第三十一話 危険なダイビング
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エゼルバルドは折れた棒状万能武器の前半分を回収しようと後方へ跳び跳ねて赤竜から十分に距離を取った。赤竜を視界に中に収めつつ折れた棒状万能武器の前半分を探せばあと数メートル後方に転がっている。
左の腰に鎮座するブロードソードも攻撃手段になるが、抜くのは棒状万能武器が完全に使えなくなってからと決めている。それに、ゴールドブラムから”なるべく使うな”との指示が出ているのだから仕方がない。
だから今は、折れた前半分をいかにして回収するか、それにかかっているのだが……。
「ちっ!」
エゼルバルドは舌打ちをして塔盾を地面に”ガツン”と打ち付け構えるしか出来ずにいた。
手持ちの武器を飛ばされ敵と距離を取ってしまった上に、目の前には胸を真っ赤な灼熱色に染まらせ、口腔の奥から炎を吐き出し始める赤竜を目の前に捉えてしまっていれば仕方ないだろう。
”ゴオォォォゥーーー!!”
そう思った刹那の後、塔盾に身を隠したエゼルバルドを、赤竜の炎の暴息が空気をジリジリと焦がしながら襲い掛かる。
熱にやられまいと体を小さくするが、それでも輻射熱で彼の髪はチリチリと白い煙を上げ始める。
赤い炎が過ぎ去ると、彼の周りに戻ってきた新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
いまだに手の中に残る棒状万能武器の後ろ半分のが邪魔だと、赤竜に向かって投げ捨てる。いや、投擲したと表現した方が良いかもしれない。
それが功を奏したのか、赤竜は向かってくる赤い樫の木を嫌い長い腕で叩き落とした。赤竜の思わぬ動作で隙が現れたと、エゼルバルドは再び後方へと跳躍して棒状万能武器の片割れを拾い上げることに成功する。
まるで戦斧のようになった棒状万能武器を構え、再び赤竜へと挑もうと走り始める。
「そんなので大丈夫なのか?」
「ヴルフこそ盾を何処へやったのさ?」
吹き飛ばされたヴルフとエゼルバルドは獲物を構えて赤竜の目の前へ躍り出る。
お互いの装備をちらりと見やり、悪態をぶつけ合う。
口角を上げて不敵な笑いを見せる二人には、まだ降参や逃げ出す気など微塵も生まれていなかった。まだまだ、戦える、と。
「戦闘狂は何とかしてほしいわね~。ヒルダ、援護に行っていいわよ」
「アイリーンも気を付けてよ」
地面にぽっかりと開いた穴を見つけたアイリーンはその場を拠点に攻撃すると告げる。穴の底で身を丸くすれば赤竜の炎の暴息は防げるはずだ。魔法の盾で防御するよりよっぽど気楽なのだ。
それに、ヒルダが扱うリピーターは連射速度は速い部類に入るのだが、いかんせん射程が短い。とは言っても、アイリーンの愛用する長弓に比べてなのだが。
それが理由で、いまだに数本しか放てておらず、弾倉にはまだ十本以上の矢が収まっている。折角の戦力を使わずに温存しておくほど、赤竜との戦いに余裕が無いとアイリーンは見始めたのだ。
ヒルダに加え、考え事をしていたスイールも赤竜にゆっくりと近づきつつあった事も、アイリーンがヒルダを送り出した理由の一つでもあった。
「さて、ヒルダ。そろそろ終わりにしたいのですが、少しの間二人を見ていていただけますか?」
「もっと近づくって事?」
「そうなりますね。盾を失ったヴルフを見ていてくれると助かります」
「分かったわ。任せて!」
「私は……の準備に入りますので」
スイールと二言、三言、言葉を交わした後、ヒルダは片目を”バチッ!”と瞑って返事を返すとヴルフの下へと駆けて行った。ヒルダの表情を”ドキッ!”としながら受け取ると、”もう、子供ではないのですね~”と改めて思いながら魔法の準備に入るのであった。
