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第四十一話 魔術師たちの決意

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「すみませんね、私が遅くなったばかりに……」


 細身剣(レイピア)を鞘に納め、温もりが徐々に消えゆくファニーを抱き上げてスイールは踵を返して足を進める。

 皇帝を護衛をしている兵士が追いかけて来る可能性も捨てきれず、足を一生懸命動かしその場から離れようとする。


 結果的には、皇帝はあれ以上数を割いてまでして追っ手を差し向ける事はなかった。

 百人いた護衛から四分の一近くが帰らぬ事で慌てて守備を固めさせたのだ。


 当然、望遠鏡は持ち歩いており、誰かが陣から離れた後方で燃え上がる護衛の兵士の姿を捉えていた。皇帝に報告すれば当然、これ以上の護衛を減らす訳にも行かずに臍を噛むしかなかった。


 その後、護衛が焼かれた現場を護衛の兵士が丹念に調べたが、皇帝の下へたどり着いた者達の一人の死体も見つからなかったと聞き、烈火の如く怒りを露にしたと後に伝えられている。







 スイールがファニーを胸の前に抱いて十五分ほど歩くと、暗がりの中に数人と数頭の馬が浮かび上がって来た。馬をそこに置いて逃げる起点になっていた場所であり合流場所でもある。


「お~い、無事だったか。一人か……っえ?」


 スイールを暗闇に見つけたヴェラが一人、彼の下へと走って来た。スイールの姿をはっきりと捉えられる距離まで来たヴェラは急に足を止めて絶句していた。

 スイールに抱きかかえられ力を無くしたファニーの姿を見てしまった為だ。


 抱きかかえられたファニーは左腕をだらりと力なく下げ、何か所から真っ赤な鮮血を流した跡が残っていた。他にも脹脛(ふくらはぎ)や太腿にも何か所もである。

 さらには肘から先を無くした右腕だろう。血の流れは止まっていたが誰が見ても痛々しい。


 スイールはゆっくりとヴェラの横を通り過ぎる時、小さく言葉を吐いた。

 ”申し訳ない”、と。

 それから、ミルカの下へと歩み寄り、抱える彼女の遺体を地面に下ろして再び呟いた。


「申し訳ない……。申し訳ない……」


 同じ言葉を何度も、何度も……。

 それは、ファニーを見殺しにしてしまった贖罪の気持ちでもあった。

 彼女の亡骸を見たミルカは烈火の如く怒りに身を任せてスイールに襲い掛かってくるだろうと覚悟していた。


 だが、そのミルカはただ夜空を見上げて呟いただけだった。


 ”すまなかった”、と。


 ミルカは傭兵として活動していたので何時かはこんな日が訪れると覚悟していた。

 だが、それが今日この日であるとはミルカも想像しなかった。

 皇帝の眼前に姿を現す、そんな事をすれば誰かが命を失う、いや、全員が命を失うかもしれないと思っていた筈だ。

 それを楽観視して、今回も無事に逃げられる、そんな思いがあったのだろう。

 ファニーを殺したのはミルカ自身である、と考えても何ら不思議では無いだろう。


 空を見上げていたミルカの腕がブルブルと震え始める。

 それから何を考えたのか、急にの向きを変えると馬へと走って行き、手綱を取って飛び乗ろうとした。

 だが、クリフの従者兼護衛のヘルマンがミルカに走り寄り、力の限り右腕を振り抜いて殴り飛ばし行動を制止させた。


「な、何をするんだ?」

「決まっておろう。ミルカ殿の行動を阻止するために殴ったのだ。それの何がいけないと?」


 ヘルマンは振り抜いた拳をミルカに向けて声を荒げた。彼が何を行おうとしたのかヘルマンには心当たり、つまりは自分自身に同じ思いを抱いた時があった。それがあるからこそ、ミルカを殴ってでも止めたのである。

 そうとも知らず、殴られ地面に転がるミルカは怒りを孕んだ視線をヘルマンに向ける。


「皇帝に向かって行こうとしているのだろう」

「それのどこが悪い」

「ミルカ殿の実力を持っていても、皇帝には届かんだろうと言いたいのだ、それに……」


 ミルカはファニーの仇を取ろうと、馬を走らせれば目と鼻の先にいる皇帝に殴り込みに行こうとしたのだ。

 彼の実力があれば皇帝の命を取る事も出来るかもしれない。

 それよりも、目の前の現実と向き合うべきであるとヘルマンは思った。

 その証拠に……。


「……それに、ファニー殿の顔は穏やかではないか。その思いを無下にするのか?」


 一瞥しただけで視線をそらしてしまったミルカは、まじまじとファニーの顔を見ていなかった。彼の中ではファニーの死だけが独り歩きし、恨みを抱いているだろうと考えてしまったのだろう。


