第二十話 アイリーンのお仕事
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スイール達は領都ラルナの役所でクリクレア島に向かおうと申請をしたのだが、理由も告げられず袖にされ、仕方ないと旅の疲れを癒そうと宿を探しに向かった。
アイリーンが事前に現地の人々から情報を得ており、おススメの宿を何件か選び出していた。
「宿だけど、いろんな場所に点在しているらしいのよね。その中でも、足の無い旅人には南の宿屋街がおススメだってさ」
アイリーンが仕入れた情報では居城より南へ進んだ場所がおススメの宿が点在しているとのこと。入り口が東か西を向いているが、部屋のほとんどは南側に窓があり開放感があるのだとか。
北西にも宿屋街があるらしいが、そちらは商品を卸しに来た商売人達御用達の宿である。宿の殆どに馬車の駐車スペースや厩が併設されて料金も利用料金込みの割高となる。
そしてもう一つ、南の宿屋街をススメられた理由がある。
「でね、こっちの宿は風呂が完備されてるんだって。大浴場だけどね」
ススメられた宿にはアイリーンが嬉しそうに語った様に風呂があるのだ。
宿に風呂があるのが普通と思うかもしれないが、風呂を設けている宿は少ない。風呂を沸かすにしても薪を燃やしたり、凄腕の魔法使いを雇ったりと金が掛かるのだ。それを昔から併設しているのだから、地元の人々からもおススメと言われるのは当然だろう。
だが最近は、魔力焜炉なる湯沸かし出来る魔力機器が手に入る様になり、個人的に風呂を持つ裕福な家庭も増えてきているのだが。
誰が広げたかは、ここでは語らないことにする。
「そうすると、ここが良さそうですかね?」
「ワシもそう思うぞ」
アイリーンが選んだ宿を順番に回り、とある一軒の宿でスイールとヴルフがすんすんと鼻を過敏に動かして足を止めた。
二人には入り口から流れて来る匂いに引き寄せられたのであろう。
「二人はどうするの?」
「オレはここでいいよ」
「わたしも同じく」
アイリーンの情報に加え、スイールとヴルフの鼻の良さに殆ど間違いないとわかっているエゼルバルドとヒルダも首を縦振った。
「じゃ、決まりね」
そして、アイリーンを先頭に宿へと入って行った。
ちなみにであるが過去に一度、宿に併設されている食堂から流れて来る美味しそうな匂いに釣られて入ったところ、料理とは別に美味しそうな匂いだけを出していた宿があった。
夕食として出された不味い料理を強引に腹に詰め無ければならず、翌日に腹を壊してどうしようも無かった。
その宿はそれから間もなく、無くなったと風の噂で聞いた。
営業が停止されたのではなく、物理的にこの世から消されたらしい。
ご飯の不味さが誰かの逆鱗に触れたのだろう……。
~~閑話休題
部屋を二部屋手配すると、荷物を置きに行くのも面倒だと早速、食堂へと向かう。
食い意地の張ったヴルフが鼻を働かせてすぐに匂いの元をたどると、おススメのメニューとは別に鉄板にのった肉厚のステーキが、ジュージューと食欲を誘う音を鉄板にこぼれたソースが奏でだしていた。
ヴルフは匂いの元たる肉厚のステーキに視線が釘付けになっていたが、ヒルダとアイリーンの二人は肉の匂いの陰に隠れて微かに香る甘い匂いに引き付けられていた。
「うむ、ステーキじゃな!」
「それもいいけど、今の季節にしか食べられないあの甘味よ!」
ヴルフとは別の分野で食い意地が張るアイリーンは肉の匂いに対抗する様に、甘い匂いの元である透明なガラスの器に盛りつけられたフルーツの盛り合わせに視線を送っていた。
「まぁまぁ、そのくらいにして席に着きましょう。それぞれ好きな物を注文すればよろしいですし、何なら両方食べてもいいのですからね」
「ま、そうじゃのう」
「確かにね!」
いつものようにいがみ合うのかと思いきや、調停者たるスイールの言葉を受けた二人が納得して即座に席に着いた。
どちらが至上なのかと対抗しようとしたのでは無かったのが幸いしたのだろう。
「二人らしいや」
「ほんとにね!」
旅の醍醐味の一つ、そう言っても過言でない二人のやり取りを前にエゼルバルドとヒルダも笑みを浮かべるのであった。
その後、銘々が好きなものを注文しテーブルに置ききれないほどの料理が並んだのは言うまでもないだろう。
「そんでさぁ、ウチ、この後出るけどいいよね?」
ガラスの器に盛りつけられたデザートを二人分、ぺろりと平らげたアイリーンが街へ出かけると言い出した。
