第二十六話 夜襲を跳ね返せ!
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パチパチとはぜる音を辺りに響かせながら赤々と燃え熱を出し続ける薪を囲み、寒さに耐えようとしている。
幾らトルニア王国の平野部の冬で雪は降り難いとは言え、十月に入れば夜間は相当気温が下がる。そんな中、薪が赤々と燃えていれば誰もがそれで暖を取るのは当然だろう。
その赤々と燃える焚火がとある人物が身に着けた”白亜の鎧”に写り込み、複雑で幾何学的な模様を作り出してるのはまさに幻想的と言ってもいいだろう。
「まさか王女様がわし等の部隊と共に行動するとは思いもよらんかった」
「ビゼン補佐将。その話は何度目でしょうか?耳にタコが出来てしまいますわ」
シュターデンへと軍勢を進め、すでに中継地のロトアを過ぎ、あと数日でシュターデンへと到着するまでになっていた。今まで顔を合わす度にこうも言われれば、有り難いがうんざりしてくる。
「あと数年で死神の迎えが来る老兵に降って湧いたプレゼントですわ。もう、思い残す事はない……」
「ここでぽっくりと行かれても困りますわ。ですが、それだけの言葉を吐くのですから杞憂でしょうね」
”グズリ”と鼻をすするビゼン補佐将にお返しとばかりに少し毒の籠った言葉を向けてみるが、さすがにパトリシア王女の三倍もの年齢を重ねている彼には通用しなかった。さらりと笑顔で受け流されてしまう。
パトリシア王女は補給部隊に付いて行けと言われて不満が無いわけではない。
剣を振るって敵を破り、活躍したいと今でも考えていた。それ故に、出撃と聞いた時に国王より承った魔法のミドルソードをいの一番に取り出したほどであった。
「でもまぁ、姫様が剣を手にして敵に向かうとはこのビゼンも思いもよりませんでした。あんな小さかった姫様がなぁ……」
「何があるかわからないのよ。これでも毎日、時間を見つけては訓練をしている……ん?」
パトリシア王女とビゼン補佐将が焚火で暖を取っている所へ、パトリシア直轄諜報隊の一人が顔を出してきた。
「如何したの?」
「どうも今宵は風が匂うとの事でございます」
”風が匂う”、彼女の口からはそう伝えられた。
「そうなると、あまり休めないわね……。ボセローグ中将とゼレノエ少将は知ってるのかしら?」
「そちらからの情報になります。角度は高いかと……」
”風が匂う”、”角度が高い”。その二つが敵が夜襲に来る確率が高いと告げて来たのだ。それも、別動隊の本体の諜報員からである。
「ビゼン補佐将もそのつもりでお願いしますね」
「わかった。わし等はすぐに動けるようにしておこう」
”こうなったか”と諦めた表情を見せながら、剥げた頭に手を当てながらビゼン補佐将はその場を離れて行った。
「そうしたら、アマベルとカーラ、それと……エゼルを呼んできて頂戴。対応策は既に出来てるけど、実際に動くとなったら打ち合わせしておいて損はないものね」
「畏まりました」
暗闇に溶けて行くパトリシア直轄諜報隊の一人を見送りながら、”あれから勉強したものね”と胸の内で育って行く底知れぬ不安を振り払おうと言葉で上書きしようとするのであった。
「お呼びいたしました」
「ご苦労様。お前も話に参加してくれ」
「畏まりました」
赤々と燃える焚火で暖を取るパトリシアの元へ黄色薔薇騎士団の団長を拝命するアマベル=モーランと同団副団長のカーラ=ボーリュー、そして、ブール領主アビゲイルに送り出されたエゼルバルドの三人が姿を現した。
「それで王女様。何か御用で?」
言葉遣いは多少直ったが、それでもまだ荒い言葉が出て来るアマベルが口を開いた。
王族、国王直系の王女様であれば膝を付き畏まり言葉を選んで口を開くべきなのであろうが、戦場に向かう道すがらの野営地、しかも焚火を囲っての話にそれは必要ないと五人で暖を取りながら会話を始めていた。
「既に聞いているだろうが、夜襲の気配がある。説明してくれ」
「はい」
それで返事をしたのはパトリシア直轄諜報隊の一人。
「現在、私達の軍勢は街道を北西方向に三千五百でシュターデンへと向かっています」
数が多いのは、ロトアの街に到着した際に領主から”個人的な私兵ですが”と五百もの兵士を借り受ける事が出来た為だ。パトリシア王女もすぐに気が付いたが、王族とのつながりを持ちたい領主が苦肉の策として出してきたのだ。
