第二十三話 魔術師一行、帝国領に侵入
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あとがきにスイール達の足跡ともう一つの地図を掲載。
案内のドロティーノを先頭にしてアミーリア大山脈の中腹を横に突っ切り、帝国領内に進入し目的の場所、コピリーの村へとたどり着いた。
当初の計画通り、ブールの街を出発して約一か月での到着だ。
九月中旬に出発したのだから、一か月が過ぎているのだから十月中旬の秋真っ盛りである。
寂れたコピリーの村は帝国を流れる大河の一本、その上流にあり、そこから河を下れば中流付近に重要な拠点であるバスハーケンが存在する。
だが、スイール達が訪れたこの村は、重要な河の上流に位置するにもかかわらず住人もほとんど見えず老人が十数人、細々と暮らしているだけだった。
若い人達が見えないのはどうしてなのかと聞けば、皇帝が有無を言わさずに連れ去ってしまったのだとか。労力にするか、兵士にするかは連れて行ってから、であると。
数年前のスフミ王国への侵攻作戦の失敗はこの村にもだいぶ遅れて知らされたが、その中にこの村からか旅立った若者が存在していたかどうかは定かではなかった。
そして、労力にも、兵力にもなり得ぬ老人だけの村は、帝国には無価値だとの烙印を押され、忘れ去られ、寂れてしまっていたのだ。
スイール達はそんな村人に頼み込んで空き家を借り、体を休めていたのである。
「道案内ありがとうございます。おかげで助かりました」
スイールはこんな帝国に侵入するまで同行してくれたドロティーノに頭を下げて感謝の意を伝える。しかし、頭を下げられたドロティーノは当然の事をしたまででお礼は必要ないとスイールに伝える。
「本来なら、ここまで同行はしないんだけど、密命を受けているって話だから特別ですぜ。まぁ、それなりの料金を貰ってるんで仕事ってことで納得してくれませんかねぇ?」
そう言うと、ドロティーノは折りたたんだ紙をスイールに渡してきた。
「ここまでがサービスだ。おいら達の村に伝わる、ここら辺までの地図。無事に着いたらこれを渡してくれって、村長に頼まれてたんだ」
小さく畳まれていたそれを広げるとかなり大きな地図が現れた。詳細な地図、とまではいかないが、必要な情報は全て記載されていて、これからの道程にきっと役に立つだろうと確信する。
「ほう、これは良く調べてますね。スフミとの故郷付近まで見えてポラスまで……。なかなかに捗りそうだな」
その地図を感心したようにミルカ達が覗き込んできた。
「私はこの辺の地理に詳しくは無いのですが、凄いのですか?」
「ええ、そうですね。平野部は私も良く足を運んだのですが、山間部は知っている町や村は場所も少ないですから」
白髪で老齢なヘルマンでさえも帝都周辺部でしか活動した記憶が無く、困っていたと告げて来た。それほどなのかとスイールが感心するのだが、地図を提供したドロティーノが”一つ忘れてた”と再び口を開いた。
「この地図は帝国がスフミに攻め込む前までだ。最近のじゃないから気を付けてくれよ」
「殆どは変わっている事もあるまい。これだけの地図は感謝するぞ」
ミルカも、ドロティーノが提供してくれた地図に頭を下げて感謝を伝えた。
基本的に地図はどの国でも機密文章扱いになる。
特に標高や都市の大きさ、人口、軍の設備などが記載されている物に対しては所持すら禁じられている。
都市間の移動が活発なトルニア王国でさえも、詳細な地図は販売されておらず、都市と都市を結ぶ街道が簡易的に記載してあるだけなのだ。
それではディスポラ帝国ではどうなのかと言えば、地図の販売、所有、全てを禁じている。
皇帝から贈られる地図以外に存在して成らぬのだ。
とは言え、街中の案内板は指定された場所への設置は義務付けらており、市民の利便性には配慮されている所は帝国らしさが残されている。
そして、今。ミルカ達はその地図を見ながら、これからの方針を話し合おうとしていた。
「まず、帝国の現状が知りたいな」
「そうですな。クリフ様を皇帝に会わせるとしても、帝都にいるかすらも怪しい皇帝に、正面から”会いに来た”と出向いた所で捕まって終わりですからな」
ミルカもヘルマンもその通りだと頭を悩ませる。
情報を得る事が第一なのだが、その情報源が乏しいと愚痴を言いたくなるのも当然であろう。
「そうなると、こちらから動いて情報を得るしかないわね。一番大きな街に出向くしか無いかしらね?」
「この地図で一番大きいとなればポラスですかな?帝国として統一する前に首都だった場所ですからな。次点ではツァーノだな」
