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第四十三話 母なる胎内の底で

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 どんな仕組みなのか、不思議に明かりを発する石壁が積まれたトンネルをスイール達は警戒しながら足を進める。

 足音を立てぬようにと注意を払うが、硬質な床石に拒否され、わずかばかりの足音が漏れ耳に届く。誰も声を発していないのだから、足音しかしないのは当然と言えよう。


 十メートル程の高さと幅のあるトンネルは圧迫感が無く、誰の心にも余裕を感じさせる。

 だが、ここは敵がうようよといるであろう敵地のど真ん中。それを考えれば心に余裕などないとも言えるかもしれない。

 ただ、彼らにしてみれば敵の拠点に突っ込むなど日常茶飯事で……までは無いがそれに近いこともしており、余裕がない中でも平静を保っていられる。


 頑丈な石で固められた天井や壁、そして、床は罠や隠し扉の設置を拒む。

 すでに洞窟の入り口から三百メートルも進み、そして螺旋階段で二百メートルも地下に潜りもした場所にあるトンネルにわざわざ強度を弱くする設備を作ろうとはしないだろう。

 もし、設置するというならば、誰もがその行為を止める、そう願いたい。


 そしてスイール達はトンネルを進み、その終点にたどり着いた……。


「扉ですねぇ」

「扉じゃのぉ。錆は見えない……か?」


 トンネルの終点、その先との空間を隔てる巨大な扉を目にしてぼそりと感想を呟いた。

 ここから先は通さぬと、来るものを拒む役割をも扉は担っている。その巨大さに見ただけでも重厚感で押し潰されそうに感じる。

 そして、特筆すべきは金属の地金が露出しているにも関わらず、その表面に錆が浮いておらずピカピカと輝きを放っている事だろう。


 なぜ輝きを放っているのが不思議かと思うだろうが、その答えは立地にあった。

 地下にあり、適度な湿度を保っているのだから普通の金属であれば何らかの状態変化をしていても不思議ではないのだ。

 だから、作られてすぐの傷か、錆びぬ金属なのかが問題なのである。


 もし、錆びぬ金属であれば現代の技術では作り出せる筈がない。それこそ、この地下遺跡が生み出された当初の遺構とも言えるだろう。


 スイールとヴルフが感想を漏らしていたその後ろからアイリーンが溜息交じりで声を掛けてくる……。


「それはどうでもいいのよ。今は奥に進めるか……でしょ?」


 アイリーンが口にした通り、今の目的は扉の材質が古いものかどうかではなく、(あか)い魔石という敵を排除に向かう事である。だから、こんな場所で足を止めて時間を無駄に使うべきでないのだ。


「確かにその通りじゃな。で、こいつはどうやって抜けるんじゃ?」


 ただ一人、巨大な扉を見上げ、これを”どうやって開けるのか?”と眉間にしわを寄せるヴルフ。

 しかし、他の四人、その中でもエゼルバルドとヒルダは扉に向かおうともせず、脇の壁に移動を終えていた。二人の後ろの壁に”文様が描かれているような気がしないでもない”とヴルフが目をこらして眺める。


「だから、これよ」


 アイリーンはつかつかとエゼルバルドとヒルダの傍まで歩み寄り壁を”バンッ!”と叩く。ヴルフが思い描いた石の壁の音と違う金属を叩く音が聞こえ困惑気味に彼女の手元をじっと見つめると、その正体が視線に入ってきて声を漏らしてしまう。


「な、なるほどな……」

「こういう時は視野が狭くなるのよね~」


 アイリーンは額に手を当てて長い溜息を漏らす。

 木を隠すなら森に中、ではないが、巨大な扉に視線を釘付けにされ製作者の狙い通りに誘導されていたヴルフに向かって……。


 その彼女が叩いたそれは、高さ一・五メートルほどの小さなドア。人ひとりが通れるだけの簡素な作りだ。ヴルフが壁の文様と見間違えたのはそのドアだ。


「そのドアもこの地下遺跡の設計に含まれていたのでしょうね」


 巨大な扉をいちいち開け閉めしては面倒なので作ったのだろうと予想される、とスイールは告げる。

 ドアには特別な文様や飾りは見当たらないので実用一辺倒で作られたと推測ができる。


「それじゃ、ウチはその先を”ちょろっと”偵察してくるね。スイールは()()を、そろそろなんとかしてくれるとありがたいんだけどね」

「そうですね。ちょっと帰ってくるまでに何かできないか、考えておきます」

「それじゃ、よろしく。ちょっと行って来るわね~!」


 ドアのノブに手を掛けてゆっくりと回して開けながら”偵察してくる”と告げる。それに付随してスイールに”アレ”、つまりは、前々から、そして今も監視している視線を排除しておいて欲しいとお願いを口にする。

