第十八話 スイールの告白
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低いドスの効いた声を掛けて来た魔術師にミルカは戦慄を覚え、背中を大量の冷や汗が流れ落ちる。この距離で太刀を振るえば命を奪うなど赤子の手を捻る様に簡単かもしれない。
しかし、それが正解ではないとミルカの本能が告げている事も確かである。
暴力に訴えられない厄介な、いや、抗えなぬ強大な相手に暴力を振るう事だけは諦め、再び交渉を続けようと口を開いた。
「一番厄介なのはヴルフかと思ったが、そうではなかったのか。話しても良いが、条件がある」
「少年の身柄……。で良いですか?」
「そうだ。護衛対象を牢屋に入れられるのも御免だし、私達から引き離すのも御免被りたい。言ってしまえば、私達の行動に横やりを入れて欲しくないのでな」
わからなくも無いとスイールは頷くが、保護するかはジムズの判断に掛かっている……とちらりと視線を送ると彼は頭を掻いて口を開いた。
「それは少年の正体がわかってからだな。こちらで身柄を守るべきか判断して……いたっ!オイ、何するんだ」
約束出来ぬとジムズの口から言葉が漏れるが、スイールは軽く肘鉄を彼の脇腹に当てて再考するように促す。当然、スイールは少年の正体は分からぬが、トルニア王国で彼を保護すべきでないと本能が告げていた。
もし、保護したと公になったなら、最悪な状況へと世界が動くのではないかと感じたのだ。
スイールが感じた事はミルカの言葉を聞いた時に正解であったと判明するのだが、今はただのカンでしか無く、証明できるものは現段階で何もないのも事実だ。
「……わかったよ。スイールがそう考えるのなら仕方ない。だが、スイール、責任を取れよな」
「ええ、構いませんよ。ちょっとしたコネを持つ知り合いを頼るだけですから」
それを横で聞いていたヴルフ。コネを頼るとスイールの口から出たが、誰に頼るかは二人しか頭に出て来なかった。ジムズにはどんな人物か想像もつかないのだが、自信満々に笑みを浮かべながら話すスイールに、お手上げであると少年の身柄を求めないと答える。
「少年の身柄は魔術師の責任においてアニパレを出るまで保護してくれ。その後の事は後で考えるとして、とりあえず、国には指一本振れさせぬ様に交渉はする」
「ありがとうございます」
”同罪だからな”と冷たい視線を送りながらジムズは嫌々ながらも少年には関知しないと答える。
スイールが頭を下げたのを見て、ミルカは小さな声でジムズ達に少年の正体を告げた。
「それで、クリフの事ですが……前皇帝の血を引く、ただ一人の生き残りだ」
「「「!!!」」」
ミルカの言葉にジムズ達は驚きを隠せなかった。
ディスポラ帝国皇帝の血を引くと言えば、敵国の重要人物。
だが、ミルカは皇帝とは告げなかった。
そう、前皇帝と告げたのだった。
「ちょっと待て。前皇帝って何だ?噂だと皇帝が変わったと広めてたよな」
「そうですね。確かに私は皇帝が変わったとだけ広めましたね」
トルニア王国の諜報部は優秀で、ミルカが広めた噂話を一言一句間違える事無くジムズ達、そして会合に参加していた者達に伝えていた。当然、ミルカが広めた言葉だと本人は肯定する。
そして、皇帝の前に”前”と付けば少しでも知識を持っていれば達する結論がある……。
「そうなると……。今の皇帝とあの少年は血の繋がりの無いって事か?」
「帝位を奪い、前皇帝の一族を全て殺したとは吐かせましたから、そうなるでしょうね」
帝位を奪う。
言葉で表せば簡単だが、要するに武力などで国権を奪い取ったのだ。
つまりはクーデターである。
さすがのミルカも、特級に指定された新皇帝の姿形、それに名前までは情報を仕入れていない。それは彼だけでなく、トルニア王国の諜報部や各国の諜報部でも同じである。
いまだにディスポラ帝国は皇帝の名の下に続いているとみなされているから余計に始末が悪く、情報もそこまで入って来ない。
「直近はこの処置にあたらざるを得ないでしょうが、その後はどうするのですか?」
現状で優先度が高いとなればジムズ達が狙われた現場の撤去整理、そして事情聴取であろう。そして、ジムズにとっては派遣元のブールへ情報と指示を持ち帰らねばならぬのだ。
