第四十五話 掃討戦
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「少しはワシらを脅威に感じてくれても良いんじゃがなぁ……」
ヴルフとエゼルバルドは灰色熊二体を、武器を二振りしただけで物言わぬ骸へと変えた。
頼もしい味方があっという間に消えてしまったら、戦意を喪失して逃げ出す者が出てくる者が散見されるはずなのだ……が、白装束達は逃げるどころかそれが”さも当然”とばかりにじりじりと間合いを詰め始める。
道幅いっぱいに広がり、スイール達を追い詰めようと、包囲を徐々に狭める。
彼らの行動にどんな意味があるのかと疑問に感じてしまう。
ヴルフやエゼルバルドが見ても白装束達は一般的な実力しか持ち合わせていないのだから。
「まったく、彼らも可哀そうですよね」
「あぁ?あれか、また操られてるって事か?」
「ちょっと違うかもしれません。洗脳、いえ、麻薬で命令を聞かされているだけの可能性もあります」
溜息を吐きながら憐れむような視線を白装束達に送るスイール。
彼らから自我が感じられぬのだから、恐怖を受けることもない。
だから、頼もしい味方だった灰色熊があっという間に倒されてしまっても、当然の帰結だと言うように後詰の彼らが前へと出てくる。
「ねぇ!悠長に観察している暇はなさそうよ」
「これ、どうすんのよ!」
宮殿へと向かう道を十数人の白装束達が塞ぎ、彼らの足元には灰色熊の亡骸が転がり邪魔な障害物として活用している。
スイール達の後衛、ヒルダとアイリーンの方へと視線を向ければ、新たな白装束達が武器を手に現れた。逃げ道を塞いだと言わんばかりに、十人程で。
「あわせて二十五人程ですか……。これでここにいる敵は全部のようですかね~」
前方、後方と交互に視線を向けながらスイールはぼそりと言葉を口に出した。
「悠長に構えてんな!強行突破でもいいのか?」
じりじりと間合いを詰めてくる白装束達に棒状戦斧を向け牽制するヴルフが指示を仰ぐ。ヴルフとエゼルバルドの二人であれば十数人など物の数ではない。
だが、後方からも敵が現れたとするならば、全体的なバランスが必要となる。
「そうですね、前方は二人に任せます。後方は私を含めて三人で対処します。存分に暴れて下さい」
「おうさ!そっちが終わるまでに道を掃除しとく。存分に暴れさせてもらう」
「いつも暴れて無かったっけ?」
スイールはヴルフとエゼルバルドに前方の敵を任せて、自らは後方、ヒルダとアイリーンと合流し敵に備える。
一糸乱れぬ軍隊を相手にしているような気分になるが、個々の練度は如何程のものかと疑問を孕んだ視線を向ける。連携は及第点、いや、満点近いと見て良いか、と。
しかし、スイール達三人の連携がどうかと言われれば、組んで何年にもなるのだからどのように動くのかは阿吽の呼吸のお手本と言っても良いだろう。それに、スイール、ヒルダ、アイリーンの三人でなら各々の役割分担がはっきりと分かれているのだから、連携しやすい理由もある。
「さて、ヒルダ。早々に片づけてしまいましょう」
「えっと、一人とか残さなくていいの?」
「問題ありません。目的の物が目と鼻の先にいるのですよ?障害は一つでも排除するに限ります。少し可哀想ですがね」
ヒルダが横目を向けて質問の回答を促すと、当然の答えと予期せぬ答えの二つが返ってきた。
敵を排除する、それは当然の答えとしてヒルダは受け取った。
しかし、スイールの口から漏れ聞こえた”可哀想”が意外に思えた。
スイールの気持ちもわからないでもない。
自我を心の奥底に強引に押し込められ、操り人形のように働かされている。
自由がこれっぽっちも無い、ただ生かされて命令されるだけの人生に何の意味があるのかとヒルダは自らの心に問いかける。
しかし、それすら考えることが出来ぬだろう彼らに、どんな救いの手を伸ばせるのだろうかと考えるのだが、今は一つの答えしか思い浮かばない。時間をかければ良い手もあるのだろうが、今は刹那の時間が惜しく悠長に考える暇さえも無いのである。
「ええ、前は任せて貰うわ。端から潰していくからそのつもりで」
ぎゅっと軽棍を握り直し円形盾を体の前面に構える。体を深く落とし、近づく敵を深く息を吸い込みながらぎょろりと視線を動かし、一挙手一投足に注目する。
ヒルダの数歩後ろにはアイリーンが、さらに一歩斜め後ろにスイールが待ち構える。ヒルダを頂点とした歪な三角形、正確に言えば三人で楔を形作ったと言える。
そして、ヒルダが息を深く吐き出した途端、ゆっくりと歩み寄っていた敵が突如足を速めて突撃して来た。