ヴルフの下へと近づくヒルダ。
ヴルフとエゼルバルドは近接距離で赤竜と殺り合っている後方、数メートルの距離でリピーターを赤竜へと向ける。二人が攻撃している真っ最中だというのに、ヒルダは躊躇なく引き金をグッと引いた。
リピーターから解き放たれた矢は狙い違わず赤竜の顔に吸い込まれるが、分厚く固い鱗に遮られ突き刺さるなどしなかった。
「ははぁ!こっちも相手しなさいよね」
「それはどうかと思うがのぉ……」
ヒルダはリピーターのレバーを引き、次矢を装填しながら赤竜を挑発するように叫ぶ。彼女自身に攻撃の目を向けるようにだ。
確かに、赤竜からしてみれば自らの手足が届かぬ遠方からの攻撃は鬱陶しいこと間違いない。アイリーンに向けて炎の暴息を向けたのだからその通りだろう。
だが今は、足元をウロチョロと動き回り、チクチクと痛みにならぬ攻撃を仕掛けてくる捉えどころのない二人に神経を向けていて、ヒルダには見向きもしない。
「こっち、向きなさいよ!」
狙いを付けて引き金を引き矢を放つヒルダはまるで駄々をこねている幼子、そんな風にも見えてしまう。スイールが子供ではないなと感想を胸にしていたが、ヴルフは反対に子供がいるのにまだ心は子供だな、との印象を受け取った。
「そんなに振り向いて欲しければ、もっとアプローチが必要だぞ」
「そ、そうね!それじゃ、遠慮なく~」
からかい気味にヴルフはヒルダを煽るが、それを本気に受け取ってしまい”ススス……”と赤竜へと近づいて行く。だが、武器が武器なだけに、ヴルフやエゼルバルドから一歩引いた場所で攻撃態勢を取るのだが……。
「お、おい!」
赤竜に近づくヒルダに立ち塞がる様にしてエゼルバルドが行く手を阻んだ。
だが、その行為に不満を露わにしてしまう。
ヒルダは赤竜との戦いを遠目で見ているうちに、自分でも躱せそうだと思い始めていた。さらに魔法防御も使えるのだか鬼に金棒だと。
そんな事をヴルフにからかい気味に言われてしまったのだから、売り言葉に買い言葉と自分でもできるのだと証明して見せよう、そう考えたのだ。
だから、エゼルバルドが制止してきたと不満を露わにしてしまったのだ。
最愛の人でも、今の自分を止めることは出来ない、そう思いながら一言文句を言ってやろうと言葉を喉まで出しかけたのだが、声に出せずに終わってしまった。
”ギャオォォーーーー!”
赤竜が初めて叫び声を上げると同時にヒルダは吹っ飛ばされてしまった。
だが、一人ではない。
彼女の前に立ちふさがったエゼルバルド共に、だ。
ヒルダは赤竜を見くびっていた。
その場から動かず自分の攻撃が届く範囲にしか手を出さないだろう、と。
それに炎の暴息は自らの魔法で耐える事が出来る。
だから、近接攻撃に加わっても大丈夫だろうと。
エゼルバルドと共に吹き飛ばされるヒルダの脳裏に、赤竜を見くびった自分と、それに後悔し始める自分が同居を始めた。それも、地面に打ち付けられるときには後悔の念が勝っていた。
反省はいつでもできる。
それよりも……。
「……う、うう。くっ、あ!あ、あぁ、エ、エゼルは?」
衝撃を受け朦朧とする頭を押さえる。
片目をゆっくりと開けて周囲を見渡せば、片膝を付き起き上がろうとするエゼルバルドの背中があった。彼の傍には真っ二つに裂け用をなさなくなった塔盾が転がり、衝撃の強さを物語っていた。
吹き飛ばされた時の記憶を蘇らせれば、赤竜が足を大きく前に出し、しなる尻尾でエゼルバルドとヒルダの二人を払い飛ばしてきたと思い出していた。
やはり、反省は必要だ。
そう思いながらも、ヒルダの盾となり衝撃を受けたエゼルバルドへとゆっくりと歩み寄る。
