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第十七話 キール自治領への審査を

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 スイールは”ニヤリ”と口角を歪に上げながら不敵な笑みを浮かべた。

 そして、斜にかけた鞄から金色の羽根を一枚取り出した。

 見事な羽根は三十センチ程の大きさがある。


「クリクレア島で赤竜を崇めてるのですから、この羽根を見れば何もされないはずです」

「あ、金竜の羽根ね」


 スイールが手にしたゴールドブラムの羽根であるが、棒状万能武器(ハルバード)等の武器に配合した抜け落ちた羽根でなく、彼の体に生えていた羽根を抜いてもらったものだ。

 抜け落ちた羽根は魔力の供給が終わっていた為に、力なくヨレヨレになっていたものが殆どだ。それでも魔力を蓄えているのだが。

 それとは違い、ゴールドブラム自らが抜いた羽根は今の今まで生えていたかのようにピンとしていて力強い。


 スイールは赤竜を崇めている人々と話を付ける必要があるとわかっていたので、あらかじめ貰っていた。それを貰う際にゴールドブラムが自らの羽根を抜く事を渋った。そんなものが無くとも大丈夫だろう、と。

 だがスイールは、”貴方が依頼主なのですから、私達に無用の争いを指せぬ為にも”とゴールドブラムを強引に説得したのだ。


「ゴールドブラムの魔力がみなぎっていますから、しばらくはこの状態を保てるでしょうね。これを街の長に見せて協力を仰ぎます。ゴールドブラムからの、金竜からの使者であると、ね」


 なるほどと頷くが、気になる事がある。


「でも~、その羽根が金竜の羽根だって、どうやって証明するの?」


 ヒルダの言う通り、ただ単に金色に光る大きな羽根だ。

 普通の人にはガルーダの様な怪鳥の羽根を金で加工したとも思えなくも無いだろう。

 ”そう思うのが普通ですよね”と、スイールはニヤリと笑みを浮かべながら答えた。


「まぁ、そこは、この羽根を一目見ればわかるのですよ。ちゃんと伝わっていれば……なんですけど」


 そう、口に出すと金色の羽根を大事に鞄へと仕舞い込んだ。


 実際、ガルーダの羽根で三十センチもの大きさを有する羽根などない。

 もし、あったとしても尾羽にまっすぐな羽根があるだけなのだが、スイールが持っているような羽毛に似た羽根はあり得ない。


「我々の格好を見て奇異の視線を向けてくる者達もいるかもしれませんから急ぎましょうかね」

「おい!こっちの身にもなってみろっての」

「一個くらい持っても(ばち)は当たらないと思うけどね~」

「あぁ、これは失礼しました」


 足早に先へ進もうと気合を入れたスイール。

 しかしヴルフやエゼルバルドは、”普段よりも重い荷物を担いでいる”のだと嫌味を孕んだ言葉を向けて牽制する。


 二人は普段の装備に加えて、棒状万能武器(ハルバード)塔盾(タワーシールド)をバックパックに括り付けて担いでいる。多少小さくした塔盾(タワーシールド)とは言え長時間担ぎ続けなければいけない。体にかかる負担はいつもより多いだろう。


 ヴルフとエゼルバルドだけでなく、アイリーンとヒルダもいつもの装備以上の重量を抱えている。ヒルダはリピーター(装填装置付き弩)とその矢の束を、アイリーンは本数は少ないながらも鉄の矢の束を。


 だから、さらっと足早に進もうと告げたスイールに、ヴルフ達は辛辣な言葉を投げ返したのである。


 ヴルフ達の思いがけぬ抵抗を受けてスイールがどうしたかといえば、荷物を代わって担いだ……など無く、早めようとした速度を戻すだけだった。


「偏屈な奴だな……。まったく」


 ヴルフが溜息を盛大に漏らし、愚痴を口にしていた。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 スイール達の旅の道程は何も無く無事に進んだ……など、ある筈もなく、時折獣に襲い掛かられるのだが、そのたびに試し切りと称してヴルフが単騎で群れに突っ込み少ない敵、獣を屠っていた。


 その状況だが、ブールとアンドラ間の街道ではよく見られる光景なのだ。

 事実、アンドラまでの四日の日程で四回も、平均すれば一日に一回は獣と戦闘になっている。


 なぜかと言えば、場所に原因がある。

 ブールの街はともかく、アンドラの街はトルニア王国でも比較的標高の高いブール高原の(へり)に位置する。縁と言ってもその下にあるのだが。

 二つの街を結ぶ街道はブール高原を突っ切るように設けられ、左右を深い森が覆っている。それを考えれば街道を横切る獣達が多数現れるのも当然だろう。


 運良く、いや、運悪く出会ってしまった獣達から見れば少数の旅人は格好の獲物に見えるのだろう。そういった獣達とは戦闘になり、ヴルフのストレス解消相手となってしまうのである。


