第三十九話 ご丁寧にも出迎えです
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スイール達が上陸地点を出発してだいぶ時間が経った。
左手にゆっくりと流れる大河を眺めながら、人の足で踏みしめられた道を歩み進む。
右手は針葉樹が林立する深い森が何処までも続き、人の手の入らぬ自然が続く。
そんな変らぬ景色の中を進み行けば、人は贅沢を求めるのもわかるだろう。
そして、一番贅沢したいのはこの人だ。
「景色が変わらんのはつまらんのぉ」
先頭のアイリーンの数歩後ろ、二番手を進むヴルフが毒を孕んだ言葉を吐き出していた。
気持ちは分からなくも無いが、歩き始めた初日に飽き出すのはどうかと誰もが眉をひそめて冷たい視線を向ける。
「な、何じゃその目は?」
「飽きるの速いよ、ヴルフ……」
ヴルフが視線に気づきその主へと顔を向けると、最後尾を警戒しながら進むエゼルバルドが目を細めながら辛辣な言葉を投げかけた。
彼は珍しい景色を堪能できて上機嫌なのである。だから、飽き出したヴルフが少しだけ許せないと思ってしまった。
しかしそれもある意味、旅の醍醐味だと頭を振ってその気持ちを消し去った。
「もう、ヴルフったら……。旅は始まったばかりよ」
それでも、冷たい視線から女神の様な視線に切り替え微笑ましい声を掛ける者もいる。
三番手を進むヒルダである。
「と、言うがなぁ……」
「それとも、そろそろ旅を止めて落ち着きたいのかしら?」
「う~ん、そうなのかもしれんのぉ……」
怪我によって騎士団を対談した後はリハビリを行いながらワークギルドで血なまぐさい仕事を請け負い、世界を股にかけてきたヴルフとは思えぬ言葉が飛び出したことに、誰もが目を白黒させて驚いた。
クオーターとは言え、ドワーフの血を継ぐヴルフは寿命も人の二倍ほどはあると思え、体力はいまだに衰える兆しがない。世界を回る気力が無くなるのは身体能力が衰え始めてからと誰もが思っていたのだから。
「ねぇ聞いた?今夜は大雨かしら?」
「ウチは槍が降るに賭けるわ」
「それじゃ、オレは季節外れの雪に」
「私はどうしましょうかねぇ……」
なんとなく始まった井戸端会議のような会話。
朝の仕事が終わった時間、水汲みに集まった近所の主婦のように誰もが話をしようとしていた。
内容は混乱しているのがよくわかり、見ていれば面白いと思うだろうが、対象となったヴルフはぷんぷんと腹を立てる。
「こら!ワシをダシにして遊ぶんじゃない!」
「えぇ~~!」
さすがにそれ以上はヴルフの気分を害するだろうと口を噤むのだが……。
「はぁ……。折角ヴルフをおちょくって暇つぶしが出来ると思ったら……」
「お前は一言多いんじゃ。……それはともかく、初手はワシに任せてもらうぞ」
「はい、どうぞ。任せましたからね~」
じゃれ合いと評した方がぴったりな二人だったが、会話を中断してアイリーンは歩く速度を落して先頭をヴルフに譲った。
そして、ヴルフは棒状戦斧を、アイリーンは長弓をそれぞれ構え始める。
「あの二人に任せれば大丈夫でしょう」
「とりあえず、警戒だけはしておく。ヒルダもすぐ動けるように」
「あいあいさー!」
ほのぼのとした雰囲気を一掃し、張り詰めた空気をヴルフとアイリーンは己がからほとばしらせる。
二人の視線は錐の先端ように鋭くなり、道の先を睨みつける。
「なるほど。こちらの戦力確認ってところでしょうか?」
ヴルフの肩越しにスイールが見たのは灰色の巨大な熊であった。
「灰色熊か。暇つぶしにはちょうどいいか?」
「あれ相手に暇つぶしって言うのはあんただけよ。ウチ、そのセリフだけは口にしたく無いわ~」
河沿いの道をのそりのそりと近づいてくる灰色熊。
四足で歩く姿勢を取っていても人の背程の大きさがあり、巨体さが際立っている。
後ろ足で立ち上がってみれば三メートル以上、もしかしたら四メートルにもなっていると見える。
「減らず口を!お前さんだってあれくらいなら一人で退けられるじゃろう?」
「か弱い女性に向かってどの口が言うのかしらね?後で覚えてらっしゃい!」
「お~、怖い怖い」
「ヴルフ、遊んでいる暇は無いようですよ」
彼らの前に現れた灰色熊の様子にいち早く気付いたスイール、軽口をたたく二人に注意を促す。
灰色熊が道沿いを歩み来る事など不自然であるが、道があれば楽に足を運べるのだから無いとは言い切れない。だが、獣の様子は自然に生きる獣とは全く異なった。
