第一話 プロローグ&夢の中から呼び出しを
※第12章、始まりました。
この章は実質最終章となります。
もうしばらくお付き合いをお願いします。
「う、うわぁ、っと!あちちっ!」
エゼルバルドが塔盾を焦って構えたその刹那、真っ赤に燃えた炎の暴息が襲い掛かった。
たった数秒、それでも特別にあつらえた塔盾が無ければエゼルバルドの肉体は骨まで溶けて、この世に存在すら許されなかったであろう。それだけ炎の暴息は強烈だった。
その炎の暴息が通り過ぎた後、塔盾を背中に担ぎ上げ、足元に転がしていた棒状万能武器を拾い上げると、胸を真っ赤にしている金属のように赤い鱗を全身に纏った敵に向かって脱兎の如く駆け寄る。
肉体をも溶かしつくす真っ赤な炎の暴息は地面をも真っ赤にさせているかと思えば、ほのかに熱を帯びているだけで駆けるには不都合はなかった。
「化け物よ!こっちだ」
エゼルバルドの左からヴルフが攻撃を仕掛ける。棒状万能武器を振りかぶり攻撃を仕掛ける。
特殊な素材を使った先端の斧が化け物の赤い鱗を切り裂いた。
「ちっ!浅いか」
敵の鋭い視線がヴルフを向き、鋭い牙を持つ口腔が開くと再び敵の胸が熱を帯び始め赤々と燃え始める。
再び炎の暴息を放つつもりだった。
「間に合ってください!魔法防御!!」
敵の口から炎の暴息が放たれる瞬間、ヴルフの目の前にキラキラと輝く特殊な壁が出現した。
”ゴオォゥーー!!”
敵の炎の暴息がヴルフの目の前の壁に激突するとヴルフを避けてその周囲を燃やしていった。
「危なかった。大丈夫ですよね?」
「スイールか。すまん、助かった」
エゼルバルドの近くでも、ヴルフの近くでもなく、炎の暴息が来ない絶妙な場所を維持していたスイールが炎の暴息からヴルフを守るために魔法で壁を作り出した。
それが盾のようになり、炎の暴息の熱からヴルフを守り抜いた。
”忌々しい!”、炎の暴息が効かなければ直接噛み砕くのみ、敵は大きく口を開けてヴルフへと迫った。重そうな巨体ではあるが、それを感じさせぬほどの筋力を持ち合わせていれば当然の様に動き回る。
”ザシュ!ザシュ!”
だが、敵の攻撃を簡単に許すほど馬鹿ではない。当然、対策は構築済みだった。
固い真っ赤な鱗を持つ敵の頭部に二本の矢が刺さって邪魔をした。
「遊んでないで早く仕留めてよ!ウチの手持ちは少ないのよ!って、今度はこっち?」
ヴルフに攻撃を仕掛けようとした敵にむけてアイリーンが矢を放っていた。
これも特殊な素材を鏃に使った特別製だ。
邪魔された怒りぶつける相手を探し出すと、その口が弓を放ったアイリーンへと向いた。
再び、敵の胸が真っ赤に熱を帯び始め、何度目かの炎の暴息が吐き出される。
「魔法防御!!」
彼女の後ろにはもう一人、防御魔法が特異な人が控えている。
魔法防御を発現すると同時に二人を避けるように炎の暴息が通り過ぎて行く。
「ヒルダ、ありがとう!」
「安心しないで!エゼル、急いで」
攻撃に集中していた敵は足元に近寄る邪魔なエゼルバルドをうっかりと見落としていた。
だが、強大な肉体を支える彼の四股で思いがけぬ動きをしていた。
エゼルバルドは長槍を敵の首元にある一枚の白い鱗に渾身の力で突き立てようと繰り出した。
だが、敵がちょっと動かした腕に邪魔され、そしてヒルダの近くにまで吹っ飛ばされた。
その攻撃はすさまじく、エゼルバルドが背負っていた塔盾がくの字にひん曲がっていた。そのおかげか彼の怪我は致命傷を負うことは無かった。
だが、塔盾を失ってしまった事には変わりはない。
「畜生め、万事休すか……」
痛みに顔を歪めながら禍々しいまでの威圧を放つ強大な敵に臍を噛むのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スイール達が強大な敵と戦う少し前の事である。
魔術師スイールはその年の初めに使った魔法のダメージからようやく回復し、いつも通りの生活を送れるようになっていた。
ダメージもそうだが、心につかえていた棘が抜け落ちて生きている気力を失いかけていた。それも周りの者達が励ましてくれたおかげで元通りとはいかずとも、無気力な状態からは脱していた。
