第三十三話 戦場はミンデンの街
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兵士達が利用する食堂にしている建物が炎に包まれミンデンの街は夜中だと言うのに騒然としていた。
業火に包まれた建物の消火に尽力しようと現場で声を上げる指揮官の姿が見える。それに応じるように、数百人の駆り出された兵士が消火活動と、他の建物に火災が回らないようにと眠気を吹っ飛ばして動き回っている。
火災がなかなか収まらず騒然とする現場を野次馬根性丸出しの市民が群れを作り、ああでもない、こうでもない、と騒がしい声を出している。
だが、本当の騒ぎはその騒がしい声にかき消され、北部三都市の軍勢に占拠された役所まで届く事は無かった。
”サッ!”、”ササッ!”
四十人の兵士を任された隊長が手を頭の高さまで上げてから前方へと振り合図を送る。
その動作を見た兵士が一斉に走り出し、ミンデンの南門へと取り付き始める。
半分程はその横にある階段を登り始め、防壁上へと駆ける。
門付近の防壁は分厚く、それでいて背が高い。
十メートルほどを一気に上がると、駆ける兵士に気付き始めた兵士に剣を抜き始める。
十数人もいる見張りをミンデンに潜入したわずかな兵士が無傷のまま制圧して行く。
ある者は首を一突きにし、あるものは心臓を一突きにしながら。
制圧する兵士は誰も返り血を浴び、全身を真っ赤に染めて行くが月の光しか照らしていなければ真っ黒になっていると勘違いするだろう。
そして、制圧して防壁上に設置してある跳ね橋を下ろす機械を見つける。
「よし、占拠!味方に合図を送れ。待ちくたびれて地面に根っ子を張っているかも知れんからな。剥がすのに時間が掛かるだろう」
隊長がそう告げると兵士の一人が防壁から外に向かって、魔法の光を付けた武器を持って大きく手を回した。
「下の連中にも知らせてやれ。跳ね橋を下ろして機械を破壊する!」
数人がかりで跳ね橋を下ろす機械でゆっくりと跳ね橋を下ろして行く。
それと同時に閉じられた門がゆっくりと開かれてゆく。
跳ね橋が下ろされると、操作できぬように操作棒を無茶苦茶に壊して彼等はその場を後にした。
ミンデンの南門正面よりやや東寄りに、声を出さぬようにと口を塞いだ馬にまたがるグラディス将軍率いる多数の兵士が月夜に浮かぶミンデンの街を囲む汚れた防壁を見ていた。
「グラディス将軍、合図です」
ミンデンの防壁上に丸く回る白い魔法の光を確認して作戦成功の合図であると望遠鏡で覗いた隣の兵士が報告を上げる。
「まさか、ここまであっさりと上手く行くとは思わなかったな。では参るとしよう。いいか、ミンデンの市民、兵士は我らの同胞である。これに手を出すことは厳禁だ。それを破った者がいた場合は誰であろうと罰を受けると心得て置け」
グラディス将軍が近くによっている指揮権を持った兵士に告げると、彼等はゆっくりと頷く。
「それから、同胞なのだから略奪は厳禁だ。敵将を捕らえる事で手柄としろ。では、行くぞ!!」
グラディス将軍が穂先に自らの旗印を掛けた長槍を高く掲げ、声を上げながら前方へと振ると兵士が動き始め、二つの月が見ているだけの夜にミンデン奪還作戦が始まった。
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「誰だ!街中で馬を走らせているの……グハァッ!」
ミンデンの街中で騎馬が疾走している前に出て止めさせようとした兵士が胸を長槍で貫かれて物言わぬ骸と成り果てた。
その骸をすぐさま振り落とし、次の獲物を探し始める。
グラディス将軍が疾走する騎馬隊の速度を下げずに、その先頭で長槍を構えている。歯向かおうと武器を向ける敵を貫き、そして地面に叩きつけて、まさに鬼神の如くの活躍を見せている。
それを見れば誰もが力を奮い立たせ僅かな傷など何のそのと、ミンデンの街を縦横無尽に敵を倒し続ける。
グラディス将軍の率いる騎馬隊から少し遅れて、槍や剣で武装した歩兵がミンデンの街に雪崩れ込む。その勢いは留まる事を知らず、すぐにミンデンを蹂躙し始めるのである。
「申し上げます!」
占拠した役所の一室で眠っていたボルクム伯爵は火事騒ぎで起こされた後、再び眠りに就いたところを起こされ機嫌悪く報告の兵士を睨んでいた。
