第三十話 最強の盾を攻略せよ
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2020年8月9日 サブタイトル変更
スイールが放った氷結打撃槍の魔法が直撃した赤竜は黄色い瞳をギロリと光らせ、蚊に刺された程度とはいえダメージを加えてきた相手に視線を向けた。
そして、怒りに満ちた表情を孕んだ赤竜は口を大きく開いて、己の最大の攻撃である炎の暴息を放とうと喉の奥に炎をちらつかせた。
(何か可笑しい……)
前方に伸ばした右手の先に魔力を集めながら片膝を付いて身を低くする。
そして、赤竜の炎の暴息が放たれる瞬間、自らの前方へ魔法の盾、魔法防御を展開させた。
”ゴオォォォゥーーー!!”
赤竜が己の胸を炎の色に染め上げたその瞬間、口腔の奥深くから吐き出された魔力を孕んだ炎がスイールを飲み込んだ。それにより彼は、数秒に渡る炎の直撃で酸素が急激になくなり、呼吸困難に陥ろうとしていた。
「そうは問屋が卸さんのだよ」
左腕に装備していた塔盾を外し背中に担いだヴルフが、首を前に出した赤竜に横から接近して棒状万能武器を力の限り振り上げた。それにより、炎の暴息を吐き出していた口腔を強引に閉じさせつつ首を上に向けさせた。当然、スイールを襲っていた炎は向かう方向を変えて何もない真上の空間へと巻き散らかされた。
「助かりました」
「良いって事よ、おっと!」
攻撃を中断され顎に衝撃を受けた赤竜は、片側の黄色い瞳をヴルフに向け、長い右腕を振り下ろした。三本の鋭利な爪はヴルフが飛び退いたばかりの地面を鋭く抉っただけだった。
しかし、その衝撃は凄まじく、赤竜が触れた場所に足を取られるほどのクレーターを残していた。
(やっぱり可笑しい。強靭な足を持っている赤竜が動かないのは可笑しい……ですよね?)
赤竜が反撃をしてくるのだが、スイールには手を”抜いている?”と懐疑的な考えが脳裏に浮かび上がっていた。これが本気であると見せかけ、スイール達が疲れて来たところを本気でつぶしに掛かるのではないか、と。
しかし、それでは”説明できぬ場面”があったことすら”説明できぬ”と首を捻る。
「こらスイール!危ないんだからボーっとしない!」
「おっと。すまない」
深慮に入ろうかとしたところで特色のあるハスキーな声を向けられれ、スイールは我に返った。
視界の隅には矢を放ちつつあるアイリーンが写っていた。スイールよりも距離を取り、安全な場所を確保してあるようだ。それでも、弓を放ちつつ場所を移動するなど赤竜対策に余念が無い。その行動は如何にして生き延びるかを一番に考えているのだろう。
「アイリーンとヒルダは大丈夫だとして……」
アイリーンと共にコンビを組むヒルダも同じように移動しながら攻撃の機会を窺っている。決定的な攻撃を放てない代わりに牽制は問題無い筈だ。
それよりも、スイールが支援しなければならぬのは、赤竜の足元で棒状万能武器を振るっている二人だろう。
エゼルバルドは事前の打ち合わせ通り、左腕に塔盾を装備しているが、ヴルフは背中に塔盾を担いでしまい咄嗟の炎の暴息には対処できぬだろうと一目でわかる。
それでも、余り離れていないこの距離であれば、魔法で盾を作る事も出来るだろうと、赤竜を観察しながらポツンポツンと目くらましの魔法を放ち続ける。
いくらか時間が経った頃、アイリーンが牽制のためと放った金属製の矢が赤竜の目の近くにプスリと刺さった。そこが鱗の境目だったのか、少し柔らかい場所かはわからないが、とにかく刺さったのだ。
ヴルフやエゼルバルドも赤竜の鱗に細かな傷を与えており、うっとおしい敵とみなしているのは誰にでもわかる。だが、表面の鱗がある表層を貫く攻撃は初めてであり、足元で攻撃をする二人を無視して、遠くから攻撃するアイリーンにその顔を向けた。
「お前の相手はワシらじゃ!」
「くそっ!こっち向けってんだ」
ヴルフは両手で振り被り赤竜の強靭な足へ振り下ろし、エゼルバルドは突進と同時に鋭く突き出してヴルフと反対の足へと、それぞれが赤竜の左右から攻撃を仕掛ける。
しかし、赤竜は二人の攻撃を歯牙にもかけぬと軽くあしらうだけだった。
そのおかげで、本来であれば首元の真っ白な鱗、逆鱗に攻撃するのだが常に動き回る首元に狙いを定められず、仕方なく赤竜を跪かせようと足元に攻撃を集中させたのだ。
「こちらに向かんか」
「このっ!このっ!」
二人の攻撃は赤竜の真っ赤な鱗に遮られ、そして、弾かれ、突き刺さるまでいかない。足元をうろうろとして邪魔になっているはずの二人は自分達に攻撃の目を向けさせようとさらに攻撃を打ち込んでいる。
それでも、遠くから攻撃を仕掛けるアイリーンの方が鬱陶しいと炎の暴息の体勢を取り始める。
火竜の胸が赤く染まり始め、ヴルフとエゼルバルドにも熱が伝わり始める。
「アイリーン、逃げろ!」
「ヒルダ!!」
火竜は左右に向く黄色い眼球を器用に動かし足元で動く二人を見下す。さらに左右の腕を使い、二人を傍から追い払おうと我武者羅に振るい始める。
それから、小煩いアイリーンを黄色い視線でとらえ続けている赤竜の口腔が大きく開かれると同時にその奥深くから真っ赤な炎が漏れ始める。
”ゴオォォォゥーーー!!”