窓の外に目を向ければすでに夜の帳が下り、真っ暗な暗闇が辺りを包んでいる。まばらに歩く石畳に窓から漏れるオレンジ色の光が映し出されているのが幻想的に見えるが、暗闇に浮かび上がっているためにどこか悲しげな色合いを醸し出している。
アイリーンであればこの時間から出歩き様々な情報を仕入れてくるであろうが、今回はそこまで必要ないはずだとスイールは首を傾げる。
「構いませんが、一人で大丈夫ですか?」
「わたしも一緒に行こうか?」
治安は良好な部類に入る領都ラルナであるが、夜間に女性一人、しかも肩を出し胸元を強調する薄着なれば、心配するのも当然だ。年齢は三十を超えているが、それでも彼女の体はいまだに魅力的であり、好みをしなければ言い寄ってくる男は多いだろう。
尤も、素晴らしいパートナーを見つけたアイリーンにはその気は欠片もないのであるが。
「ありがとう。でも今日は大丈夫よ。情報を仕入れにくんじゃないからね。受けた依頼を片しに行くだけだから」
ヒルダから有難い申し出があったが、アイリーンはにこやかに断った。
その代わり、荷物を部屋に押し込んで欲しいと頼んだ。
「それじゃ、ちょっと出掛けてくるわ、っと」
アイリーンは出掛けの挨拶をしながら、自慢の長弓背負い、矢筒を一つを腰にぶら下げる。
「気い、つけろや」
そして、アイリーンが出口に体を向けたところでヴルフがぼそりと気遣いの言葉をひらひらとさせた手と同時に口にした。
好敵手とまではいかないが、言い争う相手がいないと旅は詰まらぬと、表向きではヴルフが公言しているのだから思わぬ言葉でもないだろう。
それに対しアイリーンは”当然じゃない”とでも言うように笑みを浮かべながら視線を向けるだけで答え、足早に出掛けて行った。
夜の帳が下り暗闇に閉ざされたとはいえ、街中は食堂やお洒落な酒場などにある窓から漏れるオレンジ色の光で照らされ夜目が効かなくても走り抜けるなど容易い。しかし夜目も効くとなれば多少暗いと思うだけで、アイリーンは昼間同様に活動できるのだ。
「えっと、この辺りだと思うけど……」
昼間、アイリーンが宿の情報を聞いていたのだが、それは別の目的のついでに他ならない。
それは今向かおうとしている場所を知る事こそが本来の目的であった。
「あっと、このアパートね」
記憶を頼りに向かった先は一軒のアパート。
二階建てで各階に五個の入り口が存在する小さなアパート。
その二階のある部屋の前でアイリーンは立ち止った。
ドアの隙間からわずかに漏れるオレンジの光。
中にはその光を点けた張本人がいるはずである。
”コンコンコンッ!”
静かに、そして、中の人にはしっかりと聞こえるようにとドアをノックする。
突然のノックに驚くだろう。
こんな夜更けに訪れる、いや、出歩く人は限られているのだから。
夜で歩く人達と言われて思い出すのはどのような人物だろうか?
まず、街を警備する兵士や官憲らが思いつくだろう。街の平穏を維持するには時間はあっても無いのと等しい。何時、何処で、犯罪が起こるのかわからないのだから。
そして、警備の兵士や官憲と対になる犯罪者。人混みで犯罪を犯すスリや置き引き、窃盗等と違い、暗闇に紛れて大きな犯罪を犯す者達はこれから活躍する時間であろう。
そして、もう一つ。
昼間留守の家に用事のある人達だ。
そう、アイリーンは最後に挙げた昼間留守の家に用事があり街に繰り出してきたのだ。
『えっと、どちら様ですか?』
暗闇が支配する時間に無頓着にドアを開けるほど油断はしていないようで、ドアを挟んでノックに答えてきた。
「えっと、ヨアニスさんで宜しいですか?」
『……人違いじゃないですかね?』
アイリーンはドアを挟んで声を掛けてきた人物が当人である筈と首を傾げる。出ているネームプレートにも”ヨアニス”と記されているのだから間違いないはずである。
だが、本人であると告げられぬ理由もアイリーンには予想がついていたのである。
それは居城で情報を集めていた時の事。
とある女性に声を掛けたところ、ヨアニスが最近気落ちしていると聞いたのだ。何時からかと尋ねれば、半年ほど前からだと言うのだ。
それはちょうど、キール自治領に入領するために審査が必要となった時と合致する。
それを考えれば、ドア越しに声を掛けてきた男性の声が沈んでいるような気がしたのも無理もないだろう。
それならば、元気付けて上げれば良いだけと、再びドアを挟んだ男性に声を掛ける。