睨んだところで、報告の兵士を無くす訳にも行かず、ただ機嫌が悪いと表情に出すだけなのであるが。
「何者かが街で暴れているようです」
火事騒ぎの次は喧嘩かと頭を抱えるボルクム伯爵。だが、次の言葉を耳にすると眠気を吹っ飛ばすしかなかった。
「喧嘩か?」
「いえ、南の方角から騎馬が現れ我が軍の兵士が次々に襲われているようです」
南の方角から騎馬で夜間に兵士が暴れるなどありえない。
ミンデン出身の兵士達も中央付近で見張らせている。
火事もまだ鎮火の報告を受けていない今、いったい何が起きているのかと首を捻って考える。
眠気は覚めたが、起き切ってない頭には要領の得ない報告を持ってきた兵士を怒鳴りつけたくなった。
しかし、その報告を聞くと、脳裏には単純で悪い考えしか浮かんでこなかった。
「失礼します」
ボルクム伯爵の考えを口から出す前に、次の報告を漏ららそうと別の兵士が入ってきて報告をするのであるが……。
「南門が開けられ敵が雪崩れ込んで来ました。兵士には応戦の指示を出しましたが、急な出撃で装備を身に付けられず劣勢が続いているようです」
ボルクム伯爵が思い浮かべた悪い考えとは、敵が雪崩れ込んで来た事だった。
それが現実に報告されれば、彼の思考を停止せざるを得ないだろう。
「済まない。もう一度言ってくれるか?」
入った来た兵士に再度報告を促したが、兵士の口からは全く同じ言葉が吐き出された。
「再度申し上げます!西門が開き、敵が雪崩れ込んで来てます」
三人目の兵士は急ぎの報告をしなければとドアのノックも、発現の許可も取らずに息を切らせながら最悪の事態になりつつある報告を大声で上げた。
寝耳に水とはまさにこの事を言うのだなと、思わず現実逃避をしたくなった。
「急いで敵に当たらせろ。何としても敵を街から追い出すのだ」
三人の兵士はボルクム伯爵の言葉を受けて、一礼をするとすぐに部屋から出て指示を伝えに走った。
だが、敵を街から追い出せとボルクム伯爵は兵士に伝えたが、南と西の門が開かれ敵が雪崩れ込んできてしまってはどうしようもないのではと弱気になり始めた。
ボルクム伯爵は敵を撃退するには現場で指揮を取らざるを得ず、出撃の準備に鎧を身に着けている所である。
だが、こんな時に今朝の報告を思い出していた。
攻め手のトルニア王国軍が一部の兵士を包囲から解き、北部三都市へと向かった、と。
その後、攻め手が攻め寄せる態勢を取り始めてから、それを気にする余裕がなくなり、反撃で手いっぱいだった。
今朝の報告が偽りだったとしたら……。
「まさか、このために朝早くから我らを罠にはめていた?」
鎧を着こんだボルクム伯爵はその結論を口に出して自問自答していた。
守りでは敵に先手を取られる事は仕方がない。
だが、始まりから終わりまで、敵の手の平の上で踊らされていたと知った時、彼は途方もない怒りが込み上げて来た。
”ガシャーーン!”
誰に怒りをぶつけて良いかわからず、身近にあった椅子をいつの間にか蹴飛ばしていた。
だが、起こってしまった事を巻き戻すなど出来る筈も無く、今は指揮をしなければと怒りを抱えながら兵士達の元へと向かって行くのであった。
「戦況はどうだ?」
一縷の望みを乗せて戦況を尋ねてみるが、兵士達は暗い顔をして首を横に振るだけだった。
突如侵入され、寝ぼけ眼に防具も身に着けず撃退に駆り出されれば、体を満足に動かせぬ味方の兵士は倒され、死人の山を築いていた。
途中で敵を留めており、役所までたどり着くには時間が掛かるだろうが、攻め手のトルニア王国軍が優勢であることは変わらない。この場にたどり着くのは時間の問題であるとすでに誰の脳裏にも浮かんでいた。
「ボルクム伯爵、どうするのだ?」
どうするかと悩んでいると、帝国から派遣されているダンクマールが目の前に現れた。寝所から急いできたらしく、武器は持ち合わせていたが、防具は寒さ対策の外套を羽織っているだけだった。
さらにはブメーレン領主のフレディ=ブメーレン子爵とエトルタ領主のエリアス=エルゼデッド子爵も同じような出で立ちで駆けつけてきた。
「ダンクマールよ、この状態で敵を撃退できると思うか?」
