつけて転びそうになる。宮殿なのだから正面には押し寄せる市民を見下ろせるように階段があるのは当然だろう。ゆっくりと足を進めていたからぶつけただけで済んだが、いつも通りの速度で歩いていたら転んで顔面を思い切りぶつけていた事だろう。

 足をぶつけた事、そして、自らが注意散漫だった事にアイリーンは怒ってみせる。それは、照れ隠しの意味合いが強いと誰の目にも明らかなのだが……。


 踏みしろが二メートル近くもある階段を五段上がると宮殿正面の入り口が正面に現れる。

 高さが五メートル程もある扉が見えるが片側の扉は開け放たれ誰の来訪も拒むことは無い。それは罠である可能性しか見えないのだが。


 スイール達は開け放たれた扉を潜り宮殿内に進入した。

 それから白く磨かれた石材が敷き詰められた長い廊下を通り抜け、まるで誘われているかのように二つ、扉を潜ると大きな部屋へとたどり着いた。

 廊下と同じ白い石材が敷き詰められたその部屋は、人で言えば百人以上がぺたりと座り込めるほどの広さがあるだろう。奥行きが三十メートル、いや、もっとあるだろうか。

 それでも飾りを彫られた前後左右の壁は華美であるが、何処か質素に感じられる。床と同じ白一色で構成されていればそうも思うだろう。何処かの趣向を凝らした宮殿や神殿、王城であれば色鮮やかなカーテンや飾りが掛けられているだろうから、それに比べれば質素と見てしまっても当然かもしれない。

 いくつも作られた窓と天窓から人工太陽からの白い光がさんさんと降り注ぎ部屋全体を明るく照らしている。


 そして、正面にある階段を数段上がった場所に巨大な玉座が鎮座し、その前に巨大な赤い宝石が輝きを放ち来る者を見下ろしているのだった。


「さて、ようやく到着したみたいですね」


 スイールはそういうとバックパックを入り口付近で床に下ろした。

 他の四人もそれに倣えとバックパックを下ろし、スイールの荷物の傍に一纏めにする。

 それから、スイールを中心にして部屋の中央まで足を運んだのだが……。


『そこで止まれ!』


 彼らの耳に、いや、脳に直接、異質な声色で語り掛けられた、そんな気がしてピタリと足を止めるスイール。他の四人も同じく足を止めてスイールに並ぶ。


「やっと会えましたね。えっと、とりあえず(あか)い魔石とでも呼んでおきましょう」


 杖をこつんと石畳に打ち付けてを鳴らし、声を響かせる。

 部屋いっぱいに響かせた声は誰に聞かせるでも無く、正面に鎮座する玉座へと向けられた。

 誰もが、そう感じるだろう。だが、スイールの視線は玉座の手前、どす黒い血の色をして、その色に負けぬ輝きを内包する赤い宝石へと向けられていたのだ。


『よく来たな、魔術師よ。我の事は”神”とでも呼ぶがよい』

「ふっ……」


 表情もわからぬ赤い宝石の言葉にスイールは鼻を鳴らして嘲笑する。まるで賢者が愚者を見下すように。それは彼が発する言葉にも現れる、卑下した表情と共に。


「崇めるに値しない正真正銘の偶像が、自らを”神”とは壮大な間違えをしている様ですね。人が作りしその体、闇に葬り去ってさしあげましょう」


 杖を左手に持ち替え右手で細身剣(レイピア)を抜き放ち、赤い宝石へ切っ先を向ける。少しも震えることなくピタリと突きつけられたその姿に訓練の成果を感じられる。

 細身剣(レイピア)と言えども重量物を手にして腕を伸ばすのだから、筋肉に掛かる力は相当なものなのだから。だから、スイールの姿に感嘆の表情を向けるのだった。


『闇……か。魔術師は闇とは何か、知っているのか?』

「とんだ愚問ですね。闇とはあなたが向かう先、それ以外にあるというのですか?」

『確かに、我は闇で生まれこの世に顕現したのだからな。尤も、我が思い浮かべる場所と言えば真っ暗な闇であることがその証左でもあろうか?』

「そこへ帰してあげようとしているのです。神など壮大な間違いを正そうとしているのですから、優しいと思いませんかね?」

『ほざけ!我はまだ役目を終えておらん。魔術師こそ我の力の前に屈するがよい。お前こそ、神の力の前に屈し、己の力を呪いながら闇に落ちて行くがよい』


 ”神”などとほざく赤い宝石に違和感と嫌悪感を感じながら舌戦を繰り広げる。

 スイールは赤い宝石をこの世から消し去りたく、赤い宝石は自らをこの世に留め自らの理想の世界を作り上げたい、そう考えていることが会話からひしひしと感じられる。

 それでも一つ、気になる事を赤い宝石は言葉にしていた。


「我の力?お前にはその力がまだあると言うのですか?この地に存在した部下はすべて私達が骸に変えてしまったのですよ。そこから動けない貴方に何の力があるのか、示してみたらいかがですか?」

