第十一話 アニパレ襲撃、迎撃其の一
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ジムズがスイール達を連れてアニパレの領主館を訪れて五日。アニパレの領主館で行われた警備長官クラスの会合に彼はブールの街代表として臨んだ。
アニパレの領主が参加すると噂で聞いていたために、その領主が顔を見せていた事については心の準備が出来て平静を保てたが、王都からの使者が顔を出すなど予想だにしていなかったまさかの出来事が起き、ジムズの五日間は針のむしろに座らされていたかに思わざるを得なかった。
その王都より派遣された人物が、いまだに軍務の責任者として王城で権力を握るカルロ将軍の片腕とも目されるグラディス将軍であれば、ジムズが冷や汗を流しながら会合に参加するのも当然であろう。
それに引き換え、カルロ将軍をよく知るヴルフやスイールは我関せずと、ジムズには悪いと思いながらも極力目立たぬようにと言動を控えていた。
そして夜の帳が降り始める今、会合の全日程を終えて領主館を後にし、宿に向かう馬車内でジムズが汗を拭っていた。
「二人とも済まなかったな。あんな大物がここに来るなど思わなかったからな」
ジムズはあんな大物、つまりは王都からの使者として見えたグラディス将軍が会合に名を連ねるとは思ってもいなかったと告げて頭を下げた。
それに、使者として見えたと言っても将軍の職を受けているだけあり、ただの使者としてアニパレに足を運ぶなどありえない。それだけにこの会合を王城でも重要視していると見ても良いだろう。
その証拠に会合での最終日の今日、今まで黙って居続けただけのグラディス将軍が最後の最後に初めて口を開いた。
会合の纏めを補完する形で、見つかった性欲促進剤の白い粉に帝国産の別の麻薬が混ざった記憶操作薬が北部三都市で少量であるが押収された事実を告げて来た。
大量の性欲促進剤の白い粉が原因の事件が何故、アニパレ、ブール、そして、ルストの河川域三都市のみで発生しているかの謎が何となく見えて来たのだった。
数年前に潰されたとみなされていた北部三都市が絡んだ計画はいまだに進行中で、その裏に帝国が絡んでいると見て間違いないだろう、と。
そして、いまだに不穏な空気を押し留める帝国が秘密裏に何を企んでいるのか、わからぬ今は、あらゆる事態に対処する準備が必要になると王都から指示が飛ぶであろうとも告げていた。
彼の告げた事はそれだけであったが、指示される内容は恐らく、”非常事態に投入する軍備”を用意する事だろう。
それがアニパレ、ブール、そしてルストの三都市だけに掛かる問題なのか、トルニア王国全土に出される指示なのか曖昧なまま退出したグラディス将軍だったが悲壮感漂わせる彼の雰囲気を察すればトルニア王国、延いては隣国のスフミ王国にも波及していると見られた。
帝国よりも圧倒的に人口の多い二か国が全力で投入出来る兵力は帝国の二倍以上になるが、国庫を考えればその半分以下、実際には二割程を募集する事となるだろう。
それでも、ブールの街から人口の二割にも及ぶ八千の兵力を出すとなれば、経済活動や守りの人員も割かねばらならず五千が限界と見てよいだろう。
それを思うとジムズはどの様に領主に報告すれば良いか頭を抱えるのであった。
そんな苦労を見かねてヴルフは優しい言葉を贈るのだが、それすらも耳に入らぬ程にジムズは苦痛を感じていた。
しかし、苦痛の表情も優しい言葉も、すべてを無に帰す出来事が彼等を襲った。
ジムズ達を乗せた馬車が急に進路を外れ導く様に左に建てられた壁に向かい、箱馬車の左側面を盛大にこすり馬車が止まってしまった。
当然ながら車内で過ごしていたジムズ達は急激な速度の変化について行けず、進行方向に背を向けていたジムズとイオシフは後頭部を打ち付け、スイールとヴルフは座席から飛び出し、向かいに座るジムズとイオシフに体当たりを掛けてしまった。
「いててて……。何があった?……ヒッ!」
ジムズは打ち付けた後頭部に手を当てながら車内を見渡すと車内に転がるスイールとヴルフが見え、そして、自分の視線と同じ高さに窓に突き刺さる鏃を視界に入れて戦慄の声が漏れ出た。
それから、街灯もまばらにしか無い暗い車外を、進み行く道と車内を照らす魔法の光を頼りに目を凝らすと、凄惨な光景を目の当たりにする。
ジムズが真っ先に目にしたのは御者席で鮮血を垂れ流して横たわる御者の男だった。彼の体には矢が何本も刺さり、そのうち一本は頭部に突き刺さり致命傷を与えていた。
御者が座っていなければ、何本かはジムズの頭部を突き刺していたと見られ、その事実を目の当たりにするとブルッと体が震えた。