瞬間、赤竜からこの日三度目になる炎の暴息が吐き出された。
暴力の渦となった炎がアイリーン達を容赦なく襲う。
固定砲台の火竜だ、彼女達がどんなに頑張って走ってもほんの少し顔の角度を変えただけで正面に捉えられる。しかも、炎の暴息の攻撃範囲より抜け出せないのだから始末に負えない。さらに悪材料は隠れる場所が皆無であることだろう。
だからと言って、二人が簡単に殺られる筈はない。スイールがそのように作戦を立てているのが理由だ。しかも、ヒルダの魔法展開速度はスイールが舌を巻くほどに上達しきっているのだから。
ヴルフとエゼルバルドは、炎を真面に受けた遠方の女性二人を視界の隅に捉えながら火竜を牽制し続ける。それからすぐ、炎が消えさった場所に視線を向ければ無事に炎を耐えきった二人の姿を捉える事が出来た。
アイリーンの前に進み出たヒルダが両手に掴んだリピーターを体の前に突き出し仁王立ちで耐えていた。リピーターの魔石は魔力を吸い出した痕跡として、うっすらと青みを帯びた色に変色しているのだ。赤竜の炎の暴息を魔法防御を展開して体の正面から逸らして防いだのだろう。
「あ、熱っついわね!ヒルダは無事?」
アイリーンの赤い髪からうっすらと煙が上がっていた。間一髪で避けたのだろう、長い髪の先端が炎で焼かれてしまっていた。さらに、輻射熱で首元も焼かれてしまい、思わず大声を上げたのだ。
チリチリと纏わり着いた熱い空気を体を震わせて脱ぎ捨て、炎の暴息を防いでくれたヒルダへ顔を向けた。
ヒルダは”大丈夫”と答えながらも、炎の暴息を受け髪の先端から煙を立て辛そうに肩で息をしていた。
「無事だったか……」
「無茶苦茶だよ、こいつ!!」
二人の無事を知りホッとする間もなく、ヴルフとエゼルバルドは再び攻撃を仕掛ける。
攻撃の手を緩めることなく襲い掛かる二人だが、その場をほとんど動かず、牛が尻尾で蠅を追い払うかのように両手を動かし続ける赤竜。
鉄壁を誇る赤い鱗を自慢するかの如くヴルフとエゼルバルドの攻撃を受け続ける赤竜。
二人の体力だけが徐々に減らされながら、戦いは膠着状態に陥った。
あれから三十分程の時間があっという間に過ぎ去る。強大で凶悪な敵の攻撃を受けまいと神経をすり減らしながら。しかも、火口からの熱で全身が汗でびしょびしょだ。
その間、赤竜は一歩も動かず、口と腕のみで攻撃を返してくる。
炎の暴息で倒せぬとわかったのか、三度目をアイリーン達に吐き出した後は恐ろしい事に沈黙を守っている。高い知能を持ちうるだけに隙を狙っている事だけは確かだ。
「しかし、可笑しいですね……。おっと、氷の針!!」
赤竜の眼球を狙い、スイールが魔法を放ち牽制する。対象の顔に無数に出現した氷の針が”カン!キン!コン!”と硬質な音色を奏でる。
それと同時に、赤竜が邪魔だと不満を孕んだ声を漏らしながらスイールを睨む。
攻撃を始めてからすでにかなりの時間が経過している。
その間も赤竜は多少足は動かしたが、ずっと一所で攻撃を受け続けているのだ。その動きに不信感しか生まれない。
しかも、攻撃は三種類。炎の暴息を吐いてないので実質的には二種類に減っている。赤竜がこんな単調な攻撃しか出来ぬのかと誰もが疑問を浮かべ始める。
そして、スイールは推測を一つ、脳裏に浮かばせていた。
(確か、ゴールドブラムは”洗脳”と言葉を使っていた。もしかして……)
彼の推測が正しければ、勝ち目は十二分に、いや、勝ち目どころか負ける理由が無い。
ただ、スマートに勝てるかどうかは怪しいところであるが。別の動きを見せる可能性も捨てきれないのだ。
だが、このまま体力を限界まで消耗させるなど、そんな悪手はスイールとしても防ぎたいのだ。
とは言いながらも頑丈な赤い鱗を貫き通せずにいるし、眼球を狙ったアイリーンとヒルダも偶然でも突き立てる事もない。
一時退却……そんな後ろ向きな考えがスイールの脳裏に浮かび始めたとき、赤竜との戦いに変化が訪れた。
「これでも食らいやがれ!!」
赤竜の右側を攻撃していたヴルフを新たな攻撃が襲いかかった。
まるで、隠していた手をいきなり出してきた、そんな攻撃だった。