「ヴルフはそろそろ、それを仕舞ってくださいね」

「仕方あるまい」


 アンドラの防壁がすぐそこに見え、入場審査になるだろう。

 その前に余計な心配事を一つでも少なくしたい。

 だからスイールはヴルフに危険物を仕舞うようにと声を掛けた。


 いつも振るっている棒状戦斧(ポールアックス)ではなく、対赤竜目的で新造された棒状万能武器(ハルバード)の威力に無邪気な笑みを浮かべていたヴルフに、危険な穂先などの保護をお願いしたのである。


 それが功を奏したのか、アンドラへの入場審査は難癖を付けられる事も無くすんなりと終わる。

 そして、西に沈む夕日に照らされ長くなった影を追い掛けるように、街の雑踏へ紛れて行った。







 スイール達が河下りの船に乗船したのはアンドラに到着した二日後だった。

 都合がついたら翌日に移動を始めてもよかったのだが、そこまで都合良く出来ていない。毎日出航する程、多くの船を運航できるはずもないのだ。

 それでも、一日で次の船に乗れたのは幸運であっただろう。


 乗船の機会を逃せば数日、最悪は一週間も待たなくてはならない。

 もし、一週間も暇を持て余すとなれば時間的損失は計り知れない。

 このアンドラからハイムを経てキール自治領の入り口のシュターデンまで船を使えば約三日だ。それもハイムで乗下船の半日を含めてである。


 そして、同じ都市間を乗合馬車で移動すると恐らく七日必要になるだろう。


 それを考えればどれだけ幸運だったかがわかるだろう。

 幸運を胸に刻みながらスイール達はラルナ長河を下り、ハイムの街を経てシュターデンの街へと無事に到着したのであった。


「ふぁ~!早朝に着くとか、なんだかなぁ~」


 川下りの船からタラップを踏みしめながら降りるアイリーンは大きな欠伸で目立っている。ハイムからシュターデンまでは、ほぼ一日。

 しかし、この日は通常よりも早く船が進み、日が昇ったすぐ後に到着した。


 普段から寝坊常習犯のアイリーンがこの時間に起きていれば欠伸をしていても不思議は無い。同室になるヒルダに言わせれば、起きる寸前のアイリーンは同性とは思えぬ、との事。”何が”、とは教えてくれないが、言えば彼女の沽券にかかわるかもしれないと。

 とは言いながらも、おおよその予想はついている。寝相が悪いか、あられもない姿になっているか、だ。もしかしたら他にもあるかもしれないが。


 そんなアイリーンの欠伸を後方に感じながらスイール達は桟橋から街中に入り、キール自治領の臨時出張所を目指して歩き出した。


 キール自治領入領審査臨時出張所(シュターデン支所)。


 読んで字の如く、キール自治領へ入る許可を出す公的機関の出張所だ。

 現在、キール自治領には好き勝手に入ることができない。これは昨年にあったトルニア王国北部三都市の反乱が影響している。


 北部三都市はキール自治領のすぐ隣に位置している。反乱、つまり戦争が起こったその影響で、貴族の統治に疑問を持った人々がキール自治領へと流れ込んだのである。

 反乱を起こした都市は戦火に巻き込まれずに済んでいたにもかかわらずだ。

 流入した人々は働き処がなく難民と化す事が多い為に、対策として入領を制限したのである。


 そして、スイール達はその影響をまともに受けてしまった。


「面倒だな……」

「仕方ありません。一年間は続けるみたいですからね」


 手続きを行わず無理に領境を越えることは簡単だ。手薄な場所から入ればよいだけの話だから。

 しかし、それをしてしまっては沖に浮かぶクリクレア島へ渡る手段を失ってしまう。


 尤も、犯罪行為をしようと思わないし、そうしてまで渡っても苦労をするだけなのだが。


 そんな会話をしながら歩いていると、シュターデンの領主館へと到着した。

 街のほぼ中央に位置し、ブールと同じように領主館に併設されるように役所が設けられている。その一角にキール自治領の出張所がこじんまりと収まっているのだが……。


「並んでおらん……な?」

「何故に疑問形?」


 役所の窓口は既に開かれて様々な市民が押し寄せている……のだが、キール自治領の出張所前には一人の姿も見られなかった。

 いうなればこの日、最初のお客様であろうか?