それから馬車内に乗れぬからとドア付近に掴まって乗っていた二人の兵士の姿が見えぬと彼等を探せば、一人は馬車と壁に挟まれ息をしておらず、もう一人は後方で道に倒れていた。
後続の馬車はどうした、と視線を向ければ、車間距離を大きく開けていた事もあり無事に停車して車内から兵士が降り、ジムズ達の乗る馬車へと走り寄っている所だった。
剣を抜き臨戦態勢を整えつつある兵士を見れば、当然襲撃を受けたと誰でもわかるだろう。
「いちちち……ひどい目に遭ったな」
「全くです。何があったのでしょう」
頭を振りながら起き上がり、無事な姿をジムズに見せる。
「二人とも無事だったか。どうやら襲撃を受けたらしい」
既に回復しドアを開けて車外に出て行くイオシフに視線を向けながらスイールとヴルフに言葉を掛ける。
そして身振り手振りで良くない状況だと伝える。
「何が目的なのでしょうか?とりあえず、私達も敵を迎え撃ちましょう」
「仕方無い……か」
「俺も出るしかないか……」
良くない状況とわかり警戒しながら車外へと三人が出ると、ジムズ達の馬車を前後に囲むように兵士達は配され、剣を構え臨戦態勢を取っていた。
兵士の数は二人がすでに倒された事もあり、六人が前方後方の二組に分かれて警戒している。馬車に刺さった矢を見れば何処から攻撃が降ってくるかわからず、気を抜く事も出来ないでいる。
「一応、訓練はしてっけどよ、老人にはキツイだろうが」
ジムズは警戒を怠らぬように辺りを窺いながらミドルソードを抜き放つ。以前はブロードソードを愛用していたが、加齢による筋力の衰えを感じ始めた彼は少しでも武器を軽くしようと装備を変更していた。
武器が軽くなり威力が損なわれたが、敵を牽制し持ちこたえれば良いだけなので欠点ではないのだ。
「厄介な敵が後ろから来てますから、私はそっちに回ります」
「一人で大丈夫か?」
何かを感じ取ったスイールは細身剣を抜き放ちながら後方へと顔を向けて歩み出す。
そして、三人の兵士だけで手は足りるかとヴルフが尋ねるのだが、彼に振り向くことなく首を横に振った。
「私は魔術師です。同じ相手に負けはしませんよ」
「なら前方はワシが手伝うとするか」
杖を持たず細身剣のみをひらひらとさせて後方へ向かうスイールを見送ると、すぐに前方を警戒する兵士達の下へと歩み寄る。
「イオシフ殿はジムズの傍に!」
「すまん」
イオシフをジムズの傍へと下げさせると、魔法の付与された愛用のブロードソードを抜き放ち、夜の帳が下りた薄暗い空間であたりを照らす魔法の光に刃を掲げる。
ブロードソードに視線を向けると、今までにどれだけの生き物を切り捨てて来たかと溜息を吐く。今宵も余計な殺生をしなければならぬと思えば自然に溜息も漏れてしまうのだ。
奇襲してきたにもかかわらず、再び矢も射掛けもされず、すでに逃げて行ったのかと思わずにいられぬ夜の闇に、兵士達が緊張の面持ちで動かす心臓の音が聞こえそうになるほどの静寂がジムズ達を支配する。
ヴルフがゆっくりと近寄る敵の気配を感じれば、スイールも魔力を集めつつある魔術師を厄介な敵と認知していた。
そして、辺りを照らす魔法の光に姿を照らし出される敵を見て誰もが息を飲んだ。
「正に絶体絶命ってヤツかよ……」
「この人数ではそう思います。ここは、一騎当千の彼等に期待するしかありませんね」
こめかみから大粒の冷や汗を流し悪態を吐くジムズ。
同じように背中に冷や汗を滲ませるイオシフはここが死に場所と覚悟を決めながらも、一騎当千のヴルフと魔法に於いて右に出るものはいないと言われるスイールに期待せずにいられなかった。
ジムズ等が見守る中、前方を塞ぐ敵をかき分けて一人の男が前に出る。
それと同じように、後方を警戒するスイール達の前にも同じように塞ぐ敵をかき分け別の男が前に出る。
「う~ん、何で矢をもっと持って来なかったんだろうな~?まぁ、いいか。思い切り暴れられるしな」
「お前達はワシ等に何の用があるんだ?事と次第によっては容赦せんぞ」
右手で握ったブロードソードを敵に突き出しながらヴルフが言葉を投げ飛ばす。
「おお怖い。用があるのはお前ではなく後ろにいる使いだ。それに、こんな所でヴルフに遭遇するとは思わんかったしな。お前に暴れられたらこちらの身が持たん。だが、これだけの人数を一人で捌けると思うのかい?」
前方で突出しヴルフの眼前に立つ敵は肩を竦める。それから、集めた十五人を自慢する様に両手を広げてヴルフを仕留めると自信をみせる。
ヴルフと言えども十五人を一度に相手にすれば、勝利をもぎ取るにしても薄氷を渡る様に慎重にならずにはいられないだろう。だが、ここは人通りが少なく完全な裏道で馬車がすれ違い出来るだけの狭い道幅しかない。それに、ヴルフ達が乗っていた馬車が壁にこする様に止まり、障害物となっている。