勢いはトルニア王国軍にある事は明白だった。報告を受けてから急いで支度したとは言え、敵はすでに門から半分は進んでいるだろう。
無理だと承知の上でダンクマールに尋ねてみた。
その言葉を投げられた先をブメーレン子爵とエルゼデッド子爵は顔を向けて注目したのだが……。
「恐らく、撃退は無理ではないかと……」
「……何を弱気な事を言っている!折角手に入れたミンデンをみすみす手放すと言うのか。我々には命令を聞いて喜んで死地に飛び込んで行く兵士があるではないか!」
ブメーレン子爵は弱気ともとれるダンクマールの言葉に思わず暴言を吐いた。
数年がかりで手足のように動かせる兵士を用意し、開戦数か月前からミンデンを落とすと準備していた全ての成果を無に帰すのかと。
だが、そう思っているのはこの四人ではブメーレン子爵ただ一人。
ボルクム伯爵とエルゼデッド子爵はそんな彼を憐れんだ目で見つめる。
「確かに折角手に入れた金の生る木のミンデンを失うのは痛い。だがな、その小さな目を街に向けてみろ!後ろでは兵舎が燃え、南と西からは敵が攻め入って来てるのだぞ。ミンデンを失っても我らと無事な兵士が残ればまだ機会はある。領主を継ぐ時に何を習っていた?」
「だが、こちらは敵より多い!」
「馬鹿が!!」
エルゼデッド子爵は何とかして説得を試みようとする。
いつ何時、戦争が起こるかもしれない不安定な情勢では兵士を鍛えるだけでは国を守れる筈も無い。それを指揮する領主にも当然ながら教育を施される。
このミンデンの状況ではどうすれば良いか、まさしく教科書通りの対応が求められるのであるが、それを忘れているのではないかと。
だが、その言葉にブメーレン子爵はミンデンに集めている兵士の数ではトルニア王国軍よりも一万人も多い筈だと短いながらも反論するのだが、その余りの馬鹿さ加減にボルクム伯爵は思わず声を上げてしまった。
「ハッキリと言ってやろう。今朝がたのトルニア王国軍が動いたとの報告は敵の策略だ。それを見抜けなかった我もそうだが、今日の出来事の全ては敵の手の平の上で踊らされていたんだ」
「な、なんだと!?」
先ほど結論付けた事実。
これ程見事に夜襲をされ、四人集まってもまともに反撃の糸口さえ見つからぬ手際の良さ。
全てはこの夜襲でミンデンを取り戻すためのお膳立てだったのだと。
「遺憾ではあるが、ミンデンを放棄する。兵士に最低限の持ち物を持たせて集合させろ。出ている兵士は応戦しつつ東門へと退却させろ」
「我々はどうする?」
「北門から脱出する」
南と西から敵が来ていれば、北と東から逃げ出す、いや、脱出を図るしかない。
だが、北門は夕方、遊軍が出撃し、帰還した門だと考えれば脱出に使うには適さない筈だ。幾ら北部三都市に一番近いとは言え、だ。
「味方を囮に使うのか?」
「仕方あるまい。我らが生き残る次善の策を取らざるを得ないのだからな」
この戦いの最中で注目されていない東門から脱出するのが一番楽ではないのかと考えるのが普通であろう。トルニア王国軍がそう考えて東門の外に兵士を忍ばせて置いても不思議ではない。
ボルクム伯爵は敵の動きから、東門に敵が多数配置され我らが逃げ出すのを今か今かと待ち望んでいると考えた。その裏をかこうと言うのだ。
「では、全軍に通達。手隙な兵士は北門へ。応戦途中の兵士は東門から脱出させろ。それと同時に北、東の場外を視認させて報告させろ、急げ。我らは北門へと急ぐ」
ボルクム伯爵は兵士達に指示を出すと少ない手勢を率いて北門へと急ぐのであるが……。
「ま、待ってくれー!」
ボルクム伯爵、エルゼデッド子爵、そして、ダンクマールの三人はさっと北門へと向かおうとしたのだが、一拍遅れてブメーレン子爵が追い掛けようとする。
彼はその体型や食事の量、それに、訓練不足が祟りどうしても三人よりも動作がもっさりとしてしまう。
北へ向かおうとしても、騎乗しようとしても、彼の頭の中にあるような颯爽とした動作からはどうしてもかけ離れている。
既に三人が自らの騎乗馬を見つけて向かったにも関わらずである。
「こんな事ならもっと体を絞っておけば良かった……」
彼を囲む数人の兵士に聞こえても構わないとぼやくのだが、聞き覚えの無い声が聞こえてきた。
「では、お望み通りスリムにしてやろう」
※次回に続く(笑)