「そうですか?それなら、シュターデンへ出張中のティア=レセップスさんからの手紙は本人へお戻ししますね」
シュターデンに戻る気も、時間も無いのに、アイリーンは勿体ぶった調子で告げた。
これで元気になればと思ったのも束の間、ドアの向こうから”ガタゴト”と大きな音がしたかと思うと勢いよくドアが開いたのだった。
しかも、ドアの近くに立っていたアイリーンの顔面に勢いよくドアが当たるおまけ付きで。
「す、すみません。僕がヨアニスです……あれ?」
ドアの隙間からヨアニスが顔を出すと、鼻の頭を押さえてしゃがみこんでいる女性に視線が向いた。
当然、しゃがみ込んでいるのはアイリーンだ。勢い良く開いたドアに顔面、しかも鼻頭を打ち付けられ、言葉も出ないほどに痛がっていた。
「あの~、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫じゃないわよ。……ハイ、これ」
さすがのアイリーンも痛みが引かず、失礼と思いながらもしゃがんだまま鞄からヨアニス宛の手紙を出して彼に差し出した。
暗がりとは言え、室内からの明かりで誰から誰へと宛名は読み取れる。
色のついた封筒に可愛らしい文字でヨアニス宛てであるとわかると飛び上がるように喜びをあらわにした。
「あ、あぁ。こんなに嬉しいことは無い!」
「当人でよかったわ。お返事はちゃんと出してね。用があって手紙の返信は預かれないから、それだけは言っておくわ……って」
手紙を渡して、ついでに一つ尋ねようとしたのだが、その場で手紙を開けて目を通し始めたヨアニスに顔を引きつらせるアイリーン。まさか、手紙をその場で読み出すとは思ってもみなかった。
それだけヨアニスがマイナスの感情からプラスの感情に戻った証拠でもあろう。
だが、アイリーンもこのまま引き下がれば自分自身の面子が立たなくなると、立ち上がってヨアニスに再び声を掛けるのであった。
「ちょ、ちょっと!聞いてるの?手紙は預からないから自分で出してよ」
手紙を読み終わったのか、にやけ顔のヨアニスが”なんだ、まだいたの?”との表情を見せてきた。
「ん?手紙の配達料金かい?いくらだ」
「違うわよ。料金は必要ないわ。自分でちゃんと返事を出しなさいって言ったの!」
「ん、あ、あぁ。そうだね、返事を書かなくちゃね。ちょっと待っててくれるか?」
”これ、話を聞かない人だ”、と諦めたように肩を落とした。
それを見たヨアニスは”あれ?何か変なこと言ったかな”と首を傾げた。
「はぁ~、違うでしょ。ウチの話聞いてた?自分で手紙を書いて出してねって言ったの。ウチはあなたに届けるだけの役目。おわかり?」
なんとなくわかったようなふりをするヨアニスだったが、舞い上がっていて全部は理解できていないのだが、アイリーンはそれ以上の責任は取れないと、もう一つの用事も済ませてしまおうと溜息交じりに声を喉の奥から絞り出した。
「まぁ、いいわ。ちょっと一つ聞きたいんだけど、ゼノ=レセップスさんって知ってるわよね?」
ゼノ=レセップス、言わずと知れたヨアニスに手紙を送ったティア=レセップスの父親である。彼は当然、良く知る人物だけにすぐ答えを口にした。
「はい、知ってますよ。手紙をくれた彼女の父親ですよね」
「知ってるじゃない。そのゼノ=レセップスさんに会いたいんだけど、何処に行けば会えるのか御存じ?」
そのゼノ=レセップスという人物、街中や役所で情報を集めても殆ど知ることができなかった。街を行き交う人々は当然知ら無かったし、役所でも”誰、それ?”みたいな視線を向けられていたのだ。
ゼノ=レセップスと目の前のヨアニスを比べると、ヨアニスの方が名前を聞いたほどであった。
「はい、僕の上司ですから、明日にでも役所に来ていただければ取次しますよ」
「へっ?」
アイリーンは口を大きく開けて、言葉にならない声を発してしまうのであった。
※宿の食堂で並んだ料理は撮影後、スタッフが全て美味しくいただきました。
ってテロップが画面に出たら面白いのになぁ~。
※アパートのドアの攻撃
アイリーンに1d6のダメージを与えた。
アイリーンは打ちどころが悪かったのか鼻の頭を押さえてしゃがみ込んでしまった。
アパートのドアは戦闘に勝った。
本来ならドアは内開きなのですが、このアパートは外のドアとは別にもう一枚ドアがあり、そちらが内開きになっていたのです。だから、アイリーンは顔面にダメージを負ったのです。
※アメリカなどはドアは内開きですからね。




