第九話 エゼル、竜に魔法を教わる
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魔法による叡智を利用して繁栄を築いていた文明が滅びた経緯を語ったスイールだが、まだ続きがあると続けて口を開き始めた。
「文明が滅びた当時、私はまだ幼く”朱い魔石”が何故生まれたのか、そして誰が生み出したかは全く知らなかった。それを知り得たのはもっと後だったのです。尤も、赤い魔石の存在すら知らなかったのは言うまでもありませんね」
幼いとは言っても十歳程であれば自ら考え動き回り始める頃。
親の制止を振り切り遊びたい盛りだった。だからスイールは勉強や魔法などよりも遊びに夢中だったと言う。
当時の成人は二十歳が標準で、文明が滅びた理由をスイールが知り得たのはその年齢前後であった。それ以降も何となく勉強に力が入らずに過ごしていた。
「当時、閉じられた地下での生活は、魔法の力で地上と何ら変わることなかった。特に人工的に生み出した光の根源、つまりは人工太陽が地下都市を照らしていたのです」
スイールが二十歳前後ではまだ魔法を知り尽くした学者らが沢山いたこともあり、魔法を使った文明は衰える心配はなかった。人工太陽もその様な学者連中が作り上げた事実もある。
人工太陽の恩恵は地下に広大な農耕地域を生み出し、食料の心配はこれぽっちもなかった。
それが終わりを告げるのは文明が滅んでから約千年経った頃からだ。
学者が少なくなり、人工太陽の制御方法が徐々に失われて行ったのだ。
世代が進み地下都市での生活当り前となり、人工太陽が当然の様に頭上で輝き続けている事に何の疑問も思わなくなる。そうなれば、興味を引くことも無くなり、極一部の学者しか知りえなくなる。
そんな時、事故か病気か何らかの原因で学者がいなくなり、人工太陽が制御できなくなった。そうなれば結末を口にしなくてもわかるだろう。
人工太陽はその力を徐々に弱め、光を発する事すらなくなる。
そうなると、地下都市は暗闇に飲まれ、対処できず発狂する人々が出始めた。
だが、千年も経てば地上に吹き荒れていた魔力の嵐はすでに静まり人々が地上で生活しても大丈夫な環境が整い終わっていた。
無数にある地下都市から地上を目指し、暗黒の地下から這い出す人々が現れる。
彼らは人工太陽に頼ることなく、空に瞬く自然の太陽の光の下で生活を始めた。
その人々がいなくなった場所が、現存する地下迷宮である。
地上に現れた人々はまだいいが、人工太陽を改めて制御しようとした地下都市は悲惨だった。誤った制御方法により人工太陽が暴走を始めて地下都市はそこに住まう人々ごとその地を更地に、そして大地を汚染した。
汚染された土地は植物を生やすことは無く、砂漠のような土地を生み出した。
これが、世界に数か所存在する不毛の地が生み出された理由である。
さらに言えば、地表付近に作られ人々の生活の痕跡も見られず、半壊している地下迷宮は文明が滅びた当時に隕石で潰された地下都市の残骸である。
「なるほど、今各地に残る地下迷宮はその残滓なんだ」
「そう、エゼルの言う通り。地下迷宮は私達が生活していた残滓、廃墟とでも覚えておくといいでしょう」
スイールはその廃墟となった地下都市を長大な時間を使って回った。
このグレンゴリア大陸に存在する地下迷宮のみならず、他の大陸や島々に残る殆どの地下迷宮にも足を向けた。
人の入らぬ、不毛の地へも当然の様に向かった事もある。
そしてある時、隣の大陸の地下迷宮を巡っているときに隠し部屋を見つけてそこで一つの日記を発見した。
「それが、”朱い魔石”を作り出した我が叔父、カナン=エザリントンの日記だ。短くだが簡潔に、登用された経緯や生み出した状況が書かれていた。私も初めて目にしたときは驚きを隠せなかった」
スイールが発見した一冊、カナンが記した日記。それは、スイールも、いや、その当時に生きていたであろう人々でも知らぬ事柄がカナンの言葉で記されていた。
特に、最後の”朱い魔石”を使わざるを得なくなり、国王から命令を下されていたなど初めて知った事実である。
「その日記が出てきたからこそ、”朱い魔石”が私が手を下さなくてはならぬ仇だと思うのだ。それに、一度文明を滅ぼした”朱い魔石”を生み出した血を引いている事が許せん時もある。本来ならこの地に生きるすべてを死なすなど私としてもしたくはないのだがね」
「お主は常に葛藤してるのじゃのぉ。その、お主の事情も分かった。さっさと赫色のレッドレイスとやらを下して、仇の”朱い魔石”を探しに行こうではないか」
ヴルフの何気ない励ましの言葉にスイールは口角を上げて微笑んだ。
何処にスイールが仇とする”朱い魔石”が存在するかもわからず、何気ない言葉を綴るヴルフに純真な心を見てしまった為だ。
