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第十七話 アニパレ襲撃、迎撃後

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    ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジムズ達が宿へ帰ろうと走らせていた馬車を襲って来た敵を撃退した後で、さらに襲い来る別の敵をも彼らは第三者と共に退けた。

 六人になってしまった護衛の兵士達とヴルフにスイール、そして、何処からともなく現れた味方する五人の活躍はすさまじかったの一言に尽きる。


 道と屋敷の建つ敷地を隔てる壁から一人ないし二人の少人数で飛び降りて来た新たな敵は、間抜けと言わずとして何と言うのかと呆れる程だった。

 もし、壁を一度に乗り越えられたら対処できずにいた可能性が高い。


 そして、撃退の立役者はやはりヴルフとスイール、そして、正体不明の味方する者達であった。それらの活躍により、敵の半数を葬り去る事に成功していた。


 それらの撃退が終了すると、襲撃時に凶刃に散った二人の兵士に祈りを捧げた。

 それからはこの襲撃件場や襲ってきた者達の調査が行われるはずで、ジムズは少ない人員の中から半分、三人の兵士を領主館へと事件の報告と応援を呼びに向かわせた。

 最後に、味方してくれた正体不明の相手に向かって”遅くなったが”と発してからジムズは礼を口にした。


「ミルカと申したか?私はこれらの隊を率いるジムズと申す。敵の撃退に強力してくれて感謝する。貴殿が現れなければ我々は全滅していた可能性もある」

「私達もそちらを利用したのですから礼など結構です」


 ジムズの言葉にミルカはお互いに敵を退けたのだから対等な立場であるとの認識を持って話していた。

 ミルカは追って来たクリフを狙う暗殺者を退ける事が出来、ジムズも襲撃して来た敵の最大戦力を失わさせて……からの撃退となれば、両者共が利益を得たとも言えなくも無いだろう。

 それゆえに、両者はお互いに頭を下げて礼を言い合ったのである。


 ジムズは助けられた事で礼を尽くそうと思っていたが、護衛の依頼を受けたスイールとヴルフは彼とは違った側面からミルカ達を見ていた。


「ジムズのいる手前で悪いがお前さん達、神聖教国の内乱ではアドネ領軍に味方してたな?」


 ヴルフからズバリと告げられた言葉にピクリと眉尻を上げるミルカ。それと同時に傍にいた黄色の髪の女性が目を細め左腰に下げる剣の柄に手を伸ばした。


「隠さんでも良いさ。お前さんはワシと一騎打ちをした、あの大将だろ。それに黄色の髪の。せっかく捕まえて縛り首に出来ると思っていたが、まんまと逃げられたしな」

「それで、私達をどうするつもりで?」


 ”はぁ~”とヴルフは大きく溜息を吐いて、頭をボリボリと掻いた。殺気を向けるどころか、好戦的な姿勢に呆れているようにも見えた。


「なんもせんわい。あの内乱は終わったんじゃ。それとも再び殺し合いをするか?」


 ミルカから向けられた鋭い視線をさらりと受け流して質問に答える。

 しかも、ヴルフの表情はまともに取り合わぬと笑顔を浮かべてだ。


「いえ、私も今は護衛の任に就いている所です。余計な殺生はしたくありません」

「なら結構。今回の件はこちらも感謝しているのでな」


 二人の会話はそれで終わり、黄色い髪の女、ファニーがヴルフに向けていた殺気を止めて、ようやくこの現場にも安寧の時間が訪れた。


 ヴルフは自らに刃を向けて来ない事が重要であり、それが心配事であった。無暗やたらと剣を振り回すことなく済んでホッとしているが、同行者である魔術師スイールはさらに一歩踏み込んで疑問を浮かべていた。