「ふ~ん。でもかなり遠くになるのね。残念だわ」
ミルカの横で地図を眺めていたヴェラは簡単に情報を集められないかと思案していたようだが、ある程度の大きさを持つ都市を基準にしようと話を進めようとしたが、遠くへ行く事になるので難しいと残念がった。
コピリーを基準に考えても、ツァーノは東に二百キロ以上離れていて、船で休みなく下ったとしても丸一日掛かってしまうだろう。それに、コピリーの側を流れる河は生まれたばかりの源流で船を漕ぎだすのも難しい。そうなると、往復で考えても十日はかかってしまうか可能性がある。
そして南東にあるポラスの街はもっと大変だ。直線的に見れば二百五十キロでありそれだけでも行きに七日は掛かるだろう。そして、帰りとなれば、平野部にあるポラスから山の中腹にあるコピリーまで登らざるを得なくなり、十日で登れるかも疑問が残る。
そして、コピリーの村からある程度近いとなればイゼーオの村になるのだが、コピリーの村と同じようなアミーリア大山脈の中腹にあり若者が連れて行かれ、外部とのやり取りが出来ていない可能性もある。
「どうしますか……。このままポラスにでも向かいましょうか?」
「それは避けた方が良いだろう」
いっその事、ポラスを経由して皇帝の居城がある帝都ディスポラスまで行ってしまおうかとヘルマンがぼそっと呟くが、悪手であるとミルカが否定した。
国境を自由に行き来できる他の国であれば、自然界に現れる獣に気を付ければ簡単かもしれない。だが、ここは他の国と国交を持たないディスポラ帝国だ。自由に都市を移動しようものなら、どうなるか予想が付かない。
それはミルカであってもヘルマンであっても同じであろう。
「そうなると、一度、陸路でツァーノに向かい、そこで情報を集めるしか手は無いと考えますが、如何でしょうか?」
ミルカとヘルマン、そしてヴェラの会話を聞いて、スイールはそう結論付けた。
街に入れるかは行ってみない事にはわからない。そして、ここにいても情報が得られる保証はほぼ百パーセント無い。それに帝都に近づくとなれば、警戒度は上がる筈であり身動きが取れぬ可能性が捨てきれない。
消去法で考えて行けば、重要都市であるバスハーケンに近いツァーノが消極的な正解と見るべきと考えたのだ。
「この村にも迷惑を掛ける訳にもいかないだろうから魔術師殿の申す通りかもしれんな。ミルカ殿、クリフ様、それでよいですか?」
「消極的な次善の策になるが仕方あるまい」
「そうだね~。僕はヘルマンの意見に従うよ、僕自身はそれほど力が無いからお任せになっちゃうからね」
スイールの意見は消極的であるが、クリフを守らなければならない今は上策と見られた。それなら反対する事も無いと、ヘルマンもミルカもその提案に乗ることにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして翌日、スイール達は村を立つべく、民家を貸してくれた村長に出発の挨拶と感謝の意を伝えに来ていた。
「村長、家を貸してくれて助かりました。おかげでぐっすりと眠る事が出来ました」
「いやいや、何年振りかのお客です。手入れしていたとは言え、埃が積もっていて大変だったでしょう。もし良かったらまた来て下さい。もっとも、その時は村がすでに消滅してるかもしれませんがね」
スイールが感謝の意を伝えるのだが、村長は寂しそうに将来を語っていた。帝国から無価値と烙印を押されてしまっている為に、消え去るのみだと。
久しぶりの旅人に嬉しそうにしていたが、その奥では悲しみに泣いてしまっていた。
「そう言わずに元気でいてください」
「儂達は帝国も何も関係ないです。旅のご武運をお祈りしております」
その言葉に深々と挨拶で返すと、スイール達は村を後にするのであった。
コピリーの村でオグリーンから付き添っていた案内人のドロティーノと別れたスイール達は獣道と見まがうような微かに存在する河沿いの道を進み始めた。
たとえ、ドロティーノがいたとしても道を知らず、案内の意味がなくなっている。今はミルカを先頭にして枯れ始めた草を掻き分けながら一歩ずつ、確実に進むしか無い。
川沿いに進むとは言え、人の通らぬ道無き道を作りながら進まなくてはならず、先頭を進むミルカの疲労だけが溜まり始めていた。
その後、途中で交代しながら歩き続け、へとへとになりながらもようやく初日の夜が訪れた。
山中であるだけに小枝や薪は豊富にあり、すぐに焚火に当たり始める。源流に近い河の水は冷たく、喉を潤す。それだけでは一日の疲れを癒すには不足しており、毛布を敷いて横になると眠気が押し寄せて来る。
