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第三十三話 戦い終わって、またすぐ小競り合い?

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「何だろうな、あれ?」

「行っちゃったね」

「行ってしまわれた……って言葉がぴったりなのかしら?」


 五人揃って遥か上方にある噴火口を眺め続ける。しかも、ぽかんと口を大きく開けて唖然とした表情を浮かべながら、である。

 ここに見ず知らずの人が通りかかったら、口を大きく開けて上方を見上げる五人を奇異の目で見られることは確かだろう。それほどに間抜けな表情を見せていたのだ。


「……はっ?……皆さん、これから帰りますよ。レッドレイスは後でいろいろと話す機会があるようですからね~」

「「は~い!」」

「「……」」


 ”ぼ~”っと上方を見上げていた五人だったが、”これではいけない”といち早く我に戻ったスイールが遠足を引率する先生の如く他の四人へ声を掛ける。

 なんとなく意図している事がわかったのか、エゼルバルドとヒルダは声をそろえて返事をしたのだが、学生気分など頭の隅から消え去っていたヴルフとアイリーンは、注意を言うべきなのか、無視するべきなのか、判断に困ってしまい無言を貫いてしまった。


「ヴルフとアイリーン。返事は?」

「ワシらもか?」

「はいは~い!これでいい?」


 エゼルバルドとヒルダの元気な返事を耳にして満足気のスイールだったが、返事をせぬ二人に不満の顔を向けた。

 ここでスイールに反抗的な態度を見せて、のちの道中で嫌味を言われると拙い、そう思いながら渋々と返事を返すのであった。


「とりあえずいいでしょう。帰るまでが依頼です。壊れてしまった武器もちゃんと回収してくださいね」


 完全に満足してはいないが、半分程スッキリとしたのでそれ以降は嫌味を口にすることは無かった。

 ただ、ノリで始めた引率の先生役は止めようはせず、その後も暫く続いたのである。


 スイールが引率の先生役をノリノリで務めながらレッドレイスと戦った洞窟を後にして帰路に就く。

 二百メートル程の洞窟はほんの少し曲がっていて出口の光は見えない。生活魔法の灯火(ライト)を頼りに暗い洞窟をゆっくりと進んでゆく。

 そして、”やっと出口だ!”、と洞窟を出て眩いばかりの光が降り注ぐ地上へと姿を現したのだが……。


「おっと、そこを動くなよ!」


 十人程の白装束を着た者達が、スイール達の行く手を塞いでいた。十人程であれば敵を排除するのは容易いのだが、状況が状況だけに迂闊に手出しできぬのだ。敵との距離は二十メートル程の微妙な距離である。


「えっと、私達に何の用ですか?」

「お前達が邪魔だから殺しに来たのだよ」

「人質を取って、よく言いますね」

「確かに、人質を取るなど卑怯者と言われても仕方がない。だが、竜と真っ向から戦うお前達を正面から殺すとなればこれでの人数では不安しかないからな」


 殺しに来たと告げられてしまえば、穏やかな雰囲気は何処行く風と飛んで行き、ピリピリした空気が肌に纏わり付き始める。敵方も竜種に挑んで無事に生還した相手に戦いを挑まなければならぬのだと、ブルブルと震え、その場の空気に飲まれ始めているのだろう。それが、たとえ竜種と戦い疲れ果ててるスイール達であったとしてもだ。


 それよりも気がかりな事がいくつかある。

 一つ目は敵方の後方、少し離れた場所に見慣れた馬車が視界に入った事だ。スイール達がこの場へ向かう時に乗っていた馬車だ。


 そして、二つ目。言葉巧みにものをいう敵の足元に一人の男がロープでぐるぐる巻きにされ転がっていた。目隠しと猿轡をされじっとしている御者役の兄、バルフェルドだ。顔面には赤い腫れがあり、抵抗した際に殴られたと見られる。しかも、ぐったりしている様子から殴る蹴るの暴行が酷かったのだろう。


 最後の三つ目。敵方の一人に人質にされた女、御者役の妹、ベルンハルデだ。

 ロープで縛られているのは兄と同じだが、これから乱暴を受けようとしていたらしく、服がナイフでズタズタに切られ申し訳無い程度にしか布を纏っていなかった。

 スイール達が後少しでも遅かったら、確実に何人かの男たちに凌辱を受けていたことだろう。彼女は猿轡を巻かれているが、涙を浮かべる瞳から”助けて……”と懇願の視線を虚ろに向けている。

 そんな彼女の後ろからニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべる敵から鋭利なナイフを首筋にピタリと付けられ抵抗を諦めかけている姿は痛々しい。