ヴルフ相手に”純真な”と使うなど間違っていると思えるかもしれないが、感じてしまっては仕方がないだろう。
「……えっと、良いのですか?恐らく、赤竜を下せば”朱い魔石”がある場所が判明するのですよ?」
「ん?なんじゃ、すぐにわかるのか。それなら問題無いじゃろうて」
「いえ、そう言いたい訳では……」
ボリボリとスイールは頭を掻いて、手伝う事は決定で拒否は認めぬとのヴルフを溜息を吐いて見やる。これ以上、スイールが何かを口にしても絶対に首を横に振らぬだろうと。
「わかりました。世界のどこに”朱い魔石”があろうとも手伝って貰いますからね」
「任せろ。エゼルやヒルダもそれでいいな?」
スイールとヴルフの会話を見守っていた二人に声を掛ける。
そして、当然の様に二人は頷き返す。
「勿論!手伝うに決まってる」
「そうね、行く場所がわかるんならいいんじゃない?エレクには寂しい思いをさせちゃうけどね」
スイールは三人の言葉に思わず涙をこぼしそうになった。
良い友人と良い子供達を持ったと感極まっていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイール達は金竜ゴールドブラムが住処としている洞窟で一夜を明かした。
洞窟の入り口が北を向いており太陽の光が入って来ず、朝日で目を覚ます事はなかった。しかし、体内時計が正確に働き目が覚めて確認のために洞窟を一歩踏み出すと、東の空に太陽が昇り始めていた。
それから夜に口にした巨大鹿の残りで朝食を取り終えると、ゴールドブラムから抜け出た羽根を抱え帰路に就くのであった。
『スイールよ、くれぐれも気を付けてくれ。赫色のレッドレイスは強力な同族だ』
「ええ、注意しますよ。貴方に頂いた羽根を武器にしますし、何とかなるでしょう」
スイールは肩から掛けている麻袋をパンパンと叩き、ゴールドブラムに笑顔を向ける。
それから真顔になり、金竜に並ぶように立つエゼルバルドへと声を掛けた。
「私達は先に帰ります、エゼルも気を付けてくださいね」
「何とかなるよ、多分……」
『我に任せておけ。少年が習得した後に我が送り届ける』
「貴方に任せておけば大丈夫でしょうが……」
大丈夫だとは思うが、そこは一抹の不安を脳裏に感じスイールは表情を曇らせて行った。魔法の使い方を教えるだけであれば一日もあれば足りる筈が、そこをゴールドブラムは十日も要求してきた。その不安が現実のものにならねば良いのだがとゴールドブラムに視線を向けた。
一度溜息を吐くと、スイールはヴルフとヒルダに声を掛けて洞窟を出て細い山道を踏みしめ帰路に就くのであった。
『さて、行ったようだな……。早速始めるとしようか』
スイール達を見送ったゴールドブラムとエゼルバルド。
三人の姿が見えなくなったところで、二人は洞窟へと戻る。
先程までスイール達がいた洞窟の中、今は金竜のゴールドブラムと彼の魔力を帯びた剣を所有するエゼルバルドのみ。
がらんとした洞窟の広場は訓練に丁度良い広さがある。まるで、金竜と人が訓練をするためにある、そんな気さえしている。
『では始めよう。剣を構えるがよい』
ゴールドブラムの掛け声とともにエゼルバルドは腰にぶら下げたブロードソードを引き抜き、両手でしっかりと握り正面に構える。
ブロードソードはゴールドブラムの魔力を帯びているだけあり、金竜の魔力と共鳴するかのように薄く白い光を放っている。
その白く光を放つ刀身をゴールドブラムは満足げに見つめる。
魔力の供給が滞りなく終了していると。
『我は人のような魔法を使う事は出来ぬ。だが、人が魔法を扱おうとする魔力の流れは感じる事が出来る。その流れを少年に伝えよう』
「はい、よろしくお願いします」
エゼルバルドは瞼を一瞬瞑り、金竜に礼をする。
『人が魔法を使おうとする場合、魔力を手の先、空間に集めて発動させる。ここまでは良いか?』
「ええ。いつもの発動条件だからわかってます」
ゴールドブラムは”よろしい”と口にしてさらに説明を続ける。
『少年は武器に魔力を纏わせようとしたとき、どこに魔力を集めていた?』
「剣の刀身に直接……」
『それが間違いである。魔力は体内から出てしまえば急速に拡散してしまう。人の傍にあればさほど問題はない。だが、魔力を何かの物体の中に集めようとしたときにはどうであろうか?』
エゼルバルドは視線を斜め上に向けて暫しの思考の後に答えを口にした。
「えっと、魔力が拡散する速度が早く、供給が追い付かなかった。自分の魔力を半分集めても二、三分しか発動できなかったね」
『その認識で間違いはない。なら、どうすれば良いかわかるか?』
「それなら……」
ゴールドブラムが口にした助言を思い出しながら再び短い思考に入った。
いつも通りに魔力を集めても拡散してしまうのであれば、しないように集めるしかないだろう、と。
では、拡散せずに集めるには通常の魔法を発動するように集めれば、良い?
