第五話 依頼の敵は赤い奴
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「おい、知り合いって、どういう事だ?」
いまだにブロードソードを構え臨戦態勢のヴルフがスイールに文句を投げ付ける。
それもそうだろう。敵だとばかり思っていた金色の巨体、しかも苦い思いしかない竜種が目の前に現れ万事休すの状態。いかにこの場を切り抜けようかと思考を巡らせようとしたが、スイールの一言でその全てが無駄になってしまった。
無駄になるのは良い。命が助かるのなら安いものである。
だが、その理由に納得が行かなかった。だから思わず怒鳴り声を上げてしまったのだ。
「ヴルフは何を驚いているのですか?知り合いは知り合いです。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
『なんだ、我との仲を話していなかったのか?それに知り合いとはこれ如何に。我は友と思っておったのだがな』
スイールの答えは的を得ておらず、話を逸らされた感があった。
それを耳にした金色の竜、ゴールドブラムは魔術師の悪い癖が出て来たと呆れ返っていた。
それに知り合いではなく、”古くからの友”であると顔を背けながら口にした。
殺気立った雰囲気を和まそうとゴールドブラムの心遣いであったが、誰も気が付くことは無かったのだが……。
「古くからの友ですか。そう言っていただけるなら私も訂正しましょう。それと、この面子で再びまみえると思ってもいませんでしたから、説明は不要だと考えてました。それは反省ですね」
『お主は一言多いかと思えば、時折言葉足らずになるのだな。まぁ、いまさら反省しても遅いとは思うがな?』
ゴールドブラムは溜息を吐きながらスイールに辛辣な言葉を向けるのだが、何時もの事だとスイールはさらっと聞き流した。
『まぁ、立ち話ではこの霧も晴れてしまうだろう。我の住処へ来るがよい』
ゴールドブラムはそう告げると体をくるりと翻してゆっくりと道を外れて歩いて行った。 その後をスイールを先頭にして付いて行く。
「ねぇ、あの金竜がスイールの古くからの友達って驚いたわよね」
スイールとヴルフの後ろを歩くヒルダが、並んで歩くエゼルバルドに向かって言葉を掛けた。何時もと違い口数が少なくなっているのは高地で空気が薄い事と金竜の存在があった。
金竜が敵ではないとわかり、警戒を解いて気を緩ませてようやく口を開いたのだ。
だが、エゼルバルドから聞こえた答えはヒルダの想像を裏切られるのであった。
「ん、そうか?あのスイールだったら何が知り合いでも驚かないけどな」
「え、そうなの?非常識人のスイールだからって、竜と友達ってありえないじゃない」
ヒルダが口にした事も尤もだ。
人と世界に七柱しかいない竜と友になるなど考えられない。しかも、その中でも金色の羽根で体を覆う金竜とだ。
スイールと一緒にいると驚かされる事が多いが、金竜と友と告げられたのは今までで一番驚く事だった。
しかし、エゼルバルドはそんなヒルダの考えとは裏腹に、それは当然の事だろうと口にしたのだった。
それを聞いたヒルダは思わず顔をエゼルバルドに向けて横顔をまじまじと観察するのだが、彼女の目から見ても崩さぬ表情の奥に、スイールとの間に何かがあったのだと感じ取った。それが何かはわからないが、スイールとエゼルバルドの二人だけの秘密であるのだと。
(スイールの秘密かぁ……。わたしにも話せないって事は、とてつもない秘密なのね)
二人が誰にも明かせない秘密を共有している事だけは確かだと知れたことはヒルダにとっても僥倖だった。スイールから何かを告げられても驚かない自信だけはヒルダに備わったのである。
『ここだ』
ゆっくりと進む金竜ゴールドブラムの後について歩く事十分余り、ぽっかりと口を開けた洞窟へとたどり着いた。
