第三十六話 帝国へ……
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「あ~~!こんな所にいた!」
高笑いしているヴルフ達の下へ、耳に響くキンキン声を上げて一人の女性が駆けて来る。
「なんじゃ?誰かと思ったらアイリーンじゃないか?」
「アイリーンも参加していたの?」
二人の前に顔を見せたのは、赤髪がトレードマークのトレジャーハンターとして有名になったアイリーンだった。今はブールの北に位置するルストの街に拠点を移して活動をしている旅仲間の一人だ。
「当然じゃないの。ダーリンが”参加する”ってなったら、ウチが一緒に行くのは当然でしょ」
何故、アイリーンがルストに拠点を移したかだが、彼女が口にした”ダーリン”が理由なのだ。
ルストの治安維持を一手に請け負っているスチューベント男爵家に使えるダレン=ハンプシャーの息子、フレデリック=ハンプシャーに一目惚れして猛アタックを掛けた結果、二人は付き合う様になった。
さらに驚くのは、間も無く結婚する事だろう。
エゼルバルドはヒルダと共にその二人が仲睦まじくしている光景を見ており、結婚できないと騒いでいたアイリーンとは大違いだと感想を漏らした事もあった。
「その幸せの絶頂にいるアイリーン様がワシらに何の用だ?」
「何それ?まぁ……、その通りなんだけど、今日は違うわ。二人でまた何か企んでいると思ってね」
企んでいるとは人聞きが悪いとエゼルバルドは思った。
それと同時にモジモジとアイリーンらしからぬ仕草がどうも似合わない。
そんな彼女に、一言、言い返してやろうと思い、思わず口に出してしまう……。
「托卵?」
「違うでしょ!」
冗談だと告げて、何の事かと逆にアイリーンに聞き返した。
「二人しか見えないもの。スイールはどうしちゃったの?」
「あぁ、そういう事か」
スイールを中心にしてコンビやトリオを組むことは多いが、エゼルバルドとヴルフだけの組み合わせは珍しいと言えるだろう。そのスイールが見えないとアイリーンはキョロキョロと辺りを見渡すのだが……。
「そうか、聞いてないのか。スイールは今、帝国へ行ってる」
「て、帝国?なんで危険な今に行ってるワケ?」
エゼルバルドも初めて耳にした時には同じ疑問を持ったのは事実だ。
それから、向かって時期を聞けば納得できたのである。
「それはオレも思った。だけど、スイールが向かったのは帝国が兵を挙げる前。付け加えると北部三都市が独立宣言をする前らしい」
「エゼルの言う通り。スイールが向かったのは宣言の数日前じゃ。今はその情報を聞いているだろうが、あ奴の通ったルートではそれを知るのも難しいだろう」
装備品を山程持たなければ走破できぬルートを通ると聞いていた為にヴルフは呆れて物が言えないと言った様な態度を示す。
それは何処を通るか知っている為であり、それを知らぬアイリーンには更なる説明を必要とした。
「って、どんなルートを通って帝国に向かったのよ!」
「オグリーン経由」
「ち、ちょ!なんでそんなルートを通ってまで向かうのよ?」
トルニア王国に住んでいれば一度は耳にするオグリーン村の名前。
トルニア王国最南端に位置し、さらに最高地にあり、お金を持つ貴族が避暑地として利用している、有名だが辺境も辺境と言える村だ。
アイリーンにはそれよりも、アミーリア大山脈を通り抜ける秘密のルートの起点としての方が耳にしてる。
そう、アイリーンもそのルートは何回も通った事があるからだ。
アミーリア山脈の南側、ディスポラ帝国側に彼女の食指が動きそうな遺跡が無数存在している事が彼女にその行動を取らせたのである。
で、あるから、そのルートを通っている時には外部からの情報はシャットダウンされ、数か月も世間から取り残される事になる。
すでにディスポラ帝国に入っているのであれば問題ないが、アミーリア大山脈は既に雪に閉ざされ、行くも引くも出来ない状態であり、それが心配だった。
「呆れたわね。よくもまぁ、そんなルートで帝国に向かったわねぇ」
肩をすくめて、スイールの考えは掴めないとそれ以上の考えは放棄しようとする。
しかし、何故そのルートを通ったのかは、ヴルフから理由を聞いて納得するのであった。
「アーラスの内乱で敵だった傭兵と皇帝の血筋の子供ねぇ……。難儀な人と一緒だからなのね」
「と、言う訳さ」
「なるほどね……。で、何時、向かうの?」
「へ?」
エゼルバルドは思わず変な声を出してしまった。