初日、二日目と同じように、くたくたになりながら河の脇を脇目も振らずに歩くが、三日目、四日目となればだいぶ慣れ、疲労を感じながらも進む速度が目に見えて速くなる。
その理由の一つ、いや、大きな理由は進む場所にある。
それまではアミーリア山脈の中腹、それも標高の高い場所で足場が悪く急な標高差を降りて来たのだが、今は幾分かなだらかな下り坂となり足腰への負担が減った事が大きいだろう。
そして、四日目が過ぎ、五日目に歩き出してすぐ、野営地からそれほど離れていない開けた場所へとスイール達が到達したとき、彼らの眼下に待望の街並みと、予期せぬ光景が現れた。
ミルカは片手を上げて、隊列の行進を止めると車座になり意見を求めた。
「意見を聞かせて欲しい。皆も見たと思うが、我々の進む東、河沿いにはツァーノの街が見えて来た。これはとても喜ばしい事である。だが、地図に乗らぬ街が北の眼下に見えている。ヘルマンもあれが何か知っているか?」
標高はまだ千メートルはあろうかと思われる。そして、眼下の百キロ程先の東には当初の目的地であるツァーノの街が地図の通りに大河の側に見えてきていた。今のまま歩き続ければ二日半程で到着するだろう。そうなれば情報収集には事欠かない。
それとは別に同じような距離で北北西に視線を向ければ、人の営みがある巨大な街が作られつつあった。
小高い丘の上に今も建てられつつあった巨大な石塔を見れば、軍事目的に主眼が置かれている事は間違いないだろう。木組みの足場にクレーンの組み合わせは遠目からでも目立つ。
「私はツァーノの街へ進むべきと考える。建設中となれば進入は容易であろうが我らの目的に則さない。あくまでも皇帝の眼前でクリフ様に尋ねていただく。これを忘れてはいけない」
ヘルマンの意見は的確であり、旅の目的を忘れてなかった。
尤も、目的地のツァーノの街が眼下に見えるにも関わらず、横に逸れて危険を冒す必要も無く、議論も無駄に終わるのであるが。
「だが、地図に無いとあれば、スフミ王国に攻め込んだ後に作られているのだろう。国境にも近いだろうし、何を考えているのか、気になる所だ」
ドロティーノから貰った地図を改めて広げて、建設途中のその場所へ印をつけてみる。その場所から北にはジェモナの村もあり、二つの拠点で国境の監視を強化する意図があると見ていいだろう。
そのようにミルカ達が思っていると、我関せずと遠眼鏡を使い、建設中の街を眺めているスイールが不思議な光景を目の当たりにしていた。
「あの~、宜しいでしょうか。街に向かう人の列は何でしょうか?」
今は九月下旬に入った所である。
建設途中の街の周辺とは言え、平地で肥沃な土地が広がっていれば、黄金に輝く穀物が頭を垂れ収穫を待っている。
その穀物畑の中を土色の外套を羽織り、一キロ以上に亘って列を成す光景を発見すれば何事かと不思議に思う筈だ。
スイールの遠眼鏡を借りて、それを見ていたミルカとヘルマンの二人は一つの結論を出す。
「あの列を見れば一つしかないだろう。帝国軍が拠点に入り込もうとしているのだ」
「建設途中だが、北方に向いている防壁はすでに完成しているのなら、拠点としての機能はすでに完成していると考えても良いだろう」
ミルカもヘルマンも同様に考えていた。
石塔が未完成とは言え、軍隊を入れておく設備はすでに完成しているのだと。
「あれだけの列から考えれば一万は下らないだろうな」
「拠点の大きさを考えれば数万は入る大きさと予想すれば、それだけの軍を留めて置ける。見て見ろ、蟻のように動く人の姿を。あれは建設資材を運ぶ兵士の姿であろう」
長蛇の列になって進む軍を発見するのはこの距離からでも容易いが、人一人が働く姿を見通すには無理がある距離だろう。
だが、大勢がわらわらと、水の流れの如く働く様は、この距離からでもなんとか発見できた。建設資材を運んでいるのは予想に過ぎないが、石塔や防壁の周囲で蠢く何かを見ていれば何となく予想できる。
そして、遠眼鏡にはそれが現実だと写し出されていたのである。
「そうなると、帝国軍が攻め入るのは時間の問題……、って事ですかね」
「現状から考えればそうなるだろうな」
遠眼鏡を仕舞いながらスイールは溜息を吐いた。
「そうなると、こんな場所で油を売ってる暇などないな。悪いが急ぐぞ」
バックパックを下ろして休憩できるかと思っていたクリフは、うんざりした表情を見せて腰を上げて、ミルカに続いて足を進み始める。
だが、スイール達がその時に見た光景は帝国軍が動き始める前兆で無いと知るのは、数日後にツァーノの街に到着したその後であった。