そう思い、エゼルバルドは恐る恐る導き出した答えを口からゆっくりと吐き出す。
「別の場所に魔力を集めておく?」
『それで正解だ。我が見た者達は少ない魔力で長い時間、剣に魔力を纏わせておった』
ゴールドブラムはそれが正解である告げた。
しかし、エゼルバルドはその答えを聞き不思議そうな表情を見せて首を傾げた。
ゴールドブラムの告げた方法はエゼルバルドが気が付かぬわけもなく、普段発動している攻撃魔法の手順と同じく、手の平の前に魔力を集めてみる実験を行っていた。
それの結果が芳しくない事から元に戻した経緯もあった。
それ故に今さらと不思議そうな表情をしたのである。
「それなら、何度かやってみたけど変わりなかったよ」
『ふむふむ、まぁ、気が付かぬなどありもせんか。それは、集めた魔力をそのまま剣に流し込んだとの認識で良いか?』
「そう。かなりの魔力を注ぎ込んだけど、あまり変わらなかったね」
方法が間違っている、ゴールドブラムはその様に結論付けた。
『恐らくだが、集めた魔力の塊は球形に集めているのだろう』
「イメージからするとそうだね」
『では、集めた魔力の塊で剣を覆うようにして発動してみるがよい』
「えっ?」
魔力の塊を球形にするのではなく、魔法を発動させる前に平たく伸ばせと言うのだ。
確かにその思考は盲点であった。
スイールもそうだが、魔法を発動するには集中して魔力を集める事から始める。
その状態のまま、魔力を事象へと変換する手法を取り、最後に魔法を撃ち出すのである。
ゴールドブラムが口にした内容は、手順を入れ替えろと告げていた。
駄目で元々、駄目だったらまた元に戻せばよい、そう思いながら実験しようと魔力を集め始める。
「えっと、まず魔力を集めるんだな……っと、これくらいでいいか?」
いつもなら一分、二分と集中して魔力を集めるのだが、実験だけならと僅か数秒しか魔力を集めていない。普段集める量の十分の一、いや、二十分の一の魔力量だ。
これくらいの量なら戦いの最中に集める事も容易い。
「それで、その魔力を薄く伸ばして板状にして剣を包み込む大きさに変形させて……」
エゼルバルドの頭の中ではブロードソードの二回りほど大きな魔力の塊をイメージしていた。そのイメージに沿ってゆっくりと魔力の塊を操作し、形状を整えて行く。
とは言え、目に見えぬ魔力の塊だ。これで大丈夫と視認できるはずもなく、何となく形にしてブロードソードを包み込む。
魔力を集めるなど容易い事であるが、目に見えぬ魔力の塊の操作は初めてのために思いのほか時間が掛かった。
体感的には僅か数秒の時間と考えていたが、実際は一、二分も掛かっていた。
「それで、魔力をブロードソードに入れるとともに魔法発動だから……。っと、魔装付与・炎!」
魔力がブロードソードの中に入って行くと同時に魔法を発動させると、薄白く光を放っていた刀身の色が、ほのかに熱を帯びだし赤く変色していった。
『ふむ、成功だな』
「は、ははは……。こんなに魔力が少なくて済むんだ」
エゼルバルドはあんなに魔力が必要と思われていた魔力を纏わせる魔法が簡単に出来た事に思わず乾いた笑いを漏らしてしまっていた。
『だが、発動までの時間はかなり掛かっていたぞ』
「え!?」
ゴールドブラムの言葉を耳にしたエゼルバルドは、出ていた笑い声を飲み込み、呆けた声を漏らしてしまった。
※魔法の発動はかなり細かく描写しているので気づいた方がいるかもしれません。
その手順を決めて置いたのはこの為にあったのです。
書き始めからこうなることを予定して書いていたので、この場面の描写は予定通りです。




