第三十五話 戦い終わり、そして……
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「な、に、ぃ!一撃だと!?」
パトリシア王女に向かったが、エゼルバルドに返り討ちにされて首なし死体となり”ドサッ!”と地面に叩きつけられたエルゼデッド子爵に目を奪われた。
北部三都市の領主の中では誰にも負けぬ程の実力を持ち合わせていた彼が一撃で物言わぬ骸に変わってしまえば、彼の実力を知る誰もが息をのみ動きを止めるのは必然だ。
そして、主を失った騎馬が悠然とお互いの中間点を走る姿に敵味方関わらず恐怖を覚える。
だが、その恐怖もパトリシア王女率いるトルニア王国軍には味方に付いた鬼神と見え拍手で迎えられ、ボルクム伯爵率いる北部三都市には恐怖と死を運んでくる死神として恐れられる。
その恐怖を抱いている兵士達の中にいても、ディスポラ帝国から来ているダンクマールは違った思いを抱いていた。
(ヴルフ一人を殺れば何とかなるかと考えたが、とんでもない敵がいたもんだ……)
ダンクマールはこめかみと背中に滝のような大量の冷や汗を流しながら、死と隣り合わせの今を嘆く。力の差がこれまでついてしまっては如何する事も出来ぬと。
だが彼には、自らの死を賭けてでも知らなければならぬ事があった。
「それにしてもよくこの道を通る事がわかったな?」
精いっぱいのやせ我慢。
ボルクム伯爵より一歩前に馬を出して、長槍をパトリシア王女に向けながら声を上げた。
「良くわかったって?お前が指揮を取ってたのか、拍子抜けしたよ」
そう答えたのは長槍を向けられて憤慨しているパトリシア王女ではなく、彼女を守る様に前に出たエゼルバルドだった。
しかも、残念がった様子で、である。
「ち、ちょっと待て!お前には聞いてない。誰に……」
「安っぽい作戦だなって思ったさ。おかげで上手く誘い出せたし、この街も取り戻せたみたいだからね」
両手剣を背中に収めながら、ダンクマールの発言を遮るように言葉を重ねる。
当然、その対応に彼は怒りを内包して騒ぎ立てる。
「貴様ぁ!自分を愚弄する気か?作戦を考えた奴を出せと言ってる」
「だから、目の前にいるだろう!お前と話している、オレが」
「は?」
間も無く四十歳に手が届きそうなダンクマールは、自分の半分程の年齢で、さらにトルニア王国軍の装備品の鎧すら身に着けていない、正規兵でもなさそうなエゼルバルドに呆けたような声を出してしまった。
しかし、外套の隙間から見える、見た事も無い赤黒いうろこ状の素材を張り付けた革鎧をうっかりと見てしまえば、その呆けた声を出しても誰も何も言えないだろう。
「お前がこの作戦を考えたというのか?」
「そう言ってるじゃないか!」
「ありえん!何でお前みたいな小僧が自分の動きを予想できるってんだよ!」
ダンクマールは自分よりも若い敵を認めるなど出来もしないと憤慨して見せるが、それがかえってエゼルバルドを、それだけではなく、彼の後ろに並ぶパトリシア王女達を冷静にさせるとは皮肉なものだった。
「小僧って酷いな。これでも二十歳過ぎてて子供もいるんだけどなぁ」
「舐めやがって!巫山戯るのもいい加減にしやがれ」
笑みを浮かべて言葉を返すが、ダンクマールは聞く耳を持たぬとただ暴言を吐くだけしかしなかった。
「だから、パティじゃ無かった、パトリシア王女を殺そうと北から暗殺部隊を送り込んで来たからこそ、何となくどう動くかがわかったんだけどさぁ」
「こいつには何を言っても始まらんさ。それよりも、アニパレで取り逃がしたリベンジをさせて貰うとするか」
エゼルバルドは何故動きを読めたのかと説明しようとしたが、それが無駄であると口にしながらヴルフがゆっくりと前に出て来る。
首をゴキゴキと鳴らし、いかにもやる気満々でである。
それだけ戦う気満々で出て来られたら譲るしかないと、パトリシア王女の脇にまでエゼルバルドは馬を引かせる。
「そうだな、ワシを退けられたら見逃してやってもいいぞ。あの変なのより腕が立つんだったらな」
「キ、キサマまで自分を愚弄すると言うのか!しかも、手塩にかけたアッシュまでも」
アニパレでヴルフとミルカの二人に切り殺された豹型類人猿と人との混血児のアッシュを脳裏に浮かべながらヴルフの前に躍り出る。
ヴルフに長槍を向けながら、今に襲い掛かろうと。