だが、少年の正体を明かしたミルカ達は、トルニア王国に保護される心配は無くなったとはいえジムズ達と共にブールへ向かう義務はない。個人的な雇い主、雇われ者の関係ならば何処へ行こうとも個人の責任だ。
スイールはあえて、ミルカ達がどう行動するかに興味を持ち、彼らの行動予定を知りたかった。
「余り大きな声では言えないが、我々の目的は新皇帝に会う事だ。その理由は、まぁ察してくれると有り難い」
”理由を察してくれ”と口にしたミルカはそれ以上を語らなかった。
暗に口止めされているのか、それとも別の理由があるのか。
実際はクリフが新皇帝に会い、”何故自分の父を殺したのか”と問い詰めたいだけだったのであるが、匂わせるように告げれば魔術師は何かを掴むだろうと、今までの会話から予想していた。
当然スイールは、ミルカの語ったその奥を探ろうとした。だが、彼にはその理由がなんであるかは重要視しておらず、自らの行動に影響があるかだけを考えていた。
「新皇帝に会いに……。それでしたら帝国領土へ侵入するのでしょうね。一番楽な方法はスフミ王国やルカンヌ共和国を経由して堂々と越境するべきでしょうが、両国共に国交はありませんから難しいでしょう」
「そうなるな。だが、私達はトルニア王国の立地に疎いから、すぐにとはいかんがな」
どう頑張ってもトルニア王国内で個人的な繋がりを持たぬミルカは帝国へ侵入する為の解決策に乏しいと、頭を抱えるそぶりを見せた。
情報屋に帝国への道を案内させる事も出来るが、全幅の信頼を寄せても良いのかそれすらもわからなかった。そうなれば、疑心に囚われ行動に支障が来すとも考えている。
「……それでしたら、私も一緒に行かせてもらえないでしょうか?」
「は?」
「お、おいっ!」
腕組みをして長考に入ったスイールの口から、思いがけぬ言葉が飛び出してきた。
”少し待て”とか”無謀すぎる”等、もう一度考えるべきだと誰もが思っただろう。
帝国はトルニア王国やその友好国ではありえぬ、実力至上主義の国である。特に逃げ出した者は人として扱って貰えない。それに加えて、他国からの侵入者もその例に漏れず、捕まれば奴隷として虫けらの様な扱いをされる。
そんな土地に自らの意思で向かおうと言うのである。
無謀としか言いようが無く、誰からも何か裏があると疑いの目を向けられる。
そんなスイールを心配して止めようとするのは、やはりブールから共に来たヴルフとジムズであった。
「まさか、このまま向かうとか言い出さないよな。帝国だぞ、帝国!無慈悲がまかり通る国だぞ」
「止めて置け。死にに行くようなもんだ」
だが、二人に何と言われようともスイールは首を横に振るだけで、己の気持ちを変える事はしなかった。
「二人には申し訳ないですが、私にも帝国に行かねばならぬ事情があります。今までは帝国に侵入する事さえ難しく一人の力では無理でした。ですが、彼らの協力があれば帝国への侵入など容易く、そして安心さえ出来ます」
スイールの告げた通り、帝国へ進入を試みた者達はそのほとんどが帰ってこない。帝国になじんだごく少数の諜報員がわずかに情報をもたらすだけだった。
しかも、情報伝達には鳥を使ってでしか出来ず、僅かばかりの情報を行き来させるにも危険が伴う。
そんな帝国であるが、クーデターであっても、脅されての禅譲であっても、今までの制度と変わるのであれば監視に穴が開いていると予想を立てた。
スイールが絶好の機会を見逃す筈はないのである。
「事情か……。私達もクリフの事を話したのだから、同行するのなら聞かせて貰えるんだろうな」
当然の様にミルカはスイールの真意を問いただす。
物見遊山に付いて来られて、危険にさらされるなら御免被りたい所である。しかし、魔術師の腕はどうかと言えば非常に優秀で、いや、ミルカの知る限りでは彼以上の実力者を知りはしない。
その彼が味方してくれるかどうか、その一点に掛かっているのだ。
「それは当然……観光目的です」
「……それは何の冗談か?」
ニッコリと笑顔で返すスイールに冗談を言ってる場合では無いとミルカは背中に背負った太刀に手を伸ばす。
「……はい、冗談です」
場を和ませようとしたが、雰囲気を変えられず申し訳なさそうに頭を下げて謝罪をする。