ゴールドブラムの説明では、自然に出来た穴を掘り進めて奥を広く拡張したのだと言う。入り口からはわからないが、数十メートルも入ってみれば彼の言葉通りの広場となった場所に到達した。
洞窟は広く、気温が一定で過ごしやすく、汚れもなく清潔だった。ただ、洞窟の一か所にゴールドブラムから抜けた金色の羽根がうず高く積まれていた事だけは別だ。
『あれは持ってきてくれたか?』
「ええ、もちろん。四人ですから四つ分ですね」
『重畳、重畳。回収を任せた』
スイールはゴールドブラムと二言三言交わすと、バックパックから布製の大きなきんちゃく袋を取り出して、ヴルフとエゼルバルド、そして、ヒルダの三人に一つずつ渡した。
三人はそれで何をするのかを何となく理解したが、スイールが説明するまでしばらく待とうと彼を見つめる。
「では、その袋にゴールドブラムから抜けた羽根の回収を願いします」
「やっぱりな。これは何になるんだ?」
スイールはヴルフに答えを言う前に、手招きして羽根がうず高く積もれた場所まで移動してその羽根を無造作に掴み取って目の前に持ってきた。
「見てください。これだけの量でこんなに軽いのですよ」
「羽根だから、軽いだろうね」
それをみて、エゼルバルドは当然の様に答える。
いくら金竜から抜けた羽根とは言え、鳥の羽根と比べても、どちらが軽いかわからぬほどであろう。だからこそ、ヴルフが何になるのかと尋ねたのであるが。
「彼曰く、これを熱で溶かして金属になるそうです」
「金属?その羽根がか」
ヴルフ達が信じられぬと口にするのも当然だろう。
スイールでさえ初めて耳にしたのだから。
『そうだ。今回のお前達への頼みに必要な素材である。使い方は後程説明するが、我の話をまず聞いてほしい』
金竜ゴールドブラムはゆっくりと腰を下ろすと頼み事の件だと話し始めた。
『まず、お前達に向かって貰いたいのはここより北の火山島だ』
「火山島?それって……」
「キール自治領の沖合に浮かぶ【クリクレア島】の事ですよ」
ゴールドブラムが告げた火山島、人々が付けた名称をスイールが補足で説明した。
クリクレア島とはトルニア王国で特別に手柄を挙げたキール伯爵に授けた彼の一族が支配するキール自治領から百キロ余り沖合に位置する火山島だ。
とはいえ、南北二百五十キロ、東西九百キロもあり、島と呼称するには似つかわしくない島である。その中央付近に三千メートル級の山に活火山が存在し、登る者を拒んでいる。
島の西側の平地部に集中して人が住んでおり、キール自治領とのみ交流を持っている。
人口だが、一説には数万人が島に住んでいると言われているが、キール自治領が知りえるだけでは一万人しか知り得ないのである。
「クリクレア島ね……。渡る手段が限られてるわね」
「そう。ヒルダの言う通りで、キール自治領からしか船が出ていない」
クリクレア島の存在は何処の国でも知られているが、過度に鎖国制度を取っているために渡るにはキール自治領に一度入り定期連絡船で向かうしかない。
クリクレア島の東にはベルグホルム連合公国があるのだが、海流が複雑に流れていて島の住民だけに航路が伝わっていて、ほかの国の船員はほとんど知らず、船の航行が難しい。それゆえに、鎖国制度と相まって、キール自治領からの船しか認められてない。
尤も、島の東側は火山灰が降り注ぐので、人の生活には適していないとの理由もあるのだが。
「で、圧倒的な力を持っている金竜のゴールドブラム様がワシ等にやってほしい依頼ってのは何なのだ?」
『簡単な事だ。同属の目を覚まさして欲しい、それだけだ』
「それだけ?簡単じゃないのか、スイールよ」
ゴールドブラムから目を覚まさせて欲しいと告げられ、叩き起こすだけなら簡単過ぎるとヴルフは思った。
だが、ヴルフは勘違いをしていた。目を覚まさせて欲しいと告げられたのは何も、眠りから覚まさせるだけが言葉ではない事を!