「ワシらがなんで殺されなければならぬのか、理由くらい聞かせて貰ってもいいのではないか?」

「殺されるお前達に理由を聞かせても仕方あるまい。これだけは言っておく、我が主の意向なのだとな」

「いえ、それで十分ですよ」


 敵が言う”主”に心当たりのあるスイールはそれ以上聞こうとしなかった。

 それよりも今は、どうやって敵を倒そうかとスイール達は思案しようとするのだが、ベルンハルデを人質に取った敵はひょうひょうとしているスイール達に叫び声を浴びせる。


「動くな!この女がどうなってもいいのか?それと武器を捨てろ」

「おっと、そうでした。仕方ありませんね……」

「卑怯な……」


 ベルンハルデの首筋に付けられていた鋭利なナイフをゆっくりと彼女の頬に動かし、スッと動かすと白い彼女の肌に一本の赤い筋が生まれた。


「さて、どうする?この女の命が必要ないのなら切り掛かって来るといいさ」

「くっ!!」


 一番近い敵との距離は二十メートル。

 エゼルバルドやアイリーンがどんなに俊敏な足を持っていたとしてもそれだけの距離を詰めてベルンハルデを助け出すなど不可能だ、敵を屠る事に躊躇は無いとは言え。それに、アイリーンが矢を放とうと準備を終えた途端にベルンハルデは殺されてしまうだろう。

 魔法で攻撃しようにもあれだけぴったりとベルンハルデとくっつかれては手を出せない。

 ベルンハルデだけでなく、兄のバルフェルドも殺されるだろう。


 八方塞がりな状況では是非もなし、と一斉に武器を体から外し地面に捨て始める。


「それでいいのだよ」


 敵は武器を捨てたスイール達を目の当たりにして”フフフ”と不敵な笑みを浮かべる。

 どうやって殺してやろうかと考え始めた。


 それを見て、スイールは開いた手を動かしヴルフ達四人へ合図を送る。

 ただ単に手を動かして悔しがっている様にしか見えないが、確実に合図である。

 何の合図かと言えば、何人かは殺さずに無力化して生け捕りにしろ、との無茶な注文だった。


 それが何を意味するのか、すぐに判明した。

 その場にいたすべての者達に公平に降り注いでいた太陽の光が一瞬消えたのである。

 ほんの一瞬、それは雲で太陽が隠されたのではないか、もしくは巨鳥が太陽の前を横切ったのではないか、そう思うものが殆どだろう。

 だが、この日は違った。雲でも巨鳥でもない、何者かが太陽を横切ったのである。


 その直後……。


 ”ズズーーン!!”


 ベルンハルデを人質にする男の後ろに真っ赤な塊が空から舞い降りて、いや違う、降り注いだ。


「あっ!」


 思わず声を上げたスイール達はその塊が何か、瞬時に理解した。

 そして、思わぬ好機であるとも誰もが判断した。


「今です!」


 スイールの合図に全員が瞬時に動き出す。

 その合図よりも先に動いたのは落ちてきた真っ赤な塊、噴火口から山頂へと登って行った赫色(かくしょく)のレッドレイスだ。

 黄色い眼球でベルンハルデを人質にする男を捉える。

 自らの縄張りに土足で踏み込んできた男達に並々ならぬ殺気を放つと同時に視線を向けられれば、蛇に睨まれた蛙の如く動きを止めて硬直してしまうだろう。

 その直後、レッドレイスは右腕を目にも留まらぬ速さで振り下ろしていた。


 ”ブシュッ!”


 一瞬のうちに上半身を失い、臓物と真っ赤な体液を汚らしく撒き散らかした。

 当然、男の横に(たたず)むベルンハルデは真っ赤な体液を全身に浴びる洗礼を受けることになる。

 暫くして二つにわかたれた男の上半身は上空から舞い落ちてきた。

 それだけで敵の戦意を奪うのは容易かった。


 人質を取った男がレッドレイスに屠られると同時にエゼルバルド、ヒルダ、そして、アイリーンの三人が駆け出して道を塞ぐ敵に反撃に出た。


 ブロードソードを拾い上げたエゼルバルドは鞘を抜き放つと同時に身近な一人へと身を低くして駆け出した。

 望まぬ来客の訪問に敵は体を流されたが、それでもエゼルバルドを迎撃する時間は十分にあった。掴んだ剣を向かい来るエゼルバルドに合わせて水平に振り抜く。

 しかし、その剣はエゼルバルドの体に触れることは無かった。刹那の間に剣の軌道よりもほんの少し高く飛び跳ねたからだ。そうなれば誰もエゼルバルドが振るう剣を止めることは出来ない。

 その直後、首を刎ねられ真っ赤な血液が噴出して頭を空高く舞い上げた、首なしの骸が一つ出来上がったのである。


 ヒルダも軽棍(ライトメイス)を拾い上げると別の身近な敵へと向かった。

 髪を留めているとは言え、ヒルダが駆ければ当然のように髪は後ろに流れを作る。その美しい姿に”たかが小娘一人!”とヒルダを甘く見ながら迎撃しようとする。高く掲げた剣を振り下ろせばそれで終わるだろう、と。