「私の無二の親友だった男が何もしていないのに帝国で捕まり、見せしめとして皇帝に惨たらしく処刑されたのです。私は皇帝を、いえ違いますね、ディスポラ帝国自体を認めていませんし、復讐の機会を狙っているのです」
スイールはすぐに真面目な表情になり、帝国に向かわなければならぬ事情を説明した。その事情を耳にして驚きを隠せなかったのはヴルフとジムズだった。
ジムズにしてみればブールに来てから二十年以上、そんな素振りも見せずに漠然と生活している様にしか見えなかった。
ヴルフにしても同様だ。付き合いが長くなったが、胸の内を表す行為が初めてだったために、何処となく不安を感じてしまう。まだ、口に出せない何らかの秘密や恨みつらみを内包している可能性もある。
二人はスイールがどこか遠くへ行ってしまうのではないかと、何とも言えぬ感覚を内包し始めた。
「復讐しても彼が戻ってこない事は重々承知しています。ですが彼の無念を晴らすためにも一矢報いたい、そう常々思っていたのです。……すみませんね、今まで話さなくて」
二人が感じた感覚は、スイールの冷静な一言により打ち消された。感情に任せて暴走しかねぬと感じてしまっていた為に安心したのだ。
「ただ、馬車で休んでいる彼が皇帝に返り咲く野心を抱いているのでしたら、この場にいる誰が障害になろうとも排除して、殺すつもりです」
冷静に物事を見ていたが、馬車で休むクリフが皇帝の血を引くと聞いた瞬間からスイールの中で血液が沸騰するような感覚を覚えた。
目の前に親友の仇がいるとわかった瞬間から暴走しようとする肉体を理性で押さえつけていた。理性で押さえているために殺気こそ発していないが、脳裏で行われている綱引きが何時傾くのか、自らでも予断が許さない状態であるとわかっている。
「皇帝の座を狙うのだったら、年端も行かぬ幼子でも殺すと言うのか?」
「その通りです。その後、どんな手段を取ってでも帝国を、皇帝を死に追い詰めます。それが彼の最後の望みだったのですから」
望みを果たすには皇帝を殺す。いや、皇帝の一族郎党まで滅ぼすつもりであった。
それほどまでにスイールの決意は固かった。
しかし、ミルカは纏っていた殺気を体内に納め、魔術師を優しく諭す。
「そうなると、魔術師の願いは叶えられそうにないな」
「そうなのですか?」
「ああ、クリフは皇帝の座なんか狙っていない。何故、自分の父親を殺したのか、問い詰めたいだけだ。帝位なんて面倒なのはいらない。穏やかに暮らしたいだけだと本人の口から散々言われたさ」
帝位に興味が無い、安寧に暮らしたいと他人の口から告げられても信じられる証拠は何もない。もしかしたら、協力を仰ぐために嘘偽りを告げている可能性もある。
しかし、ミルカの見開いた真っ直ぐな視線を受ければ、信じたいとの気持ちが膨らんでくる。脳裏で行われた綱引きの結果は理性が勝り、冷静に者を話すスイールに戻った。
「なるほどなるほど。……そうなりますと、彼を殺すなど出来ませんね。恨みは現皇帝に向ける事としましょう」
「そうしてくれると有り難いな」
落ち着いた雰囲気でミルカとスイールは言葉を交わして、ようやくその場の殺伐とした雰囲気がおさまった。
「そんな訳で、私に同行の許可を貰えないでしょうか?」
「あの皇帝に恨みを抱くのはわからないでもないがな。まぁ、こちらも適切な解を持ってる訳じゃないから、案を提示してくれるの喜んで認めるとしよう」
「……?帝国への進入路はいくつかあるので、その内の一つを提供しましょう」
ミルカの言葉にスイールは首を傾げた。
それから、スイールが各地を旅して集めて来た帝国への進入路を提供すると告げると、握手を交わしてお互いの目的が叶う様にと視線で語り合った。
それからしばらくすると、領主館や守備隊事務所から大勢の兵士がその場に駆け付け、現場の整理、馬車の撤去と運搬、そして、当事者達を領主館に連れての事情聴取などが行われた。
未成年のクリフに関しては夜間の聴取は行われなかったが、数日の聴取に付き合わされた後にミルカ達共々と解放された。
クリフが解放された裏では、スイールとヴルフがコネを使った働きが大きかったと言わざるを得ないだろう。