 スイールがアイリーンの願いを受けたのを耳に届いたのを切っ掛けに、ドアの先へとその身を潜らせた。


 偵察に行くアイリーンを見送ったスイールは”安易に受けてしまったか?”といまだに監視の視線を送ってくる何かにくるりと身を翻しながら溜息を吐いてしまう。


 ドアを閉めれば監視の視線を遮断できるかもしれない。しかし、神出鬼没な視線に首を横に振って上手く行くはずないと何もしない事を諦める。

 では、どうすれば良いかと再び思案に入るのだが、これいとってアイデアが湧き出てくるはずもなく、途方に暮れようとしていた。

 魔法で撃退するにしても火球(ファイヤーボール)氷の針(アイスニードル)の様な攻撃が命中するまでにタイムラグが発生する魔法は躱されてしまう可能性がある。だから、魔法が発動してから命中するまでの時間が短い、もっと言えば、魔法が発動し瞬時に命中してくれる魔法が無いかと頭を捻る。


「さて、どうすれば良いですかねぇ……」


 スイールは思案中の頭をガシガシと掻きむしり、”はぁ~”と溜息を吐きながら小さなドアの脇の壁に背中を預ける。

 ヴルフやエゼルバルド、それにヒルダは、久しぶりに長考に入るスイールを見て、”これぞ魔術師の真骨頂か?”と懐かしい視線を送った。

 しかし、スイールはその視線に気づくことなく、アイリーンが戻ろうとしている時間になろうとしていたのだが……。


 ”ガシャン!”


「うわっと!」

「お待たせーー!戻ったよ~」


 突如開かれたドアに驚いたスイールは、自分でも出したことのない声を上げて驚いた。

 そして、開かれたドアを潜ってアイリーンが顔を出してきたのは言うまでもないだろう。


「あ、アイリーンではないですか。驚きましたよ」

「あれ?今の声、スイールだったの?ウチ、驚かせすぎちゃったかな」

「ええ、驚きましたよ。開かれたドアに手が触れられてびりっと来ちゃいましたから……あれ?」

「スイールが驚くのは珍しいね……って、どうしたの?」


 そのアイリーンが笑みを浮かべてスイールを茶化そうとしたまでは良かった。いつもであれば、そのままヴルフ達が話の輪に入り和気あいあいとした雰囲気に包まれるのだが、この時ばかりはスイールが神妙な表情を見せながら長考に入ってしまったのである。

 いつもと異なる光景に、アイリーンが首を傾げるのは当然と言えるかもしれない。


 それから十も数えぬうちにスイールは長考を終えて、エゼルバルドへと顔を向けるのであった。


「エゼル、今でも雷の魔法、稲妻(サンダーボルト)は使えますか?」


 突然何か、とエゼルバルドへは首を傾げるが、スイールの事何か考えがあるのだろうと”問題なく使えるよ”と答えるだけに留めた。

 そして、アイリーンに顔を向けると”先ほどの件ですが”と口を開いた。


「アレ、何とかなりそうですよ」

「そうなの?」


 スイールはトンネルの奥をちらりと一瞥しながら”アレ”、しつこい監視の視線を処理できるだろうと告げる。


「そのヒントはアイリーンが開けたドアが手が触れた時にあったんですよ。ビリっとね」


 そういうと手を肩の高さにまで上げてヒラヒラと振って見せる。

 スイールは左手がうっかりと開いたドアに当たってしまったときにビリっと、つまりは静電気が手に流れてきたのを手掛かりにして、全てに事象の中から手段を一つ、思い出したのだ。空間を人の動体視力や思考速度より早く進み、なおかつ、逃げられない手段を。