 しかし、たかが小娘一人と言っても、彼女は何処にでもいる小娘ではない。支援魔法を使いこなす手練れの一人である。

 敵が振り下ろした剣は中途半端な位置で何かに妨害され、無防備な姿を晒していた。

 ヒルダが物理防御(シールド)を敵の前面に展開させたのだ。振り下ろすたった一回を邪魔するために。

 隙を晒した時点でヒルダに軍配が上がるのは誰が見てもわかるだろう。地面すれすれからくぐもった風切り音と共に振り上げられた軽棍(ライトメイス)は敵の顎を正確に捉えた。骨の砕ける感触がヒルダの手に伝わり男の命がそこで終わりを告げた事を知るのであった。


 アイリーンは自らが得意とする弓を拾う事なく、敵の一人に駆け出した。エゼルバルドに一瞬遅れたが五人の中では一番敏捷性に優れる。

 そんな彼女が武器に選んだのは腰にぶら下げてある矢筒に収められている矢だった。弓がなければ役に立たぬ、そう思った敵は矢筒を体から外さぬでも良いと考えたのであろう。だが、彼女にとって、矢さえあればそれだけで敵を屠るのは容易い、竜種を相手にするのとは訳が違うのだから。

 矢筒から矢を一本引き抜くと逆手にぎゅっと掴む。

 弓を扱うアイリーンは近接戦闘に難がある。これは誰もがそう思うだろうが、正確ではない。一瞬の隙を突き、攻撃する能力を随一なのだから。

 剣を構え待ち構える敵に体を低くして一直線に向かう。敵の構えから剣の軌道を瞬時に予測し、剣を振り始めると同時に躱すように跳躍する。

 敵が”あっ!”と声を出した時には全て遅かった。

 アイリーンが飛び上がっている最中に左手で敵の頭を掴むと、右手で掴んだ矢を眼球から脳へと突き刺した。

 そして、アイリーンが着地して一呼吸置いた後に、彼女の肩越しに”ドサッ!”と倒れる音が耳に届いたのである。


「勝負あった様じゃな」

「ですね……」


 一瞬のうちに四人を失った敵。しかも、人質を取っていたにもかかわらずだ。

 その人質の傍には赤い鱗で全身を覆った竜種が一柱赫色(かくしょく)のレッドレイスがいる。

 この時点で負けなのだが、弱体化していたとはいえ竜種を相手にして一歩も引かぬ相手の実力を目の当たりにして敵わぬと悟ったのだ。後は降伏するか逃げ出すか二つに一つであろう。


 凶器を向けてきた相手を簡単に許してしまう事は、この世界では非常識だ。

 そうなればどうあっても彼らの運命は決まってしまう。

 縛り首で命を落とすか、首を刎ねられて命を失うか。

 その運命が彼らの脳裏にはっきりと浮かび上がってくれば、彼らの取る行動は一つしかない。


「ば、化け物だーー!逃げろーー!」


 武器を捨てて身軽になり、背中を向けて逃げ出すしか出来ぬのだ。

 だが、そう簡単に逃げられるとは限らない。


風の刀(ウィンドカッター)風の刀(ウィンドカッター)!」


 いつの間にか杖を拾い上げていたスイールが得意中の得意の魔法、風の刀(ウィンドカッター)を放ち、真空の刃は逃げる敵を正確に捉えた。

 一人目は右足を脛で切断されて鮮血を撒き散らしながら盛大に転んだ。

 二人目は切断されるまではいかなかったが、左の腿を抉られて同じようにゴロゴロと転がって行った。


 残った敵はエゼルバルド、ヒルダ、そして、アイリーンの三人が自慢の足で追いつき、容赦なく葬って行った。袈裟切りにされたり、脳を撒き散らされたり、首を矢で貫かれたりと、思わず目を背けたくなる光景が点々と続ていた。


「では、止血だけでもしておきましょうかね。ヴルフも一緒に」

「任せておけ。まぁ、今のワシは予備戦力みたいなもんじゃからな~」


 戦闘が全て終わったとみたスイールは、いまだに息のある二人にヴルフと共に近づく。

 ヴルフは愛用のブロードソードを拾い上げ、鞘から抜身の刀身を(さら)しながら。

 そして、おびえる二人の敵の傷口を塞いでそれ以上血液が流れるのを止めた。


 敵を後ろ手に縛り馬車に強引に積み込むと、御者役の兄妹を介抱に向かうのであった。


※竜との戦いが終わっても戦いは続く……。

 さて、どうしてこんなことになったのでしょうか?


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