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第三十話 開かれる戦端。策謀の種を蒔く

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「なに?トルニア王国軍が動いているだと?」


 指揮所で偵察隊からの連絡を聞き、ボルクム伯爵とダンクマールはお互い顔を見合わせた。王国軍が布陣を開始してすでに五日が過ぎ去ろうとしているその時だった。


 ミンデンを取り囲むトルニア王国軍は南側に二万、西側に一万余が布陣してると見られている。その、南側に布陣する王国軍から半分の一万を密かに進ませ、北部三都市の攻略に当てようと動き出したのだと。

 しかも、夜陰に紛れながらの移動だったが、軽装の兵士が必死の形相で突き進んでおり、すでにブメーレン領に近づきつつあるのだと。


「さて、どうしたものか……」

「別に心配する事は無いだろう」

「何だと?」


 ボルクム伯爵が頭を悩ませる問題が発生したと険しい表情を見せたが、ディスポラ帝国から派遣されているダンクマールはその報告を一笑に付した。


「一万もの兵士を動かしたら陣地はスカスカだろう。だが、昨日までの陣は兵士が所狭しと動き回っていたじゃないか。敵は羽が生えて飛んで行ったとでも言うのか?」

「だが、我らの領地を落とされれば我はともかく、ブメーレン子爵やエルゼデッド子爵のやる気を削ぎかねん」


 弱気な意見を聞き、ダンクマールは溜息を吐いた。


「それなら、敵の陣を見てから決めれば良い。明らかに兵士の数が減っていれば兵を少し戻せばいい。高い防壁に守られたこの街にいる限り、我らは負けるなどありえないのだからな」


 それを聞くと、ボルクム伯爵はミンデンの街を囲むトルニア王国軍の様子を見て来るようにと偵察隊に指示を出した。


 その指示を出してしばらくすると、偵察の兵士が戻ってきて報告を上げる。


「報告します。西の敵陣には動き見えず」

「うむ」

「ただし、南の陣では明らかに敵の動く姿が減っています。それに、炊事の支度も少なく感じます」

「何だと!」


 その報告に驚いたのはボルクム伯爵ではなく、ダンクマールの方であった。

 ただでさえ南と西の二つに分けられている兵力をさらに小さくするなどありえないと思ったのだ。

 そのような下策を取れば、ミンデンを一万で守らせて、二万の軍勢で各個撃破して回る事も可能だと。


「ダンクマールよ、決まりだな。遊軍の内から半分ブメーレンに兵士を送る」

「それは早計だ。それよりは二万の軍勢を出して北上した敵を各個撃破してしまう方がいいだろう」


 敵軍を北部三都市で完全に迎撃するには兵力が足らず、すぐに援軍の兵士を送ろうとボルクム伯爵は準備をさせようとした。しかし、それをダンクマールが制止して別の案を提示する。


「よく考えても見ろ、暗い中走り回ってブメーレンに到着したとしても、疲れた体で早々に落とせると思うか?それに、昨夜出たばかりなら、今は休憩の真っ最中だろう。準備して追撃しても十分間に合うだろうし、ブメーレンを攻撃してくれれば、敵を挟み撃ちにも出来るしな」

「なるほど、その案でいくか。よし、兵士達に出撃の準備をさせろ。追撃軍にはエルゼデッド子爵を当てるとする」


 正面から敵と当たればどんなに精鋭を集めたとしても被害が出ないはずがない。だが、敵の二倍の兵力を用いて後背よりも攻め寄せれば、蜘蛛の子を散らすように敵は霧散し勝利は確実に手に出来るだろう。


 だからこそ、ここでトルニア王国軍を叩き、南と西の敵を各個撃破を行うように勢いづかせたかった。


 そして、ミンデンではトルニア王国軍を追撃するための準備が始まるのであったが……。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「見てみろ。敵の動きが慌ただしくなってきたぞ」


 望遠鏡でミンデン街を覗いているのは、ミンデンの南に陣を張ったトルニア王国軍。

 その総大将を任されたグラディス将軍である。


「確かに。まぁ、諜報員一人にたった一言伝えるだけでこれとは、怖いですな」


 望遠鏡を手渡され、ミンデンを眺めながら口を動かすのはブールからの援軍の大将を任された領主アビゲイルの息子のアスランだ。


「パトリシアが生きていたのは想像通りだったが、あれから計画を遂行するから動いてくれと通知が届いたのは驚いた」

「全くだ。王女は心配させ過ぎだろうに」


 人払いをしているので近くに兵士の姿は見えず、昔からの知り合いでもあって和気あいあいと会話が進む。


「それで、グラディス将軍は準備は万全なのか?」

「大丈夫だ。ブールの部隊も大丈夫だろうな?」

「ああ、こちらは夜に動かさないといけないから、昼間はどんなことがあってもテントから出るなと厳命してある」


 お互いで告げ合うと、”大丈夫だ”と力強く頷き合った。

 そして、護衛の兵士達へと向かって歩き出し、グラディス将軍は声を張り上げた。


「太鼓の準備をして置け。間も無く出陣だぞ。今日でミンデンを落とす気持ちで戦え!」


 トルニア王国軍の陣もまた慌ただしく、動き始めるのであった。




    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ”ドーン!ドーン!ドーン!”