「火壁!」
全ての敵が向かってくれば人数で劣るスイール達に勝ち目はない。幾ら敵の練度が低いと見積もってもだ。どうすれば少ない人数で勝てるかを考える。一番簡単な方法は襲ってくる敵の数を少なくすれば良いのだ。
狭い場所に逃げ込んだり、一度敵から離れ足の速い敵から順番に対処すれば良いが、この場では無理がある。ヒルダだけ、もしくはアイリーンだけであれば可能なのだが、ここには二人よりも足の遅いスイールがいるのだから。
そうなると手段は限られてしまう。
ここから離れられない、狭い場所も無いとすれば、逆の発想をするしかなくなる。
そう、スイールが魔法で通過できる場所を狭めたのだ。
道半分程を塞いで二人が通れるだけにしてしまえばヒルダであれば対処可能である。
さらに……。
「物理防御!」
スイールが構築した炎の壁に沿うようにヒルダが魔法で通れぬ壁を構築したのだ。
炎の壁だけであれば命を賭してそこへ飛び込み、火達磨になった敵を対処せねばならない可能性も捨てきれない。
一つでも不利になる可能性を潰す、それが始めに行った積極的な防御である。
「はぁ!!」
そして一人魔法が使えぬアイリーンだが、二人の積極的な防御に代わり先制攻撃を仕掛ける。番えた矢を炎の壁の隙間を進み来る敵に躊躇なく放ったのだ。
人の肌は灰色熊に比べれば薄く紙に等しい。その表面が浮かび上がる程肌の下に金属板が埋め込まれていれば誰の目にも違和感に感じるられるだろう。それが感じられぬのだから躊躇する必要もなく、自信を持って矢を人の弱点、いや、生き物の弱点である眉間に向けて放てる。
アイリーンが掛け声と共にぎりぎりと力の限り引き絞っていた弦を開放させると、矢は一直線に敵に向かう。そして、鈍いくぐもった音を発すると同時に矢は眉間に深々と突き刺さり、一人の命を奪った。
炎の壁に遮られ行く手を拒まれる敵の半数。彼らは炎の壁を迂回しようと足を止める。彼らの行動は自我が無いとしても、その奥底では炎を畏怖の象徴と捉えている証左であろう。
「もう大丈夫よ!」
アイリーンが二本目の矢を刹那の間で番え終わるとともに、ヒルダの声が耳に届いた。魔法を構築した直後、一度に十人を相手にする必要も無いと見て数歩の距離を詰めて敵と対峙し始めた。しかも、真横に振り抜いた軽棍が敵の一人の横頭を捉えていたのである。
アイリーンに対抗した……そんな事は無いのだろう。だが、敵の数を減らそうとしている事だけは明らかだ。敵を一人倒してすぐ次の敵を見定めているのだから。
「氷の針!」
ヒルダとアイリーンの邪魔はしないようにと無数の氷の針、この場合は針にすらならず小さな礫を無数に生み出して援護の魔法を放つ。
殺傷能力の低い小さな氷の礫は数だけは多く、それだけ目くらましの役目を担う。火球でも良いが、逆にヒルダやアイリーンの視界を奪いかねないのだからこの場では正しい選択であろう。
これが一対一の場面であれば、これだけの広大な地下遺跡であろうとも火球を使用ていただろう。
その目くらましを受け、咄嗟に目を瞑り、もしくは腕で目を覆い、氷の礫をやり過ごそうとする。躱せぬのかと言われればそれもできただろうが、ある程度密集してなおかつ炎の壁がすぐ傍で轟々と燃え盛っていれば見方を巻き添えにしてしまうだろう。だから、スイールが放った氷の礫をやり過ごすには正解と言えるのだが……。
そう、今はスイール一人が戦っているのではなく、ヒルダとアイリーンが共に戦っている場面だ。
「はぁ!」
「やっ!」
ヒルダが真上から振り下ろした軽棍で、アイリーンがいっぱいまで引いた弦から放たれた矢で、またしても命を刈り取っていた。
四人も失えばここからはワンサイドゲームと言っていいだろう。
通過できる通路も二人分しか無いのだから。
操られ、集団で連携がとれぬ敵はその数を一人、また一人と減らして行く。
ヒルダの軽棍で大腿骨を折られバランスを崩したところに脳天直撃の一撃を食らう者。
アイリーンが敵を足場に飛び上がり、真上から脳天を射貫かれた者。
二人の間を縫って、スイールが放った風の刀で胴体を二つに分かたれた者。
十分もしないうちに十個の物言わぬ躯が出来上がるのであった。
「はぁはぁ……。えっと、大丈夫?」
「わたしは平気よ。スイールは……も、平気ね」
「私には聞いてくれないのですか?」
駆け回り、そして、飛び回り、立体的で派手な動きをしていたアイリーン。久しぶりに集中していたようで肩で息をしながらヒルダに顔を向ける。視線の先には真っ赤な鮮血をポタリと流している軽棍と円形盾、それに加えて怪我をしたのではないかと思うように鎧と服を鮮血で染め上げられていれば、無事とわかっていてもヒルダを気遣い声を掛けてしまう。