「では、後顧の憂いを考えなくて済む今、全力を持って相手してやろう」
馬首を少し左に向けて棒状戦斧をダンクマールへと向ける。
そして、一度、深呼吸をして視線を相手に向けると同時に全力で殺気をほとばしらせる。
並みの兵士であればそれだけで怖気づき武器を捨てて投降するだろう。
そこは指揮官に上り詰めただけの事があり、殺気におびえながらも長槍の切っ先をヴルフに向けた。
「ほう。さすがと言っていいか?まぁ、それもあと少しだがな」
「クッ!」
ヴルフはゆっくりと棒状戦斧を斜めに上げる。
その一撃で馬ごと叩き切り、葬り去ろうというのである。
「どうする?来なければこちらから行くぞ!」
「ク、クソッ!」
その一言に怯えてなるものかと馬に蹴りを入れて走らせようとする。
しかし、ダンクマールが跨る馬はどんなに蹴りを入れても嘶くばかりで足を進めようとしなかった。
「馬の方が賢いようだな」
ヴルフの殺気にやられた馬は、如何する事もなさずに、ただ、その場で虚ろな目を周囲に向けているだけだった。
「う、動くんだよ!!」
「遅い!!」
ヴルフは馬に蹴りを入れて、ダンクマールに向かって走らせる。
ずんずんとヴルフがダンクマールに迫る。
一秒、二秒、どれだけ掛かっただろうか。
それとも刹那の時間しか経っていないのか。
それでもわかっていることが一つだけ存在する。
それは……。
「ふん!!」
ヴルフの掛け声と同時に棒状戦斧が空気をビビらせながら振られると、ダンクマールの首が胴体と別れたという事だ。
さすがのヴルフも怯える馬ごと葬り去るのは心苦しいと、アニパレで逃したダンクマールの首だけを狙った。
ヴルフが通り過ぎた後には、”ぶしゃっ!”っと頭の無くなった首から鮮血が噴き出し、首が地面と落ちると同時に胴体も馬上からずり落ちて行った。
「で、まだ戦うつもりか?」
パトリシア王女は馬を一歩前に出して、最後に残ったボルクム伯爵へ降伏を進める。
貴族としては戦いを好み、武の腕前もあったエトルタ領主のエリアス=エルゼデッド子爵、それと、ディスポラ帝国から派遣されていた懐刀的な知恵者のダンクマールの二人が一合も合わせる事無く一騎打ちで命を散らして行った。
ミンデンの街から脱出してきたばかりで付いて来る兵士もわずかであれば、ここで抵抗しても勝ち目は見えなかった。
たとえ降伏しても領主として、いや、貴族としての一族は終わりを告げる事になり、加担していないと言え連座により家族も刑を受ける可能性もある。
それならば、自分一人で事を起こしたのだと高らかに宣言して、貴族の地位を守りながら終わりを迎えるべきであろうと結論付ける。
そして、天を仰いだ。
ボルクム伯爵は馬を数歩前に進ませてから、ゆっくりと腰の剣を引き抜くと漆黒の闇に塗り潰された天に向かって高々と掲げる。
「我らを追い詰めた手腕、見事であった。既に我はここに用はない。だが、最後に一つだけ申しておく」
何をするのかとパトリシア王女達は油断なくボルクム伯爵を見つめる。
そして、一拍おいた後、再び口を開いた。
「領内にいる家族は我らの立てた計画に少しも関わっていないとな」
それだけ言うと、高く掲げていた剣を自らの首元にゆっくり押し付け、目を瞑って一気にそれを引き抜いた。
「「!!」」
誰もが目を疑った。
まさか、自刃するなど思わなかっただろう。
剣を当てられた首元から大量の鮮血が噴出し、自らの体を、騎乗している馬を、そして地面をも赤く染めて行く。
それがかすかに光を放つ月の光に当てられ、惨い光景だが何故か幻想的に写ってしまった。
力の無くなった手から剣がゆっくりと離れると、甲高い音を立てて地面に落ち、剣の刀身が根元から折れてしまう。まるで、自らの役目はこれで終わりだと伝えるように……。
それからゆっくりとボルクム伯爵の体が横にずれて行き、最後には馬から落ちてしまった。
ボルクム伯爵の死体に近づいて確認をしたが脈は既に無く、彼の死亡が確認された。
さぞ無念であろうと彼の顔を誰もが覗き込んでみるが、恨みがましい顔をしている事も無く、安らかな表情をしていた。
「終わったようだな」
北部三都市の三つの領主の内、二人がこの場で命を落とした。
あと一人はこの場にはいないが、その二人に比べれば一段も二段の能力が落ちると知っていれば、別段恐れおののく事も無いだろう。