「ああ、わかってる。竜とおんなじって言いたいんだろ」
スイールの意図を汲み取ったヴルフは眉根を上げて、改めて向かい来る灰色熊を睨みつける。
グレンゴリア大陸の各地に生息する灰色熊は腹を空かせていなければ人を襲う事はめった無い。だが、目の前の灰色熊は腹を空かせていないと思われるのだが、スイール達を目指して真っ直ぐ、そしてゆっくりと近づいてくるのだ。これが普通の行動である訳がない。
不自然な動作をする灰色熊を見ていれば当然気付く、あの赤竜、レッドレイスと同じように操られているのだと。
「そいつは偵察でしょうね。人と違い話す器官は持ち合わせていないので始末してしまってよいですよ」
「分かった……。それなら遠慮はいらないな!」
重いバックパックを背負っているにもかかわらず、ヴルフは力強く地面を蹴り付け一気にトップスピードまで速力を上げる。そして、いまだに四肢で近づく灰色熊へ、先手必勝とばかりに駆け出し、棒状戦斧を繰り出した。
ヴルフの棒状戦斧は現在、先端に槍の穂先を付けた簡易棒状万能武器になっている。レッドレイスとの戦いで使った棒状万能武器が使い物にならなくなり、無事な先端のみを棒状戦斧に移植していた。
穂先を付ける金具はラドムが用意してくれてあったのだから用意周到と言わざるを得ないだろう。
「うりゃぁ!!」
わずか数秒でヴルフは灰色熊を攻撃範囲に捉える。
そこから繰り出す攻撃は、自身の足で作り出した突進を加算して繰り出す刺突攻撃に他ならない。
腕をいっぱいに引き寄せ、タイミングを見計らい掛け声と同時に繰り出した棒状戦斧は灰色熊をも一撃で死に至らしめる……。
野生の灰色熊であればその一撃をもって屠るのは容易い。だが、この灰色熊はスイールが一目で見抜いたように野生の状態ではない。操られた純然たる敵であった。
ヴルフの刺突を見抜いており、呼び動作もほとんどなく刹那の時間で横へ飛び退いて必殺の一撃を躱した。
「そう来ると思っていたよ」
一撃で敵を屠る事が出来たら儲けもの、そう考えていただけあり灰色熊の行動はヴルフが予想していた範疇の中に入っていた。
ヴルフは足を踏ん張り道に跡を残しながら急制動を掛けると棒状戦斧を横に振りぬいた。
「ふんっ!!」
先端の戦斧がちょうど灰色熊の首を捉える。何もなければヴルフの勝利で幕を閉じる。あっけない未来が誰の脳裏にも浮かんできそうなそんなときであった。
”ガキッ!!”
硬質な金属音と共にヴルフの両手に思いがけない衝撃が伝わって来た。
「馬鹿な!」
ヴルフの振るった棒状戦斧を灰色熊は手で受け止めていた。金属同士がぶつかり合う硬質な高音が示す通り、灰色熊の手の平には金属の板が括り付けられていた。
ヴルフだけでなく、戦闘を見ていたスイール達の誰もが予想しえなかった結果に驚きを隠せないでいた。
「ヴルフ一人に任せない方がよいでしょう。アイリーン!!」
「はいよ!」
「灰色熊の目を狙って下さい。他は弾かれる可能性があります」
「了解!」
驚愕の表情を浮かべるヴルフの援護にと、スイールはアイリーンへと指示を出した。
灰色熊の動きを見ていれば、最終的にヴルフが勝つのは揺るがないだろう。だが、その勝ちを拾うまでの時間が余りにも掛かり過ぎて、体力を消耗しすぎてしまう。追撃があるかもしれぬと考えれば無駄な消耗は避けなければならない。
だから、早期に決着をつけてしまおうと考えるのは当然だろう。
それに、近接戦闘のスペシャリストが戦っているのだから、軽く援護するだけで決着を早められる。
そう考えたのだ。
ただ、スイールには一つ懸念事項が脳裏に浮かんでいた。
野生の灰色熊であれば何の問題も無い。だが、あれは操られているとすれば、考えた以上に危険視する必要があった。
表面化した懸念事項と言えば、手の平に括り付けられてある金属板。
それ以外は鎧のような外皮は見当たらないのだが、スイールの脳内では危険がまだ存在していると警報が鳴りっぱなしなのである。
だから、アイリーンには灰色熊の眼球を狙う様にと指示を出したのであるが……。
「はっ!…………えっ?」
「思った通りです」
絶妙なタイミングでアイリーンが放った一本の矢。キリキリと引き絞った弦から放たれた矢は空気を切り裂き灰色熊に吸い込まれていった。だが、灰色熊が動き回っていたために狙いが僅かに逸れ眉間へ突き刺さったかに見えた。
だが、矢は突き刺さることなく表皮にわずかな傷を付けただけで跳ね返されてしまった、硬質な金属音と共に。