苦痛の表情を浮かべているのは当然だろう。
盾が二つに分かつ程の衝撃をうけたのだから。
それでも再び、戦いに赴こうとしている、左腕をだらりとぶら下げながら。
「ねぇ、どこをやったの?」
「い、痛い!」
「ゴ、ゴメン」
ヒルダはだらりとぶら下がるエゼルバルドの左腕を無造作に掴んでしまった。そのせいで痛みが走り苦悶の声を漏らした。
自らの行為に後悔の念を抱くと表情を強張らせた。
だが、手の感触からは骨折はしていないとだけわかり、ホッと胸を撫で下ろしたのも確かだ。
「ちょっと待ってて、すぐ済むから、回復魔法。それにしても、氷塊かぁ……」
「えっ?」
腕の筋を伸ばしてしまったのだろうと魔法で回復を試みる。
骨折であれば戦力は大幅に下がってしまうだろう。
尤も、赤竜が振り払った尻尾の攻撃で、ヴルフとエゼルバルドが当てにしていた塔盾が二枚とも使えなくなったのだ、戦力低下いや、戦力半減、と評してもよかっただろう。
その時、ヒルダは気づいていなかった。ふと言葉を漏らしたことに。
「あ、ありがとう」
「それはこっちの台詞よ。ヴルフの言葉に乗っちゃったわ」
「はは、あれはヴルフが悪い」
エゼルバルドは立ち上がりながら握力の低下した左腕に視線を向ける。ヒルダがヴルフの後方に位置するまでは良かった。概ね作戦通りと思っていいだろう。
だが、ヴルフとヒルダのコンビで一つとしなければならぬのに、普段と変わらぬようにうっかりと口を滑らせたヴルフには後で鉄拳制裁が必要だと心の底から思い、乾いた笑いを漏らすのだった。
「それよりもやることがあるよな?」
「そうね。でも、どうするの?盾が壊れちゃったのよ」
「……そうだな。一撃で決めてみるか?」
「えっ?」
孤軍奮闘するヴルフを眺めながら、そんな言葉を口にしてしまった。
鋭い牙や爪、しなる尻尾の攻撃なら体を痛めた今でも躱せるだろう。
それよりも厄介なのは、中遠距離を攻撃範囲に含める炎の暴息だ。この日も四度、その攻撃にさらされている。そのうちの三回はエゼルバルド達の目の前で吐き出された。攻撃を正面から食らうと厄介だが、攻撃のタイミングは把握している。
炎を吐き出させずに攻撃を封じ込めれば勝ち目はある。
それも、一度だけ。
「ヒルダは援護だけをしてくれればいいよ。武器も壊れちゃったみたいだしね」
「えっ?あっ!」
ヒルダはリピーターを手にしていなかった事を、今の今まで頭から綺麗さっぱり忘れ去っていた。魔石の付いた遠距離攻撃用の武器を。リピーターがあったからこそ攻撃に参加しようとしていたのだ。
そうなると、お尻あたりにぶら下げている矢筒が邪魔になってしまうと、躊躇なく腰から外し軽棍を引き抜いた。
「さて、やるか……」
エゼルバルドはゆっくりと火竜に向かう。
満足に動かぬ左手を上に向けて魔力を集めながら。
その後ろを心配そうな表情を見せるヒルダが歩んでゆく。
赤竜から少し離れた場所、--まだ三十メートルもある--に到着すると五秒ほど集めた魔力を炎の槍に変換させる。
炎を吐き出す火竜に、炎の槍を叩き込もうとする行為は頭が可笑しいのではないかと比喩されてしまうかもしれない。最も、人がほんの少し集めただけの魔力で作り上げた炎の槍など通ずるはずも無いのだが。
「ヴルフ、援護頼む!」
「なんじゃ?何をす……まぁいい、見せてみろ」
「アイリーンも!」
ヴルフは火竜への攻撃をいったん中止し、数歩の距離を取った。
同時に離れた場所にいるアイリーンへも援護の要請を行う。ちらりと彼女に視線を向ければ穴から右手だけだし、親指を立てて”任せなさい!”と強気の返事をしていた。