それにヒルダは、こんなの”運動のうちにも入らない”とばかりにあっさりと答える。それから最後の一人、スイールに視線を向けて何事もなかったと無事だったと声に出す。
スイールはヒルダの態度に少し不満を漏らすのだが、アイリーンが目を細めて鼻で笑う。
「そんな場所にいて、無事じゃないってありえないでしょ?」
スイールの立ち位置はヒルダとアイリーンの数メートル後方。
一滴も血を体に受けていないし、腰の細身剣すら抜いていないのだからアイリーンの言葉は正しいのだ。
「それにしても、アイリーンはバックパックを背負って、よくあれだけの動きが出来ましたね?」
「ちょっとばかし体が重いけど、出来ない事はないわよ。ま、バックパックなんか担いでなければ敵を足場にしなくてもあれだけの動きが出来るんだけどね~」
今度は鼻を鳴らして、自慢げに答える。
あれだけの立体的な動きを見てしまえば、純粋に凄いと拍手を送りたくなるのは当たり前なのかもしれない。
「えっと、ヴルフとエゼルは……。って、終わってますね」
スイール達が振り返ってみると、”一仕事終えた”と満足げな表情を浮かべるヴルフとエゼルバルドの姿があった。そして、彼らの足元には沢山の敵の骸が、いや、この場合は肉塊と表現すべき敵の成れの果てが転がっていた。
「全力を出しすぎでしょう……」
「ん、そうか?」
ヴルフとエゼルバルドに近づくスイール達。
あたり一面血の海になった石畳が広がっていればだれでもやり過ぎだと感じてしまうだろう。それでも、二人にとっては、”ただ、連携が取れている”、だけの敵に苦戦などする筈もない。
数個に分けられた肉塊に、刻まれた綺麗な切断面が目に入ってくれば、小手先の策を弄す必要も無いほどに圧倒していたかがわかる。
「これで敵もわかったでしょう。無駄な戦力を送り込む事が愚かな行為であると」
スイールは血の海になった石畳から視線を上げて悪趣味な外観の宮殿を見つめる。
道を真っすぐ進めば宮殿に到着できるだろう。
その一本道で敵が襲って来ようとも、頼もしい四人の仲間がいる限り苦汁を舐める心配は無さそうだ。そう思うと自然と笑みを零してしまいそうになる。
だが、まだ肝心な敵をまだ討っていないのだから、安心するのは早い。
「では、進みましょうか。っと、その前に……、バックパックを下ろしておくのがいいでしょう」
「おう、そうじゃな」
スイール達は宮殿へ向かう前に、ぴったりと背中に背負っているバックパックを下ろしてすぐに放り投げられるように片方の肩で担ぎ上げる。これなら、敵が出てきても瞬時に投げ捨てられるだろう。
そして、血の海になった石畳を越えて悪趣味な宮殿へと進んで行く。
「ねぇ、スイール。敵はまだ出てくるかなぁ」
「どうでしょうね?」
血の海を越えて歩み始めた途端に、また敵が襲ってくるのではないかとエゼルバルド心配をしてぼそりと尋ねるのだが、肝心のスイールはとぼけた答えしか口にしない。
二十五人程も出して、さらに灰色熊を二体投入してきたのだから、戦力の殆どだろうとスイールは予想していた。いつもエゼルバルドが口にするように、”戦力の逐次投入は戦場にあっては愚策中の愚策”であり、先ほどの戦闘においてもそれが当てはまるとみていた。
そしてもう一つ、この場所への道中に雨の暗闇に現れた操られた男が口にした言葉、”ここに来るまでに手出しはしない”。それらを加味して正確に意図を読み取れば敵が持っている戦力は少ない、そう予想できる。
ただ、数は少ないが強力な戦力が皆無である証左とはなり得ないが。
「言える事はただ一つ。数に頼った戦いはしてこないと予想できることです」
「それならなんとなく、わかるかな~?」
エゼルバルドはうんうんと納得して深く深く頷く。
「そうそう、エゼルに一つ伝えねばならぬ事を忘れてました」
「ん?なに」
宮殿を見上げるエゼルバルドに続けて言葉を向ける。
大事な事だとゆっくりと。
「恐らく、元凶である朱い魔石は貴方でなければ倒せぬでしょう。それだけは忘れないでください」
スイールはエゼルバルドに語ると共に杖の先端を、彼が子供の時から愛用しているブロードソードへと向けた。それが何を意味するのか、エゼルバルドは一瞬だけ戸惑いを見せるのだが、すぐに全てを理解したと言わんばかりに強く頷き返すのであった。
※そろそろ物語も佳境に入ってきました。
強力な敵……。さて、どうなのでしょうか?