『ふっ……。そう申すとわかっていた。確かに我はこの場より動けぬ。だが、切り札とは最後まで残しておくのだよ、このようにな』


 脳に直接語り掛けられたその直後、玉座の後方、天井付近から巨大な何かが降ってきてスイール達と赤い宝石の中間に着地した。


『これが我が”神”となった証左である。そして我の切り札でもある』

「こ、これは……」


 全長四メートルほどの獣の姿がそこにあった。

 だが、姿は巨大であるのだが違和感しか感じぬ姿に誰もが息を飲み込む。

 実際、ただ巨大なだけであれば、何も感じぬだろう。そこに違和感を感じるからこその感情を持ち合わせるのだ。


 体の前半分が巨大な鳥類ガルーダ、そして後ろ半分が獅子。二つの巨大な生物が合わさった化け物。翼を広げれば巨大さがさらに強調される。

 まるで、鷲の体と翼を有する上半身と強靭な後ろ脚を有する獅子を下半身の二つを併せ持つ物語上の生き物グリフィンと瓜二つだ。いや、この世に顕現させているのだからグリフィンそのものと言ってもいいかもしれない。


 これが赤い宝石の切り札。

 そう豪語するのも納得が行く()()()()だ。


「なるほど。巨鳥と獅子を利用してグリフィンを作り出すとは考えましたね」

『ふふふ、驚け。これを顕現させるだけの力を我は持ち合わせているのだ、”神”と名乗るべきであろう』

「そうですね……」


 スイールは赤い宝石の言葉を受けて肯定してしまう。

 傍でスイールの言葉を耳にしていた誰もが”それは違うだろう”と内心で感じ否定の言葉を口に出そうとした。


「ですが……」


 しかし、スイールは肯定したのは刹那の間だけで、すぐに自らの口で赤い宝石を辛辣な言葉で否定するのだった。


「それが、貰い物の技術でなければ……の話ですけどね」


 スイールは知っていた。グリフィンが一から生み出されていない事を。

 スイールは知っていた。巨鳥と獅子をあわせて作り上げた技術を。

 スイールは知っていた。赤い宝石自身のみでその技術を使えない事を。

 そして、スイールは知っている。他人が生み出した技術を得て、あたかも自らの力と誇示しているのだと。

 だから自信を持って赤い宝石に突き付けるのだ。


「自分で得ていない技術で飾り立てて、”神”などと呼ばせるのはおこがましい。その自信満々な仮面を剥がして差し上げる事にしましょう」


 スイールの言葉を切っ掛けにして誰もが臨戦態勢を整える。

 ヴルフとエゼルバルドはスイールの前にすっと体を入れ、ヒルダとアイリーンはスイールの傍に近寄りそれぞれの武器を構えた。


『なるほど……。我に挑むと申すか』

「挑む?いえ、違いますね」


 赤い宝石の問い掛けにスイールは首を横に振る。

 目の前のグリフィンを排除する、これはしなければならぬ事であり、挑むとは別の次元だ。歪な生物としての生を与えられたグリフィンに永遠の眠りを与えるのだから。


 そして、少しばかり考えをめぐらすと赤い宝石にはぴったりの言葉が向けられる。


「ただ……、私に残された課題を終わらせるだけです」


 玉座の前に鎮座する赤い宝石、いや、(あか)い魔石はスイールの叔父にあたるカナン=エザリントンが研究の末に生み出した道具であった。本来なら魔法を発動させるにあたっての補佐の役目をさせるだけのつもりだったが、魔法を始めて発動させたその時に暴走して文明を豊かな生活を約束されていた文明をこの地上より奪い去ってしまったのである。

 その叔父も朱い魔石をこの世から無くそうと努力をしたのだが、夢叶わず断念したのだ。


 だから、叔父の残した課題、朱い魔石をこの世から消し去ることをスイールは自らの課題としたのである。七千年の呪縛から解き放とうと。


『何となく魔術師に、我を生み出したあの男に通ずる気配が見えたのはそれが理由か……』


 課題となった理由をスイールが口にしたその直後、朱い魔石が不思議と感じ取っていた気配を語った。

 スイール本人は朱い魔石を生み出したカナン=エザリントンと面識はそれほど多くない。世界が滅びた時、十歳だったスイールにしてみれば年に一度会うか会わないかの間柄でしかない。だから、スイールの中に気配や雰囲気を感じるなどある筈がない。