だからと言って、パトリシア王女がそれでなびくかと言えばそうならず、その気をさらりと流して兵士だけを借り受けたのである。
そのために補給部隊とその護衛に五百もの兵を当てる事が出来、充実した護衛任務にあたる事が出来ている。
「私達の軍勢の右側、つまりは北側で少数ながら移動する者達の姿を捉えました」
その内容はこの別動隊の諜報員からの連絡だけでなく、パトリシア直轄諜報隊の一人からも同じ情報がもたらされ間違いないとされた。
百か二百か、たったそれだけで夜襲をしようとするだ。
「つまりは右寄りの夜襲に備えろって事か。それだけ聞くと難しくも何とも無いな」
「補給部隊からは出さずに済みますね、王女様」
アマベルとカーラの二人は難しい顔をしながらも楽観的な意見を口にする。
だが、二人共が難しい顔を崩さずにいるのはパトリシア王女でも気になる。
特に、真っ赤に燃える焚火の光が難しい顔を照らせば、誰でも不安に感じるだろう。
「なぁ、二人とも……。それ、本気で思ってるのか?」
「まさか。余りにも簡単過ぎでしょう」
「ええ、その通りですわね」
パトリシア王女も余りに簡単に見つかり過ぎではないかと感じていた。それが、騎士の訓練を受け続けているアマベルとカーラであればその裏に何かが存在しうると見るのも当然であろう。
「でだ。……エゼルはどう思う?」
「……う~ん。安直な考えをすれば囮で……だろう」
「だな、それが一番簡単な答えだからな」
エゼルバルドはシュターデンへの攻撃こそ囮で、少なからず割いた兵力を撃滅しようと動く方が自然だと考えた。
「そうなるか。それが自然だろうな」
「ですが王女様。進軍の速度は上がっていないとはいえ、敵はシュターデンへと向けて軍を進めています。明日にも到着して攻撃を開始すると思われます」
情報は何も周囲を探って夜襲の警戒をするだけではない。
敵の進軍時の状態や進軍先、それに、向かう先の拠点の状況など、知りたい事は山程ある。
それを手分けして諜報員が手に入れて来るのだ。
その中でも重要な敵の軍勢の数、進軍先を調べ上げるのは当然であり、パトリシア王女の様な指揮官らには常に新たな情報が耳に入ってくるのだ。
だから、敵がシュターデンへ二千で進軍していると知れば、右側より数百で夜襲を仕掛けるしか今のところは手が無いと見て間違いない……のだが。
「すぐに知れ渡るような動きをするかどうか……」
結局は簡単に見つかった、いや、見つけてくれと言わんばかりの行動に不信感を持つのだ。
「敵の動きも変だから何をしてくるのかわからないな」
「エゼルでもわからないか……」
「そうだね。過去の戦史にも無いし……。狙いはこちらを殲滅させることだと思うんだけど。でも、一つだけ確かな事がある」
軍を動かすには目的が必要だ。
たった一人で敵に潜入する場合も当然、目的を持つ。
パトリシア王女達がいる軍にもシュターデンを攻めようとする敵を釘付けにしておく目的がある。尤も、一番の目的は北部三都市を独立させると言っている者達を捕らえてトルニア王国の手に戻す事なのだが。
それを踏まえて、敵が何を目的として軍を動かしているかを考えてみるのだ。
全体としてみれば、北部三都市の独立を勝ち取る、これに尽きるだろう。
では、それをどのように勝ち取ろうとするのかを考えた時に幾つかの手段が考えられるだろう。
エゼルバルドはそのうちの一つの可能性をパトリシア王女に告げるのだが……。
「ちょっとまて、エゼル。本気でそう思ってるのか?」
「まさか、それを逆手に取ると?」
目的は北部三都市の独立の維持。
それに対抗する手段が目の前に転がっているとすれば、それに手を伸ばすのは当然だろう。
「オレだったらそうするね。だって、パティの旗だって掲げてるんだからさ」
エゼルバルドは胸の内に秘めていた言葉を口にした。
「では、どうするのが一番か?」
「簡単な事だよ。逃げるのが一番」
「おいおい、一合も剣を合わせずに逃げる、いや、撤退ってどういう事だよ」
「え?一番簡単なのは逃げるのが一番でだろ?ぐるっと遠回りして本隊に合流する」
「確かにわかるけどよぉ」
質問したパトリシア王女は茫然として、”何を言っているのか?”と我が耳を疑った。
それに当然ながら騎士団を預かるアマベルが反論する……のだが。
「ま、この案は奇策の部類に入るから、ボセローグ中将が採用するかは半々かな?」
「奇策って、お前なぁ」
「まあ、待て。ちょっとその話を聞かせてくれ」
「じゃ、相手の意図、予想からだけど、それから説明するよ」