”ホッ”と息を吐きだして一息入れたいと思うのだが、彼等に従っていた兵士がまだ残っており、再び気持ちを引き締め直してそれらに命令を告げた。
「降伏するなら命は助ける。だが、これ以上戦おうとするのなら容赦はしない、武器を掲げるか、捨てるか、選ぶが良い」
同じトルニア王国で生活していた国民である。
殺すには忍びないと声を高らかに上げて降伏を進めた。
将を失ってしまえば組織だった戦いなど出来る筈も無い。
それに、この北部三都市が起こした戦争の首謀者が亡くなってしまった事も大きい。
ボルクム伯爵やエルゼデッド子爵、それに、ダンクマールに次いで指揮を取っていた兵士が騎馬を降りて武装を解き始めた。
そう、何が正義かわからなくなった彼は戦いを終わらせるために降伏したのだ。
それを見た他の兵士達はそれに続けと、次々に武器を地面に捨てて降伏を表明し始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
全ての戦闘が終わったのは朝日が昇った後だった。
ミンデンの街は南門、西門それぞれからトルニア王国軍に攻め込まれ、トルニア王国軍、北部三都市軍双方の兵士の死体が街の至る所に転がっていた。
しかし、どちらが多いかとすれば夜襲された側の北部三都市の兵士が多いのは当然であろう。
兵士食堂の火事により少数が起きて対処に当たっていたが大部分は就寝中であった。そこから叩き起こされ碌な装備を身に着ける前に敵に向かわなければならず、訓練を受けていた兵士とはいえ装備の差により次々に凶刃に倒れて行った。
ミンデンの兵士も含めて二万五千もいた兵士の殆どは朝日が昇るころには疲れ果てて動けなくなり降伏を申し出ている。
後に判明した事だが、双方合わせて五千近くの死者を出した事により、大激戦の一日であったと言えよう。
それに、ミンデンの住人からも少なくない死者を出してしまった事は作戦に余裕が無かった事である。だが、ミンデンを取り戻した事が出来、それをとやかく口に出す者がいなかった。
誰に配慮したかは誰の目から見ても明らかであろう。
戦闘が終わり一段落付いた後に、グラディス将軍やパトリシア王女を始めとする諸将はミンデンの中央に集まり、戦後の事を話し合っていたが、作戦を考えた功労者であるエゼルバルドはその場におらず、南門の防壁へと上り南を睨みつけていた。
「で、どうするんじゃ?」
「どうするって?」
エゼルバルドに付いてきたヴルフは曖昧な言葉を投げかけた。
とは言いながらもこれからの事、そして、気になる事でもあるのだろうと告げて来たのである。
「どうするも、こうするも無いじゃろう。お前が南を向いているのなら視線の先には何がある。いや、何がいると聞いているのじゃ」
エゼルバルドはその言葉を耳にして、”なんでもお見通しか”と微苦笑して振り向いた。
「そこまで言うのだからわかってる癖に」
「あの男を追うのじゃろう、スイールを」
「それしかないだろうね」
ディスポラ帝国にスイールが向かった事は当然聞いているし、無謀なルートを通った事も聞いた。その同行者がかつて敵だった傭兵達、そして、皇帝の血を引きし者がいる事も気になった。
「何時も何を考えているかわからないけど、今回は全く予想が付かない。何でスイールが帝国に向かったかのか」
「皇帝に恨みがあるとか言ってたけど、それを果たしに行ったんじゃないのか?」
スイールは帝国に、皇帝に友人を殺されたとヴルフ達の前で告げている。
その友人の願いが皇帝の殺害であり、帝国の滅亡である。
皇帝を殺す事は魔術師一人の力で出来なくも無いが、ディスポラ帝国をこの地から消し去るには一人では、どんなに風呂敷を広げたところで無理難題を口にしているだけと思えてしまう。
ではそれ以外には何があるのかと聞かれれば、”予想もつかない”と口にするしかなかった。
「それに……」
「それに、なんじゃ?」
最後にエゼルバルドは真剣な顔をヴルフに向けながら、こう告げるのだ。
「スイールを連れて帰らないとヒルダに怒られる」
「……ふっ!確かに、違いない!」
ヴルフは最後の理由を聞くと、青く晴れ渡った空に向かい大声で笑いだすのであった。
※ヴルフにエゼルが無双って……。
まぁ、訓練をしているといっても領主ですから、普通に訓練受けた人と比べてちょっと腕が立つくらいですよ。




