第三十八話 未知なる地へ
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「なんじゃ!そんな楽しい事があったのか……。早く寝てしまったのが悔やまれるわい」
朝食前に目的地に上陸してしまおうと、スイール達はカッターに乗り込み穏やかな海上を進んでいた。船員がオールを漕ぐ掛け声を耳にしながらヴルフとアイリーン、そして、ヒルダが寝てしまった後の出来事を詳細に説明したのである。
人を媒体にして遠隔地と会話するなど非常識な出来事のせいで若干、寝不足気味ではあるが。それでも、夜半の襲撃を撃退、いや、敵を全滅させたことで妨害を受けずに済んでいるのは行幸と言えるのかもしれない。
ヴルフとしては夜半の襲撃以降の出来事、白装束の男が突如不思議な話を始めたところを見られず地団太を踏んでいたのは言うまでもない。
ただ、面白そうとみていたのはヴルフのみであり、そこにいた原因を作ったスイールはともかく、その他のエゼルバルドや船長等はイライラを募らせていた。その後、ベッドに入っていもなかなか寝付けず、スイール以上の寝不足となってしまっていた。
「ふぁ~~」
「こら、みっともない」
寝不足になった被害者の一人エゼルバルドは、自分の拳が入るくらいの大きな口を開けて欠伸をしていた。ヒルダに嫌味を言われるが、”それがどうした”とばかりに肺の空気が無くなるほどに。
ヒルダも寝不足の原因を一緒に聞いていたので、それ以上の嫌味を口にする事は無かった。ただ、一言ぼそりと呟くのであった。
(もっと一緒に寝たいのになぁ~)
二人部屋をあてがわれていたとは言え壁が薄く、隙間風が通るドアで遮られているのだから思った以上の行為は出来ずにいた。何故、そんな感情を抱いていたのかヒルダ自身も不思議であった。
「眠いのは分かるわ~。ウチも寝不足気味……。先に上陸してくれて助かったわね」
「それは言えるわな。彼らも疲れているだろうし、感謝しかないわな」
アイリーンとヴルフが口にした通り、二十人程の船員がカッターで上陸して安全を確保していた。昨夜の襲撃を考えれば、警戒しても対応が疎かになる上陸時を狙ってくると予想されていたのだが、偵察さえも見えず肩透かしを食らった感じだった。
上陸時を狙われずホッと胸を撫で下ろしたスイール達は、無事に上陸を果たしたのである。
「とりあえず、食事を済ませてしまいましょう」
折り畳み式のテーブルと椅子のセットに五人は腰を下ろすと朝食に持たされたサンドイッチを広げ、感謝の言葉もそこそこに食べ始めた。
安全な街の中や自宅ではないので感謝の言葉はそこそこに済ませてしまうのだが、それも仕方ないだろう。これから何日も歩かなければならぬのだから神様も目を瞑ってくれだろう。
「それでですが……」
食事が終わり片付けが終わったテーブルにスイールは大きな地図を広げた。真新しい地図は大まかな街や河川、山々が記されているが、その大部分は空白で占められており、誰の目にも珍しい地図として写ったのだ。当然、誰も--通りかかった船員達もである--が、その地図を視界に収めた途端、目を白黒させて驚きを露にしていた。
「えっと、これなに?」
「ああ、アイリーンにもわかりませんか?」
「いや、何かって言われればウチはわかるわよ。この辺の地図でしょ」
「正解ですよ」
広げられた地図はグレンゴリア大陸の北東部、国名で表せばベルグホルム連合公国の奥地の地図である。
海岸線がしっかりと描かれ海沿いの港を有する都市、北方のエルムベルムまでが範囲に入っている。
「この地図は船長に無理を言って分けて貰ったのです。これ以上、詳細な地図はありませんからね」
エルムベルムが描かれている理由は、航海物資の補給を何処でするかを明確にしていたからに過ぎない。とは言え、十分すぎる物資を積み込んでいるので早々に足りなくなる事は無いのだが。
そしてこの地図を広げた最大の理由。スイールが口にした言葉の後半部分、”これ以上詳細な地図は無い”、だ。
詳細な地図は戦略物資として各国の軍で関されているほど秘匿されてる。
しかし、詳細でない地図、例えば、街と街を結ぶ道が描かれ、どれだけ離れているかに関しては誰にでも入手可能だ。身分の提示が無くても購入は出来る。
そして、この地図。
一見すれば船乗りが上陸時に使うであろう詳細な地図と見て間違いないだろう。
そうみて間違いないのであるが、一か所、空白が目立つ場所があるのだ。
それは、スイール達が上陸した地点から内陸に向かっての場所なのだ。
