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第十八話 アイリーン、余計なことに首を突っ込む?

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「はぁ~。私って、男運無いのかなぁ~」


 トルニア王国の北方にある小さな街シュターデンの領主館と称する貴族の屋敷に毛が生えた程度の建物の一角、キール自治領の出張所で窓口の女性、ティアがカウンターに突っ伏して愚痴をこぼしていた。

 彼女の年齢は十八歳。そろそろ結婚を意識し始める年齢、いや、結婚していても良さそうな年齢だ。

 当然、ティアにも思いを寄せる異性が存在する。

 同じ職場に()()一つ上の先輩職員だ。


「はぁ~。先輩成分が足りないわぁ~」


 キール自治領の出張所には数人の職員と一緒に派遣されて来たのだが、その中にはティアが思いを寄せる先輩職員の姿は無かった。

 ティアは先輩職員と食事をしたり、休日に揃って出かけたりと仲睦まじい光景を見せていた。それでも、八方美人の先輩とはお付き合い……とまでは進んでいなかった。


 そしてこの半年、ティアがキール自治領を出て領境を隔てたトルニア王国へと来てから手紙の一つも送れていない。

 忙しい……などでは無く、ただ単に慣れない環境に戸惑い、そこまで気が回らなかったのだ。


 そろそろ手紙、--要するに恋文--をしたためて、”正式にお付き合いしたいな~”と考えていたところである。

 しかし、手紙をしたためたまでは良かったが、それを出す勇気もなく悶々とした日々を送っていた。


 そこに、ティアを孫のように諭すあの男が現れ、彼女の男運の無さを思い知らされることになるのだった。


「先輩成分が足りない今、あの男と喋りたくないわ~」


 愚痴と共に溜息を盛大に漏らしていると、上司から丸めた書類でぽかりと頭を叩かれ”真面目に仕事しろ!”と叱られるのだった。







 ティアがカウンターに突っ伏してすぐ、昨日とは状況が異なり暇なはずのカウンター業務がてんやわんやの忙しくなった。

 脳裏から”男運の悪い私”、との考えも何処かへ飛んで行き、精神が安定したかに見えた……。


「おはようございます。もう、結果は出てると思いますが?」


 割符を握りしめて、あの男、スイールが忙しい時間の合間を見計らって姿を現した。

 ティアはスイール一人だったら卒倒して大騒ぎになっていたかもしれないが、傍に赤髪をなびかせる女性、アイリーンの姿を見て”ホッ”と溜息を吐いて安心の表情を薄く見せていた。


(なるべく顔を見ないように……)


 ティアは何でもない様相を見せつつ、割符と交換に出来上がった書類をスイールではなくアイリーンにそっと差し出した。


「嫌われてしまったようですから、アイリーンに任せます」

「言動に気をつけなさいよ。ただでさえオジサンは……。ねぇ」


 アイリーンは出来上がった書類を受け取りつつスイールに言葉を投げかけるが、当人は人を小馬鹿にするように”はいはい”とそっけない返事で任せるようにその場から離れて行く。