 ミンデンの街の郊外から力強い太鼓の音が鳴りだした。

 それはトルニア王国軍の出陣の合図であり、ミンデンの南の陣地の狭い門から兵士がわらわらと出始め、隊列を組み始めた。


 それと時を同じくしてミンデンの西側、少し離れたトルニア王国軍、こちらはアニパレ、ルスト連合軍も出陣し始めた。

 アニパレの部隊は総大将に、領主フィリップス自身が出張ってきていた。


 南のトルニア王国軍は約五千を、西のアニパレ、ルスト合同軍はアニパレ軍の

ほぼ全軍一万を出陣させて、ミンデンへ襲い掛かろうとしていた。


 当然、その動きはミンデンで二万もの部隊を動かそうとしていたボルクム伯爵の耳にもすぐに伝わっていた。


「敵、南と西で同時にこちらへ向かって来るようです」

「敵の動きが早いな……。これでは先手を取られる」


 全軍の三分の一を動かして迂回させ、残りはカタツムリのように籠っているだけなのかと思ていたが、ここへきて慌ただしく動き出すとはこちらの動きを読んでいるのかと、ボルクム伯爵は苦々しく思った。


 追撃戦になれば、こちらが有利だと考えていたが、それを潰されたようになり先手を取られたと感じてしまった。

 尤も、トルニア王国軍の動きに呼応するように動いているのだから、先手は既に取られているのだが……。


「仕方無い。あれだけの兵力で襲われればこの街も落とされてしまうかもしれん。伝令!遊軍から五千をブメーレンに戻すと指示の変更を伝えろ。守備隊は南と西に戻し、残った五千はそのまま遊軍として待機、エルゼデッド子爵も遊軍と共に待機だ」


 ボルクム伯爵は頭を抱えながら、守備軍一万、友軍一万、合計二万の軍勢を出撃させるのを諦めて兵士の配置を元に戻す指示を出した。遊軍も当然ながら出撃は中止させて別の指揮官を当てて半分の五千を北門からブメーレンに援軍として送る事にした。


 その指示を出し終えた直後、指揮所を離れて各所を見ていたダンクマールが戻って来た。

 そして、鬼の様な表情でボルクム伯爵へと詰め寄る。


「おい、追撃軍を出さないって指示を出したのは本当か?」


 ダンクマールは自らの出した案を採用され機嫌が良かったが、それが中止になったと聞き烈火の如く怒っていたのだ。


「仕方無いだろう。このまま二万の軍勢をミンデンから出撃させたら、ここには一万しか残らないんだぞ。しかも、手足となって働くかわからんミンデンの兵士が半分混ざってだ。そんな分の悪い賭け事なんか出来ると思うか?我は出来ないぞ。だから、遊軍の半分を送る」


 ボルクム伯爵が懸念するのは、”手足となって働くはわからないミンデンの兵士”が五千を占める事だ。

 これが北部より連れて来た二万五千の兵士から一万を出すのであれば問題は無い。手足のように命令に従って働き、命令一下、火の中に喜んで飛び込んで行く兵士だ。

 だが、ミンデンの兵士にはそこまでする時間も余裕もなく、今まで味方だったトルニア王国軍に恐れおののくばかりで、戦力として数に入れられるか心配なのだ。


 そのミンデンの兵士を追撃軍に入れても、この状況を知れば、自分達の街が落とされ蹂躙されるかもしれないと彼らが考え足を引っ張る事にもなる可能性もある。

 残したとしても、トルニア王国軍へと味方し、ミンデンが火の海になる可能性も捨てきれない。


「要するに、ここの兵士が混ざってるだけで八方塞がりなんだよ」

「なら、ここの兵士は五千ぽっちだろ。殺してしまえばいいじゃないか」

「お前の国みたいに、ホイホイと殺せるわけないだろう。それから戦になってみろ、住民が我らに牙をむき始めるだぞ。外はトルニア王国軍、内には怒りに満ちた住人だ。それがどんな結果をもたらすか、わかっているだろう」


 ボルクム伯爵は、自らの首に手刀を”ポンポン!”と当てて、どうなるかを示してみせた。

 それを見れば、ダンクマールもさすがにわかったのか、怒りを鎮めボルクム伯爵の指示に従うしかないと、自らの案を諦めるしかなかった。


「さて、仕事の時間だ。我は南を指揮する。お前は西を指揮してくれ。遊軍が五千残ってるからって、無暗やたらと出撃させるなよ」


 ボルクム伯爵の言葉に頭を下げるだけで返事をすると、西門の守備隊を指揮するためにその場から出て行った。




 ボルクム伯爵とダンクマールが城壁へと上がり守備についた頃には、南側も西側も手が届きそうな場所に一糸乱れぬ隊列を組んだ敵が迫っていた。

 手が届きそうなと表現したが、実のところ(クロスボウ)でもまだ届かぬ距離である。


 敵も味方もその位置で睨み合うだけには行かず、手持ちの武器を持ち出して攻撃を始める。


 ミンデンの街は重要な輸出品が多量に生産され、それを守るための防壁や武器、それを運用する兵士が多数揃っている。

 ボルクム伯爵が兵士をそのまま取り込んだのには、その武器の操作に慣れた兵士を手に入れる目的もあった。防壁上に多数配備された据置巨大弩(バリスタ)巨大投石機(カタパルト)の操作に慣れた兵士をだ。