地図上には河口が描かれている。
が、それだけなのだ。
河口なのだから、山にまで河が続いていることは間違いないだろう。船から河口を一瞥してみれば大型船でも入って行けそうなほど広い河口があるのだから、誰もがそう思うだろう。それなのにも関わらず、地図には河口と内陸に向かう河がほんの少し描かれているだけだった。
そんな不思議な地図にアイリーンでなくとも首を傾げるのは当然であろう。
「詳細な地図って、ウチにはそう見えないんだけど?」
「まぁ、そうでしょうね」
それが当然とばかりにスイールはコツコツとテーブルに爪を立てた。
「種明かしをすると、私達が向かう先は未踏破地区になるのですよ」
「ん?未踏破地区じゃと。この時代にそんな場所があるのか?」
「ウチも聞いた事無いわ~。何よ、そんなの……」
自信満々に答えたスイールだったが、その事実を知ったのはつい先日の事。
赤竜レッドレイスに朱い魔石のある場所を聞いた時に気が付いたのである。
未踏破地区とスイールは口にしたが、冒険家が足を向けていないはずもない。
現に年に一回以上は数グループが派遣されていた事実もあった。だが、最近は向かった冒険家がことごとく行方不明となっている事実を目の当たりにし、調査禁止、そして、何人たりとも出入りを禁止している。
クリクレア島にもワークギルドの支部が設置されているので、未踏破地区についての情報を得ようとしたときに、過去のしがらみで調査禁止であり、立ち入り禁止であるとわかったのである。
尤も、特殊なギルドカードを持っていたとしても教えてくれるはずも無く、島の長老の名を出して初めて判明した事実でもあったのだが。
「なるほど……。向かわぬようにと情報を秘匿していたって事か」
「そうです。ワークギルドのみならず、商用ギルドや他のギルドでも同じであるようです」
「それだったら、ウチらも駄目なんじゃないの?」
アイリーンが口にした疑問は尤もだ。
ワークギルドだけでなく、あらゆる組織で情報を秘匿されている場所に勝手に踏み込んだとしたら大問題になりかねないだろう。
「それだったら、心配ないぞ」
スイール達の下へ、のっそりと歩み寄って来た船長が口を挟んできた。
手には大きめのサンドイッチが握られ、食べながら各所の点検を行っていた。そのついでにスイール達の下へと来た時に今の話を耳に入れて、答えを持ってきたのだ。
「ワークギルドからは禁止事項とされているだろうが、例えば国家がギルド系組織を通さずに依頼をしたらどうだ?」
「ん?そう言えば、長老が問い合わせて初めて事実がわかったんだっけか?」
スイール達個人ではわかりえなかった事実。
それを長老の名を出した途端に情報が公開されたとスイールが説明していた。
その事実を頭に入れれば自然と答えにたどり着く。
「そう言う事だ。今回はクリクレア島の長老から直接、調査依頼の形を取らせて貰った。その説明を魔術師にはすでに説明済みなのだよ」
「なるほど……。だから、ウチらに説明するときに自信満々な嫌味な顔を向けてたって訳か……」
アイリーンは目を細めてジトっとスイールに冷たい視線を向ける。あれだけ自信満々な言い方をしたのに、自分で調べたのではなく船長から説明を受けていた事をただ羅列して並べただけだったのかと、少しばかりガッカリしたのである。
あれさえなければちょっとは格好よかったのにとも思わないでもなかった……。
「そんな目をしないでくださいよ。これからが良いところなのですから」
冷たい視線を向けられながらも、スイールは気を取り直した。
そして、鞄を開けてメモ用のノートと羽ペン、そして、インク壺を取り出してテーブルに並べる。
付箋を挟んだページを開くと、羽ペンにインクを浸して、徐に地図に向かってペンを走らせ始めた。
現在、スイール達が上陸した地点から山へ、内陸に向かってゆっくりと。
そして、何回かインクを付けてミミズがのたうった様な線を繋いで、一本の長い線へと昇華させて行く。
地図を覗き込んでいた誰もが”ほほぅ~”と感嘆の声を上げたところで最後にバツ印を地図に描き加えた。
「さて、完成です」
「なるほどね。これならわかり易い!」
地図の空白だった場所に一本の線、この場合は海から山へと引かれた河川と言うべきであろう、それが描き加えられ完璧な地図が目の前に出来上がったのである。
「レッドレイスが描いたあの下手糞な絵ね」
「アイリーン。それを言うと彼は悲しむと思いますから、口にしないようにね」
「は~い!」