エゼルバルドはそう言って腰を下ろすと、棒切れを拾い絵をかきながら説明を始めた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
月が真上からさらに傾き、すでに誰もが寝静まってると思われる時間になり、うっそうと茂る森の中から幾人もの人達が姿を現す。
十月にもなれば寒さが身に染みる時期でもあり、夜間に外出でもしようものなら凍えるのも当然だろう。
その中でも訓練された軍隊は、それすら跳ね返してものともせず地面へ伏せ続けていた。そして今、我慢に我慢を続けていた彼らに命令が下ったのである。
僅か三百の軍勢を指揮するのは三人の隊長。それぞれ、百ずつの兵士を受け持つ。
彼らの狙いは暗がりの中をゆっくりと北上を続ける部隊の中にいるただ一人の人物。それも、国家の重要人物。
夜目の効く者達を集めた夜襲専門の部隊。これが彼等に与えられた部隊の全て。
隊長がサッと手を上げ前方へと振り抜くと、それを合図に一斉に飛び出して行く。
紺色に塗られた専用の装備を身に着け、走り出す様はまさに草原を行く狼のようでもあろう。駆け足の音のみで近づく彼らに気付くものなどいないだろうと思うが、油断はできない。
常備軍とされる十万の精鋭の内から三千が敵となれば当然であろう。
だが、彼らの狙いは敵の殲滅ではない。ただの一人だ。
本来なら、その人物は本隊で守護しながら向かうと考えていた。
だが、そこから別動隊を出して、そちらに回すなど何を考えているのかと思うほどだった。
しかしながら、二万の軍に攻め入るよりも、三千の軍に攻め入る方が好機だと考えるのは当然。
それは見事に成功した。
始めに僅か二百の雑兵の集まりを作り、夜襲を敢行させようと動かした。
これ自体は囮である。
当然、この二百の囮部隊は敵の手に掛かり全滅している。
だが、敵はその場での野営が危険と感じたのか、その場の片付けをして闇夜を行軍し始めた。
まさに好機!
これ程の好機を見逃すわけにはいかない。
ぽつりぽつりと白く光る生活魔法の光に写る人物を見定めながら駆けて行く。
『白亜の鎧の人物を探せ!捕らえる事が最上だが、最悪は殺しても構わん。証拠を持ち帰れ』
彼等に下された命令がそれだった。
”白亜の鎧”
高貴な人物が自らの地位を戦場で目立たせるための衣裳とでも言おうか。それに真っ赤な外套を纏えばどう見ても貴族にしか見えないだろう。
そんな人物が目の前に現れたらどうするか?
当然、我が目を疑うだろう。そして、即座に命令を実行する。
行進する隊列の後方、騎乗する白亜の鎧の人物に百の兵士が殺到する。
勢いづいた彼等を止めるには、生半可な者達では止められる筈も無い。
弓を射かけたとしても、この暗がりでは狙いを付けるにも難しい。
何よりも気付いた時には接敵しており、彼等に攻撃できるものではない。
そうなればどうするか。当然ながら戦闘を諦め逃げるしかない。
”白亜の鎧”の人物は馬の機動力を使いその場から単騎、逃げ始める。
雑兵に構ってなどいられぬと、その場での戦闘をすんなりと止めて”白亜の鎧”の人物を追い掛ける。
夜目が効き、足が速い事が自慢の夜襲専門の部隊だが、馬の速度に敵う筈も無い。
徐々に引き離され、気付いた時には鬱蒼と茂る森の中へと姿を隠されてしまった。
”馬鹿め!馬で森の中に入ってその機動力が生かせるものか!”
誰もが思っただろう。
いや、それは違う。百人の兵士を率いるたった一人がそう思っただけだった。
追撃を掛けようと手を振って指示を出し、自ら先頭に立って追い掛ける。
森の中へ入れば我らの有利は揺るがない、と。
百の兵士をいくつかに分け森に入り込んだ人物を虱潰しに探して行く。
それほど深い森では無ければ見つけるのは簡単だろう。
そして、とある場所でそれを見つけた彼は思った。
「遅かった……」
”白亜の鎧”を着た人物は既にこと切れていた。
大木の傍で真っ赤な鮮血を流し、そして顔面をこれでもかと食われて。
体のふくらみやくびれで女性とわかったとしても、ここまで顔面を食われてしまえば誰とも見分けがつかないだろう。
唯一見分ける方法は”白亜の鎧”のみ。
彼はその死体を仕方ないと持ち運ぶしかなかった……。
※トルニア王国の内乱に突入します。
その初戦、進軍する正規軍に少数で奇襲する反乱軍の構図です。
ちなみに囮部隊は北からわかるように攻めさせ、本命は南からひたひたと動かしています。