「お久しぶりですね。あれから何処へ逃げて行ったのか不明でしたが、遥か東の国に赴いていたとは思いませんでしたね」


 スイールが言葉を掛けたのは彼等を引率しているミルカではなく、黄色い髪が特徴のファニーだった。

 ”お久しぶり”と言葉を綴ったのはあの内乱でファニーに尋問をしていたからである。

 そして、話し掛けられたファニー達の潜伏先が遥か東の国だったとピタリと言い当てた事にピクリと眉を動かしていた。


「不思議な顔をしないでください。あの武器を見れば誰でもわかりそうなものですよ。見事に仕上げられた刀を見れば何処で作られたのか、一目瞭然です」


 ミルカが背負う太刀が何処で入手できるかと考えれば、答えは一つしか無い。

 太刀に似せた武器ならば、このアニパレやルカンヌ共和国の自由商業都市ノエルガでも入手できるだろう。だが、鞘に施された装飾やうっすらと見えた刀身の美しさや強靭性を鑑みれば、発祥の地でしか入手は不可能だろうと予想していた。


 ほとぼりが冷めるまで身を隠すに適当な土地となれば、遥か東の国がちょうど良かったのだろう、と。


「なるほどね、我らのいた場所まで当てられるとは、その洞察力には恐れ入った」

「知っていれば簡単な事ですよ。スイールと呼んでください」


 ファニーの前に出てミルカはスイールの洞察力、いや、知識に驚いて見せた。

 スイールはそれにおごらず、淡々と知っているだけだと答える。

 そして、自らを名乗ると右手を出して握手を求めた。


「あの時は憎い敵と思っていたが、敵にならぬのならこれ程力強い味方はいないな」


 ミルカはニッコリと笑顔を見せるとスイールがら求められた右手しっかりと握り、握手を返した。


 それから、ジムズが領主館と守備隊を呼びに兵士達を送り出してから、改めて退けた相手が何者だったかと考え始めた。


 石畳に並べられた数々の死体。

 ヴルフが対峙しミルカが仕留めた豹型類人猿(パンサーピテクス)と人の混血児の死体。

 表情も無く言葉も発しない、ただ命令を聞くだけの兵士。

 ミルカ達を追い掛け仮面を被った暗殺者達。

 ヘルマンに切り落とされた敵の魔術師の腕、などである。

 魔術師ラザレスの切り落とされた腕はともかく、他の三者は余りにも不思議に写っていた。


 まず、この場を纏めるジムズは、存在自体を疑っているミルカ達の敵に対して検分を行った。

 装備品としてはナイフや短剣(ダガー)等の近接と投擲を兼用する武器と音の出難い薄い皮鎧を身に着けている。トルニア王国で一般的に出回っていない型であり、暗殺者特有の守備よりも動きやすさに特化した作りをしている。だが、急所となる場所への装甲はしっかりとしており、暗殺者同士の戦いでは手ごわい装備品を身に着けていると見てもいいだろう。

 それらから見てもミルカ達を追っていた敵は暗殺者集団で間違いないと見てとれる。


 そして顔を隠した仮面も不思議だ。

 顔を知られたくないと思えばの装備だが、被った姿は明らかに街で浮き怪しげな人々であると暗に示しているに過ぎない。

 尤も、顔を隠しての行動など、敵を仕留める時だけと誰にでも予想が付くだろう。


 何が不思議かと言えば、表面に描かれた紋様であろう。

 闇に溶け込む紺色の下地に、見た事も無い幾何学的な紋様が仮面の表面にびっしりと刻まれてた。しかもご丁寧に、刻まれた紋様に白い塗料が流されていた。


 その仮面の幾何学的な紋様の出所と思われる手掛かりが妙な()から見つかったとすれば疑いたくもなるだろう。

 腰部から二つに分かたれた豹型類人猿(パンサーピテクス)と人の混血児の死体から紋様を彫り込んだ道具が出て来たのだ。


「この仮面は……」


 アッシュと名付けられた豹型類人猿(パンサーピテクス)と人の混血児は、己の顔を隠すための仮面を鞄に押し込んでいた。幾ら混血児となり血が半分となろうとも、能力と共に姿形も色濃く出てきてもおかしくない。