そんなスイールがいつものように気持ちよくロッキングチェアで昼寝をしていると、夢に古くからの知り合いが出てきた。
………
……
…
『おや?久しぶりですね。姿を見せなかったと思ったら私の夢に現れるとは……』
暗闇に光る二つの金色の瞳がスイールの言葉に反応した。
『久しぶり?我は少しの間、昼寝をしていただけだぞ』
『そうですか、十年ぶりではないですか?』
彼を直接見たのは実際は九年前。
だが、そんな枝葉の事は彼らには関係なかった。
『長命の我らに十年など刹那の如くであろう』
『普段寝ている貴方にはそう思うのでしょう。ですが、私は他の人間と同じように生きています。貴方とは流れる時間が同じとは思わないで欲しいですね』
生を受けてから、七千年も生きていれば時間の流れなどあっても無いに等しいのだ。
『だが、お前はそろそろ限界ではないか?』
『そうですね……。貴方と違い、私の精神はどれだけ持つかわかりませんね。肉体はどうとでもなるのですが、精神は……』
スイールは彼の問いかけに正直に答える。
肉体はまだ余裕があるのだが、精神、つまりは記憶など、それらが限界を迎え始めていた。
だが、今すぐに精神が破綻するとも考えていない。
『その辺は考えているのだろう』
『ええ、考えています。その手法もすでに見つけています。今すぐにでも使えますが』
『だが、使っていない所を見れば、お前もまだこの世に未練があると見える』
”確かに未練はありますね”とふがいない自分を肯定するしかなかった。
未練。
この世の行く末、そんなのはスイールにとってどうでも良かった。彼が思う未練とは義理の息子となったエゼルバルドとヒルダの事だ。
彼らにはまだ教えねばならぬことが山のように残っている。
だが、スイールよりも寿命の短い彼らにすべてを教える事は不可能であろう。
それでも二人がどのように生きて、年を取るのか、それが見たいと思ったのだ。
『それよりも、今日は私をあざ笑いに来たのですか?』
いまだに本題に入っていないとばかりにスイールが強引に話を変えようとした。
彼が無駄話の為だけに夢に介入するなどあり得ないのだから。
『ふむ、我も少しは人のようになってきたと誉め言葉として受け取っておこう』
『それはそれは』
本題に入ろうとしたところで二つの金色に光る眼でスイールを再び凝視した。
そして……。
『すまんが力を貸して欲しい』
『貴方がそういうのは珍しいですね。いったいどうしたのですか?』
スイールは知っている。
肉体的にも、精神的にも、全てにおいて彼はスイールを上回っているのだと。
もし、スイールに分があるとすれば、彼よりも肉体が小さいことだけだろう。
彼の肉体は大きい。スイールの夢に出てきた彼は話のし易さから大きさをごまかしてスイールと同等にしている。
本来、彼の大きさはスイールの数倍を持つ。その為に狭い場所や細かな作業を行うことは非常に困難を極める。
だからこそ、彼はその体を生かせぬ場所で何かが起こった、そう思ったのだが……。
『実は、我が同族が何者かに洗脳されているらしい』
『洗脳?貴方達に洗脳などあり得ません。どうしてそうなったのですか?』
スイールのよく知る彼らには魔法の類は一切効かない。それこそ攻撃魔法の類はすべてはじかれてしまう。それが広域殲滅魔法の隕石落としが空中で彼らに直撃したとしてもだ。それほど彼らは全身から出る魔力に守られているのだ。
その彼が、洗脳との言葉を口から吐いた。スイールにはとても信じられなかった。
だが、それが真実であると、彼の口からさらに続けられる。
『それが虚無であればそれが一番だ。だが、我が感じた同族の波動には明らかな揺らぎが乗っていた』
『それが洗脳だと?』
『そうだ。どうして洗脳を受けているかわからん。まぁ、あいつは同族一、人を見下しているからそこをつけこまれたのかも知れんがな』
彼が言うにはいつかは人を滅ぼしてやろう、と口に出していたとか。実際は冗談であったのだが。
それが、唯一の欠点であると告げていたのだ。正しいかどうか、スイールには知る由もないのだが……。
『今はまだ、思い通りになるまいと抵抗しているみたいだが、それもいつまで続けられるか……』
彼の同族、要するに世界を滅ぼせるだけの力を持ってる同族を、今の段階で何とか阻止したいと言うのである。