「おはようございます。キール自治領への入領を希望なのですが?」

「は、はい!お、おはようございます!」


 窓口の女性、--幼さがまだ残った成人したての女の子と表現するべきかもしれない--、が慌ててスイールに顔を向けて挨拶を返してきた。受付カウンターに座っているはずなのに何とも呑気な性格をしている?

 早朝からはすでに時が経っており、眠気もなくなっているであろう時間にもかかわらず、こっくりこっくりと船を漕いでいたのだから仕方がない。大きな欠伸をしていたアイリーンもそうだが、朝が苦手なのだろう。アイリーンは朝が苦手なのではなく、深夜に活動しているからなのだが……。


「えっと、こちらの書類に記入をお願いします」

「それは構わないけど、口の周りを拭いた方がいいですよ」


 窓口の女性、--【ティア=レセップス】と言うらしい--は、カウンターの下から紙の束を取り出し、そこから人数分の書類をスイールに渡して来る。

 にっこりと笑顔を見せるティアだったが、口元から流れる一筋の(よだれ)が全てを台無しにしていた。スイールはそれと無く指摘したつもりだったが、彼女にはそうは伝わらなかったらしく顔を真っ赤にしながら袖口でごしごしと口元を(ぬぐ)った。


「す、全ての項目を記入してから持って来て下さい!」


 ティアの父よりも年上から指摘されてもさすがに恥ずかしいのか、真っ赤にした顔を横に向けながら告げた。”早く離れてと欲しいの”と思いながら。


「嫌われちゃったかな?」

「ほんと、デリカシーが無いんだから~」


 頭を掻きながら五人分の書類を受け取ったスイールにアイリーンは辛辣な言葉を向ける。そのアイリーンは二人の会話を耳にして眠気が吹っ飛んだのか、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべていた。しかし、その裏では”年頃の女性に一言、余計なのよ”と、治らぬ性格に辟易するのであった。


 受け取った書類は各二枚ずつ。

 姓名や年齢、性別は当然として、各国共通の身分証、もしくはギルドカード等を、そして、二枚目には入領の目的を記載するようだ。

 だが、目的の欄に正直に”クリクレア島に渡り赤竜と戦う”など書けるはずもない。そもそも、赤竜がクリクレア島に存在している事自体、ほとんどの人は知らないからだ。


 金竜ゴールドブラムの様に羽根を持ち大空を翔る能力を持っていれば神出鬼没だと誰もがわかるだろうし、その様に伝聞や書物で伝わっている。

 だが、赤竜、赫色(かくしょく)のレッドレイスは飛ぶ事ができず、クリクレア島から飛翔して出られぬのだ。赤竜を崇拝する島民ならいざ知らず、このグレンゴリア大陸に住む人々は知る由もない。


 だから、スイールは当たり障りのない事を書き込んだ……?


 ”クリクレア島の火山にて地質の調査”


 多少スイール本人の願望を含んでいる。それを何の臆面も無く書き込んでいた。

 その他の四人はと言えば、スイールの”護衛”を書き込んだ。

 五人の面子を見れば何処か可笑しく映るだろう。


「はい、出来ましたよ」


 スイール達が提出した書類をティアは間違いないかとまじまじと見つめる。

 二枚目の目的も同じように見つめるのだが、その時、可愛い顔の眉間にしわが寄っていた。

 そう、”これは無理じゃないか?”と思ったのだ。


 とは言え、ニコニコと笑顔を見せる胡散臭いその男に何かと話し掛けるのも、恥ずかしさと面倒臭さが勝りそのまま書類を回してしまった。


「結果は夜までに出る筈です。明日でしたら確実ですね。まぁ、確実に許可が出るとは申せませんが」


 ティアは割符を渡しながら伝えると、”では、結果が出てた後に伺いますね”とスイール達はその場を去って行った。




 そして、その日の夕方。

 がっくりと項垂れるティアの姿を領主館の職員は目撃するのである。


「なんで、あれで許可が出るのかしら……」


 絶対に許可が出る筈無いと見込んでいた五人組の入領に許可が出ていた。

 それを何の臆面もなく涎を指摘してきた男に渡すと思うと憂鬱な気分になってしまうのであった。


※ガルーダの登場は第三章 第一話です。

 旅の初めに襲われたのですが撃退して食料となっています。

 今回はすんなりと島に渡れるでしょうか?


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