向かうと決めたが、それはなるべく早くと言わざるを得ない。
だが、それをアイリーンが気にするのかと、疑問に思うと表情に出して首を傾げた。
「だから、何時、向かうのって聞いてるのよ」
「何で?」
「ウチも行くからに決まってるじゃない!ヴルフだって行くんでしょ?」
それを聞き、エゼルバルドはヴルフとアイリーンの二人を交互に見て行く。
二人共、それがさも当然とばかりに満面の笑顔を浮かべながら。
エゼルバルドは”ボリボリ”と頭を掻いて、苦笑を浮かべる。
「わかったよ。スイールを連れ戻す手伝いをお願いするよ」
こうなった二人には誰の言葉も耳を貸さない事はエゼルバルドも良く知っている。
一人で向かうよりは百倍も心強い仲間と共に向かえると二人に握手を求めながら笑顔を見せるのであった。
ミンデンの防壁上でディスポラ帝国へ向かう事を決めた時から数日後、エゼルバルド達はミンデンを出発し、街道を進んでいた。
”パカリパカリ”と四騎が揃って進むのだが……。
「いやぁ、無理言ってすまんね」
当初、三人でディスポラ帝国へ向かう筈だったが一人増えて四人になっていた。
「いえ、付いて来てくださって感謝してます。腕前は知っていますから心強い味方が増えた事は心強いです」
「そう言ってくれるとありがたい」
エゼルバルドと言葉を交わしたのは、アイリーンが”ダーリン”と呼ぶ、フレデリック=ハンプシャーである。
フレデリックは長いから”フレディ”とでも呼んでくれ、と言うほどの気さくな好青年だ。
とは言え、アイリーンと同い年ですでに三十歳を過ぎており、好青年と呼ぶにはギリギリかも知れない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そのフレディが付いて来るとなったのはエゼルバルドがパトリシア王女に帝国へと向かう事を告げた時だった。
「なに?帝国へ向かうだと!」
ミンデンの街を北部三都市の手から取り戻し、あとは集めた兵士を元に戻して安定させ無ければならぬと決まったその夜にエゼルバルドはそう打ち明けた。
「ええ、オレの役目はこれ以上ないでしょうし」
パトリシア王女の目の前でボルクム領主、バーニー=ボルクム伯爵は自刃し自ら命を絶ち、エトルタ領主、エリアス=エルゼデッド子爵はエゼルバルドに首を刎ねられて絶命した。
最後のブメーレン領主、フレディ=ブメーレン子爵もミンデンから逃げだろうとした所を潜入していたジムズ達により首級を上げられ、すべての首謀者はこの世から去った。
後は領主らから街を開放して、王国の直轄地として一度統治しなおすと決めたばかりだった。
パトリシア王女にはエゼルバルドに手伝ってもらおうかと考えていただけに、非常に残念に思い、それが表情に出ていたらしい。
「そうか、残念だ。まぁ、妾の部下でもないエゼルを自由に出来る訳でも無し、もし、そうなったら傲慢だと言われるだろうから諦めるしかない……か」
「恐縮です」
”ふっ”と鼻を鳴らして笑みを浮かべると、部屋にある小さな机に向かいペンを取って何かを書き始めた。
そして、幾つかの書類を書き上げると、それらを封書に入れて蝋で封印をしてエゼルバルドに渡した。
「……これは?」
「帝国へ向かうのだろう。スフミとの国境、そして、ディスポラ帝国へ向かったカルロ宛だ。まぁ、お前に協力しろとしたためただけだ」
”それを無視する奴は首を刎ねてもいいぞ”と冗談も彼女の口から飛び出した。
だが、その後すぐ真面目な顔をしてエゼルバルドに向き直る。
「何の理由があって行くかは聞かん。だが、これだけは約束してくれ、必ず帰ってくると」
エゼルバルドは数歩下がり、足を折って跪き頭を垂れて恭しく言葉を口にする。
王城でパトリシア王女の執務室では恭しく頭を下げる事などしないが、ここはまだ戦争が終わったばかりでトルニア王国軍で借り受けている役所。
そこでいつも通りの言葉使いをしてしまえば、何処から槍が降ってくるかわからない。
「王女様のご命令とあれば」
パトリシア王女も、それはわかっているのかエゼルバルドの恭しい何時もと違う姿を見て笑いを堪えるのが精いっぱいだったようだ。
そして直ぐに部屋から退出すると、ヴルフ達の待っている場へと戻って来た。
だが、そこにはヴルフとアイリーンの他にもう一人、男が待っていた、爽やかな好青年の。
「あれ?フレデリックさん、何でいるんですか?」
「何でいるって、やだなぁ。アイリーンがいるんだ、僕がいたって不思議じゃないだろう」
確かにその通りだった。