 当然、トルニア王国軍はそれらが配備されていると知っているから対策も考えられている……。のだが、さすがに巨大投石機(カタパルト)の攻撃には手も足も出ずに落下地点に入らぬようにするか、逆に前進して防壁に取り付くしかない。


「そろそろ、ブメーレンへの援軍も出た事であろう。では、攻撃を始めろ!」


 一万の遊軍の内、五千がブメーレンへの援軍に北門を出た頃かと思いながら攻撃開始の指示を出した。

 ”ドーン!”と太鼓の音を合図にミンデンの街から、据置巨大弩(バリスタ)から放たれた矢や巨大投石機(カタパルト)から打ち出された巨大な石がトルニア王国軍を襲う。

 さすがにミンデンに配備してある二つの巨大兵器の性能を熟知しているトルニア王国軍は被害を最小限に抑えつつミンデンの街へとゆっくり進んで行く。

 じりじりと進み、時には巨大投石機(カタパルト)の攻撃を避けようと陣の形状を変えながら、兵士を手足のように扱っていく。


 王都から来た精鋭が揃う南側よりも、地方の兵士で構成されてる西のアニパレ、ルスト合同軍に被害が出始めている。

 アニパレ領主フィリップスが巧みに兵士に指示を出しているが、練度不足が響いているようだった。


 やはり、南からの攻撃軍がミンデンの防壁に近づく方が早く、ボルクム伯爵は近づきつつあるトルニア王国軍に矢を射かけ始める。

 ビュンビュンと雨のように降り注ぐ死をもたらす矢を盾で防御しながらであり、進軍の速度が鈍化する。


 やがて西側も同じように、ルスト合同軍もミンデンのに近づき、南トルニア王国軍と同じように雨の様な矢を射かけられて進軍の速度がやはり鈍化してなかなか近づく事が出来ずにいた。


 防壁からの攻撃が届いているのであれば、当然ミンデンを攻撃しているトルニア王国軍やアニパレ、ルスト合同軍からも攻撃が届く範囲に到達したことになる。

 ミンデンの防壁上に位置する防衛の兵士目掛けて弓を射かける。


 両軍とも少ない被害を出しつつあったがそのまま一進一退を続け、矢を打ち尽くしたトルニア王国軍とアニパレ、ルスト合同軍は一度陣地へと引き上げるのであった。


 波が引くようにサッと攻撃軍を引き上げた指揮能力の高さにはボルクム伯爵は舌を巻くしかなかった。

 自らが同じように指揮をしたら、あのように手足のように扱えるのかと自信を無くすほどに。


 だが、その引き際の良さを見てダンクマールは、もう一度攻撃があると直感で感じるのであった。


「西の防衛、ご苦労であった」


 ボルクム伯爵は指揮所へと戻り、ともに防衛の指揮を執ったダンクマールにねぎらいの言葉を掛ける。


「ご苦労ではない。もう一度敵は攻めて来る筈だ。そちらは矢や巨大投石機(カタパルト)の石の補給は手配してあるのか?」


 ボルクム伯爵の個人的な戦闘能力の高さはダンクマールも手合わせしたこともあり不安を感じる事は無いが、これだけ大きな戦の指揮を執るのは初めてであり思わず声を掛けてしまう。


「心配ご無用。すでに指示は出してある」

「それならば良い。あれだけあっさりと敵が引くとなれば、再び攻撃を仕掛けてきても不思議ではない」

「そうだな。そうなると次も同じように、ある程度攻撃を仕掛けてきたら引くと考えても良いのか?」


 ボルクム伯爵の考えに、ダンクマールはふと頭を捻ってみる。


「ありそうだな。敵が引くに合わせてこちらの遊撃部隊を出してもいいかも知れんな。効果的に追撃戦を行えるかもしれん」

「それでは、まず兵士に休憩を与えて食事を摂らせよう。敵が出てくると予定して足の速い遊撃隊を準備させよう」

「戦いに何があるかわからんから遊軍は全ての門から出せるように用意だけはして置くべきであろう」


 ダンクマールの提案を聞き首を縦に振ると、虫の鳴き始めた腹に何か詰めようと二人は休憩に入るのであった。


※出撃、出陣、一応分けています。トルニア王国軍:陣を構築しているので出陣。ミンデン:街からの出撃。


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