「静電気かぁ。だから稲妻(サンダーボルト)なんだね」

「はい、その通りです」

「えっと、アレを排除するのはわかったんだけど……。ウチにわかるようにして欲しいかな?」


 スイールとエゼルバルドの会話を耳にしたアイリーンだったが、対処方が想像できず脳裏に渦を巻いてしまったらしい。

 アイリーンはその様に口に出していたが、魔法を扱えぬヴルフも同じように脳裏に渦を巻いていたが、口に出していないので彼に視線が集まることはなかった。


「簡単なことだよ。オレが稲妻(サンダーボルト)を放って敵を痺れさせるってだけだから」

「そのあとで、正体を見極めてから排除するのです」

「正体ねぇ……。今さら必要なの?」


 二人の会話の通り、正体不明の視線を向ける敵を発見し正体を見極めてからの排除だ。

 しかし、アイリーンはなぜそんな事をここにきて行うのかと疑問を浮かべていた。

 視線を向ける敵を排除するのなら、もっと早い段階で行った方が合理的だと考えるのが当然だろう。


「そう言えば、アイリーンは偵察に向かったのですよね。どうでしたか?」

「あ、そうそう。聞いてよ!」


 アイリーンは忘れてたとばかりに口を開き報告を始めた。

 まず、出口のドアは二重になっていて、こちら側を潜り、数メートル先にもう一枚ドアがあった。

 そのドアを開けて驚いたのは、好天の外と同じように真っ白な光が天上から降り注いでいた事だ。しかも、通常の生活魔法、灯火(ライト)と違い、暖かな光を感じたという。

 つまり、地上において太陽の光を浴びている状態と似ている、と告げたのだ。


「人工太陽……」

「えっ?」


 スイールがぼそりと漏らした言葉に誰もが言葉の意味を理解できずにいた。


「それって……、何だっけ?」

「えっと、あぁ。前に一度説明したと思いましたが……」


 スイールは”忘れてしまいましたか?”と困った表情をアイリーンに向ける。

 その彼女は”あれっ?”と惚けた表情をして頭を掻いて胡麻化そうとした。

 そして、完全に忘れはいないだろうが、うろ覚えなので恥を忍んで聞き返して来たのだ。


 スイールは”はぁっ”と溜息を吐くと一拍置いて説明を始める。


 人工太陽。


 それは地下遺跡、--便宜上そう呼ぶが--、すり鉢状のこれらの場所において地下での生活していた場を指す。地上に出られぬ為に地下に建設された為に真っ暗闇で生活しなければならぬのだが、その中では人は発狂し精神が崩壊してしまう。それに食糧問題も解決せねばならない。

 それを解決したのが人工的に作られた疑似太陽なのである。

 その人工太陽は、昼と夜を作り出し、暖かさも人々に与えた。

 そして、食糧問題、つまりは作物の栽培をも可能としたのである。


「やっぱりスイールに聞くのが一番早いわね」

「私は歩く辞書ではないのですがねぇ……」


 管を巻くように答えを返すが、彼の脳裏にはすり鉢状の地下遺跡に煌々と光と温かさを提供する人工太陽が照らす光景がありありと浮かんでいた。。


「人工太陽があるのですが、制御出来ているか気になりますね」

「えっと、暴走すると大変な目に遭うんだっけ?」

「大変どころでは無いのですがねぇ……」


 人工太陽が天で輝いているだけなら何の問題も無い。人がいなくなれば注いでいた力が尽き輝きを失うだけだから。

 しかし、人工太陽の制御に失敗したら、もしくは強引に制御を(たが)えたら、結果はどうなるだろうか?

 スイールは失敗するとは考えてはいない。それよりも、後者を選択したらどうなるか。それをスイールは心配したのである。


 例えば、人工太陽が暴走したらどうなるか。

 世界各地に点在する植物が生えぬ不毛な地がもう一つこの地に誕生する事になる。

 それは半径百キロどころではなく、その数倍、恐らくであるが、ベルグホルム連合公国の半分とアルバルト国の大半が不毛の地となる事を意味するのでもあるが……。


「それだけは何としても避けなければならないです」

「ま、ウチが心配しても何もできないから魔術師、あんたに期待するわ」


 アイリーンはそう言ってスイールの肩をポンと叩き、出口のドアへと近づく。

 ドアノブに手を掛けるとおもむろに回し、ゆっくりとドアを開いた。


「えっと、何をしているのでしょうか?」


 アイリーンの行動にスイールは、いや、他の三人も不思議な視線を向けた。


「えっと、探索に向かうんじゃないの?」

「それよりもですね……。アイリーンの報告が途中なのですよ」

「あっ!」


 どこまで報告したのか、思い出してみれば外に出て天井から真っ白な光がさんさんと降り注いでいる、としか伝えていないことに気が付いた。話しの途中で別の話題へと変わってしまい、報告から(いちじる)しく逸脱してしまったと。


 アイリーンはドアを閉めてから”ゴホン”と咳ばらいをして気を取り戻すと、再び報告を始める。そこからは人工太陽以上の衝撃的な報告は無かったとだけ付け足しておこう。


 石造りの家屋が道沿いに立ち並び、どれもが真新しい外装で囲われて新品同様に見えた。

 家屋が石造りなのは地下で火災が発生せぬようにと配慮した結果だろう。

 そして、ドアを出て少し歩けば遥か先に巨大な建物がそびえ立っていた。宮殿の様な外観でそれ以外に巨大で華美な建物は見当たらないと言うのだ。


「ふむふむ、皆はどう思います?」


 大人しく報告を聞いていたスイールは視線をヴルフ達に向けて意見を求めた。

 恐らく、一番大きくて華美な建物に敵は鎮座していると思うと付け加えて。


「その宮殿みたいなのを目指すで良いと思うのじゃが?」

「オレもその意見に賛成かな?」

「だよね。わたしも賛成」


 三人の意見の終わりにアイリーンがこくんと頷きで答える。


「それじゃ、決まりですね。外に出たらアイリーンが見た、その宮殿に向かいましょう。もちろん、敵を排除しながらで、良いですね」


 銘々がスイールの意見に肯定の意思を向けると、”では早速”とエゼルバルドの肩を取って、邪魔な視線を排除しようとトンネルの奥へと体を向けるのであった。


こんな違いで見てください。

扉:巨大な門のような形状

ドア:小さく一般家庭にあるような形状


人工太陽の説明は一度、第12章の第9話でしています。

人工太陽は危険なのですよ……。


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