第二十一章 一夜明けて、再びもの申す?
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「なるほど……。そんな経緯があったのですね。それでまた、役所の窓口に向かいたいと?」
「そ、そそっ。もう一通の手紙の届け先は昨日の彼に案内して貰わないとダメみたいなのよね。しかも昼間」
朝食時にアイリーンから再び役所に顔を出したいと言われ、何の事かと聞き返したところ、彼女が請け負った手紙の配達先の二つ目が役所だったとスイール達に告げて来た。
しかも、昨夜に手紙を届けたヨアニスの上司だと言うのだ。
「渡りに船とはこの事ですね」
「ん?そうなの?」
「昨日の話を忘れたのですか?」
キョトンととぼけるアイリーンにスイールは溜息を吐きながらがっくりと肩を落とした。
しかも、手で額を押さえるおまけも付けて、である。
しばらくそのままの状態が続き、ヴルフが慰めようとスイールの肩をポンポンと軽く叩いたところで彼はようやく復活し、真面目な顔をアイリーンに向ける。
「宜しいですか?昨日の窓口の男性に、”クリクレア島に渡るには許可が必要。それには私の上司を説得してください”と告げられたのを忘れたとは言いませんよね?」
「あ~、そう言えばそうだった……かなぁ?もしかしたら聞いてなかったかも~」
「あのですねぇ……」
「まぁ、いいじゃないか。今回は手柄だったんだから大目に見てもよ」
スイールが口を酸っぱくしてアイリーンに説明したのだが、その彼女は泊まる宿の事を考えていたのか帰り際の話は全く頭に入っていなかった。
その様子にスイールは頭を押さえて、”これは説教が必要かも”と再び声を上げようとしたのだが、ヴルフがそれを止めに入った。
実のところ、ヴルフも半分頭から抜け落ちていた事もあったが、大きな手掛かりをつかんで来たアイリーンの功績が大きかったと感じたのだ。
尤も、アイリーンもいつもの事かと何とも思わず聞き流すだけなのであるが。
それから、”ヴルフが言うのなら……”、スイールはそう思いながらアイリーンに向き直った。
「まぁ、いいでしょう。どうせ聞きもしないんですから」
「ふふふ、わかってるじゃん」
「嬉しそうに言う事ではありませんよ。とにかく、その上司がどれだけ上の立場かわかりませんが、私達がクリクレア島に向かう伝手の一つを得られたのですから、これほどありがたい事はありませんよ」
何にしても、アイリーンの外出が決め手の一手となって欲しいとスイールは締めくくったのである。ただ、アイリーンに”くれぐれも頼むよ”と一言を残して。
朝食が終わってスイール達は居城を目指す。
今日中にはどんな事があってもクリクレア島に渡る船に乗れないだろうと考えて宿の延長をしてあるので、荷物は最小限である。
当然、街中で物騒に見える棒状武器や塔盾、そして、エゼルバルドが担ぐ両手剣など目立つ武器類は宿の部屋に仕舞い込んでいる。
それから数十分の距離にある居城へと到着するのであるが……。
「結構、混んでるね~」
エゼルバルドが口にしたように、朝食の屋台くらいしか開いてない早い時間にも関わらず、役所には想像以上の市民が押し寄せていた。その光景はここ領都ラルナだけの名物ではなく、スイール達が住まうブールの街でも同じ光景を目にするので、トルニア王国の流れをくむ国々や地域では一般的な光景なのだ。
そんな人が常に行き来する役所の入り口を入り、目的の人物を探そうと見渡すのだが……。
「これは何処を探せばいいのやら……」
「そんなに難しくはないですよ。窓口の案内係に聞けばいいのですから」
ヴルフは人の多さを前にして”何処を探せばよいか”と目眩を覚えるのだが、”こんな時は”とスイールがとある場所を指し示す。すぐに、そこに向かおうとヴルフを促すのだが、それよりも早くアイリーンが案内係の元へサッサと向かっていた。
”抜け駆けか?”と思うかもしれないが、全員の予定よりも今はアイリーンが請け負った依頼の完遂が第一の目的の為、誰もがおとなしくアイリーンの後を追った。
この時間帯は窓口を良く知る市民の訪問が多く、窓口の案内係は暇を持て余しているらしく、視線を下に向けて何かを読んでいるようだった。
だからなのか、アイリーンが案内係のカウンターの前に近づいただけでは気が付かず、声を掛けて初めて気が付き、そして、こんな時間に”案内係を利用するのか?”と驚いていた。