アイリーンの攻撃が跳ね返された、その光景にスイール達は既視感を感じていた。
どこかで見た事のある光景、そう考えていると誰かが”あっ!”と声を漏らした。
「ほら、あのへんな博士が実験してたヤツ!」
「どこでしたかね?」
「え?どこだっけ」
「エルザがまだいたときよ。街の郊外で変な研究してた!」
ヴルフが灰色熊と戦っているときであり加勢しないのは失礼と思いながらも、ヒルダが告げた出来事を思い出そうとスイールもエゼルバルドも首を傾げる。
「あったじゃない!人を模した化け物を作ってたのが!」
そこまでヒルダが口に出したとき、スイールとエゼルバルドは記憶の底から引っ張り出すことが出来た。
くしくも同じグレンゴリア大陸の北東部での出来事だ。狂気の研究者、Dr.ブルーノと名乗った男が仕出かした実験体と戦った出来事。
何故、ヒルダが真っ先に思い出したかと言えば、Dr.ブルーノが集めていた狂気のコレクションを見て一番ショックを受けていたからである。人体の部位ごとにガラス瓶に詰められ並べた光景は忘れられないでいた。
スイールはその時に研究のノートを回収していたのだから、本来は真っ先に思い出しても不思議ではないのだが。それも、長年生きて、記憶の混濁が始まっているのだから仕方がないのだ。
記憶の混濁が始まっているのは彼自身の秘密にしている事であるのだが。
「そうです!なんとなく跳ね返される、そんな気がしてたのは過去の事例にありましたね。失敬!」
そう。その時もアイリーンが放った矢が化け物の眉間に命中したが金属板を埋め込まれて弾かれていた。それが既視感として現れていたのだ。
「だとすれば……アイリーン!」
「なに?忙しいんだけど」
アイリーンは次に放つ矢を必ず当てて見せると息巻いて狙いを付けていた。
これでもかと引き絞った弦を解き放てばすぐにでも灰色熊を射抜く、攻撃態勢を整えていたのだから、横から声を掛けられれば不機嫌にもなろうものだ。
それでもスイールは言葉を掛けなければならぬときりりと表情を整える。
「あっちを使うべきでしょう」
「はぁ、仕方ないか……」
溜息を吐き引き絞った弦を緩めて番えていた矢を矢筒へ収め別の矢を掴んだ。
弓の仕掛けを動かし特別製の矢を番える準備を整えると、再び灰色熊に狙いを付け始める。
「今度こそ殺るわよ!」
「おう!任せるぞ」
ヴルフの攻撃によって体のあちこちから真っ赤な血を流し、徐々に動きに精彩を欠き始めた灰色熊。このままでもいずれ力尽きるだろうが、その前にアイリーンの攻撃が灰色熊に迫る。
ヴルフが一瞬の隙をついて大上段から振り下ろした棒状戦斧が灰色熊の右腕を肩口から切り離した。
幾ら操られているとは言え、腕を切断するほどの痛みを受ければ本能的に悶えるのは当然の行為だ。その一瞬、次の行動を躊躇した灰色熊へアイリーンは番えていた矢を開放した。
”ビュン”と空気を切り裂きながら灰色熊の眉間へ放たれた矢がくぐもった音を出して突き刺さった。
そして、動きの止まった灰色熊を葬ろうと、ヴルフが止めの一撃をと棒状戦斧を水平に一閃。一本の線が空中に引かれると同時に、敵の首が根元で分かたれ鮮血が噴き出すと共に宙を舞い、綺麗な弧を描きながら地面へと落下した。
命令を下す器官が無くなった灰色熊はゆっくりとその巨体を崩し”ドスン”と地面へと倒れて動かなくなった。
ぴくぴくと手足の末端が動き続けているが、それもすぐに収まるだろう。
「戦ってみないとわからないものですね」
「あぁ。それほど苦戦する敵ではないが、体のあちこちに補強が入っているのは困るがの」
スイールとヴルフは横たわった巨体の傍に歩み寄り観察を始めた。
手の平に括り付けてある金属板はともかく、体の各所に刻んだ傷跡から見える金属板にヴルフも辟易だと感想を漏らした。
「こんなのが沢山いるって思うと溜息しか出ないわね~」
そこへ矢が突き刺さった灰色熊の頭部を回収したアイリーンが戻って来た。金属製の矢を強引に引き抜くと先端を眺めて大きく息を吐いていた。矢を回収したは良いが、あれだけ鋭く作られた鏃が潰れており、二射目は注意が必要だと思ったからだ。
「これだけの敵は早々出てこないと思いますけどね……」
「そう願いたいわね」
対人に特化した改造を施された灰色熊が再び現れないことを願い、この日は早めに野営の準備に入るのであった。
※エルザがいたとき:第6章、を参照してください。
※上陸後、初戦闘は灰色熊でした。
野生ではなく、操られていた敵。
ちょっとかわいそうです……。