「ぐぅっ!!」
左に構えた棒状万能武器を水平に振りぬいた瞬間、ヴルフの背中を叩きつけるように赤竜のしなやかな尻尾がしなりを上げて襲ったのだ。
それにより背中を強打され、掬い上げられるように赤竜の前方へと跳ね飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がったのだ。
「「ヴルフ!!」」
「このぉ!!」
吹っ飛ばされたヴルフを視界の隅に捉えたまま、追撃は許さぬとエゼルバルドが赤竜とヴルフの間に入り自らに攻撃の目を向けさせる。
さらにアイリーンとヒルダはなけなしの矢を放ち始める。
そして、スイールはヴルフに駆け寄り、彼の無事を確かめるのである。
エゼルバルド達の連携された動きはヴルフに追撃を許さなかった。
だが、赤竜の前で一人、孤軍奮闘するエゼルバルドが攻撃を受け始め、盾にダメージを負い始める。
このままでは炎の暴息が吐かれたときに防御手段を失う、そんな不安を感じ始める。
尻尾の攻撃で跳ね飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がったヴルフに駆け寄ったスイールは、彼の表情を見てホッと胸を撫で下ろしていた。頑丈なヴルフであっても直撃を受ければ骨折し戦線離脱になっても不思議ではなかったが、背中に背負っていた塔盾がくの字に曲がりながら衝撃を半分ほど吸収していたらしく、ヒューヒューと苦しそうな息をしていたが無事な姿を見せていたのだ。
「大丈夫ですか?」
ヴルフは棒状万能武器を杖代わりにしながら上体を起こして苦しそうな表情を見せる。スイールは手を貸して起こそうとするが、ヴルフはその手を”迷惑だと”ゆっくりと払いのける。
力強い彼の瞳にはまだ戦いの火はついたままであり、戦いを諦めていない。
「……ああ、完全とは行かないが……。まぁ、大丈夫だ!」
ゆっくりと立ち上がり、盾としての機能を失った塔盾を背中から外す。
「今まで通り、援護を頼むぞ」
「本当に大丈夫なのですか?」
「ここで無理せんでどうなる?あれ一人に任せてられんだろう。ほれっ!」
「危ない!!」
ヴルフが視線を外さず見ているのは孤軍奮闘中のエゼルバルドだ。
エゼルバルドは、赤竜と自分の直線状に誰もいない状況を作り出していた。もし、炎の暴息が吐かれても自分だけが耐えれば良い、そう考えたのだろう。
さらに、片手で柄の中央を掴んでいては棒状万能武器の攻撃力を十全に発揮できぬと石突、つまりは棒状万能武器の後端を掴んで振り回し始める。
エゼルバルドの攻撃は確かに破壊力を生み出すだろう。
しかし、長い時間戦ったことでわずかであるが歪が発生していた。
ぶんぶんと振り回していた棒状万能武器を絶妙なタイミングで赤竜に振り下ろした。赤竜の頭部の少し後ろ、人で言ううなじに棒状万能武器が吸い込まれるように、である。
相手が竜種でなければその一撃は首を切断し、敵を屠っていただろう。
だが、今の相手は地上最強の生物、竜である赤竜だ。固く、貫くのが難しい赤い鱗で全身を覆われている。
棒状万能武器の先端の斧が赤い鱗をわずかにだが切り裂き傷を負わした。そこまでは良かった。その後がなければだ。
長い時間戦って蓄積されていたダメージが、棒状万能武器に発生していたわずかな歪から漏れ出してしまった。
棒状万能武器を構成していた赤い樫の木で出来た柄を中程から真っ二つになってしまったのだ。
”あっ!”と声に出した時にはすでに遅かった。二つに分かれた棒状万能武器の前半分は赤竜に跳ね返され、クルクルと宙を舞いエゼルバルドの後方へと飛んで行った。
その様子を見ていたヴルフが”見ておれん”とスイールに無理は承知だとばかりに声を向ける。
そして、杖代わりしていた棒状万能武器を両手で握りなおすと、まず一歩足を踏み出し、それからエゼルバルドとの共同戦線へと走り出した。
※厳しい戦いが続きます。
しかし、それも最強の盾を貫けぬからであったりします。
やわらかい逆鱗をいつ貫き通すことができるのでしょうか?