 外した籠手からは毛深い手の甲と切りそろえられた鋭い爪が見える。そして、人と同じ顔だが人よりも大きな瞳孔に猫の様な髭を見せられれば、夜間であっても顔は隠しておきたいと考えたに違いない。


 アッシュの仮面の紋様とミルカ達を追って来た暗殺者の仮面の文様がこれだけに通っていれば誰の目にも同一の何かが根底に存在すると写るはずだ。


「成程。これら全て帝国からの刺客……ですか」

「なんじゃ、また帝国か?ワシ等も帝国と縁が切れんのだなぁ……」


 スイールの口から”帝国”と言葉が漏れ聞こえると、怪訝そうな表情を見せたヴルフがぼそりと毒を吐いていた。


 魔術師スイールと対峙した敵の魔術師ラザレスはディスポラ帝国の食客として魔術師の間では有名だ。魔術師関連の噂の中にその名前が出て来る事がちらほら見受けられる。

 ラザレスと時を同じくして現れた表情を変えぬ兵士と豹型類人猿(パンサーピテクス)と人の混血児のアッシュが同時に現れたのであれば帝国が関与していると見て十中八九間違いない。

 そして、混血児アッシュの所有していた仮面と同様の紋様の仮面を暗殺者が被っていれば、彼らも帝国から派遣されたと断言できる。


「なるほどね。白い粉の性欲増強剤も帝国の麻薬と組み合わせると記憶操作薬になるし、こいつらも帝国がらみ……か」


 言葉を重い溜息と共に吐いたのはブールの街からの代表として会合に出ていたジムズであった。彼は帝国のきな臭い噂を会合で耳にしてうんざりしていた。

 そして、また帝国の名前を耳にして、ストレスを抱えずにいられると言うのだろうか。


「そうだな。この機会に言っておくが、噂だと帝国を統べる皇帝が変わったらしい。あくまでも噂だけどな」


 会合の最後で噂であると告げられた上で提示された、事実かどうかもわからぬ噂話。

 ジムズが口にしたと同時に視線を向けた先は、太刀を背中に背負うミルカであった。

 それに吊られて、スイールもヴルフもミルカに視線を向ける。


「私が何かしましたか?」

「ああ。噂話の出所は数日前にこのアニパレに船で到着して遥か東の国で作られる変わった曲刀を背負った人物だってな」


 視線に気が付いたミルカは何故向けられているのかと不思議な表情を見せるが、ジムズが続けた言葉に眉を潜めた。


「確かに、あの噂を広めたのは私ですが?それが何か」

「いや、特に無いな。ただ、この国の諜報部もそれなりに優秀だって事だ。覚えておいて損は無いぞ」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべるジムズ。

 実際トルニア王国の諜報部、特に王都周辺に散らばっている直轄の諜報部は優秀で他国の元首達にも知れ渡っている。

 だが、直轄地のアニパレやブールの地方の諜報部はどうかと言えば、実力的には王都の諜報部の七割の力を出せれば良いとされていた。もし、地方所属の諜報部だけだったらミルカまでたどり着くことは、いや、帝国の噂を拾うのにもうしばらくの日数が掛かったはずだ。