 それを聞いてようやく頭が冷えたミルカは地面に倒れ込んでいるまま辺りを見渡した。


 ファニーの死を目の前にして、トボトボと歩いて来るヴェラ。

 ミルカを殴りつけて痛そうに手をさすっているヘルマン。

 遠目に心配そうな顔を向けているクリフ。

 四股を付いて、地面に顔を向けたまま肩を震わせているスイール。


 そして、夜空に顔を向けて、眠るように穏やかな表情を浮かべるファニー。


「確かにそうだな。今はその時ではない……か」

「まだ機会はあるはずだ。その時を纏うではないか?ミルカ殿」


 ミルカは、今は皇帝の姿を見れただけで良かったと思うしかないと、自分に言い聞かせた、悔しそうに拳を握り締めながら。


「それじゃ、また移動だな。これからどこへ向かおうか?」


 ファニーの亡骸も弔わなければならぬとミルカは口に出した。


「その前に一つ、話をさせて貰えないだろうか?」


 そう話したのは、ファニーの横で四股を付いていたスイールだった。

 ゆっくりと立ち上がりながら、ミルカに顔を向ける。


「魔術師殿、話とは何か?」

「彼女が無くなる前、約束したことがある」

「まさか、私と同じことをしようとしているんじゃないだろうね」

「そのまさかだ。仇を取ると約束した」


 スイールはずばり、ファニーとの約束を思い出しながら、仇を取ると口にした。必ずやり遂げると決意に満ちた表情をしながら。


「彼女にも言われた、皇帝が来るのを待っていると……ね」

「それなら……」


 ”これから殴り込みに行くのか?”とミルカは口にしようとした。

 しかし、スイールはそうではないと告げる。


「実際、彼女を痛めつけた敵は私が葬り去っている。これだけ見れば仇を討ったことにしても可笑しくは無いだろう」

「って、それが言いたいだけなのか?皇帝を討つ事を諦めろと?」


 ミルカがスイールの胸元を掴んで怒声を浴びせてきたが、その手を振り払ってから首を振ってそうではないと否定する。


「皇帝は討つ。これは決定事項だ」

「それなら今から……」

「いや、皇帝を討つだけではない。帝国自体をも瓦解させる!」


 ディスポラ帝国を瓦解させる!それはつまり、ディスポラ帝国自体をこの世から消し去ると同義で発言したのだ。

 広大な領土を持つ国をだたの一人、しかも魔術師が滅ぼせるはずないと誰もが考えるだろう。ミルカも白昼夢でも見ているのかと思ってしまった。


 それだけ、スイールの発言した言葉は現実から遠く離れていた。


「それには多少準備が必要となる」

「まさか、本気で出来ると思っているのか?」


 ミルカの質問に対し、スイールはニヤリと口角を上げて笑顔を向けてこう答えてた。


「別の魔術師の協力を得なければなりませんからね」


 しかし、口元とは裏腹に彼の瞳には決意に満ちた思いが込められていた。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「報告します。前方より旅人()が近づいてきまして、カルロ将軍にお目通りを願っております」

「旅人だぁ?この戦争中にか。帝国の国民は何を考えているのか……。現地の協力者なら無下にも出来んだろう。だが、私自らが会う必要はないだろう。誰か適当なものを当たらせればよい」

「畏まりました」


 ここはトルニア王国から、そしてスフミ王国からも遠く離れたディスポラ帝国の草原に位置する。

 すでに何日も行軍を重ね、あと十日とちょっと進めばバスハーケンを囲めるまでの距離に来ている。


 実際、カルロ将軍を指揮官とするこのトルニア、スフミ連合軍は十万の兵を抱えている。

 本来であれば三万程多い、十三万を要していたのだが、途中、ジェモナに進軍した際にその地の抑えとして、そして海に面する小さな村、パラトンに睨みを効かせるために残して来ていた。