この状況で一度に十五人を相手にせずとも良くなり、ヴルフお得意の一対一にして各個撃破を狙える状況だ。
そしてもう一つ。
ブールから護衛に同行した兵士達だが、奇襲により二人を失っているがそれでも選りすぐりの腕の立つ兵士達であり、簡単にやられる筈はない。
ヴルフの傍に三人もいれば、彼らに半分を任せても良いと思っていた。
「黙れ!ワシを珍獣の様に扱うな。まぁ、お前さえ倒せば後は頭を無くしたイナゴと一緒だ、何が目的か知らんが覚悟しろ」
「ふん、”はい、そうですか”とこの首級、簡単にやる筈が無かろう!者どもやってしまえ。ヴルフにはこいつが相手だ」
ヴルフが石畳を蹴り、一足飛びで偉そうにして突出した敵にブロードソードを叩き込もうとするが、二人の間を突如現れた短めの外套を羽織った敵に間に入られてしまう。
多少準備不足だったが一閃して相手を葬り去ろうとしたのだが、ヴルフは思わぬ光景に身を硬直させる。
ヴルフが一閃して首を落とした筈の敵にあっさりと受け止められてしまったのだ。
満足出来ない剣速の一振りだったが、敵を屠るには十分だった筈の一撃。
それが剣を合わせて力を込める敵にあっさりと受け止められ、剣を押し返されそうになっている。
まさかの出来事に悪夢でも見ているのではないかとヴルフは感じざるを得なかった。
「【だんくまーる】、守ル!」
「な、何だ?」
まるで少女が発した様な甲高い声をヴルフに向けながら、両手で握った金属の柄の長槍で彼の剣をギリギリと受け続ける。
「はっはっは!【アッシュ】は私が教育した中でもトップクラスの知能を持つのだ。ヴルフごときに後れを取るアッシュではないわ!」
人間の動き以上の速度で突然現れたアッシュと呼ばれた敵にヴルフは度肝を抜かれた。
敵のひょろ長い顔が視界に入れば、何処かで脳に刻まれた記憶が甦り、生半可な敵ではないといったんアッシュから距離を取った。
「なるほど、このアッシュとか言う奴は亜人との混血児って訳か?……確か、ダンクマールだったか、そうだろう」
十五人もの敵の対処に追われ始めた兵士達を視界の隅で確認しながら、ヴルフを睨みつける突出した男、ダンクマールへと問い掛ける。
当然ながら彼からは肯定する返事が返ってくる。
「さすが、ヴルフと言うべきか。まさか、亜人との混血児だって所まで知ってるとはな」
アッシュに刃を向け再び攻撃の機会を窺っているヴルフに感心しながら言葉を吐いた。
「その通り。アッシュは豹型類人猿と人を掛け合わせた我々の兵士だ。人と掛け合わせているとは言え、豹型類人猿の能力を十分受け継いでいるさ。さて、お前はアッシュに付いて行けるかな?」
「チッ!」
ダンクマールが言葉を言い終わる前にヴルフは再び石畳を蹴りアッシュへと向かう。
長槍の敵にブロードソードでは分が悪いがそこは経験で何とかするしかないと諦める。
まずはその厄介な武器を何とかするところから始めねばならぬと、目標を一時変更する。
先程の手ごたえでは、決して魔法が掛かった武器ではないとわかっていた。
だが、武器を破壊しただけで優勢に事が運べる保証もない。
それならば、一撃必殺の攻撃をお見舞いし、障害物を退けるしかなかった。
「ほらぁ!」
ヴルフはアッシュに飛び込むと同時に、下段右に構えたブロードソードを斜めに振り上げて切り付ける。
ヴルフの狙い通りにアッシュは長槍の柄の中央でその一撃を受けると真ん中で二つに切り別れ武器の用をなさなくなった。
狙い通りに武器を封じたヴルフは振り上げた剣をさらに一歩踏み込みながらアッシュの肩口に狙いを定めて振り下ろす。
袈裟切りでアッシュを二つにして仕留め、血の雨を降らせる……筈だった。
だが、ヴルフが見たのは彼の切っ先の一メートルも先にいたアッシュの姿だった。
後ろに飛び退き、上段からの袈裟切りを避けたまではわかった。だが、アッシュの動きは突然すぎてヴルフには追い切れていなかった。
「はははっ!ヴルフともあろうものが亜人と掛け合わせた半端物すら手に負えぬと見た。俺達の勝ちだな、これは!」
「なるほどな。これは”ち~とばかし”拙いかもしれんな」
ヴルフの一撃を躱したアッシュを睨みながら、”さて、如何するべきか?”と、一進一退を続けている兵士達を視界の隅に捉えながら、如何にしてこの場を切り抜けるか、冷や汗をこめかみから流しながら考えを巡らすのであった。
※はい、出てきました混血児。人と亜人が合わさった能力は人を凌駕します。
さて、ヴルフは無事に撃退する事が出来るのでしょうか?僅か十人で……。