アイリーンの毒舌はともかく、レッドレイスが地面に描いたわかりにくい図をスイールは地図上に当てはめた。
「ちょうど船長もいますから、説明しちゃいます。私達が向かうのはこの河の上流」
左手に見える河にちらりと視線を向けながら、地図上に描き加えた河を指でなぞる。
河口から徐々に指でさかのぼり、最終的にはグレンゴリア大陸の東側中央を斜めに分けるアルバルト山脈の中腹まで向かった。
「道なき道を進む……とまではいかないと思いますが、それでもこの距離、だいたい十日前後は必要でしょうね」
「十日か……。往復二十日、結構な距離だなぁ」
「ですね」
「何気に大変よね」
スイールが描いた手描きの河川を定規でなぞると距離は四百から四百五十キロ程。ある程度整備された道を進むのであれば十日から十一日程。頑張って歩けばもう少し少なくなるだろう。
途中に休憩する町々が無く十日はかなりの強行軍となるだろうことは予想できる。
しかも、物資は途中で購入できぬと考えるべき。だからアイリーンは渋い顔をして、それを何の臆面も無く口に出してしまう。
「途中に街は無く、食料の調達は自然任せ?はぁ~」
「それはアイリーンに活躍してもらうとしよう」
「えっ?ウチに任せっきり?異議あり!」
「まぁまぁ……」
乾燥野菜はともかく、干し肉以外の食料は野生の動物を狩る以外に手は無い。河の横を進むのだから釣りを楽しむのも一興なのだが、昼間にその時間を取れるはずも無い。
小動物が出てきたところをアイリーンが仕留めてくれることが一番楽である、そうヴルフは言いたかったのだが。
そう言われても素直に頷ける程彼女は素直でない事は誰もが知っているので、その間に入って仲直りさせるのも他の三人は手慣れたものである。
一瞬だが一触即発の雰囲気を醸し出したスイール達の傍に、数人の男達、先に上陸して河沿いを偵察に出ていた船員達が戻ってきて船長へと報告に訪れた。
船長への報告もそうだが、スイール達に関係のある内容なのは確かだろう。
「報告します」
「うむ!」
「河沿いを偵察に出たところ五百メートル程離れた場所に集落跡を発見。手入れのされ方を見るところによりますと、ここ数か月、人の出入りは無いものと見られます」
「なるほど……」
「そして、集落からさらに奥へと続く道を発見。河沿いに進むものと見られます」
「ご苦労。ゆっくり休んでくれ」
船員達は船長に”はっ!”と敬礼をすると無事役目を果たしたとホッと胸を撫で下ろしながらその場を後にした。
その報告を横で聞いていたスイール達はお互いを伺いながら頷きを返していた。
必要な情報はある程度揃った、後は行動あるのみと。
「貴重な情報ありがとうございます」
「なぁ~に、ここまでだよ。我々に協力できる事は、な」
スイールはテーブルに広げてあった羽ペンやインク、そして、ノートと地図を大事に鞄にしまい込むとゆっくりと立ち上がった。
ヴルフ達もそれにつられて立ち上がり、傍らに卸してあったバックパックを担ぎ始める。
ヴルフは穂先を付けた棒状戦斧を、エゼルバルドは両手剣を、アイリーンは長弓をバックパックに追加して担ぎ上げる。
「えっと、忘れ物は無いですかね?」
スイールも自らに割り当てられたバックパックを担ぎ上げながら、ヴルフ達に声を掛ける、忘れ物は無いかと。
バックパックの重さを感じ取れば何を忘れたかおおよそで予想が付くが、誰の顔を見てもニコニコと笑みを浮かべているのだが、大丈夫だと頷きで返した。
「おっと、お前さんは忘れ物があるぞ。ほれ」
ヴルフから渡されたのはスイールの杖だ、いつも握っている手になじんだいるであろう愛用の。
「忘れ物ではありまんよ。ただ、立て掛けてあっただけじゃないですか?」
「そうとも言うか!はっはっは」
最後にしてやったりとヴルフは口を大きく開けて笑い出した。
嫌味を言われたが、不思議と心地よい気持ちに包まれたとスイールは感じるのだった。
「それでは行ってきます」
「遠くからだが、武運を祈ってるよ」
傍にいた船長へ頭を下げると、スイール達は河沿いをゆっくりと歩み始める。
未知の世界に踏み込んでゆく彼らの表情から笑顔が消えたのは、足を踏み出した瞬間、その時からであった。
※カッター:小型の船。この場合は上陸するときに使う、小型の手漕ぎ船を想像してください。
※徐に:落ち着いて、ゆっくりと事を始めるさま。ゆったりしたさま。
※なぞった定規:ディバイダーっていうコンパス(円を描く道具)の両方が針になっている道具。天空の城ラピュタでドーラが地図上で距離を図るのに使ってましたね。参考までに。