 書類に不備はなかったらしく、そのまま許可の押印が目立つ様に押されていた。


「えっと、それでキール自治領に入れますので……」

「そう、ありがとう……」

「……」


 他の申請者もいないことからカウンターで書類を確認するアイリーン。

 その場から早く退いてくれないかと思うティア。

 そして、恐る恐る赤髪の女性に声を掛けるのだが……。


「あ、あの~。ほかの方が来るかもしれませんので……」

「ん、そうね。……って、貴方、男に悩んでない?」

「えっ?」


 ティアはそう言われてハッとしてしまった。

 確かに、この出張所に派遣されてから、愛しの先輩職員と会話するどころか見る事すらできていない。いないのだから当然なのだが。

 そして、天敵とも言える、孫を見るような視線を送った彼女の仲間。


 そんな彼女の表情に見覚えのある雰囲気、要はアイリーンが結婚相手を探していた時のような雰囲気を感じ取っていた。

 経験があったからこそ、アイリーンは声をかけたのだが……。


 とは言え、ここで恋愛相談に乗るほど暇でもないのだが。


「あぁ、ごめん。今の言葉、忘れて」


 書類を纏めてその場から去ろうとヒラヒラと手を振ったまでは良かった。

 ティアはアイリーンがヒラヒラさせた手を強引に掴み、真剣な眼差しを向けて話始める。


「すみませんが、私の悩みを聞いて貰って良いですか?」


 掴まれた手を強引に解こうとしたが、必死な形相を見せてすがり付くティアの馬鹿力の前にアイリーンは降参するしかなかった。


「少しだけよ。ウチも忙しいんだから」

「はい、わかってます!」


 アイリーンは”逃げないから”と溜息交じりに告げてティアの話を聞くのだった。


 ティアの話はそう難しいものでは無かった。

 ここへ来る前の職場の、愛しの先輩に手紙をしたためたが出す勇気がない。

 それに加え、毎年感謝の言葉を送っている父親の誕生日が迫っているのに手紙すら出していなかった、と。


 なんだ、そんな()()な事かとアイリーンは笑みを浮かべる。

 アイリーンも通った道だからだ。

 これがヒルダだったらそうはいかないだろう。彼女は幼い頃から傍にいた旦那を、エゼルバルドを射止めているのだから。


「簡単よ。その手紙、出しちゃいなさい」

「え?で、でも」

「いい?女は度胸なのよ!」


 アイリーンは悟っていた。

 異性を落とすには行動あるのみだと。

 ただし、追い過ぎて、追い詰めてはいけない。

 恋文くらいが丁度良いのだと。

 だからこそ、ティアに思い切って思いを伝えてしまうべきだとエールを送った。


 そのエールを受けて、刹那の間曇った表情を見せたティアだったが、すぐに真顔に戻りアイリーンに我儘を告げる。


「それでしたら……。手紙を届けてくださいませんか?」

「見ず知らずの、何処の誰だか知らないウチでいいの?」


 ティアは首を横に振って”エールを貰った貴女がいい!”とアイリーンの手を掴みながら頭を下げてお願いを口にする。


「はい!貴女方の向かう、ラルナにいますから」


 これは”断れない依頼”だ、とくらくらする頭を”ぶんぶん”と振って追い払う。


 ティアのきらきらとした瞳でお願いされたら首を横に振るなど無理な話だ。

 眩しすぎるまっすぐな瞳に降参したのである。


「あぁ、わかったわ。個人的に受けてあげるわ。領都にいるのね」

「はい。すぐ用意しますので少し待っていただけますか?」


 ティアはアイリーンの返事を聞く前に窓口カウンターを離れて何処かへ向かった。

 数分もしないうちにティアが息を切らせて戻り、二つの封筒をアイリーンに手渡した。


 一通は何の変哲もない白い封筒で父親である【ゼノ=レセップス】に宛てて。

 もう一通は薄い水色の封筒に可愛らしく恋心を寄せている職員の【ヨアニス】先輩に宛てだ。


 二通とも一枚、二枚程度の便箋が収まっているらしく、厚さはほぼ同じだ。

 アイリーンはその二通の封筒を大事に鞄に仕舞い込んだ。


「届けてあげるけど、答えは自分の耳で聞くのよ。渡すだけだからね」

「はい、ありがとうございます」


 ティアは去ってゆくアイリーンに向けて頭を深々と下げ見送るのであった。


 その後、ティアがそわそわ、そしてウキウキとカウンターで窓口業務を行っているのを見た上司に怒られるのだが、それは別の話である。







「それじゃ、キールの領都ラルナへ向かう算段でもつけましょうかね」


 余計な依頼を受けてきたアイリーンと合流したスイール達は早速、キール自治領の領都ラルナへ向けて向かおうと領主館を後にした。


 ラルナへ向かうにはこのシュターデンからは三通りの方法がある。

 一つはラルナ長河を下る船に乗ることだ。移動速度はそうでもないが、一日で到着してしまうだろう。

 二つ目は馬車での移動だ。多少なりとも料金を取られるが、約三日の馬車旅になるだろう。

 最後は徒歩での移動だ。約六日の旅であるが、自らの足を使うために懐は殆ど痛まないのが特徴だろう。


 その三つの選択肢がある中で、一つ目の船旅はその中から外れてしまう。

 昨日到着した河下りの船でスイール達が到着していたのだが、その船は早朝に出向してしまっている。次の船を待つとすれば最低でも三日、最悪は六日も待たなくてはならない。


 かと言って、徒歩で移動となれば舗装された道を行くとしても六日もかかりこれも現実ではない。


 消去法になってしまうが、馬車での旅となるのである。


「ねぇねぇ、こっちじゃない?」


 物珍しそうに街を歩くヒルダが案内板を見つけて足早に向かう。

 スイール達も彼女の後を急いで歩き広場へと到着した。

 消去法で決まった領都ラルナへの移動手段、乗合馬車の停車場に、だった。


 広場には何台もの馬車が出発を今か今かと待ちわびているようだった。

 行き先は今回利用するキール自治領に向けてと、同じトルニア王国のブメーレン、ボルクム、そして、ロトアに向けてだ。

 ただし、向かう馬車の数はキール自治領向けが殆どで、トルニア王国内へは数える程しかない。それもその筈でキール自治領からトルニア王国へと入る人々が取る手段で、シュターデンを経由しては多くないのだ。

