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第十五話 ブールへ一時帰還

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「ヒルダも大丈夫か?」

「ええ、わたしはバッチリよ!!」


 新しい武器の製造や既存武器の調整が終わって戻って来た武器とは違い、ヒルダは練習に使っていた矢と比べるだけなのでそれほど時間はかからなかった。

 しかし、かなり練習で使い込んだだけにリピーター(装填装置付き弩)の仕掛けを一応ラドムに見せていた。その結果、手入れをする程痛んでいる事も無く、そのままで良いだろうとお墨付きをもらっていた。


「ほんと、お世話になりました。これはお礼です」


 工房の裏から建物の中へと戻ったスイール達はこれだけの武器群を短時間で用意してくれたラドムに頭を下げた。

 そして、無理を言ったお詫びであると、金色に輝くゴブレットを一つラドムに差し出した。

 エゼルバルドが金竜のゴールドブラムから受け取った品々の中から数が揃っているゴブレットの一つである。渡したのはスイールの独断ではなく、全員が一致しての結果である。


「ん?まぁ、貰っておくが……」


 ラドムは手にしたゴブレットをまじまじと見ている。その視線は、手付きは、ゴミを見るように胡散臭そうであった。彼からしてみれば興味のない品物であり、価値を感じなかったのだろう。


「興味ないのはわかりますがね。ですが、換金するにしてもうっかりと出さない方が宜しいですよ」

「なんだ……と?」


 スイールはそんなラドムに向かって注意する。

 ぞんざいに扱っても構わないが、表に出す時には注意してください、と。


 確かに鍛冶仕事に係わらぬことに関しては知識が少ないと、ラドムは自認している。いや、少ないとした方が語弊があるかもしれない。無知である、と評した方がしっくりくるだろう。

 だからこそ、脅すように告げるスイールに対しラドムは疑問形で答えた。


「説明は省きますが、しっかりとした身元を持って、口の堅い商売人にだけ見せるようにしてくださいね。見知らぬ商売人達に追い掛けられても知りませんよ」


 だからこそ、鍛冶仕事に影響のある様な厄介事に首を突っ込みたくないのであれば細心の注意を払って欲しいと促すのであった。

 スイールやアイリーンの見立て通り、ラドムに渡したゴブレット--だけでないが--は、相当な価値を持っているのだから。


「そんな物騒な物、貰ってもなぁ……。お前さんの報酬だけで十分なんじゃが?」

「返してもらっても困ります。まぁ、お金に困ったら王族にでも売ってください」


 高価な品物であるが、ラドムから見れば得体が知れない、そう思えるような品物を手元に置いておきたくないと思い、スイールに返そうとした。

 しかし、スイールは首を横に振って受け取りを拒否する。そして、換金できるであろう取引先をそれと無く告げながらゴブレットを押し付け、この話はすべて終わりにするのであった。







「本来なら、()()()の様に完全武装させて送り出したいところだが、そちらも予算と時間が限られてるだろうからな。尤も、そうしてしまったら重さですぐ息切れするだろうがな」


 ラドムに年代物の金色に輝くゴブレットを強引に押し付けた翌日、スイール達はブールの街へ戻る前に彼の工房へと挨拶に寄っていた。

 スイール達の急ぎの仕事が終わり、この日は一日炉に火を入れないらしく、工房は”しん”と静まり返っていた。

 その工房主のラドムはと言えば、棒状万能武器(ハルバード)二本と塔盾(タワーシールド)二つ、矢をそれぞれに二十五本ずつ渡しただけだと少しばかり後悔していた。それがラドムが口にした言葉であろう。


 ちなみに針蜥蜴とは乾燥した高地に生息する蜥蜴(とかげ)の一種で、頭、背中、そして尻尾に鋭い(とげ)を無数に生やしている生物だ。大きさは頭から尻尾まで五十センチ程になり、身の危険を感じると背中の棘を飛ばしてくる厄介な性格をしている。

 食べられない事は無いが、大味でそれほど旨くない。


「針蜥蜴ですか……。まぁ、エゼルがそれに近い……でしょうかね?」


 スイールがちらりをエゼルバルドを見る。

 エゼルバルドの装備はブロードソードと両手剣の二本の魔法剣を装備し、腰にナイフを帯びている。そこに石突から穂先の先端まで二メートル五十センチの棒状万能武器(ハルバード)と小さいながらも塔盾(タワーシールド)を持てば、どこからどう見ても重装備であり、針蜥蜴と見て差支えない。