 その他にも進軍方向右寄り二万五千の帝国軍に攻め込まれたが、数の暴力により敵を撃滅する事に成功している。


 それから数日して、カルロ将軍にお目通り願いたいと旅人が現れたのであるが……。


「将軍、申し訳ございません。先の旅人ですが……」

「どうした?何か気になる事でもあったか?」

「気になると言うか、どうしてもカルロ将軍にお目通り願いたいと申しておりました……」


 たかが旅人に会っていられるかとカルロ将軍は溜息を吐くのだが、報告してきた兵士の言葉を聞き、息を飲むのであった。


「それが、”自分は魔術師スイールである。将軍にお目通りを”と言って聞かないのです」

「スイールだと?なんであ奴がこんな所にいるんだ?」


 本人であれば魔力機器(マジカルマシーン)を知らせてくれた恩もあるから、会わないわけにはいかないだろうと仕方なくスイール本人だけをここに呼ぶようにと指示を出した。


 それからしばらく進むと、カルロ将軍の前に一人の男が姿を現した、頭を下げて。

 当然、その後ろには兵士が二人付き添いで来ている。

 カルロ将軍は進ませている軍を止めて休憩に入らせてから、その男に顔を向けた。


「お目通り感謝いたします、カルロ将軍」

「で、お前が魔術師本人か?」

「はい、その通りです」


 確かに男が発する声には聞き覚えのあった。

 だが、声を真似していて、暗殺者を送り込んで来たと危惧もあった。それに、トレードマークとなっていた杖を持ち合わせていないのも気になった。

 あれだけ特徴のある杖を持ち合わせていれば五割ほどは本人だと証明できるのだが、とカルロ将軍は思っていた。


「表を上げろ」

「はい」


 正面から見た男は、カルロ将軍が良く知るスイールその人だった。


「申し訳ないが、お前は出自を証明す物を持っている筈だ。それを見せるのだ」

「では……、これを」


 男が兵士を介して渡してきたのは三枚のカード。

 一枚はトルニア王国の身分証。

 もう一枚はワークギルドで仕事を受けるために必要なカード。

 最後にパトリシア王女から渡された厚めのカードである。


「わかった、これを返そう。で、スイール殿よ。息子共は一緒じゃないのか?」

「エゼルを連れてこようかと考えたのですが、すでにパトリシア王女の下へ向かっていましたので断念しました。ヒルダはまだ小さな子供を抱えています。さすがに帝国へと連れて来れないと、これもまた断念しました」

「なるほどな。それだけ立て板に水の如く話せるのなら、本人であろう。少し話を聞かせて貰ってもいいか?」


 カルロ将軍は本人だと確認できるとやっとのことで心配を取り去り、馬を降りてスイールへと近づいてここまで来た経緯(いきさつ)を聞く事にした。







「皇帝に会ったと申すか……」

「ええ。知る者の話だと、ゴードン=フォルトナー。前の宰相だったそうです」

「その名前なら知っている。矛を合わせた事は無いがな」


 数年前、スフミ王国に十万の軍勢で押し寄せて来た時の責任者だったとカルロ将軍は口にした。そして、宰相の地位を奪われて失脚し、飾り物の地位を受けて半ば監禁状態にあった筈であったと情報を追加した。


「それに前の皇帝の血を引く子供か……」

「彼を殺そうとはしないでください。皇帝の地位を狙うなど野心はこれっぽっちも持っていませんから」

「今はそうかもしれんが、将来は地位を欲するかもしれん。まぁ、その時はその時だがな」


 カルロ将軍からしてみれば、前の皇帝の血を引くクリフがいたところで気にはならなかった。むしろ枝葉の事であると。


「で、お前は何がしたいんだ?用が無いのなら、私の旗印に頭など下げんではないか」


 それは、カルロ将軍の印象通りであった。

 もし、スイールがただ旅をしているだけであれば、カルロ将軍がいる軍隊とすれ違ったとしても他人だと決め込み、挨拶もしないですれ違っていた筈だ。

 それがカルロ将軍に挨拶に来たのだ、何かを企んでいるとしか思えないのだ。


「そうですね……。バスハーケンに到着したら、魔術師を数人貸して欲しいのです」

「魔術師を?別に構わんが、何に使うのだ、貴重な魔術師を」

「手法は言えませんが、一つだけ確かな事は無駄な戦いをせずにディスポラ帝国に勝たせてご覧に入れます」


 スイールの魔術師としての腕はある程度、カルロ将軍も知っている。

 だが、数人の魔術師を借りただけで強大なディスポラ帝国に勝つなど馬鹿にしているとカルロ将軍は睨みつけた。

 だが、スイールの自信満々で放った一言、それも恨みの籠ったその言葉に疑いながらも首を縦に振るのであった。


「仕方無い。数人、貸せる手配をしておこう」

「感謝します」


 スイールはカルロ将軍に深々と頭を下げた。


「カルロ将軍に申し上げます。また、将軍にお目通り願いたいと申す者が現れました」


 突然の報告に、また何か良からぬ事が起こるのかと目元を手で覆うのだが、兵士から渡された封筒を手に取るとにこやかな表情を取り戻すのであった。


※魔術師たちの決意は並々ならぬものがあります。

ですが……。

 それにしてもカルロ将軍への訪問客が多い事……。


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