アイリーンとはすでに二年以上も付き合い、婚約まで交わしている。
その二人がべったりと見せつけるようにいれば、嫌味の一つも言いたくなるのであるが……。
エゼルバルドもヒルダが”ここにいれば”と思わずにいられない。
それを思えば溜息を吐いてしまう。
「はぁ~。……それはともかく、パティには許可を貰ったからいつでも出発できるよ」
パトリシア王女から受け取った封書を見せながらヴルフとアイリーンに伝える。
当然、フレデリックも聞いているのだが、さすがにディスポラ帝国へは向かわないだろうと話を振らなかったのだ。
だが、そのフレデリックから思わぬ言葉が飛び出してきた。
「僕も一緒に行くがいいよね?」
「はい?」
思いもよらなかった言葉を聞き、力の抜けるような返事をしてしまう。
「いや、エゼルが王女様の所に向かった時に、アイリーンに呼ばれて帝国へ向かうって聞いたから、それなら僕も一緒に行くって話をしてたんだよ」
「そうなの?」
アイリーンに尋ねると顔を赤らめてコクコクと首を縦に振って肯定する。
「だって、エゼルだって前の時はヒルダと一緒だったでしょ。それに、ヴルフには敵わないけど、彼だって相当な剣の使い手よ」
アイリーンは長弓を使い、中、長距離の攻撃を得意としている。そこにフレデリックが前に出て近距離の攻撃をするのだから二人のバランスは取れている。
少ない人数でも戦力が整っていれば何かと対処しやすいのではと思わぬでもない。
なので、エゼルバルドは許可が下りているのなら一緒に行ってくれると助かるとお願いする事にした。
「では、道中よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
左手でアイリーンの肩を抱きしめながら、右手をエゼルバルドへと差し出す。
それに握手で返すのだが、二人の姿に思わず嫌味を言ってしまった。
「道中でそれは止めてくださいね。何処から狙われるかわかりませんからね」
「これは手痛いところを突かれたな。肝に銘じておくよ」
こうして、アイリーンの婚約者のフレデリックがディスポラ帝国へ向かう仲間になったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「えっと、フレディは旅は慣れてるの?」
先頭を行くエゼルバルドは振り返って旅の仲間になったフレディに尋ねてみるのだが、アイリーンと並んで会話を楽しんでいる為か、返事が返ってこなかった。
ミンデンを出発したばかりで、戦争の影響で盗賊や獣の類は出て来ないとは言っても、声を掛けられたら答えを返して欲しいと思ったエゼルバルドはカチンと来てしまう。
「フレディ!!」
相手は年上であるが、どうしても我慢できずに声を荒げてしまう。
それでようやく気が付いたのか、軽く言葉を返してきた。
「あ、ゴメン。会話に夢中になっちゃった」
「仲良くするなとは言いません。あれだけ騒いでいたアイリーンの相手ですから、それは祝福しますよ。ですが、道中は何が起こっても不思議では無いのですから、耳だけでも外に向けておいてください!」
エゼルからの怒鳴られ、フレディ、アイリーン共々身を小さくして”しゅん”と落ち込んでしまった。
アイリーンも珍しく、会話に夢中だったのだろう。
それ自体は好ましいが、道中ではアイリーンの索敵能力に頼らざるを得ない場合もあり、それを考えるとエゼルバルドは頭痛が起きそうだった。
「いいです。一つ聞きますが、フレディは旅に慣れているんですか?それを聞きたかったんですけど」
「申し訳ないね。えっと、旅に慣れているかと言えば、どうだろう。二年に一度は王都までの道のりを行くから素人って訳ではないね」
ルストの領主の護衛として仕えるスチューベント男爵家と共に向かう事は多々あるのだそうだ。
だが、たった四人の少人数での旅は経験が少ないとも口にしていた。
「ちょっと大変かもしれませんけど、二十日程、よろしくお願いしますよ」
「……うん、頑張るよ」
十一月の冷たう風に吹かれ、こめかみから流れ出た冷や汗をさらに冷たくしながら、フレディはそう返すのだった。
※ミンデンの街を開放したパトリシア王女らトルニア王国軍。北部三都市の領主を全て討ち取ったことにより三都市は王国の直轄地として数年管理されることとなる。
ミンデンも領主を元に戻し、破壊された街を直しつつ、元の生活に戻っていくでしょう。
そして、エゼルバルド達はスイールを追って帝国領へと向かうのですが……。