「おはよう。ちょっといいかな?」
「……っは、はィ!な、何でしょうカ?」
案内係の女性は驚きのあまり声が裏返って甲高い声色を披露していた。
突如現れたアイリーンにだけ驚いているかと彼女の顔をに視線を向ければ、左右に視線を彷徨う様に動かし続けていた。
「ああ、ごめんね。後ろのは関係ないから気にしないで」
「そ、そうですか?」
それで状況を受け入れたのか、それとも見なかった事にしたのかは定かではないが、案内係の女性は落ち着きを取り戻し視線を真っすぐ向けなおした。
だが、アイリーンの後ろでは”酷い扱いだわ”と少しばかり憤慨するスイールとヴルフが見られた。
「それでね、ヨアニスさんとアポを取ってるんだけど?呼んで来て貰えるかしら」
「ヨアニス主任ですか?えっと、少々お待ちください」
アイリーンが昨夜手紙を届けた相手を呼び出して欲しいと頼むと、案内係の女性は一抹の不安を抱えながら、窓口の裏手へと向かって行った。
「アイリーン、なんかやった?」
「ん?ウチ、なんもやってないよ」
案内係の女性の後姿に視線を向けたエゼルバルドは不安を覚え、アイリーンにそれとなく尋ねるのだが、その当人は当然心当たりが無いと口にする。
あの案内係の女性とは初めて口をきいたのだから、そう答えるしかないだろう。
しかしなが、不安そうに歩く姿を目にすれば、アイリーンが何か仕出かしたと思わざるを得ない。
今は、アイリーンの言葉を信じるしかない……?首を傾げながらもそう思うエゼルバルドであった。
しばらくして、先ほどの案内係の女性が男性と共に戻ってきた。
男性の顔を見てアイリーンはホッとした表情を見せる。
「ああ、昨日はどうも。手紙を届けてくれてありがとうございます」
「その件はもういいわ。ウチは仕事をしただけだし」
昨夜は昨夜で依頼を終えたのだから、礼を言われる筋合いも無いと腕を組んで手紙を届けた男性、ヨアニスを見る。
そして、二人の会話を聞いてホッとしてるのが、案内係の女性だ。
会話を聞くまでは”事件になったらどうしよう”と不安がっていたのだから。笑顔を取り戻し、自らの仕事場である案内係の窓口へと戻って行った。
「早速、昨夜の件なんだけど……」
「僕の上司に手紙を届ける件ですね。もしよかったら、僕が届けますけど?」
今朝、スイールから口を酸っぱくしてクリクレア島へ渡る手段、ヨアニスの上司に会い説得を試みなければならぬと言われていた。手紙を届けるだけであればヨアニスの提案を受け入れても良かったが、その理由があるので首を縦に振る訳に行かなかった。
もし、スイールの意向に沿えなければ、今回ばかりはどうなるか、アイリーンでも想像が出来なかった。
だから、ではないがそれと無く正当と思える理由を口にして申し出を断る。
「それじゃぁ、届けたかわからないじゃない。面と向かって言うのもなんだけど、ここから移動する間に捨てられちゃったり、無かったことにされると困るのよね」
「……確かにそうですね。僕が迂闊でした」
それと無くアイリーンの口から出た理由を耳にしてヨアニスは渋い顔をして頭を下げた。その角度はアイリーンの口にした理由に対抗するように僅かばかりであったが。
「ウチも口が過ぎたわ」
「いえ。そうしましたら、別室に案内しますのでそちらで待機をお願いできますか?」
今日は”くれぐれも頼む”とスイールから言われた手前、ヨアニスの機嫌を損ねてこの機会をふいにしてしまう訳には行かず、いつも口にせぬ言葉を喉の奥から絞り出した。
ヨアニスは謝罪を受けいれ、ムッとした気持ちを抑える。
元々”言うのもなんだけど”と前置きをしているのだから腹を立てるのも大人げないのであるが。
一触即発の雰囲気になりかけた空気がフッと拡散され穏やかな雰囲気になると、ヨアニスは少しの笑みを浮かべながら、アイリーン達を彼の上司に取り次ぐために別室に案内する。
窓口の裏口へ続く通路の途中、幾つかの部屋の一室へと通され、そこで待つ様にと告げられた。
十人程が入っても余裕のある部屋で木目調の落ち着いた壁が心地よい。
部屋の中央には大きなテーブルが置かれているのだが、何となく部屋の雰囲気にそぐわぬと思うのだが、個人的な印象だと感じたのか誰も口にしなかった。
何となく部屋を見渡していると、おもむろにドアが開き二人の男が入出して来た。
「お待たせしました。あれ、お掛け頂いて良かったのですけど?」