 それ故に何を感じ取ったのかと理由を考えてみれば一つしか思い当たらない。スイールの中に流れる一族の血を感じ取った、と。


『七千年もの時を経て、我を生み出した一族にまみえるなど()()を感じるな……』

「貴方は作られた偶像なのです。”神”などでは無いですし、運命なども認めません。おとなしく討伐されなさい!」


 さらに続けて耳にした朱い魔石の言葉。運命などスイールは認めるなど出来ない。運命とは、生きとし生けるものが自らの行いの果てに出会うものだと思っているからだ。

 道具として生み出され存在しているだけ、自らの意思で動けぬ存在。そんなものに運命を論じさせるなどスイールは許せなかった。


『だが、我とて自我を持つのだ。そう簡単にこの命を差し出すなど以ての外である。まぁ、こいつが討ち取られたら考えても良いがな』


 朱い魔石はスイールに反論する。

 自我があるからこそ生きていると言えようと。

 ゆっくりとだが流れる時を感じるからこそ、運命も受け入れられるのだと。

 それを否定する事こそ傲慢であり、見るに堪えられない。


 だから朱い魔石はこの世の(ことわり)に抗ってみせるのだ。

 どんな手段を取ってでも……。


 朱い魔石のそんな言葉が届くと同時に、今まで微動だにしなかったグリフィンがゆっくりと体を斜にしてスイール達に視線を向ける。

 羽根は折りたたまれているが、巨鳥の前足にある鋭い爪と獅子の強靭な後ろ脚は健在で警戒が必要だ。それに鉤の様に曲がった(くちばし)にも注意を払わなければならぬだろう。


 人よりも遥かに巨大な鋭い武器を持つ生物を目の当たりにして、誰もがぶるっと震えるに決まっている。

 この二人も当然、それに当てはまる。


「ほほぉ。よく言った!棒状戦斧(ポールアックス)の錆としてくれよう」

「ヴルフ一人じゃ足りないだろう。オレも相手をする!」


 だが、スイールの前に陣取るヴルフとエゼルバルドは恐怖に震えるではなく、強敵とまみえた喜びで武者震いを見せていた。


 ヴルフはこんな武者震いは何時以来かと思いを馳せていると、視界の隅にエゼルバルドが身に着けている鎧が写り込んできた。

 あれから何度も補修をしているが表面を構成している生物の表皮、強敵だったヒュドラの表皮。そうだ、あのヒュドラと矛を交えた空気と似ている、それを口にするしかなかった。


「はっ!思い出したわい。ヒュドラと戦ったあの時と似ているな!」


 ヴルフの口からヒュドラとの言葉が漏れ出ると同時に、他の四人は思わず身をびくっと跳ねてしまう。

 約六年前のベルグホルム連合公国で未踏破の地下遺跡に主の様に居座っていた二度と戦いたくないと感じた強敵、ヒュドラ。それと同じ匂いをヴルフ同様、スイール達は嗅ぎ取っていた。


 だが、その時と今では決定的に敵が異なる。

 ヒュドラは一から自然界で生み出され、地上の頂点に位置する生物。

 もう一方は物語上で生み出された生物で朱い魔石によって作り出された歪な生物。

 どちらに軍配が上がるか、誰の目にも明らかだった。


「あの時と今日では全く状況が異なります。生物的にはヒュドラに軍配が上がりますが、目の前のグリフィンにも注意が必要です」

「ああ、そんなことはわかってるさ」


 ヒュドラとグリフィン、対峙して同じ空気を嗅ぎ取ったヴルフ。その横で同じく対峙するエゼルバルド。

 重い空気に充てられた二人は警戒感を強くするが、油断する気持ちは頭の中から綺麗さっぱり捨て去っていた。

 百戦錬磨の二人に死角はありえない。


「どうも嫌な予感がする……」


 誰が口にしたのか、そんな独り言が誰の耳にも届く。

 どんなに警戒しても初めて対峙する敵を前にして脳裏には警鐘がずっと鳴り響き止まる事など無いのであった。


※グリフォン、グリフィスは同一。鷲の上半身と獅子の下半身を持つ架空の生き物。英語読みでグリフィンとしています。

※ヒュドラとの戦いは第六章 第二十二話辺りからです。


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