 では、何故このように素早く情報を収集出来たかと言えば答えは簡単だ。

 それは王都から重要人物、それもカルロ将軍の片腕とも称されるグラディス将軍の身辺警護の為に王都の諜報部が人員を割いて派遣していたからだ。

 それを知っているからこそ、ジムズは完全に信用していないミルカに対して牽制する意味で種を明かしたのである。


「そうでしたか。トルニア王国の諜報員も優秀なのですね」

「事情聴取もあるから、大人しく待っててくれると有難い」


 人通りが無いとは言え、これだけの騒ぎを起こしてしまったのだ、現場検証と事情聴取を行うのは守備隊からすれば当然の行為だ。

 ブールからの特使待遇で来ているとは言え、ジムズも元々はブールの守備隊出身である。その手の捜査や手続きには詳しい。


「宿に帰りたかったのですが、今日は希望を叶えられそうにありませんね」

「悪いな。おそらく、領主館で一晩を過ごしてもらう事になりそうだ」


 しばらくしたら領主館からの応援の人員が到着し、事情聴取が終わるまでは解放されぬだろうとミルカは思い、溜息を吐いた。


「私達は問題ないのだが、クリフ様を休ませて貰えないだろうか?」


 ミルカの後ろで白髪で老齢な男の横に船を漕ぐ少年の姿をジムズは見つける。ヴルフとの会話で護衛している対象であろうと思い、ジムズは擱座している馬車で良ければと許可を出すと、老齢な男は頭を下げてから少年と共に指示された馬車へと向かって行った。


「お礼を申し上げる」

「なに。こちらも気が利かず申し訳ないくらいだ」


 ミルカとジムズはお互いに礼を言い合い、お互いに恐縮していた。

 だが、そんな何とも言えぬ、ほんわかとした雰囲気をスイールの一言が全てを打ち消し殺伐した空気に変えてしまう。


「本人いなくなって丁度良いから聞くが、あの少年は帝国と何の係わりを持っているのでしょうか?」

「魔術師殿!今はそっとしておくのが宜しいのでは?」


 ジムズは殺伐した空気に換えたスイールを抑えようとしたが、当人はそれを拒否してさらに続ける。


「いえ、今でなければなりません。間もなく応援が到着するでしょう。そうすれば根掘り葉掘り細かい事まで聞かれるはずです。当然、あの少年の事も話さざるを得ないでしょう。ですが、あなたの態度には護衛対象以上の何かを感じるのです。例えば、わざと情報を撒き、自らを餌にして暗殺者を引き寄せたり……」

「それって、考え過ぎじゃないのか?」


 ジムズは”そんなことある訳無いだろう”と否定するが、ミルカの澄ました表情に眉がピクリと動く様をスイールは見逃さなかった。


「いえ、考え過ぎではありません。それに、あの老齢な男も見事なまでの腕の持ち主です。あの男がいるだけで安寧を求めて隠れ住むなら間違いなく十分でしょう。ジムズの口からハッキリと聞いた言葉があります。最近、ここに来て帝国の情報を流している、と。それがこの男なのですから、見つけてくれと言ってるようなものです」


 老齢な男、ヘルマンさえ彼の下に付いていれば秘密裏に生活出来る筈であろう。だが、逆にここにいる、見つけてください、と言わんばかりに噂を流すのは不自然に見えた。


「ただ守る為の護衛……を受けたのではなく、別の意図をもって護衛を、いえ、違いますね。この場合は護衛と名を借りた協力者となったと考えれば、噂を流して敵から情報を得る、それしか答えは出てきません」


 護衛の依頼を受けた、と額面通りにスイールは受けていた。だが、敵の存在、数、そして、噂の出所など次々に明るみになった不可思議な情報を繋ぎ合わせて行くと、真実は全く違うと青写真が脳裏に浮かび上がった。


「成程、間違いではない……。で、あの者達(暗殺者達)はどう考える?」

「なに、簡単です。あなたの計算違いでしょうから。おそらく、一人とか、二人、それくらいしか姿を現さないと考えたのでしょう。ですが、全員でいるところを見つけられ、大勢に追い回されたと」


 ミルカはそれでほぼ間違いないと告げてきた。

 そして、追って来た数多くの暗殺者の存在はどう説明するかと尋ねれば、魔術師はそれすらも見抜いて見せた。


「それで、最後にもう一度聞きます。あの少年は誰なのですか?」


 スイールはキリリと眉尾を立て、再びミルカに問うのであった。

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