「なんか、オレの装備に問題でも?」

「いえ、そうは思いませんよ」


 スイールから”ジトッ”と湿った視線を向けられ、不機嫌な表情を取りながらエゼルバルドは言葉を返す。

 ()が原因でこうなったのか、と。


「エゼルや、そう不機嫌に並んでも良いだろう。ワシも同じようなもんじゃからな」


 ヴルフも”同じようなもんだ”と自らの格好を顧みて言葉を口にする。

 棒状万能武器(ハルバード)棒状戦斧(ポールアックス)と、棒状武器(ポールウェポン)を二本も担いでいればどこの戦場へ向かう傭兵なのかと畏怖の視線を向けられるかもしれない。


「でもさ、エゼルもヴルフもわたしも、いつもの装備以上なんだからあまり声に出さない方がいいわ。何かあったら、絶対、牢に入れられるもん」


 軽棍(ライトメイス)とショートソードの二種類の武器に円形盾(ラウンドシールド)を扱うヒルダも、遠距離攻撃武器のリピーター(装填装置付き弩)と矢筒を追加している。棒状武器(ポールウェポン)程目立たぬだろうが、三人で戦争が出来そうな装備をしているのだ、危険視されてしまえばそれまでだ。


「良かったわ~。ウチの装備は変わらなくて~」


 装備品が変わらず、金属で出来た特製の矢を二つ目の矢筒に収めるアイリーンはエゼルバルドやヴルフ、そしてヒルダの様に奇異の視線に晒されないと”ホッ”としているようだ。

 そんな彼女が”ホッ”と胸を撫で下ろしたのも束の間、スイールは辛辣な言葉で現実に引き戻す。


「しかし、一緒に行動するのですよ?これが、どのような視線を向けられるのかわからない貴女ではないでしょう」

「然り、然り!」

「えっ!それはちょっと酷いんじゃない?」


 少しの間とは言えそれらを装備したエゼルバルドやヴルフと一緒に行動するのだ。街中では離れて歩けるかもしれないが、宿代を節約したり、船代を節約せねばならず五人で行動しなければならぬのだ。

 金勘定に厳しく、支払う料金を少しでも節約したいアイリーンには堪えるだろう。


 その様に告げられれば当然、肩を”ガクッ”と落として落ち込んでしまう。


「我慢する事だな」


 ヴルフの止めの言葉で皆は笑い声を漏らすのであった。


「何にしても無理言ってすみませんね」

「気にするな、貰うもんは貰ってる」


 たんまり稼がせてもらったし、珍しい伝聞でしか聞かぬ珍しい素材を扱え、ラドムは今回の依頼に満足していた。確かに、金額を吹っ掛けたかもしれないが、最終的には依頼料だけでは少しだけ儲けが出たくらいであろう。

 ラドムが槌を振るう技術料を格安で計算していればこそだ。


 それに得体の知れない金色に輝く過去の遺物でどれだけ儲けが出ていたのか、未だにラドムは考えられないでいたりもする。


「それよりもだ。生きて帰れよ」

「ええ、そのつもりです」


 最後にラドムはスイールの無事を祈りつつ握手を求めて右手を差し出した。

 そして、ラドムの右手を笑顔を見せながらスイールはしっかりと握り締める。絶対に帰ってくると誓いながら。


 今生の別れでもないのにとスイールは内心で思うのだが、手を差し出したラドムはそうとは思っていない。

 一生に一度、目撃するだけでもご利益があると噂される程の生き物、竜種を相手どらなければならぬのだから命を落としても不思議ではない。それが今まで飄々と生き残っていたスイールであっても。


 握手が終わるとスイール達はラドムに背を向けて歩き始める。

 そして、宿に預けた馬を引き取り、リブティヒの村を出て一路、ブールの街を目指した。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 山道を歩いた疲労もすっかり取れた馬達に跨り、二日の距離を悠々と進んでブールの街に到着した。


 七月もそろそろ終わりで真夏と言っても過言でない気温が襲い掛かった。そのおかげか襲撃なく、盗賊の類も獣達も姿を現さず大人しかった。

 尤も、五人の集団の中に二人も棒状武器(ポールウェポン)を担いでいれば盗賊も尻込みする事、間違いないだろう。

 例え、襲い掛かられても返り討ちは必至だろう。


 しかし、順調に進んだスイール達の帰路は、その終わりに一悶着が起きてしまう。


「おいおい、そのままじゃ持ち込めねぇぜ」

「顔なじみに免じて、許してくれませんかねぇ」

「いいえ、駄目です。こればかりは規則ですからね」


 いつもの通りに手続してブールの街へと入ろうとしたところで、棒状武器(ポールウェポン)の先端を保護しておらず危険だと制止させられた。

 ヴルフの棒状戦斧(ポールアックス)だけであれば、そこまで言われる事は無い。彼の実績と武器の形状で許されているのだが、持ち込もうとした棒状万能武器(ハルバード)には先端に鋭く尖った穂先が装備されて、危険だと判断されてしまった。