 王都アールストや海の街アニパレが市場となれば、わざわざ遠回りで陸路を利用しないだろう。


「やはり、シュターデン経由は正解でしたね」


 キール自治領領都ラルナ行きの乗合馬車を前にして、スイールは満足げに呟いた。

 それは人気(ひとけ)が少なくて都合がよかったのか、それとも順調に日程を刻んでいるからなのか。彼の胸の内に答えはあるのだろうが、重要な事柄ではなく、ただ単に満足する結果が出ただけの事である。


 国境を跨ぐ乗り合い馬車の運賃は多少高く金貨一枚。

 人数分を支払い馬車に乗り込めば定員まで余裕があったがすぐに出発した。

 太陽はまだ午前中の半分も昇っていない。

 約三日、馬車に揺られての旅を楽しむ。


 トルニア王国とキール自治領の国境は、お昼になる前に越えていた。

 当然、お昼ご飯はキール自治領で食べる。


 トルニア王国と隣接するキール自治領では何が異なるのか?

 当然疑問に思うだろう。

 実際、何が異なるのか、正確に知りえるものは多くない。


 元々が一つの国であり、その中で独立した自治、トルニア王国からしてみれば税金を取れぬ土地との意味合いでしかないのだ。手柄を上げすぎた家臣に領土を分割するしか報奨が成立しなかった、それだけの理由で生まれたのがキール自治領である。

 元々が同じトルニア王国の国民であるがゆえに、境ができたとしてもいがみ合うなど全くない。


 そして、馬車からの風景もこれといった変わった特徴がある訳でもない。

 確かに八月に入り、大平原にたわわに実った穀物の穂は微かな風にもたなびき、スイール達を楽しませている。

 だが、それだけだ。


 法律もそこまで変りもない。

 そこまでして何が違うのかと不思議がられるかもしれないが、大きな違いが一つ。

 それは、キール自治領が唯一、沖合に浮かぶクリクレア島との交流がある事。それに尽きる。


 クリクレア島は元々、他の国々と交流を持っていなかった。

 人口が多くない事と、他国とのいざこざに巻き込まれるかもしれぬと恐れたからだ。


 それは事実を語る上での隠れ蓑に過ぎない。

 本当の理由は、島の中央にある火山に赤竜が済みついている事、それが一番の理由である。

 赤竜を崇める人々が恐れたのは”赤竜を討伐する”、そう言いだして大挙して島に戦力を送ってくる事だ。

 むろん、竜種である赤竜に人が傷を負わすなど出来る筈もない。一方的に(なぶ)られて全ての兵士を亡き者にするだけだろう。


 キール自治領の初代領主はそれを知った上でクリクレア島の住民と交流を持とうとした。

 その結果、キール自治領のごく一部が竜種の存在を知り、隠した上で交流が始まったのである。


「それにしても良くそこまで知ってるんだな?」


 御者に聞かれぬようにと細心の注意を払って、スイールが説明をしていた。

 他の四人は”さすがに物知りだ”と驚嘆するのである。


「ですから、竜と戦うなどどんなことがあっても口にしてはいけないのですよ」


 事情が事情なのでなるべく口を噤んでいてくれるとありがたいとスイールは思う。

 特に、ぺらぺらと有る事無い事を話してしまおうであろうヴルフとアイリーンに向けて注意をするのであった。


※1恋愛事情はその時代その時代で違います。SNSも無いこの世界で、手紙を使って思いを伝えるのは一般的です。

 他の国では直接伝える方が一般的な国もありますけどね。


※2船の移動はありますが、空を飛ぶ技術は今のところ無いです。


※3金貨一枚は日本円にして十万円。シュターデンからラルナまでの運賃としては高額の部類だが、国境を越えてとなれば妥当であろう。


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