それを見て、エゼルバルドはヒルダにその場で動かぬようにと目配せすると、発現させた炎の槍を火竜へと解き放った。
「いっけー!火槍!!」
エゼルバルドが祈ると同時に炎の槍は目に捉えられぬ速度で赤竜へと飛び込んでいく。”一撃で決める”、そう豪語するように狙い違わず炎の槍は火竜の顔面へと飛び込んで見事に着弾した。周りの空気を巻き込んで炎の槍が爆発を引き起こし火竜の視界を奪い去る。
ここまでは狙い通り。
そして、エゼルバルドは火竜に向かって駆け出す。
煙幕となった炎の槍に乗じて、赤竜の逆鱗に棒状万能武器の先端を突き刺してしまおうと。
火竜も当然、それには気づいていた。
胸を真っ赤に光らせて炎の暴息を吐き出そうと準備を始める。
口元からチロチロと炎が漏れ出し始めると準備が完了した証拠に顎部を大きく開けて向かい来るエゼルバルドへと口腔を開く。
そして、炎を吐き出そうと喉の奥が真っ赤になったその瞬間だった。
「タイミング、ばっちりです!」
エゼルバルドの耳に届いたスイールの言葉。そして、刹那の時間も過ぎぬ間に巨大な氷塊が火竜の口を塞ぐように飛び込んで行く。
何度、炎の暴息を放たれたのか?それを何度見たのか?
そう、三度も見れば、対策を作り出す事など容易い。
氷の槍を槍の形状ではなく、大きな氷塊にして開けた口を塞いで対策としたのだ。
だが、相手は最強の竜種、赤竜だ。
口腔内を魔法で作られた氷塊で塞ごうとも動きを止めるはずもない。しかも大きく開けた口腔内に打ち込んだだけなのだ。
強靭な顎は人をも簡単に噛み千切る力を持つ、その口が力の限りで閉じればどうなるか?口を塞いだ氷塊など簡単に砕いてしまうのだ。
確かにそれで炎の暴息を防いだことになろう。
しかし、エゼルバルドはまだ火竜に届いていない。あと半分程距離はあろう。
その距離があれば再び炎の暴息を放つのは容易い……のだが。
「そうは問屋が卸さないと言ってるじゃろうに!」
「邪魔はさせないわ!!」
火竜に向かって駆け出していたのはエゼルバルドだけではない。ヴルフも同時に駆け出していたのだ。そして絶好の機会を待ち望んでいたアイリーンも番えていた矢を解き放った。
口腔を開けようとしている火竜の顎を、飛び上がりながら棒状万能武器を振り上げて閉じようとする。あわよくば空を見上げる体勢を取らせたいとも思った。
だが、ヴルフの棒状万能武器も限界を迎えていた。
振り上げた棒状万能武器だったが、顎を閉じさせるまでは成功したが、その力に棒状万能武器の柄を形作る赤い樫の木が耐えきれなかった。先端から三分の一程の場所で二つに分かたれてしまったのである。
「しまった!」
ヴルフは火竜の顔の体の向きを変えられず臍を噛んだ。
アイリーンが放った矢も赤竜の鱗を貫き通し突き刺さったがその効果も薄い。振り上げた棒状万能武器が破壊されなければ狙い通り、赤竜の眼球を貫いていた筈だったが。
火竜は向かい来るエゼルバルドに三度目になる攻撃の視線を向ける。
だが、口を開いて噛み砕くだけの時間は無い。
腕を振り回したいが、邪魔になる敵がいてそれどころではない。
その間にも顔面に向けて矢が飛んできている。
最後の手段は顎で向かい来る敵、--エゼルバルド--を打ち付けるだけだ。
エゼルバルドが赤竜の体の下に”ザザッ”と足から滑り込むと同時に、赤竜の顎が地面へと打ち付けられ土煙が濛々と舞い上がった。
誰もが土煙が早く晴れ、結果を知りたい、そう思うのだった。
※赤竜に一矢報いる!
ハルバードの柄を折ってしまった前衛の二人。
そして、飛び込んでいったエゼルバルドの運命はいかに?
※次弾装填としたかったんですけど、それでよいのですかねぇ……。
なので、次矢の装填としました。