部屋を見渡すアイリーン達にヨアニスは声を掛けるのだが、彼は異様な光景を目にしたような表情になっていた。こうするだろうと予想していた行動とかけ離れていたのだから。
「御免なさい。みんな、興味あるとこうなっちゃうのよね~」
アイリーンは部屋を見ている仲間、特にスイールに視線を向けながら、ボリボリと頭を掻き、笑みを浮かべる。
それを耳にして一瞬、微笑ましそうに笑みを浮かべるもう一人の男。
ヨアニスの影に隠れるようにしているが、彼の上司だと一目でわかる。
立ち振る舞いもそうだが、顔に刻まれたしわ、そして、濃いブロンドの髪に白いメッシュが入り始めて、苦労人とみられるからだ。
年齢は白いメッシュの入り方からすれば五十代に見えるが、立ち振る舞いは三十代としても通じるだろう。
「えっと、あなたが……」
「ええ、私がゼノ=レセップスです」
躊躇する事無く自分がゼノ=レセップス、本人だとアイリーンに答える。
居城、それも市民にサービスを提供する場で嘘、偽りを言うにも無理があるだろう。アイリーンはそれを信じて鞄から、ヨアニスに宛てた手紙と別の真っ白い封筒に入った手紙を取り出す。
ゼノ=レセップスの前に歩み寄り、そっと手紙を差し出す。
「父親のゼノ=レセップスさん宛ての手紙です。お受け取り下さい」
ゼノは自分に用があるから何か大事なのかと思っていたらしく、娘のティアから宛てられた手紙を前に少しの間狼狽えていた。娘からの手紙は嬉しいが、余りにも些細な事で予想もしていなかったのだから。
アイリーンから手紙を受け取り、自分宛てと確認すると懐に仕舞い込んだ。
「確かに娘からだな。文字が娘の物だ、礼を言うぞ」
「勝手に引き受けた事だから、それ以上の礼はいいわ」
ほんの少しだけ頭を下げたゼノにそれ以上の礼は必要無いと告げる。
「それよりも、ちょっとだけ話を聞いて貰いたいんだけど?」
「話し?この私にか」
「ええ、そうよ」
二人の会話が済んだと見たスイールが傍までやってきて挨拶を始めた。
「始めまして、スイールと申します。ちょっと困ったことがありましたので相談に乗っていただけないかと思いまして」
「相談?」
ようやく掴んだクリクレア島へ渡るための伝手である。
この機を逃すまいと言葉を選びながら静かにお願いを口にする。
「はい。実は、クリクレア島に渡りたいのですが、窓口で理由も告げられず拒否されてしまったのです」
「なるほど、それで」
「それでですね、許可を出している責任者にお取次ぎをお願いしたいと思いまして」
スイールはそれと無く、特殊窓口のベテラン男性職員に断れた事、その男性職員がうっかりと上司の許可があれば別だと言われた事を伝える。
「……ふむ」
ゼノはスイールの言葉を聞き、腕を組んで静かに考え事を始めた。
そして、何か答えを見つけ出したのか、ゆっくりと口を開き始めた。
「何となく理由は分かった。だが、スイールと申したか。お前達が島へ渡りたいと言う理由、火山へ向かう事は禁止されている」
「えっ?」
ゼノの言葉にスイールは思わず声を上げてしまった。予想しえなかった言葉だ。
スイールはゼノを通じて特殊窓口の責任者と繋がれば良いと思った。しかし、目の前の男から聞こえた言葉は、自分が責任者であると示していた。
それが驚く理由の一つ目だ。
そして、何故、火山へ向かうとわかったのか。
これが驚く理由の二つ目だった。
特殊窓口のベテラン男性職員には理由を記した書類を見せてはいるが、責任者まで情報が回っていないと思ったのだ。
スイールにしては深慮が足りない、そう言わざるを得ないだろう。
「どうしてか?不思議そうな顔をしておるな」
鳩が豆鉄砲を食らったかのように、スイールは珍しくポカンと呆気に取られていた。
「決まっておる。島に渡る上での禁止項目は火山への入山だからな。それ以外であれば簡単に許可は出しているのだがなぁ」
ゼノが口にした理由は簡単な事だった。
観光や商品の仕入れ等、火山に関係しなければ良かっただけなので、正直に理由を記したスイールは”しまった”と自らの額を”ペチリ”と叩いた。
だが、諦めきれぬスイールは一歩踏み込んで、ゼノに嘆願するのであった。
※”おもむろに”は”動作が静かでゆっくりしている様子”との意味です。”急いで”とか、”突然”とに意味合いは実は間違いです。
※そして、ようやく掴んだ島へ渡る為の許可を出せる人物。
さて、どうなることか……。