 穂先を布などでグルグルと巻いて保護すれば良いだけだが、面倒だとスイールが渋った。その為に一悶着起こってしまう、つまりはスイール自体が撒いた種がただ単に発芽しただけなのである。


 そして、スイールと門番の問答が永遠に続くかもしれぬと危惧したヴルフとエゼルバルドは、言われる前に担いでいた棒状万能武器(ハルバード)を下ろし保護布を巻き、騒動の張本人を(さと)すのであった。


「そう言うな。きちんと危険だと認識して対処を求めているんじゃ、門番の鑑じゃろうて」

「そうです。守ってもらわなければ牢に入って貰う事になりますよ」


 ヴルフにも言われてしまえば仕方がないとスイールはそれ以上、我儘(わがまま)を口にする事は無かった。

 その我儘を発端とした騒動が納まれば、門番は何事も無かったかのように手続きを終えてスイール達の入場を許すのであった。




 それから、”カポリカポリ”と蹄の音を奏でる馬を引きつれて街中をゆっくりと進み、街の中心部近くの教会へと到着した。


「あ、おとーしゃん!おかーしゃん!」


 教会の隣、母屋の庭ではシスターがエゼルバルドとヒルダの息子のエレクと遊んでいた。

 そのエレクは蹄の音で気付いたのか、エゼルバルドとヒルダの二人を見つけるとシスターと遊んでいたにもかかわらず、全力で二人の下へと駆け込んできた。

 その時、足がもつれて”バタン”と盛大に転んでいたのは微笑ましいとさえ思うのだが。


「おう!元気にしてたか?」

「いいわね~。シスターと遊んで貰ってたのね」


 飛び込んで来たエレクを抱きしめながらエゼルバルドとヒルダは寂しくなかったかと声を掛ける。その二人の顔はエレクの親の顔になっていた。

 親二人が不在だったために、寂しい思いをしていたらしく、エレクは満面の笑みを浮かべながら元気に”うんっ!”と返事をする。とは言え、鎧に身を包んだ二人の親に抱きしめられ困惑気味だったのだが……。


 しかし、一日、二日ですぐに出発しなければならぬと考えると、再び寂しい思いをさせてしまうと複雑な気持ちになる。


「随分と時間が掛かったもんだね。物騒なもん持ってるけど、依頼は終わったのかね」


 ゆっくりと近づくシスターは、ヴルフとエゼルバルドが担ぐ棒状万能武器(ハルバード)塔盾(タワーシールド)に視線を向けながらそう尋ねる。

 シスターも魔法を扱える立場にいる事から魔力を感知するのは容易い。ヴルフとエゼルバルドが担ぐ新しい装備品からうっすらと得体の知れぬ魔力が漏れ出していると分かれば、眉間にしわを寄せるのも当然だろう。


 ブールを出発してから今日まですでに一か月半も過ぎている。だからこそ、終わったのかとシスターは尋ねたのだろう。

 だが、スイールは首を横に振って、否定するのである。


「申し訳ないですが、武器を調達しか出来ませんでした。詳しくは後程お話しますが、すぐに出発しなければなりません」


 溜息を吐いて、”そうなのか?”とシスターはスイール以外に視線を向ける。

 そして、視線の先には誰もが頷きを返す姿しか見えず、シスターはさらに落胆の表情を見せるのであった。


「そうか……。アンタは良いけど、この子には不憫な思いをさせるねぇ」

「本当に申し訳ないです。今回ばかりは二人の協力が欠かせませんので……」


 スイールは親であるエゼルバルドとヒルダを占有してしまっている自覚があり、エレクの教育に悪いと申し訳なく思っている。だが、竜種が好き勝手に暴れる未来をここで許してしまっては、エレクの教育どころでは無くなってしまう。


「ちゃんとした理由を今度こそ話して貰うからね」


 シスターは辛辣な言葉をスイールに向けるが、内心では”仕方ない”と呟くしか出来なかった。


「申し訳ありません」

「アンタは謝ってばかりだね、少しは良い顔しなさい。今生の別れでもないのに」


 茶化したつもりのシスターだが、竜種と戦うのだから”それが現実になってしまうかもしれませんよ”とスイールは内心で呟くのであった。


※ようやく武器が手に入って拠点の街に戻ってきました。

 これから、竜種を鎮めに向かわなければなりません。

 大変な依頼です……。


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