だが、一つ気になることがあった。
『ですが、貴方が出向けばそれで終わるのではないでしょうか?』
『それも考えた。だが、我が奴に近づけば同族を踏み台にして我をも取り込むやもしれん』
彼自身は洗脳には高度に抵抗する力を持ち合わせている。
だが、パスのつながった同族からは抵抗力が弱くなりがちだという。
そのパスも近づけば近づくほど強力になり、これ以上は近づけぬのだと言う。
そのために古くからの知り合いのスイールにお願いするのだ。
『では、貴方の同族の洗脳を解けばよろしいのですね』
『そうなる』
悪いと思いながらも彼は頭を下げた。
『会う場所はいつもと同じでよろしいですか?』
『それで頼む。それとな……』
彼はさらに言葉をつなげようとしたが、一瞬出していいのかと葛藤し始めた。
世界の災厄となる同族を救ってくれと頼んだ手前、これ以上スイールに押し付けてしまってもよいのかと悩んだ。
だが、話したところで彼が行動に出るかどうかは五分五分であろうかと。
それなら話だけでもしておくべきだと結論を出して、口にするのだった。
『同族の洗脳している相手だが、お前の真の仇かも知れんぞ』
『え?何と言った。それはもしかして、朱い……』
彼が洗脳と口に出した手前、スイールの真の敵にも伝わる可能性があった。
しかも、夢に現れる手段を持っているかもしれない。だから、夢であっても迂闊に話せる内容ではなかった。
『それは奴を正常にした後に聞いてみるのだな。おそらくだがどこから洗脳を掛けているかわかるだろう』
その様に彼は言い放った。
スイールの真の仇。
スイールには表面上の敵としてディスポラ帝国があった。それは信頼していた人の友人を無残にも殺されたからである。
その仇を討った今、スイールにはするべきことが見つからなかった。
だが、真の敵と彼から告げられれば話は違う。
スイールの一族としてのけじめをつけねばならぬ相手、それが真の仇である。
『それならば、私は全力をもって事に当たるとしよう』
『期待している。そして、久しぶりに会えることも楽しみにしているぞ』
そう告げるといくつかの伝言を残して、暗闇に光る二つの金色の瞳は元々その場所が暗闇であったかの如くスッと消え去って行くのであった。
…
……
………
ゆっくりと目を覚ましたスイールは凝り固まった体をほぐす様に両手を高く上げてゆっくりと伸びをした。あちこちの筋が伸びて軽く痛みを感じるほどだ。
首をぐるぐると回して完全に脳を活性化させると、部屋を見渡す。
リビングはいつも通りの光景だった。
耳をすませば窓の向こうから子供の声が聞こえる。あれはヒルダが息子のエレクと追いかけっこをして遊んでいるのだろう。
それもしばらくお預けにしてしまうかもしれない。
少しの罪悪感がスイールの心を締め上げる。
それよりも、この世界を滅ぼさせる訳にはいかない。大事にするのも無理があろう。
王国に依頼して軍隊を派遣してしまったら、もっと人が死んでしまうだろう。
やはり少数で、それも装備を整えて向かうしかない。
日はまだ高く夕暮れには時間がある。
夢で依頼されたとはいえ、時間を無駄にすることもできない。
だから、スイールはすぐさま窓を開けて庭のヒルダに声を掛けた。
「ヒルダ!出掛ける準備を。エレクはシスターに預けてくれ」
スイールの言葉に驚くヒルダ。
そして、シスターとの言葉を聞き遊びに行くのかと勘違いして喜ぶエレク。
「えっ?今から出掛けるの」
出掛けるとは近くのブールの街へと遊びに出掛けるとは意味合いが違う。
旅の支度をして家を留守にすると言うことだ。
しばらくはスイールも遠くに出掛けずゆっくりとしていたが、この時になって何故と思うのも仕方ない。
「緊急の用事です。当然、エゼルとヴルフも連れて行きます」
こうなってしまったら”誰の意見も聞かないんだから”と、ヒルダは顔をしかめて溜息を吐く。
ヒルダはあまり危険な事に首を突っ込んで欲しくないのだが、と思いながらエレクを連れて屋敷へと入って行った。
※やっと最終章の始まりです。
プライベードで何もなければいつも通りに進められるはずです。
最近、仕事を変えまして、ちょっと安定しなかったんですよね。