『簡単ならそれで結構。だが、一言告げておくが奴は既に目を覚ましている』
「ちょっと待ってくれ。目を覚ましているって事は竜種と戦えって事だぞ!前言を撤回する、簡単じゃないわい」
『そう急いで結論を出すんじゃない。我の言葉をしっかりと聞いてから結論を出してくれぬか?』
ゴールドブラムはヴルフに気が短いと暗に示したのである。
合いの手を入れてくる事は問題無いが、半分も内容を話していないにも関わらず結論を出すのは急ぎ過ぎだった。
ヴルフの物差しでは測れぬ依頼なのである。
「そうですよ。少しはエゼルとヒルダを見習ってください」
スイールに見習えと言われてしまったヴルフはフッとエゼルバルドとヒルダへと顔を向けた。だが、目にしたのは黙っているのではなくゴールドブラムの言葉を反芻して飲み込んでいるところであった。
二人は考えを口にするよりも、理解して状況を頭に叩き込むべきだと思ったのだろう。そのために、じっとゴールドブラムへと視線を向けているのだ。
「スイールの言葉はちぃと違うみたいだが、まぁ、黙っている事にするわい」
ヴルフが黙ったとみてゴールドブラムは話の続きをするのであった。
『その火山島に出向き、我の同族を目覚めさせて欲しい、とは告げたがその同族がな……。まぁ、なんだ。赫色のレッドレイスと言えばわかってくれるだろうか?』
ゴールドブラムが口にした名前を聞き、四人ともが目をカッと開けて驚きを隠せずにいた。しかも、体中の汗腺から汗を拭きださせ、頭からつま先まで全身が冷える思いをした。
「待ってください。私は貴方の同族をと依頼を聞きましたが、まさか、赫色のレッドレイスとは考えてもみませんでしたよ」
『それはそうだろう。もし、赫色のレッドレイスだと聞いたら、お前は受けてくれたか?』
スイールは首をプルプルと横に振りながら答えを口にする。
「いいえ。それを聞いていたら、この場にも来なかったでしょう。クリクレア島と聞いた時点で嫌な予感がしたのですが、まさか、赤竜と戦う羽目になるとは……」
スイールはゴールドブラムからの頼みごとが、七柱の中でも最弱に近い別の竜種を相手にすればよいのかと考えていた。しかし、蓋を開けてみたら最弱どころか地上で最強の竜種を相手にしなくてはならず、頭を抱える羽目になってしまった。
このメンバーにアイリーンを足した五人で赤竜を相手取って生きて帰れるだろうかと落ち込んでいった。
スイールが落ち込むのは何を相手にするのかと聞かなかった事に起因し、敵対したくない相手と聞いたからである。
ヴルフやエゼルバルド、そして、ヒルダも常々竜種、特に赤い竜にだけは遭遇するなよ、と言われ続けていた。スイールからだけではない、神父やシスター、それに学校の先生からもである。
竜種自体は伝説上の存在ではなく、過去に人の住処を襲われおびただしいまでの被害を出したことがある。その時、暗黒の空に真っ赤に燃え盛る炎の柱が現れ、人々の住まう街を誰一人の生存者も残さずに灰にしてしまったと伝えられている。
『他の同族ならばそのまま向かって貰っただろうが、赫色を相手にするのだから対策を授けたいと思いこの場に呼んだのだ。それこそが、そこに高く積まれている我の羽根なのだ』
そして、ゴールドブラムから抜けた羽根の使い方を丁寧に説明し始める。
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『我の羽根はそのまま使うのであれば、お前達の魔法でも易々と燃やし尽くされてしまうだろう。だが、お前達の使う金属と混ぜ合わせる事で魔力を帯びた不思議な金属へと生まれ変わるのだ』
どう言う意味なのか、それだけでは理解できなかった。
首を傾げていると、更に説明を加えてきた。
ゴールドブラム曰く、鉄一キログラムに対して彼の羽根を五百グラム混ぜ合わせる事で不思議な金属に生まれ変わるのだと言う。融解温度は鉄のほぼ倍の三千度が必要となるが、出来上がった金属で盾を覆うようにすれば、赫色のレッドレイスの炎の暴息と言えども耐えられるのだと。
ただし、正面から五回も受ければそれが寿命となるので注意して欲しいとも告げてきた。
『それに、あやつの目を覚まさせるには我の素材を使った槍で逆鱗を突き刺す必要がある』
ゴールドブラムは自らの顎の下にある数枚の鱗をスイール達に見せた。
逆さに鱗が生えているのではなく、全身を包む金色と違う色との意味合いで人々が名付けた。赤竜にはゴールドブラムの白い鱗と同じ場所に緑がかった青い鱗があると言う。
そこを突き刺すのだと、ゴールドブラムは告げた。
「なるほど、そこを突き刺せば殺せるって訳ね」
『娘よ、勘違いするな。竜種は殺せはせん。意識を奪うだけである』
”え、違うの?”とヒルダは不思議な表情をした。
実際、ゴールドブラムは殺せると一言も口にしていない。最初から目を覚まさせて欲しいと告げていた。
であるから、間違った認識をしているのはヒルダの方であった。
『逆鱗が多少柔らかいとは言え、殺せるほどの弱点ではないのでな』
「そ、そうなのね……」
『目を覚まさせるのは奴が操られそうになっているからでもあるからな。その呪縛を解く意味合いも含まれている』
ゴールドブラムはさらに続けた。
赫色のレッドレイスは何者かに洗脳を受けて操られそうなっているのだと。その洗脳を解く意味でも逆鱗に刃を突き立てる必要があるのだと説明した。
『大変であると思うが、隙を狙えば成功すると考えている』
そう告げてから地上最恐の生物、赫色のレッドレイス対策を説明するのであった。
※この章の中間の山場、レッドドラゴンと戦うことになりました。
武器を作り、沖合の島に渡って行くのですが……。




